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異端の子  作者: 水園寺 蓮
鬼呪一天編
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鬼呪一天生活

 紘と話し合って、僕達は鬼波零斗の元に加わることにした。それぞれ部屋を与えられ、一通り建物内のことを案内されて二日目が終わった。ここに来て、三日、まだレイ以外の人は一人しかみたことがなかった。しかもその一人も常に拠点にいるわけではないようで、実質的には僕達だけが過ごしてる。四階にある食堂で適当に作ったご飯を二人で食べている時「にしても、人がいないね。」とふと言葉に出た。冷蔵庫のものは、名前が書いてなければ好きに使っていい物らしく、調理に使い放題。レイは料理しないらしいが、人がいない割に食材はかなり富んでいた。


「…まだそんないないんじゃない?レイって噂がたくさんあるから。」


「ぜひその噂について教えてもらいたいね。」


何時の間にかそこにいたレイ。バルコニーの方から入ってきた。


「…たいしたものはないよ?」

紘が驚きながら言う。


「些細なものでもいい、そういう意見は知っておきたい。」


レイは冷蔵庫からゼリーを出してきた。あのレイの名前の書いてあった箱はそのゼリーだったのか。

まさか…ゼリー食生活か…?不健康じゃんと思っているが、その横でレイと紘は話を進めた。



「それに、ここに来て三日…君らも聞きたいこととかあるだろ?」


ご察しの良いことで、レイは見事に言い当てる。


 レイがゼリーを食べながら僕達は知っている限りの噂を話して聞かせた。真壁は、レイは裏切り者であり、残虐的思考を持つ人間だと言っていたとか。無神は無情や無関心から来ていて、レイは冷酷な人間だ、とか。守冷では、無神のレイは化物で、何人も人を殺めたやばい奴だとか。知ってる限りを片端から語った。


「…案外、酷いな…」


レイは驚き半分、悲しみ半分のしゅんとした顔で、目線を宙に浮かせた。


「言っておくが、カニバリズムでもサイコパスでもないからな。」


「心配しなくても、僕達はそう思ってない。」


「自分ら助けてくれた人間がそうなら、今自分は生きてないっしょ。」

紘はそう言って、食器を片付ける。


「あ、レイ自分、パソコンあと五台くらいほしんだけど…」

ダメかな…、と紘は少し控えめに言った。


レイは何かを計算するように宙を見つめた後、「…明日持ってく。今日中は厳しい。」と答えた。


「ありがとう。貰えるだけすっごい嬉しいよ。」


紘は笑顔で食堂を出て行き、連日行っている作業に戻っていった。


「で、君は何を相談したいんだ?」

紘がいなくなると、レイは笑いながら言った。


「あーわかってた感じ?」


「顔に出てる。」

僕は苦笑して、向き直った。


「…紘を守れる強さが欲しい。レイは無能力でも四天王に匹敵するだけの強さがある。噂で聞いてたとはいえ、まさかあんなに無能力で強いってのは正直驚いた。なくてもそれだけ強くなったレイなら、強くなる方法を知ってるだろ?僕は強くなりたいんだ。」


 まだ信じたわけではない。それはレイもきっと承知だろう。助けてくれたこと、迎え入れてくれたことはとても感謝してる。それと信じるか否かは別の話だ。だからこそ、紘を守って、この島で生き抜くための力が欲しい。そのためにレイを利用しよう。そう思った。だが、こうやって話を聞きに来たレイはおそらく僕の心内など見透かしている。それでも、こいつは教えてくれるか…


「まぁ僕は独学だが。」

レイはいいのかな、と自問自答しているようだ。


「僕を強くしてください。」


頼む、と頭を下げたものの、レイは迷うことなく「無理だな。」ときっぱりと言った。

あまりの切り捨て具合に僕は一瞬何を言われたかわからなかった。


「はい?」


「無理だ。」


「…無理…」


僕は再度再生し、撃沈して黙り込む。教えてくれる以前に、僕の弱さの所為だろう。仕方ないので、我武者羅にやってみるか、など考えていると「お前が弱いからじゃない。」と、僕の考えに反してレイから出てきた理由は優しい物だった。


