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異端の子  作者: 水園寺 蓮
鬼呪一天編
6/80

崩壊戦争



 紘から殺人鬼の話を聞いて以降、訓練の最中などのレイを観察しているが、鬼とは微塵も思えない程に普通で、優しい奴としか思えない。半信半疑ながらも、本当に殺人鬼なら何か一つくらい暗い一面があると思うのだが微塵もない。確かに、目に光がないことは怖いと感じる。しかし、文句を垂れつつ、メンバーの頼みを聞き入れ、話し笑うその姿は中心街とかにもいるごく普通の少女だ。強さを除いて。


ただ僕は今更ながら気が付く。三か月ほど共に過ごして今まで何故気づかなかったのだろう。


レイは僕達と食事をしない。なんなら、レイがまともに食事を摂っているところを僕も紘もまだ見たことがない。精々ゼリーを飲んでいるとこだけだ。


拠点にたまに現れる駒場や三月に尋ねても、レイが食事をしているところは見たことがない、と口を揃えて言った。駒場はレイが部屋で食事を摂っているらしいと教えてくれたが、レイが食料を部屋に運び入れている様子はないとも教えてくれた。唯一、定期的に甘酒とゼリーの箱を部屋に運び入れているらしい。


 そんな謎のまま日々は過ぎたある日の朝食で、珍しく食堂に姿を見せたレイが僕達に「三日後、虚月透真と速鬼邪天が戦う。」と、唐突に告げた。


「速鬼邪天って確か、樹炎四天王、邪神のソウが率いてる?」


レイはそ、と短く紘に答えて相棒である鉄パイプを磨き出す。


鉄パイプはレイの愛武器であるのはわかっているのだが、こうも食事中に目の前で持たれると少し怖い。


この鉄パイプで何人もの人がやられたことだろう、なんて考えてしまう。そんなことを考えている僕を置いて二人は世間話の如く当たり前に話す。


「片方が消えたらやばいって前、万事屋の店主が言ってた。」

「そうなの?」


僕はチームの勢力情報に疎い。レイに目を向けて問えば頷いてくれた。


「あぁ片方が消えれば野心の塊野郎が本格始動するだろうよ。」


今はせっかく大人しくて笑えてたのに、とレイは溜息と共に零した。


レイは勢力図をよく把握している。特に、樹炎出身の活動が多い北部であるこちらの情報は、真壁以上に詳しかった。内部の詳しい情報までもレイは大量に持っていた。


樹炎出身は面倒なのが多いらしい。前にも思ったが、やはり恐ろしい。


「とにかく、明後日その戦いの観戦行くぞ。早めに起きてくれ。」


レイはそれだけ告げると下の階に降りていった。窓から覗いて行き先を見たが、完全に訓練の為に出ていったようだ。観戦に行くだけなのに、鍛える必要はあるだろうか。その問いは口に出ていたらしく、紘から「レイは毎日鍛えているよ。」と教えられた。あんなに強いのに、まだ強さを求める姿勢にレイの焦りを感じた。


僕は最後の一口を口に入れると、銃を持ってレイの後を追った。自分ももっと強くなるために。





 九月十八日午前六時頃―


若干冷え込む空気の中、人数互角の二チームは睨み合い、双方の大将は武器を片手にメガフォンを持ち出す。睨み合うチームの周辺には観戦に来ている連中も見え隠れしている。




「さぁルア、死んでもらおーか?」


ニヤリと笑ってギザ歯を覗かせた速鬼邪天・総代・起継総太。戦場に似合わない明るい声はソウの狂気をにじませる。笑顔は勝利を確信しているかのような表情だ。


「勝った方がこの島のトップにまた近づく。」

ルアは覚悟を決めた顔で言い放つ。


「そーだよ。俺達のどちらかが死ねばまた一つ決まる。まぁこないだあいつにやられかけたルアは俺に負けるよ?」

煽り調のソウは中華系の服の袖を揺らしながらその場で一回転する。


「やられてねぇよ。」ルアはすぐに反論した。


戦場の緊張は大将同士の会話だけでこんなにも重いのか。初めて観戦する僕にはそう感じた。


「そう怒らないでよ。にしても、あいつが生きていたなんてね。」


ソウは目を細めた。戦場を見回し、何かを探しているようだ。一方のルアは一瞬目を伏せた。


「ねぇレイ、どっかから見てるんだろ?生きてたんなら、姿見せろよ。」


 レイに向けたソウの言葉はただただ声が響いただけに終わった。ま、出て来ないか、とソウはワザとらしく肩を落とし残念がったが、観衆はソウの話にざわついた。それもそうだろう、噂程度に無神のレイの生存が囁かれ、姿を見てない連中は半信半疑だったわけだ。しかし、今のでレイの生存が完全に明るみになっただろう。ソウが言うのにはそれだけの意味があるらしい。


