あの夏の再演
この日の千殊島は一味違った。敵対者であろうと、この三日間は戦ってはいけない。島の広範囲に提灯が吊るされ、中心街はいつも以上に活気に溢れている。
この三日間は、UNCの過ごす島を創った創始者に感謝をする祭り。管理人が主催の祭りであり、一年に一度の大きな祭りだ。
一週間ほど前から管理人の出入りが増え、提灯や本国からの屋台設営が始まり、中心街から港にかけての長い店の連なる道ができる。そして祭りの三日間は神輿も出される。さらには、さっきも述べたように三日間は敵対していても戦闘を行ってはいけないし、攻撃してはいけない。そういう決まりがある。
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祭りの一日目の朝、レイは聞こえてくる太鼓と笛の音に微かな鼻歌を乗せて部屋を出た。
「レイ、おはよ。」
「おは~」
ゼリーを飲んでいるレイにルアが食パンを差し出しながら声を掛けた。
「…朝だけはゼリーで…」
「ダメだ。ちゃんと食え。」
「おかんめ…。」
レイは小さく言った後に観念して食パンを受け取るとさっさと口に詰めた。
「行儀が悪い。」
ルアのデコピンにレイが口をもごもごさせて抗議するが、ルアは平然としている。
「…僕さ、祭り数年ぶりなんだよね。」
レイは飲み込んでからそう言って苦笑した。
「しかもこっちは皆初!」
「初だけど、こっちとあっちはほぼ一緒だよ。向こうのご神体とここのご神体は一緒だからな。」
「そうだったな。」
レイはそれでも、と楽しみだというように笑って早速誰を誘おうかな、と零した。
「…なら俺といかないか?」
「ルアと?」
「あぁ。最後に一緒に行ったの、十歳だろ。翌年はお前が怪我で、その翌年は…」
ルアは追放の事件のせいだとは言えなかった。レイはそれを察し、言葉を継いだ。
「離れちまったもんな、僕ら。」
「あぁ…だから、また一緒に行かないか?」
「そうだな…よく考えたら、十歳の時以外、ちゃんと行けてないしな。」
「あぁ。ソウが迷子、お前の風邪。外出禁止令、事故による中止…色々重なってたな。」
「よし、じゃあ皆で行こうぜ!」
レイはルアの腕を引いてバルコニーから階下へ向かう。
「危ねぇから放してくれ。ちゃんと行くから。」
「早くしねぇとソウの奴一人で行っちまう。」
あいつ、祭り好きだから、とレイは階段をさっさと下りていった。
ルアはそんなレイに微笑を浮かべながら心の中で言った。
(一個貸しだからな、ソウ。)
数日前に祭りに誘いたいと零したソウの顔を浮かべながら、ルアはレイの駆け下りていった階段を下りていく。
「ソウ!」
「…んん?」
布団を剥ぎ取られたソウは薄っすら目を開けてから、レイを見つめ静止した。
「…おい、なんでお前がいんだよ!」
動揺のあまりつい叫ぶソウは布団を奪い返して飛び起きた。
「なんでって…」
レイが答えかけたところへ、ルアが言う。
「ソウ、祭り行くぞ。」
「祭り…?」
ソウはルアを見つめ、ニヤニヤしている表情でルアが言いたいことがわかった。
「ソウ、行こうぜ。三人で行けるのなかなかないぞ。」
「…いいぜ。でもレイ、当然ただ行くわけじゃねぇよな?」
「あぁ。わかってるさ。」
今や目の覚め切ったソウは笑みを浮かべる。
「「祭りで勝負だ。」」
二人が同時に言った後ろでルアは苦笑しつつも微笑ましく思うのだった。
レイはメンバーに誘われまくっており、結局ルアとソウといくのは夕方になった。昼間は大場や紘達と広場の方に出ている。その間、ルアとソウは港の方でのんびり海を見ながらベンチに座っていた。
「…お前さー」
ソウは背もたれに溶けながらルアに言う。
「…何がほしい?」
「…そうだな一週間分見張り代わってくれたらいいぞ。」
「結構対価高けぇな…」
「それに見合う働きをしたと思うが?」
「…まぁ否めねぇ。」
ソウははぁ…と空を見つめたままだ。
そこへ背後からかさっと音がして、二人は振り返った。
「…。」
「クル!」
ルアがどうした?と問うと、クルは黙ったまま二人の近くの別のベンチに座った。
「俺は、ソウに話しに来た。」
「へぇ…」
途端に、ソウは面白そうに笑って挑発染みた声を出した。