「僕は、ただ復讐のために強くなった。君は守る強さを求める。僕には教えられない。」


「…あ、そういうこと…。」


 それでも、僕達は救われた。確かに助けられた。口ではそう言ってもこいつは理解している、そう思った。

人を傷つける強さと守る強さ。真壁のような強さはまさに人を傷つける強さの代表だろう。

レイも、復讐のために傷つけるだけの強さを求めていた…それは戦い方でわかる。

僕に強さはないが、強さの種類をわかる頭はある。守冷でも、ここでも強い者を見ていたから…

レイの強さは、傷つける半面、守る強さ、両方を兼ねそろえている。不器用な優しさ。

…強さの種類はその人の象徴なのかもしれない。


「僕の技術は守りに向いてない」


自分を正しく恐れることもレイはできる。


「…レイはあの時僕達を守ったよ。僕を助けた時も、レイがその意思で助けてくれたんじゃん?」


レイはそうか?という不思議そうな顔をした。


「レイは守る強さもちゃんとある。僕にそれを学ばせてほしい。」


まだ信じてない、そう自分に言うが、レイを見てたら信じてしまう。


「…そうか。」


納得したレイは嬉しそうに笑った。こんな顔もできるんだな、こいつは。


「じゃ。まず体力テストと行こうか。」


切り替えの早いことで、レイは早速といった調子で立ち上がった。投げ捨てたゼリーの容器は見事にゴミ箱に入った。


「へ?」

「僕の指導は厳しいぞ。途中でやめるってのはなしな。」


ニカッと笑うレイはこの時初めて僕と同い年だと思い知った。


「まずは体力作りだな。」


 



 そういうわけで、僕はレイに連れられて拠点の裏である山の方へ来た。この拠点の立地なかなかに好条件過ぎて怖いのだが、来るまでの道も仕掛け無しで相当なので、搬入の面を考えたら不便で、レイは拠点を難なく決定されたらしい。そして、この山もまたそこまで高いわけではないが、険しい面が見えている。


「体力には自信あるよ?」


 山の登り降りだけなら、あんな岩道でも自分ならできると思った。

しかしレイは「本気?」挑戦的に笑ってきた。僕はそれにムッとしながら「まじ。」と返した。

なら、とレイが提示してきたのは山の登り降り三回。見る限り、そこまできつそうな傾斜はなく、単純に道が悪く岩道、という感じなだけだ。


「言っておく。僕は体力はないが、それはできる。これができたら、体力づくりのメニューは変更する。」


僕は早速始めた。―のだが…


「無理でした…」


「だろうな。」

レイは笑って水を用意してくれた。


 山に入った途端、待っていたのは罠の連続。単に上って降りるだけではないようだ。

レイ曰く、何時戦いになるかもわからないこの島でのろのろ体力作りはやってられない、と。

だから罠という仕掛けを用意して回避能力、危機察知能力などなどの感覚的面も鍛えようとしているのだと言う。つまり、鬼メニューをレイは用意してくれたのだ。


「まぁいいや。毎日これを繰り返して、その後は僕と組手。他にはいろんな武器を練習する。いいか?」


「う、うん…」

僕は少し、特訓を申し出たことを後悔した。




 だが一か月後には自分でもわかるくらいには成長したと思う。

まずスピード。初期は全く追えなかったレイの速さに、目だけは追いつくようになった。本当に目だけで、まだまだ体が追いつかず、避けられないけど。体力面でも、山の往復を短時間で済ませるようになった。今思えば、地形を理解し走る力、体力、基礎体術をも同時にさせられていたのだろう。早く山を下りるなら、木を使うことも大切で、木登りも上手くなった。武器に至っては得意不得意がわかり、何の武器で戦うかを絞れるようになった。他にもレイによって教わった隠密の鉄則で狩りも可能になった。虚月透真に行った時はあんな行動を起こしたレイだったが、隠密は得意らしい。罠の仕掛けを避けることはもちろん、どこが脆いかを即座に判断して壊すなど、この一ヵ月はとても有意義になったと思う。同時に改めて、レイのすごさを知る。さらにレイは時々、紘と機械いじりをしているようだが、武器を改造しているらしい。