「別にいいけどね…。本当に生きてたんなら、ルアの後殺りに行くだけだからね…幼馴染殺しなんて三回もしたくないから、二回で終わって欲しかったなー。」


ソウは真顔になって言った。その目には完全な狂気の光があった気がした。




 ルアはそれを見てどう足掻いてももうかつての3人が揃うことはできないと悟った。ここでルアかソウのどちらかが死ぬしかない。ルアにしてみれば、ソウを殺すしかない。戦いで負ければ、自分が死ぬしかないからだ。ルアもこの場に生きる者皆、死にたいなどとは思わない。


ソウはやっぱり約束を破った自分を恨んでいるんだと、あの目を見てわかった。


ソウも変わってしまったんだな。もうどうしようもないんだ。


そんなやりきれない言葉が喉に溜まるが、あの時この道を選んでしまった以上、進むしかないのだと自分に言い聞かせて押さえつけた。






「レイ、ガン無視だな。」


僕が茶化すとレイは、「誰がはーいって会いに出るか。バカか。」と、呟き、腕を組んだ。


僕はそれ以上茶化すのは止めた。一瞬レイの手が鉄パイプに伸びたからだ。


レイは黙って戦場に目を向けている。その瞳に何を思い、何を秘めているかは相変わらずわからない。


先程のソウの言葉から推測するに、レイはあのソウとルアの幼馴染だ。つまりレイが守りたかったのは…


腕を組んでほんの少し右手を震わすレイに僕は何も言わなかった。いや、言えなかった。






数年前―


 樹炎島は他の島に比べて圧倒的に広く、自然が豊かだが、人数はどこよりも少なかった。他の島は百人など普通にいるのだが、樹炎島はおよそ五〇人。


少ない故に戦争は起こることはなく、精々派手な喧嘩くらいだった。死者が出ることなど滅多になかった。


しかし情勢は平和、とは言い切れず、四天王を筆頭に収められていたが、派閥によってはいざこざが起こった。一神のルカ以外の四天王は仲が良く一つのチームとして共に生活していた。三人は確かに仲が良かったが、その下に付く連中全員は仲良し、とは言い難かった。派閥的なものがあり、ルアとソウの派閥はレイを快く思っておらず、レイの派閥はその二つに比べれば圧倒的に小さかった。いや、派閥と言うにも及ばない程だったかもしれない。ルアとソウがレイを大切にしていたからこそ、レイの立場が守られていたというのが正しく、二人がいなければレイは早々に孤立していたに違いない。


実質二派閥。その二派閥も上が仲良しであれど、下は別で水面下でかなり争われていたのはあった。




「ルーアー、組手しよーぜ。」


毎日のように言ってくるソウにルアは呆れ気味に返す。


「俺は今から外出だ。レイとでもやってろ。」


ソウは不満げに腕を組んで、一瞬周りを見た。


「えーあいつ弱いじゃん。」


すると、二人に比べて幼気な声がする。


「聞こえてんぞ、クソ戦闘狂。」


長髪を後ろで一つに束ねた声の主が上から降りてくる。階段を飛んで、ソウの前に綺麗に着地する。


「あ、ごめーん。悪気はないよ、レイ。ってか、誰が戦闘狂だって?泣き虫。」

ソウは負けじと言い返す。


「泣き虫じゃねぇ。」レイもまた負けじと言い返し、睨む。


「じゃ、やる?組手で泣かせてやるよ。」ソウは舌打ちと共に腕を構え、レイを誘った。


「泣かねぇよ!」


レイは反発すると、ソウに飛び蹴りをする。ソウはかわして、レイに拳を向けた。

ルアはそれを見て、大丈夫と見るや「じゃ俺行くから。ソウ、程々にな。」と、真壁と合流して去って行った。案の上、ソウからの返事はなく代わりに派手なドカンと音が響いた。




 レイの蹴りを再びかわすと、ソウは隙へ拳を入れる。入れた、と思ったら、レイは器用に体を捻って避けその拳を避けきった。


「前より良くなったじゃん。」(あの体制で体まだ捻れるとか…前はしなかった)


