偉人様
拠点にしてる場所に二人で戻ると、見慣れない和服姿の男がいた。とっさに警戒して武器を向ける。
「小生は怪しい者じゃないぞ。」
和服の男は鍋をかき混ぜ、目線だけこちらに向けている。
「いや、怪しさしかない。」
「零斗の仲間か?全く礼儀のなってない童わっぱ共よ」
男は呑気に言うが、ちゃっかり俺達を馬鹿にしている。絶対そうだ。
しかもペースが合わない。こいつ、マイペースだ。
「レイのことを気安く呼ぶな。」
「お前ら落ち着け!」
レイが現れて、俺達と男の間に入った。
「よく見ろ!高坂樹だぞ。学んだだろ?」
そう言われた怪しい男はいかにも、という顔でもっと敬えと言った。だが俺達の頭にはない。レイに言われてピンとくるような存在はかけらもない。
「…あ、そうか。歴史なんて学ばないよな。」
「零斗、あの今にも牙を剥きそうな童わっぱと冷静な童わっぱが仲間か。」
「あぁ、幼馴染でこっちまでついて来た奴ら。」
「…ほう。貴殿のことが好きなのだな。」
「兄弟みたいなもんだからな。で、あの黒髪の方がさっき言ったソウ。その隣がルア。」
樹はそういうことならば多少の無礼にも目を瞑ってやろう、と樹は立ち上がった。
「…小生は零斗によって解放された故、こうして憑いている。高坂樹だ。」
レイが偉人様だぞ、と補足を入れたが、俺達は納得してない。いや、納得はしているんだが、なんというか理解できない。なんで現代で死んでいるはずの人がここに?となるわけだ。いくらUNCでもそんなこと、と思ったのだが、鬼の一件からこのいくらUNCでも、はあまり役立たない言葉だと学んだことを思い出す。
とりあえず、というようにルアが「…お前何しに行ったの?」と切り出して席に着いた。
「それは追々話す。とりあえず、昼飯食おうぜ?樹さんが作ってくれたから。」
「大丈夫なのか?」
俺も席についた。だが二人とも心配そうに鍋を覗いている。ここ最近、まともな料理らしい料理を食べていないから不安がるのは仕方ない。
「小生、料理には自信がある。」
「まじでうまい。」
レイは早速食べている。確かに見た目も悪くない。
「零斗が取って来た山菜を選別して卵と白米で粥に近いものを作った。これから動く故、消化に良いものにした。」
樹は皿に俺達の分をよそい、置いた。俺達は一度顔を見合わせて皿に手を伸ばした。
「小生は実体はあれど、幽霊と変わらない。食事はしない。」
「らしいから、二人とも残りは食っていいぜ。僕はもうかなり食べた。」
そう言って、レイは図書館の奥に消えた。
「…零斗はすごい。」
「「だろ。」」
二人は同時に言って恥ずかしくなった。
「…小生らは魂だけになってから何百年も初代王に抗った。しかし、敵うことなく結界に閉じ込められ、貴殿らの世代に背負わせてしまっている…。」
俺は話しを聞きながら食べ進めた。ここ最近食べたもので一番おいしい。どうやら腕は確からしい。悔しいが、これはもう偉人様に今後も作っていただきたいほどだ。
「貴殿らの世代は歴代において異端であろう…長年見てきたから言える。貴殿らなら彼奴を破れる。零斗ならば、時代を作れる。」
「…レイの奴、偉人様に偉い評価されてんじゃん。」
「あいつすげぇな。」
俺達は偉人様に大層な評価をされるレイが羨ましくも、どこまでも誇らしかった。
「…それはそうと、彼の子は異端世代の貴殿らの中でも異端だろう?」
「「かなり。」」
「…そうか…どうやらそういう運命なのだな。」
樹が空を見て笑った意味を俺達は理解できなかった。
俺の横で、ルアは三杯目に入っていて、俺も二杯目を食べ終えた。
**************
昨日は食事の後、各々勝手に過ごして特に話すことはなかったのだが、どういうわけか訓練をしている場所には樹が先に座って瞑想をしていた。その横で、レイは準備運動のように体を伸ばしている。そこへ俺達が付くと、レイの目がこっち向くと共に、 「今日は樹さんに稽古つけて貰え。」と言われた。
「小生の我儘半分、零斗の頼み半分である。小生も久方ぶりに暴れたい。」
飄々とした樹は決して強そうには見えないからこそ、レイに言われた時俺達は驚いた。驚きのあまり、樹とレイを交互に見て本気か、と目で言ってしまった。
「そんじゃ、仲良くやっとけよ。僕はちょっと調べものしてくるから。」
俺達三人に見送られてレイは元気よく飛んでいった。ここ最近、レイはあの氷でうまいこと飛ぶようになってしまって、なんならソウも飛ぶようになってしまった。俺も飛べるようになりたい…。