最近やけに危ない武器が増えた。

これから暑くなるというけど、僕の特訓はまだまだグレードアップするらしい。




 丁度、僕達が来て一月ほど経った時、「明日、初集会を開く。」とレイが唐突に言った。


「え、そんなに仲間増えた?」


僕はレイが外で人と接触しているところを見た覚えがなかった。


「いや、ようやく全員に連絡がついた。元々チームに引き込む仲間はいた。」


初告白に僕だけが驚いた。紘はあまり驚いておらず、ただ目を輝かせていた。


「明日が楽しみだよ。」

紘は先寝るね、と居間を出ていく。


「役割もそこで言うから、お前も楽しみにしておきなよ。」


ニヤッと笑うレイはここ最近見れるようになった顔で、僕達を認めてくれているのだと思える。


「変な役は回さないでよ?」

同じように笑って返す。


僕もまた、訓練などを通し、レイを知って本当に優しい奴だと知り、今や安心して仲間だと思える。


「組織運営に変な役はない。」

おやすみ、とレイも去っていった。


この時の僕は、まさか自分が役を貰うとは思っていなかった。


***********


「やぁ皆。各々大変な中集まってくれてありがとな。遂に僕は行動を開始する。そこで君達を改めてメンバーに迎えたいと考えている。」


 翌日、早朝にも関わらず、はきはきと声を出すレイ。僕は少し眠い。

また、それを整列して聞く二十数名の人。他チームに比べればかなり少ないが、放つ空気は他チーム幹部にも劣らないとわかる。


「前に言った通り、僕の行く道は険しく、入れば、様々な困難や辛いことが君達をも襲うだろう。強制はしない。共に乗り越え、平和を掴む気のある者が入れ。これは最後通告だ。去るなら今だぞ。」


レイは目を閉じた。去って行く者への配慮だろう。僕は周りに目をやってみた。誰一人去ろうともせず、レイへ視線を向けている。それを感じてか、数秒後にレイは目を開け、見回し頷いた。


「君達の加入を祝福する。」


レイを拍手が包む。僕はレイが相当好かれていることを知った。

ここにいる者達は皆レイを信じて慕っているらしい。

僕もレイをもっと知らないとな。拍手が止まぬ中レイは右手を掲げ、深く息を吸う。


「ここに、『鬼呪一天』の正式な結成を宣言する。総長はこの僕鬼波零斗が務める。」


レイのその宣誓で拍手は止み、注目が集まる。


「そして副総長を―」

静まり返っている場に、緊張と期待があふれる。

「―津宮来木、君に任せたい。」


一瞬僕だと認識出来なかった。紘に肘でつつかれ認識し、認識しても時が止まっている気がした。

辺りは誰のことだ、とざわつく。何も言えない僕はレイと目が合う。

そのレイの目線を追って他の人たちの視線が僕に集まってきた。


「僕ゥゥ⁉」


かなり遅れて大きな声で反応した。レイはやっと反応した僕に笑いながら言葉を向ける。


「あぁ、だが僕の独断だ。だから今皆に聞きたい。こいつは僕が斎藤ルアのとこから連れ出してきた。はっきり言って、強さはこの中で底辺だろう。」


「失礼だな!」


レイは笑って流す。しかしその笑みは一切嫌な感じがしない。


「でも強さで副総長の器は務まらない。僕が見る限りこいつには僕が必要とする器を持っている。だから僕は津宮来木に任せたい。さぁ、異論のある奴はいるか?」


レイは見渡すがすぐ僕に目線を戻した。


「いねぇな。よしっ、クルやってくれるか?」


レイのあの青い瞳は不思議と人を惹きつけるらしい。今僕は、吸い込まれそうな感覚に陥っている。

ここにいる皆もきっとあの目に惹かれた瞬間があっただろう。僕は息を吸い込んだ。


「謹んでお受けします‼」


僕の返事にレイは満足げに笑った。


「改めて、副総長は津宮来木だ。」


レイがそう言い締めると、再び拍手で沸いた。



 他のメンバーの役割も指名されていき、僕はこの日から思いもしなかった大きな鎧をまとった。不安も多いが、新しい世界が広がった気がした。


***********


 改めて見てみると、かつて僕がいた場所と同じくらい人間は集っていた。過去が過らないわけではないが、僕が自分で選んだ奴らだ。どんな結果になろうともこいつらなら成し遂げられる。そう考えてる。