ソウは笑いながらレイの攻撃を流す。拳がソウの髪を掠った。


「そりゃどーも。こちとらお前らに勝てるように毎日鍛えてんだワ。」


攻撃を流されても、レイは次の手、またその次の手を繰り出す。ソウも次々と手を繰り出す。


「それは無理だなー。一生勝てねぇから、安心して俺達に守られてな。」


ソウは茶化すように言いつつ、本心を述べた。


「は?絶対勝つ!僕だって―」


「無理だって。お前この年になっても能力ないんだから。」


レイはソウの言葉に黙ったが、攻撃は止まらない。


「勝敗はそれが全部じゃねぇけど、俺達の世界の中では強者の必需品だろ?」


ソウは急に真面目なトーンで言い、レイは少し顔を歪めた。ソウとしてはただ単に、レイへの心配が大きかった。幼馴染として、粘り続けるレイを安心させたかった。努力でのし上がってきたレイがこれからもそうやって上手くいかないことを心配して。


レイは黙ったままソウのこめかみに回し蹴りをかすめた。ソウは間一髪で避ける。


「…確かに僕は今能力も体力もないよ。でも、能力は必ず手に入れるし、お前らを超える。」


揺れる前髪の隙間にある、青い瞳には幾度と見てきた輝かしい炎が揺らめいていた。ソウがこの炎に何度見惚れていたか、レイは知らない。


「はぁ…諦めないねー」ソウは気づかれないように溜息を零した。


このどうしようも幼馴染。こういうところがまた、こいつらしさなのだ、とソウは胸に収めた。




 結局、ルアが戻ってきて二人は止められた。


「ルアが止めなきゃ勝ってたかもしんねぇのに…」


「そう文句垂れんなよ。ソウとあんだけやり合えるようになったんだ。十分だ。」


ルアは拗ね気味のレイの頭を二度ポンポンと優しく叩くと、絆創膏でレイの傷を手当する。ソウへは消毒液を投げつける。ソウは片手でキャッチして、傷口にかけながらルアを見やる。


「ルアはレイに甘いなー」


ソウは見慣れたその光景を、己の手当をしながら笑う。今回は俺の方が怪我を負ったな、と密かに唇を噛み悔しさを隠した。


「ソウは少し落ち着きを持て。この戦闘狂、ドS。」ルアからの言葉が地味に刺さる。

「うっわ~酷い言われよう。Sの心は弱いんだケド。」

「そのまま壊れろ。」レイは素早く小さく言った。


しかし、ソウにははっきり聞こえていた。レイの言葉には反発を忘れない。


「レイ…調子乗んなよ。」ソウはレイを睨む。


「そのまま返すよ。」レイはニヤッと煽り目線を返す。


そのやり取りにルアがはいはいと割り込む。


「お前らいい加減にしろ。レイはソウに乗るな。ソウはレイを下に見んのは辞めろ。」


ソウは拗ねたように、正確には何か痛みを我慢するように黙った。

ソウの後頭部には瘤が出来ているが、レイはツッコまない。

しばらくして、ルアは時計を見ると、そろそろかと呟き、レイの肩に手を置いた。


「レイは今日見張りの当番だろ。頼んだぞ。」

「もちろんだ。行ってくる。」


走り去って行く嬉し気なレイを二人は見送った。


「高い壁があろうとも、肩並べようと突っかかってくる時点であいつはすげーよ。」

「まずは、俺に石投げた謝罪しろよ。それは認めるけど!」


 ルアは小さなものを素早く投げるのが得意で、レイをいじめる連中はよく、後頭部にソウのような瘤を作った。その瘤は大抵ルアが小石を投げたことによる瘤なのだ。ルアは小石のストックを仕込んでいるらしい。ソウはその袋を恨めしく見つめたが、ルアは気にせず言う。


「それはお前が悪い。」


自業自得だ、とルアの目がソウの瘤に向いたが、すぐにレイが走り去った方角へ戻った。


「このレイセコム…認めはするけど、この先そう上手くいくもんじゃねぇだろうよ。」


ソウは後頭部を摩りながら続けた。


「あいつなら大丈夫だ。日に日に強くなってるし、そのうち能力にも恵まれるさ。それに俺達がいる。」

「まぁな…ずっとあのままだって、俺はあいつを守るよ。俺とお前は、どのみちそうするだろ?」


ソウはニヤッと笑ってルアを見た。つられてルアも笑った。


―そうやって仲良く過ごす二人を僕は幾度となく見ていた。ソウがトラブルメーカーで、それに巻き込まれて結局やらかす僕。それをルアが仲裁して解決する。そんな日常を僕達は繰り返していたんだ。あの日までは。