「さて、小生らも動こうか。」
樹は軽くジャンプし、腕を回す。
「お互い技量の見せ合いっこといこうではないか。」
「二対一?」
「小生の腕が鈍ってなければ、童二人など容易いわ。」
俺達は顔を見合わせて仕掛けることにした。
「小生は貴殿らを買っているがまだまだ小生の方が上である。貴殿らには軽く超えて行ってもらわねば。」
樹の構えはカンフーに似た要素がある。俺達は構え、攻撃を仕掛ける。
**********
目を開けると日が落ちかけていた。
「…あれ…。」
起き上がると、横にはルアが寝ている。たしか、樹と戦ってた…
「まだ小生は強いようだな。」
毅然と岩の上に坐った樹が俺たちを見て微笑んでいる。
「…二対一で負けたのか。」
「そう落ち込むな。小生が強すぎただけのこと。これでも革命戦争の英雄と崇められた存在…当然格が違う。」
「まぁそうか。」
俺は立ち上がり、体を伸ばす。
「異端の世代って言っても、異端なのは結局レイだけさ…」
俺はわかりきったことだったよ、と笑って言った。埋まらないこの差を妬んだことはないが、悔やんだことは幾度もある。レイ一人に背負わせているようで、最初こそ自分が守ってきた背がいつの間にか俺達を守る背に成長してしまったことも悲しかった。もうあいつの隣には立てていないのだ、と。
「そうではない。」
樹は扇子を口元に当てて、目を細めた。笑っているようで、笑っていない、俺を観察するような目。
「貴殿らも然り。過去は数名の猛者がいるだけ。小生はその中の一人であり、偶然にも英雄とまで言われる強さを持った、第一世代の異端児。」
樹は扇子をパシッと閉じて俺に向けた。
「一式なんて早々いない。ましてや三式ですら素晴らしいと言わしめた野蛮なだけの時代。貴殿は十分強い。」
「…そうは言ってくれるけどさ、俺達はレイに及ばない。あいつだけに背負わせてる。」
俺は最近歴然と露わにされる差に劣等感を持ち嘆いていた。昔、レイもこう感じていたのだろう。
「今はそうかもしれぬ。」
樹は否定しなかった。
「…彼の子はよく戦い、よく学んだ。貴殿らの何倍も戦って傷ついただろう。貴殿らの何倍も命のやり取りをしてきた。その経験は確かな差だ。」
「樹もそうやったのか?」
俺は樹の前に座り、焚火で体を温める。
「小生はまた別であった。零斗のように自らそうしたわけではなく、そうせざるを得なかった。」
樹は静かに英雄になるまでの物語を語ってくれたが、俺の知らないことばかり。
これでもレイとルアとかいう秀才たちと机を並べて学んできた身だ。多少は神話の知識も歴史の知識もあったのに、何も知らない。
**********
国が大飢饉、自然災害に襲われ、滅亡しそうな年だった。
初代王である鬼波始海が消え、次代には次男が就いた。始海が消えたその日、国では異変が起こった。水を出す者、炎を出す者、風を起こす者、雷を落とす者…神の力と言える人知を超えた力を持つ者が国中で見つかった。始海が命と引き換えに神に授かったと王はいい、力を持つ者を集め、天災に対処した。
そんな我ら能力者は後にUNCと呼ばれ、能力の不十分なコントロールで問題を起こさぬようにと、城下町の一角をUNCの町として与えられた。小生も例外ではなく、城下町で過ごすようになった。そこでは友もでき、初恋もした。恐らくこれが管理体制の原型だったのだろう。小生らは皆城下町から出ることを禁じられたが、不満はなかった。食事はとれたし、必要なものも手に入った。だが、二代目はすぐに変わった。三代目は二代目の三男だった。当時まだ十二歳ながら政治手腕は優れ、二代目が築いた管理体制を確固たるものにした。創造主―始海の弟君の創った島を小生らの街にし、そこに押し込んだ。
今の形態のできあがりだ。しかし、そこでの生活は酷かった。神の力を持つ者ならば、なんでもできるだろう、と小生らはなんの援助もなくそこでの生活を強いられた。また、仲間が徐々にいなくなっていった。その原因はすぐにわった。
王による殺害。
王は力欲しさに我らを殺し始めたうえ、一部を諸外国へ売っていった。我らの扱いはまるで奴隷へと変わったのだ。しかし、貴殿らより管理は厳しくなく、本気になれば脱走できたかもしれぬ。それでもできなかったのは皆が皆小生のように強いわけでもなかったからだ。そして仲間を置いて行くことはできなかった。そうしているうちに、今でいう商人のようなUNC達が早々に倒れ始めた。彼らは強さもなく、この島で狩ろうにも逆にできあがったばかりの生態系に殺されてしまった。