「…レイを、今日に誘ったら断られた…」
「あーそれは多分俺達と行くからだ。」
ごめんなーという声の調子は一ミリもその念がない。
ルアは察す、これはライバル同士の喧嘩の始まりなのだと。そして丁度いい、と心の中で笑った。
「代わりに明日は一日付き合ってくれるそうだ。」
「…へぇ…」
一瞬勝ち誇ったかのようなクルの笑みは直ぐに消える。何せ、二日目には花火イベがない。
初日だけ大きな花火大会があるのだ。その演出があるかないかで変わってくるものがあり、その点クルはソウに負けている。
「そういえば、レイの奴…お前らと行く以外は他の奴とも回ってるらしいが…」
ルアの言葉に二人は顔をしかめた。それぞれ誰かに負け、今ここにいるのだ。
「…一個いい情報を俺は持ってる。」
ルアがここぞと言うばかりに二人に告げた。
「もちろん、レイに関することだがただではあげない。」
二人の期待の眼差しがルアを刺すが続ける。
「祭り会場のどこかにいる、俺の使獣を先に捕まえた方にその情報をやる。絶対に得する情報だ。」
「待てよ、どんな情報かくらいは教えろよ。」
「そうだな、争う意味があるかどうか…」
「…俺が事前に聞いたレイのお前らに対する思いだ。」
直後、二人の姿はルアの前から消え、ルアは一人笑うしかなかった。
「俺が先見つける!精々どう思われてるか知らないまま精々苦しめ!」
「その言葉そのまま返すぞ、ただの幼馴染。」
「兄妹みてぇな幼馴染、だ!お前こそ拾われた身のくせに。」
「拾われたからこそ、だ!」
「雑魚。」
「馬鹿。」
二人は何か言い争いながら祭りの通りに入り込み、早速分かれて探し始める。互いに先に見つけることを目指しながら。
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「ふーんそれであんなに熱心なのか。」
りんご飴を齧る悟は隣で苦笑気味のルアに視線を戻した。
「まさかあそこまで火が付くと思ってなかったよ、特にクル。」
「クルはレイのこと大好きだから仕方ないよ。」
りんご飴を買い終えた紘がそう言った。
「いやぁ、ソウもなかなかに重いよ~」
悟はにやついた調子で語るが、近くをソウが走り抜けていった所で黙る。
「というか、猫はどこにいんの?」
「あー…隠れてもらってる。絶対に見つかんない。」
「それ競う意味ないじゃん。」
「まぁな。けど、冷静になったらあいつらも見つけられるはずだ。」
「なるほど頭が盛り上がっちゃってるあいつらには無理ってことね。」
悟が笑って、猫の隠れ場所を理解した。
紘はまだわからなそうだが、ルアが灯台下暗し、と言うとすぐに理解した。
「確かに、今の二人は既に気づいてない時点で無理だな。」
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結局、ソウとルアがレイと回る時間になっても猫は見つからず、ソウは渋々ルアの元へ戻ってきた。
「見つからなかった…」
「残念だったな。お前に関しては時間切れだ。レイを待たせるわけにはいかないから行くぞ。」
ソウははぁと溜息を零してルアの後ろを歩く。だが、僅かなルアの足元の歪みを見つけ、目が光る。
「ルア…転移でもするのか?」
ルアはニヤッと笑って、そのまま消える。
「あいつ…ずっと隠し持ってやがったな!」
ソウはやっと気づいたのだ。挑戦状を叩き出した当の本人がずっと隠し、自分自身たちが祭りを駆けまわって探す姿を楽しんでいた、という事実に。
ルアを探しに駆けだした矢先、未だに猫を探し回っていたクルと鉢合わせる。
「津宮!ルアを探せ!あいつがずっと隠してやがった」
こうとなれば敵ではなく、共に追いかけねば、という意思が二人には芽生えソウの一言で、二人の結託は決まった。
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その頃のルアはというと…
「待たせたな。」
ルアは転移で、神社の階段に坐っていたレイの前に現れた。その腕には当然のように猫を抱いて。
「随分面白いことしてるみたいだな。」
「ちょっとした花火の余興だよ」
「へぇ、何で二人を釣ったんだか」