何より、最後に見つけた津宮来木。僕はこいつならきっとわかってくれると思った。自分のことより、人を想えるこいつなら。僕は良い奴をスカウトできた、と心底思った。

だが、僕の心の暗い部分はクルを認めなかった。


***********



 「お前が津宮?」


解散後、僕は不意に声を掛けられた。和装の男とチャラそうな雰囲気の男だ。


「…あの人が決めたんなら異論はないけど、迷惑かけたり裏切ったりしたら、殺すからな。」


チャラい割に、レイへの忠誠の深さがこの殺意で伝わってくる。


「副将にあたるお前がしかとあの人を支えなくてはならん。あの人は滅茶苦茶なとこがある。」


和装の男は声が違和感を作り出した。男の割に高い声な気がする。


「あ、あぁ…」僕は戸惑いつつも返事をした。


チャラ男はどう考えても僕への不満がおありの言い方だった。和装の男は完全にレイの心配。確かこの二人、隊長❘思い出していたところへ新手が来る。


「あら、頼りない返事ね。そんな副総長じゃ心配になっちゃうわ。」


チャラ男がゲッという顔をした。僕の後ろには目つきの落ち着いた女が立っいる。

女が僕の方へより、距離が詰められて、僕は少し引いた。


「いい?津宮、私たちレイの決めたことに異論はないわ。レイの人を見る目は確かだもの。でもね、貴方を信じて認めるかどうかは私達自身の問題よ。」


この人もレイへの信頼が厚いようだ。


「わかってるよ。ちゃんと任せられた役が僕だから任されたんだって、証明する。」


三人はふうんという顔をしている。僕はまだまだ試されるようだ。


「楽しみだなぁ、クル。」


「「レイ⁉」」


僕達四人のところへレイまでやって来た。三人は突然のレイの出現に驚いている。僕はレイがどこからか沸いてくることに今では慣れてしまった。


「僕の選んだこの三人はなかなかだよ。ま、頑張って副総長と認めて貰え。」


「もちろん、そのつもり。」

レイに元気よく返せば、三人の視線が再度刺さった。


「…三人も妬んでないで優しく見守ったれよ。」

レイはそれだけ言って去って行く。


「ェ…妬み…?」

三人に目を向けると、三人は互いを見合い、言い放つ。


「「妬んでない(わ)」」

三人は否定して去って行った。その直前の表情は三人とも頬に紅さを持っていた。

どうやら三人はレイのことが大好きらしい。


 後々、レイに確認して覚えたのだが、先程のチャラそうな奴は三番隊隊長の三月タカという人で、和装の男は二番隊隊長田中凛太郎、最後にやって来たあの人は一番隊の隊長代理で鬼呪一天唯一の治癒能力を持つ、駒場亜海という人らしい。



 集会の翌朝、僕はレイに叩き起こされた。僕としては八時に起きるつもりだったが、感覚的にまだまだ六時くらいなものだ。以前は雑用の為に叩き起こされていたが、ここに来てからはのんびりしていた。そのせいか、最近は睡眠時間が増え、朝に弱くなってしまった。


「お前…今何時だと思ってんの⁉」

叩き起こしてきたレイを睨む。


「9時だが?」

レイはお前の方こそ何時だと思ってるんだ?という顔で言った。


「へ?」

「9時だ。」


 僕の方が間違っていたのか?焦った勢いで、レイに布団を剥がれたが、「嘘だろ⁉」と飛び起きて時計を見た。時計は6時を指していた。安心すると同時に僕は腕を組んで立っているレイを再度睨む。