 あの日の後、何があったかなんて消された僕にはわからない。わからないけど。この戦いには疑念がある。兄弟のように育った僕ら。ルアとソウは相棒関係にもあった。なのに、どうして戦いをしているのか、それは戦うと聞いた時から疑問だった。僕が消えた二年に何がった?


殺し合いをするほど、仲が悪くなるような縁ではないのは確かだった。それでも二人は今殺し合う。


 始まった戦いは最初こそ拮抗していた。乱闘形式で人数も互角だったから、展開的にはどちらが勝ってもおかしくない状態。両大将は前線から引いて戦況を見守っている。それこそ二人を知る僕からしてみれば少し驚いたことだし、疑念に拍車をかけるには十分だった。

特に、ソウなら真っ先に戦闘に及ぶタイプだったのに、何故、今傍観しているのかは裏を勘繰ってしまう。この二年で成長したとしても、あの戦闘狂は大人しくしてられないだろう…あのソウだぞ?


二年も経てば、人は変わるか。はたまた、何か糸を引くような事情があるのか…

僕から見れば、後者が有力だが二年離れてしまった僕には真相などほど遠い話だ。


 


 改めって戦場に目を向ければ、能力はやはり大抵の人間が発現している。僕らはもう十三歳。当然のことか。なら何故僕は発現しないんだ?この戦いを見ていて、この先能力無しは大将として情けないし、恰好がつかない。そう考えていると、自然と視線は落ちてしまう。


 最も能力者として多いのは四大元素系の者。その中でも水系は特に多い。次いで土、炎、風。どの戦闘能力者も大抵はこの延長線上に属する能力だろう。商人の場合も四大元素系はそこそこいる。水を駆使して植物を育てたり、炎を駆使して料理屋をしたり。あとは稀な能力者たちで商人は比較的多い。他にも様々存在しているのだが、稀な能力で攻撃型は最も少ない。薄川の雷も稀に属するものだ。


ルアは『空間転移』。これは攻撃型ではない。ルアは長らく慣らし、探求して戦闘に持ち入れるように施した。ソウは『鋼創り』。これも元は戦闘に向かなかった。それでもソウは圧倒的な戦闘センスを持って、戦闘での使い道を極め、強者と呼ばれるまでに登りつめた。


 戦場は激化していく。火花が飛び交い、怒号が響く。煙が立ち込め、耳に肉が斬られる音がやけに響く。血の爆ぜる光景が目に飛び込む度に僕は口の中を噛んだ。





***********

 初めて観戦する僕には、この戦いが長く感じられたけど、日が真上に近づいた頃、誰かの血みたいな赤い花火が空高く散って、僕の緊張感が騒ぎ出した。


花火が打ち上がったのを境に拮抗していた戦況が崩壊した。

ちらと横を見ると、レイの瞳は追い詰められていくあの人のことをしっかり見つめていた。しかしその瞳はあの人を見ている割に、優しい気がした。



***********



 もうこれしかない。俺はそう思って、能力を使って敵大将陣に突っ込んだ。賢神として名を馳せた俺らしくもない特攻だった。

一か八かのこの特攻に賭ける程に俺の方は追い詰められていた。だがこいつを倒せば追い詰められた状況でも虚月透真の勝ち。


 殺したくなくても、自分が生き残るには、残った仲間を守るにはこうするしかない。取り戻せないものより、今を守る。そう決めた俺の剣に迷いはなく、剣を真下で呑気に座るソウの頭へ突き下ろした。転移ならば気づかれない。―はずだった。


「終わりだよ、ルア。俺に殺られるなんて、いい様だねぇ。」


俺が剣を突き下ろした直後、下にソウがいなくなって、吹っ飛ばされた。

座っていたソウは幻影だったらしい。幻影の下には爆弾。剣を刺して見事爆発した。


「幻影」の能力者は元上司の地に伏せる様を笑う。俺の体はボロボロで動ける状態ではない。完全に落下地点が悪かった。爆発で吹き飛ばされ、岩場に落ちるなんて、即死でもおかしくなかった。