小生らも何もなかったわけではない。持った能力を最大限生かして狩りをし、なんとか生き繋いでいた。ここの生き物は今も恐ろしいが、当時もかなり恐ろしかった。搾取されることがないよう、できたばかりの島で生物は力をつけた。故に、小生らは強くなった。野生の怖さは一番恐ろしい。人間相手より、ここの生物の対処のが難しかった。人間より頑丈であり、速く、武器を持つ。人間は人間で、食べ物を奪い合った。王から権利を貰うためにも争った…
第一世代はそうやって数を減らしたのだ。
そんな減っていくUNCの中で声を上げた者がいた。名を鬼波盧寿と言った。
その者は本国に直談判し、無視され、戦い果てた。無視され続けても諦めず意見し続け、力をもってして本国を脅した。結果それは戦うことになったわけだ…………
――――――「ごめんね」―――
…青い瞳が強く今も印象に残っている。小生も真もその戦いに参加していた。本国相手、軍勢は向こうの方が上だった。減ってしまった小生らは数で圧倒的不利になっていた。盧寿は自分の危険を省みず、自ら最前線へ出て戦った。小生らを守りながら、誰よりも傷つき、誰よりも強かった。盧寿こそ偉人として祀られるべき存在だった。
**************
「戦争は終結したはずだが…どうやって終結をしたのか、小生は覚えてない…長い封印の中で何か忘れてしまったのかもしれぬ。けれども、確かに終わり、今のUNCに繋いだ。」
樹は最後に、おそらく管理人が改竄していて、正しい歴史はどこにもない、今忘れた部分を思い出そうにも、調べることはできないだろう、と締めていた。
となると、俺達が学んでいたものはどこまでが本当なのかわからないし、知らなくて当然のことだったのかもしれない。
その中で俺は一つ疑問に思った。
レイはどこで正しい歴史を知った?
レイは俺達に語ってないだけで、もっと多くのことを知っている。そもそも、樹を見つけたきた神社のことだって、俺達からすれば、昔からただそこにある神社でしかなった。なのにレイは、そこへ行って樹を連れて帰って来た。
「フム、謎だ、という顔だな」
「…いや、ふとさ、レイは正しい歴史を知ってそうだから…」
「確かにな。あいつは知ってることが多すぎる。樹さんの話が史実なら、レイもそれを知ってるのは謎だ。俺達が学んだのは改竄された歴史なんだろ?」
いつの間にか起きて聞いていたらしい。ルアが言った。
「零斗が学びを培ったのは貴殿らと違い、ここの図書館も使っていた。あの図書館は魔の森にある特殊なもの。管理人も入ることが難しい時間と切り離された場所だ。あそこには小生らの世代の人間も、その後の人間も置いていったものが残されている。零斗はそれを見つけて、解読したんだろう。」
確か日記を隠してたやつもいたぞ、と樹は言った。
「じゃもう一個質問」
俺は勢いのまま「樹はその蘆寿って人のこと好きだったのか?」と聞いた。
ルアが俺のことを小突いたけど、無視して樹を観察した。
樹は一瞬目を丸くしたがすぐに柔らかい微笑を浮かべて「……あぁ小生は盧寿を愛していた。先に逝かれてしまったが。」と言って空を見上げた。
「…だが、盧寿の魂は戻ってきた。」
樹の目は再び炎に戻る。
「鬼波零斗は何代にも渡って繋がれた盧寿の魂―意志を秘めた存在。あの青い瞳はその象徴とも言えよう。そうは言っても、盧寿と零斗は違う。零斗はどうやら業を背負ってしまったようだしな。」
樹の言う業―俺にはその意味がわかってしまった。ルアもわかったんだろう、暗い顔だ。俺達が背負わせてしまったもの。レイが自ら選択したもの。レイは俺達が気づいてないと思ってるだろうが、俺達はレイより先に、選ぶべきものを選び取ってきた。だからこそ、知ってしまっている。身綺麗なままの王様は存在しないことを。
「まぁそういうわけだ。安心してくれ、小生は零斗を盗ったりしない。」
「と、と、盗るってなんだよ!?」
ニヤニヤ笑って口元を扇子で隠す樹に俺は平常心を掻っ攫われた。
「貴殿は小生が零斗を好きになる心配をしたのではないのか?」
「ち、違う。」
「そうか、小生は勘違いしてしまったらしい。」
「多分あってるぞ。」
ルアがそう言うもんだから、俺の顔は熱くなってさらに二人に笑われた。ルアのことは許さない。