「嘘じゃんかよ。」

「とにかく起きろ。中心街行くぞ。」

「はぁ?こんな朝から?寝かせろ。僕は眠りたい。」


布団をレイから奪い返して再びベッドインする。

昨日、駒場に絡みに絡まれ遅くまで起きていた。いや、起こされていた。あの人、やばい。

なんかクッソやばい薬飲まされて、なかなか眠れなかったし、あの人夜型だし…二度と一緒に飲みたくない…つか僕あれ飲めないし。


「…出てこい。出かけるぞ。お前の為に行くんだぞ?」


僕は「え。」と起き上がる。僕が思い当たる限り、中心街に用事はなかった。


「とにかくさっさとしないと、鉄パイプで引っ叩くからな。」


レイはそう言って今度は紘を呼びに行った。

僕は叩かれたくないので、二度寝を諦めて支度をする。





―中心街。

ここは平和中立連合―略して平和連合―によって治安維持がなされている商店街。管理人の連絡支部もある場所だ。

ここで争いをしようものなら、平和連合のメンバーによって制裁を受ける。店主がそのメンバーである場合もあるため、どこにでも監視の目は光っている。

代わりというか、商人たちは客であれば、平等に商売をしてくれる。たとえ、店の中に敵対している二人が入っても知らないふりして、普通に接待する。

そう、この島では最も安全で平和な場所だと言える。


 「じゃ、自分はあっちだから。」


 紘はレイに貰ったお金を大事にしまって、僕達と反対へ歩いていく。久々のパーツ選びで嬉しさに満ちているみたいだ。あんな無邪気な顔久々に見た。

僕達二人はそのまま歩いていき、メイン通りからは外れた所へ来た。人目を避ける為に朝から出てきたらしいが、店に行くだけに人目を避ける意味があるのか?だが、朝でも中心街は人がいる。

この街に休みはない。それでもこのメイン通りからはずれた道は人がいない。

辿り着いたのは一見普通の家屋。看板は小さく、何屋かわからない。


「レイ、ここは?」

「知らないのか?金物屋。まぁ武器屋だ。」

「へぇ、よく来んの?」


ここへ来るまで複雑な道だったが、レイは呼吸するのと同じくらい当たり前に進んできた。分かれ道が何本も続いていて僕一人ではきっと来られない。


「あぁ、昔馴染みの店でさ。かなり仲良くさせてもらってる。」

「え?商人は平等じゃないの?」


こっちに来てから、あまり中心街に来たことがなく、事前の説明くらいの知識しか持ち合わせてなかった僕は、レイの発言に少し驚く。


「皆が皆そんなお優しいわけないだろ。特に樹炎の連中はな。」


レイは真顔で答えたから、樹炎の連中が余計恐ろしくなった。そういえば、真壁やルアも樹炎か。



「いらっしゃーい、ってなんだ、レイか。」


店に入ると、金髪の男が挨拶をしたが、レイだと気づくと、途端に営業スマイルが面白がるような笑いに変わった。


「久しぶりだな、悟。」

レイは淡々とした挨拶を返して、カウンターにいくつかのナイフを置いた。


「お久~。その後ろの奴は?」

悟という奴の好奇の目が刺さる。


悟は金髪で、吊り目だから、狐みたいだなという第一印象を持った。


「こいつは津宮来木。鬼呪一天の副総長だ。」


レイが簡潔に僕を紹介した。その後、ナイフを鍛えるようにさらっと依頼をした。


「遂にお仲間ができたか~。俺は嬉しいよ。」


悟はナイフを受け取り、泣き真似をした。

レイは溜息を吐き、僕に目をやる。


「クル、こいつはこの店の店主、新悟。んで、奥で作業しているのが二湖務。」

「よろしくね~」

若干間延びした声。


 そして作業場から姿だけ見える人が二湖務は一瞬だけ目線をこちらへくれた。人見知りなんだ、と悟が教えてくれた。悟はレイと仲良くするようなタイプの人間には思えなかった。