「…真壁……」


伏してもなお、俺の怒りは消えない。


 正午近く、花火を合図に俺の右腕であり親友だった真壁は仲間を攻撃した。


当の真壁は俺に睨まれてもフッと笑い、眼鏡を押し上げた。


「いやぁ、ごめんねールア。お前の大事な、だーいじなお仲間奪っちゃって。まさかこんなに減ってると思わなかったでしょー?」


虚月透真のほとんどの連中が速鬼邪天について、一気に虚月透真は劣勢になった。


「呆気なかったなー。やっぱルア自体は大したことないね。あー残念残念。」


ソウの笑いが響いた。終わりがわかると、多くの観戦者が立ち上がり、俺の最期を見ようとしている。迫るソウを、俺は動かない自分の体と共に見ることしかできなかった。転移で逃げれば、残った仲間が殺される。なら将として、殺されるしかない。


ソウのやつはそれをわかっているからあんなにも笑ってゆっくり寄ってくる。

一歩一歩迫り来るのを視界に映していると、三人で過ごした日々の思い出と共に、隠し去ったあの後悔が溢れる。


「じゃ、死んで。ルア。」


―レイ、ごめんな。守れなくて。


下ろされた剣が刺さる前、俺はあの日の謝罪をしながら目を閉じた。

ただ、「レイっ‼」と聞こえてきた声が気がかりだった。






 僕は倒れたルアを見て「終わりか…」と零した。脱走を阻まれた時は怖かった相手も、ああやってみると同情してしまう。

再び隣のレイを見れば、瞳孔が開いていて明らかな殺気を放っている。


紘が「レイ?」と心配しているが、レイはただルア達の方を見ている。


「レイ…?」


僕も声をかけると、「反吐が出るッ…」と言って、飛び出して行った。


「「レイっ!?」」


突然の行動に僕達は困惑するしかなかった。



***********

 下ろされた剣が真っ直ぐ落ちていく。誰もが次の場面でルアの死を想像した。


パリンッ。


しかし、その想像は割れる音で落下していく破片と共に打ち砕かれた。


「どういうつもり?」


ソウの目がゆっくりと上へ向く。観衆の目も、割って入った主へ向く。

乱入者はソウへナイフを向けて立ち、鉄パイプを背負ったまま、冷たい瞳を向けている。


「レイ‼」ソウは一歩下がってレイを睨む。


ルアは目を開き、自分を救った存在を認め、僅かに驚いた。


「レ…イ…?」


レイはその冷たい瞳をルアにも向ける。


「ルア、僕はお前を助けたわけじゃない。僕がお前を殺すために出てきた。」


ソウはレイの言葉を聞いて目つきが和んだ。


「なんだ…漁夫の利か。」


ソウはそっかそっかと一安心したらしく、笑い出した。すると、仲間に武器を下ろすよう指示を出し、後片付けの準備に入った。


「いいよ、譲ってあげる。レイもそのうち殺すから、その冥土の土産に!」


ソウは漁夫の利なら、どーぞ、というように満面の笑みでレイが動きやすいよう、もう少し距離を取った。


「…そりゃどーも。」


笑いもせずレイは返し、しばらく二人の間には沈黙が流れた。

全員の視線が一気にレイに集まっていく。

レイはソウの殺気がないのを認めると、ルアに寄ってしゃがんだ。


「レ…イ」ルアは微かに涙を貯め、叶わないと思っていた最期の対面を心の中でほんの少し喜んだ。

「お前は今から死ぬ。」


レイがそう言ってもルアから喜びは消えず、微かに微笑む。

「…すまなかった。」とルアは囁く。


しばらくレイはルアの側から動かなかった。ルアはまた何か言うと、レイに満足げな笑みを向けた。それに対してレイが何を思ったかは誰もわからない。

ただレイは何かをこっそり言っているようだが、それすらわからなかった。そして、レイは離れると何かのボタンを押した。すると、ルアがいた場所は吹き飛んだ。


どうやら爆弾を仕掛けていたらしい。


「爆殺かーいいねぇ。」


ソウは上機嫌で黒煙を見る。後にはルアの焼けた上着の切れ端が残っていた。


「…よく聞け!今の通り、虚月透真首領・斎藤ルアはこの僕、鬼呪一天総長、鬼波零斗が殺害した。結果として、この戦いは速鬼邪天の勝利だ。解散‼」


レイの口上の後、観衆は徐々に散って行く。


「レイ生きててくれて嬉しいよー。チーム作ってたんだね。」