レイは駒場達と回っている間に祭りで賑わう中心街を駆けまわるクルとソウを度々見ては、何やってんだ、という顔で眺めていた。その発端がルアであるというのはお見通しであっても、一体二人が何をそこまで必死に追い求めるかまでは知らないところ。
「ちょっとした景品だよ。レイには得のないネタ。」
「気になるじゃん」
「気にしなくていいんだよ。これは男のゲームだ」
レイはルアが言うつもりないのを認めると大人しく引き下がって、手に持った飲み物の片方をルアに差し出す。
「特等席の花火にあいつらは間に合うかな」
「さぁな。あいつら次第だ」
階段の下の方には、金髪の頭が見え、他にもちらほら見知った顔が階段を上がってくる。
「花火の後の勝負は、できなさそうだな。」
「走り回ったあとじゃあなぁ…」
結局三人で祭りを回れなくなりそうな未来に、自分でふっかけたこととはいえ笑うしかなかった。
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中心街を走り回り、再び中央の広場で落ち合った二人はルアが見つからなかったと報告する。
「チッ…あいつ…」
「ソウ…花火の時間いいのか…」
ソウがあ、と顔を上げて時計を見る前に「まもなく花火が上がります」というアナウンスが響いた。
「…もしかしたらもう、ルアの奴先にレイのとこにいるかもしんねぇ」
「えぇ…逃げたと思ったら…」
「行くぞ、津宮…ルア見つけたら猫を奪えた方の勝ちだ」
「望むところだよ!」
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一発目の花火が上がった時、レイが「おっ」と声を上げてルアを突いた。
「来たぞ」
「間に合ったな。」
「何々、まだやってたのー?」
悟と紘も面白がって階段下へ目をやった。
「昼間から何してるのかしらとは思ってたけど…追いかけっこ?」
「いーや。あいつらにとっちゃ大事な勝負だ。」
ルアはそう言うと、立ち上がって神社の階段を上り出す。
「レイ、約束通り、綺麗な花火を見せてやる」
「期待してる」
ルアが去った後に、ものすごい勢いでソウとクルが駆け上がって行った。二人は階段に座っていたレイ達に目もくれず、一直線に鳥居へ向かって言ったのだ。
「ねぇレイ何したの?」
「あまりにも祭りへ行こうと誘われるもんだから、どうせなら皆で楽しもうと思ってさ、ちょっとした企画をルアと用意したんだ。」
「あーそれとあれがね…」
「ルアも悪いことするなぁ」
どちらの事情も知ることとなった悟と紘は笑いながら鳥居の方へ視線を送った。
「さぁ、綺麗な花火とやらを待とう」
五発目の花火が消えた時、神社の境内からは微かに待てぇ!という声が聞こえた。
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本殿の前でソウとクルはやっとルアに追いついた。息切れをしながらもしっかりと立つ二人はニコニコと立っているルアを睨みつける。
「お前ずっと隠し持ってやがったな!」
「そりゃ探し回ったっていないよ!」
「最初から気づかなかったのはどいつらだ?言った時に気付いて追及していれば、探し回る必要はなかったはずだぞ?」
やれやれ、といった調子のセリフに二人は何も返せない。ルアの言っていることが間違っていないからだ。あの時、互いに意識を向けすぎたせいで、ルアの傍にいた猫に一切気づかなかったのだから。
「……津宮さっき言ったことは覚えてるな?」
ソウは鋼で適当な棒を作り出した。
「もちろん…奪った方の勝ち、でしょ」
クルはクルでホルスターから銃を抜いて、ルアに向ける。
「やる気があってよかったよ。じゃあ、始めようか」
―花火大会の本番を
二人がルアに向かって飛びかかった瞬間、二人の視界からルアが消える。正確にはルアの視界から、二人が消えた。
「「え」」
二人は二人だけが見える四方に何もない空間に戸惑う。ただ下を見れば、神社が見える。その意味を二人の脳が理解して、二人は見つめ合った。
自由落下を始める二人、そこへ何かが猛スピードで飛んでくる。
「たーまやー」