僕はカウンターから少し離れた場所で二人のやり取りを見ながら店の様子を見回す。かなり目を引くような武器や、わけのわからないような武器まで飾られている。


「悟、頼んでいたやつを。」

「ん、今回もいい出来だよ~」


 カウンター横の棚から箱を取り出し、レイに見せる。箱の中身は何本ものナイフだった。

他にも棚にはいろんな箱があり、その棚の横には一際大物の武器が置いてある。

あの鎌とかかっこいいな…


「今回はレイが爆弾仕込むって言うから、本体を軽くした。代わりに強度が落ちたよ。」


無茶すると折れるからね、と悟は付け足して、新しいナイフをレイの持ってきたホルダーに移す。


「問題ない。力業では戦わないからな。」


レイは一本を取って手元でくるりとナイフを回す。


「さっすが~そういえば、噂になってるよ。無神のレイの逆襲とか。」


揶揄う調子で言いつつも、その言葉には心配も含まれていると感じた。レイはそれを黙って聞き流した。


「ルアのとことやったらしいじゃん?」

クスッと悟が笑うのをレイはまた溜息で流す。


「こいつともう一人を連れ出した。」


レイは隠しても仕方ないというように話す。


「やっぱレイのやること飛んでるねぇ。」


この二人会話、僕は置いて行かれている。悟はたまに僕に目をやって観察してくる。


「あんたはレイと長いの?」

僕はそれが嫌になって質問を投げた。


「うん、長いよ~ね、レイ。」


悟は同調を求め、レイの方を見たが、レイは相変わらずナイフを試し、的に投げた。


「ただの腐れ縁だ。」


さらっと返された言葉、しかしレイは少し面白がっているように思う。ナイフは的の中心に刺さった。


「レイってば冷たいな~」

俺傷ついた~とまた泣き真似をする悟をレイが遮った。


「泣き真似より、こいつに合った武器を作ってやってくれ。」

「エッ、僕の⁉」


唐突なことに驚いて、壁の的からレイへ目を向けた時、首が少しぐぎっと音を立てた。


「りょーかい。」

悟の目が細まって、嬉しそうにこちらを見てくる。


「ま、待ってレイ!僕、そんな金ない。」


武器作りなんて当然金がかかる。一からともなればもとより、オーダーメイドとならば一層。

僕には金なんてない。真壁のとこに居た時なんて貯金ほぼないし…

だが金の心配は次の驚きで吹き飛んだ。


「そんなん僕が出すに決まってるだろ。気にすんな。」


レイは目まで当たり前だろと語る。ここでもまたレイと真壁の器の違いを見る。

もうレイの元に来て一月ほど経つが、未だに一日に一度は何かに驚いている。


「悟、まじ特急で頼む。」


レイは腰のポーチからいくらか取り出して、カウンターに置いた。


「また~無茶言うねぇ。」

「悟なら出来んだろ。というかそっちのやり方の方がこいつには合ってる。じゃ頼んだ。」


そう言い残して僕を置いて出て行ったレイは微かに笑っていた。



「じゃ、始めようか、津宮~」


悟は石を持って僕に近づいた。


「得意武器は?」

「銃かな。」


レイの特訓で知ったことだからすぐ答えられた。


「りょ~」


質問をしながらメジャーで僕の身長やら腕の長さ、その他色んな長さを測って記録していた。

一通り図ると、一度カウンター奥に言って、二湖に用紙を渡して戻ってきた。


「能力についても教えて~」


僕は『調律』の能力について説明する。

『相手の能力の発動スピード、進行速度、範囲などをいじることができる』

悟は聞き終えると、石を選びながらカウンターで作業を始めた。

悟が作業しているのを眺めながら、僕は問う。


「レイはなんで能力者に…ルア達相手に立ち向かえるの?能力もないのに…」


「知りたい?じゃ、ちょーっとだけ教えてあげる。」

レイには内緒だよ、と悟は語り出してくれた。


その手には何時の間にか鉄が握られていた。



***********

 元々は泣き虫でひ弱な奴だったよ。でも自分で自分を強くなれなくちゃいけないって縛ったんだ。

一次UNC、って知ってる?

生まれた時から管理人に管理されるUNCのこと。一次UNCは「バク」と言われる厄介な人たちの集まりなのは知ってるよね?俺もそうだけど、「バク」は幼いころから「厄介」と言われるだけの性質を発揮していてね、一次UNC唯一の女だったレイは、よく彼らの揶揄いの標的にされていたの。揶揄っているだけでも、無邪気さは人を傷つけた。つまり、いじめと大差なかった。知っての通り、レイは能力を発現してないから、それが余計ね。「バク」のほとんどはもう五歳までには皆発現してたから。