ソウがスキップをしながら部下に撤退を命じ、自身も帰路に着こうとしている。


「今度レイも殺し行くから、待っててねー。」


ソウはそれだけ言い、真壁達を引き連れ去って行く。

同時に観戦していた者達はレイをもう一目見ると、そっと帰って行った。

去り際、注目の的となったレイは真壁の鋭い瞳を睨んで見つめていた。




 レイが戻ってくると、僕と紘は焦った顔をして駆け寄った。レイがあんな行動にでるなんて思いもしなかったせいで、「おまっ、バッカじゃねぇの?」と勢いで言葉が出る。


紘は「レイがさらに有名に…」と不安そうな顔をしていた。

当のレイは先ほどまでの殺気立った様子が消えて、どこかほっとしたように見える。

どういうつもりか聞こうと思ったら、その前にレイの方が口を開いた。


「ソウに殺られる前に僕が殺りたかった。」


そう言って歩き出したレイはいつもと変わらない調子だった。人一人殺しておいて、こんないつも通りでいられるだろうか。少なくとも僕はそう思えない。

大体、人殺しを避けていたレイが復讐心だけで殺しをするとも思えない。


それは紘も同じだったらしく「レイ…ルアのこと助けたんでしょ。自分らはそう見えた。」と不安そうに言った。

僕もそれに続けて「こないだ極力人を殺したくないって言ったのに、ここに来て復讐心でルアを殺すとは思えない」とぶつけた。


「それに、ルアの顔は殺しに来た奴に向ける顔じゃなかった。」


殺しに来られてあんなに穏やかな顔ができるものだろうか。僕は紘でも多分無理だ。

レイは驚いたようにこちらを見て、立ち止まっていた。

何も読み取れない表情をされたけど、すぐに困ったように笑って、「僕は裏切りに遭ったルアに同情しちまった。」と吐いた。


レイはそれ以外何も言うことなく、また歩き出してしまった。一瞬だけ見えた横顔は、悲しそうに何かに呆れているようだった。





**********

 崩壊戦争から一ヵ月、樹炎四天王・一神のルカ率いる夢願破心による侵攻が本格化。他チームとの緊張が高まる日々の中、紘は日頃監視をモニタールームでしていた。僕も暇な時は紘のモニタールームで一緒になって見ていた。


この日は曇っていて、雨予報のされた昼間、鬼呪一天拠点近くで何やら怪しい動きがあった。


「レイ!不審な奴らが近づいて来てるよ!」


紘はカメラでそれを見つけると真っ先に無線で告げた。まだまだ警備が甘いため、防犯設備はカメラしか整っていない。


「三人か…」


映像には灰色のフードが付いたマントを纏う三人。襲撃にしては少ないが、警戒するに越したことはない。未だに応答のないレイに向かってどうする?とさらに呼びかけた。するとレイがカメラ映像にアクセスしたようで、紘の確認画面にアイコンが現れた。


『やっと来たか。待ちわびた。』


ようやく言葉が出たと思ったら、それは警戒などなく、むしろ歓迎の言葉。レイはこの三人がわかっているらしい。


『二人とも落ち着け。とにかく客を迎える。盃の用意でもしといてくれ。』


僕達は訳が分からなかったが、切れる直前、無線越しにレイの面白がるような笑い声が聞こえた。





 霧のかかった道。この先に鬼呪一天の拠点があるらしい。


「本当に行くのか?」

「…行かなきゃいけない。俺は生かされた…だから俺は行く。」


この人の意思は固い。こういう時のこの人の意思は固く、折れないことをよく知っていた。


崩壊戦争が終わって、自分達がこの人を見つけた時、既にとても簡易的な応急処置だけされていた。その処置をしたのがあの時乱入した鬼波零斗だ、とのこと。


自分達はここへ来ることを反対していたが、もし本当に鬼波零斗がこの人を助けたのなら、感謝はしなくちゃいけない。


「ここか…?」


悪路の先、開けたその場所の先には大きな川があった。その奥には建物。木製で今まで見てきた他の拠点より、明らかに小さいが、正面に掲げられた旗にある「鬼呪一天」の文字にはその拠点をただの木造建築物に見せてくれない。


建物の裏手に竹が何本も刺さってるのが見えて、自分達のリーダーもその光景に目を留めていた。




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