ルアが地上でそう呟いた時、神社の上空では「嘘だろ」と叫ぶ二つの声が響きながら、祭りの花火大会の花火よりも大きく、立派で鮮やかな花火が打ち上がった。
「あららぁ二人ともレイに遊ばれちゃって…」
「レイの目的はこっちだったってわけね…」
二つの花火を見た悟と紘は楽しそうに笑っているレイを見ながら、上空で悲鳴をあげる二人にどんまいコールを心の中で送った。
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拠点に戻った面々は、部屋に引っ込む者もいるし、食堂で余韻に浸る者もいる。ただ、レイとルアだけは拠点の入り口で何かを待っていた。
「どうだった?」
「最高だったよ」
「そりゃよかった。約束通り、後処理は任せてくれ」
ルアは笑うとともにようやく姿の見えた人物たちに視線を送る。レイも帰って来たな、と笑いながら見つめた。
「ルア…てめぇ…」
「ソウ…多分俺達はレイの悪戯にやられたんだ…」
肩を貸し合いながら拠点へ歩いてくる二人は、拠点の前に立って笑っているレイとルアを見て、おおよその裏を察した。
「クソッ…道理で今日はルアの奴気が回ると思ったんだ…」
「二人は共犯だったんだ…」
そう言いながらやっと拠点に辿り着いた二人は、ところどころ煤を付け、服は若干ボロついている。それはそうだ。二人は花火にされたのだから。
空中へやられた二人に向かって行ったのは、ルアがバズーカで発射した特殊な弾。そもそも二人の今日の服には火薬が混ぜられており、全ては最初からレイとルアが企画していたこと。そうとは知らず、ルアに踊らされ祭りの夜空で花咲かせた二人は、拠点の前で倒れ込む。
「祭りでの勝負は…なしだ…」
「俺も、結局…」
「あーあこれじゃあ明日は二人ともおやすみだな」
「そうみたいだなぁ」
二人の倒れ込んだ姿を見ながら、レイとルアは笑い合う。
「仕方ないから明日は鬼呪一天の皆で行こうな」
「そうだな」
笑いながらレイとルアに運ばれる二人は心の中で「最初からそうするつもりだったのか」と全く同じことを思っていた。
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翌日の祭り会場では、鬼呪一天の面々が各々好き勝手に行動していたのが見れたとか。一緒に回ると行ったとて、人混みだらけの祭りではあまり意味を成さず、最初こそ全員いた集団も今や散り散り。
駒場は一人でウィーリー飲み対決へ参戦しに行ってしまったし、田中は山口の屋台を手伝いに行ってしまったし、三月は三月で射的屋全制覇を目指して突き進んでいったしで、残ったのはレイ、ルア、ソウ。紘とクルはと言うと、最初は一緒にいたが、途中で紘が祭りを楽しめたことがなかった身の上だったのもあり、このまともに回る二日目でテンションがあがったことで、クルを連れて別行動を始めた。クルは紘が楽しいならいいか、と結局最後まで紘につき合い、ルア、ソウ、レイは三人で回ることとなった。まぁ三人だから平和ということはなく…
「へぇ、結局ソウとレイが勝負して、寝落ちか、ソウが。」
「寝落ちというか、気絶させられたんだよ、レイに」
「あーね…」
幼馴染の報告を聞いて悟は笑った。
「結局勝敗の方は?」
「俺の一人勝ち」
「え」
悟はルアの言葉に自分の耳を疑った。いつもなら、二人の勝負になんて参戦しないルアが「一人勝ち」と言ったのだ。
「三人でまともに回れたのが嬉しくてつい…な」
「……よかったじゃん」
「ま、そういうことだから」
悟に話終えたルアは店を出て拠点の方へ歩き出す。
祭りで三人でしまくった勝負はルアの独り勝ち。金魚すくいも射的も輪投げも全てルアが勝った。ソウとレイは最終的に悔しそうな顔をしながらルアにそれぞれ林檎飴を驕り、祭りの勝負は幕を閉じた。
「ずっとお前らと祭りで遊びたかったんだ」
あの夏のように。
ルアの頭で思い出される、島入りしたばかりの年の、樹炎での祭り。今年同様に三人で遊び回り、疲れてその日の夜は早々に眠った幼い頃。そうは言っても、それは数年前の話。
それでも、たった数年で色々あったルア達にしてみれば遠い記憶。懐かしく、幼かった記憶は、今年鮮やかに色が付いた記憶と共に記憶に沈む。