 でも、レイを守る二人がいて、レイはその二人の存在があって明るく純粋な子だった。そのうち片方は生まれて間もない頃から一緒で、本当の兄弟みたいに育ったらしいの。実際、相当仲が良かったし、彼はレイを気にかけてよく好奇心で突っ走るレイを諫めてた。もう一人の方は二人に途中から加わった兄弟であり、俺の兄弟分で、レイのことをすごく大事に思ってた。俺は商人枠だったから、そいつが仲良くなってしばらくしてからレイ達を知ったんだけど、その頃にはもう三人は、三人にしかない世界にいて、レイは二人にとっての中心だった。俺はおまけだったけど、親友ではいたんだよ。


 レイを守る二人は「バク」の中でもトップクラスの成績で、確かな強さもあった。レイはそんな二人にいつも守られてたよ。二人はそれを心からの行動で、なんの責も感じてなかった。当然のこと、としてね。

いつしか、二人に守られているだけだった中心は、並べるように、と少しずつ成長していって、努力の末に四天王入りを果たした。樹炎の四天王は他の所と決め方が違ったみたいだけど、無能力で四天王になったのはレイただ一人。他の四天王の三人より弱いと言われて、候補者だった同島の「バク」たちは無能力で昔虐めていたレイが四天王であることを認めなかったし、無能力なのは広く知れ渡っていたから、能力もないくせにと下剋上も度々起こされた。下剋上で、四天王に勝てば、その四天王に代わって新たな四天王になることができたからね。でも、レイは持前のスピードと根性で守り続け、評価の非難を超えて守ってくれる二人に並び続けようとした。守ってくれていた二人と共に在り続けようとした。ずっと二人との間に感じてた劣等感を埋めようとした。


―それが、レイが強くならなきゃいけなかった理由。レイには二人以外に居場所を与えてくれる人間がいなかった。かといって、二人に並ぶほどの頭はあれど、実力を備えてなかった。ただそこにいて、守られて、二人と俺だけに真面目に接してもらってた。レイはそこにい続ける為に追いつこうとした。

悔しかったんだと思う。あいつも「バク」の一人だから、俺は全部わかってる、とは言えないけど、レイは誰よりも優しくて賢かったから、一番大事だった二人に負担をかけさせ続けることをよしとしなかった。二人と共にいる自分の劣等を決して許せなかった。俺達がレイを認めていても、レイ自身がそれを認めないで、ひたすら努力で唯一の証明である四天王の座を守り通した。誰もが認める強者になるために。

どんなに非難されて馬鹿にされても、いつか認めて貰えると信じて強くなっていった。二人に並んでも何も恥じなくていい存在になれるときっと考えてた。


 今思えば、レイはいい子過ぎたんだよ。すべてを真面目に受けようなんて…


「レイの今はある事件が起こったから。レイはその結果あらぬ噂を纏うことになった。そんなことなかったら今もあいつらと…って話過ぎたね。」

悟は後半のは忘れて、と笑う。


「ま、そういうわけでレイはまだ証明しようとしてるんだよ。自分の、強さを。」

悟は悲しそうな顔をしていた。


「別に、あいつらに拘る必要なんてないのにねって俺は思うけど、レイはまだ大事なんだよ。」

「でも今チームを作ったのは現状を覆すためだって…」

「あながち間違いじゃないと思うよ。だから、津宮、レイをお願いするよ。俺じゃダメだったから。」


吊り目の目尻が下がって悟は微笑む。


「弱さも認められる仲間があの子には必要なんだよ。」

「レイと長いあんたが無理なのに、僕にできる?」


悟はフフンと口元に人差し指を当て、片目を閉じた。


「俺ねぇ、プシケなの。レイは君たちと縁を結んだでしょ~レイがあのやり方で人と縁を結ぶなんて初めてなんだよ。俺さっき見た時びっくりしたもん。」


プシケ―聞いたことがある。UNCの間にある絆を視ることができる人。人によってはその詳細まで視えるらしい。

悟の言う、レイが初めて縁を結んだという言葉に嘘だ、と僕は思った。僕はあの鬼呪一天メンバー全員と結んでいると思っていたけど、まさか僕達が初だとは思いもしなかった。


「レイの中で何かが…君の何かが引っかかったんだろうね~レイが変わろうとしてる。」


遠くを見た悟は何を思ったのか、微かに微笑んで八重歯を覗かせた。


「ま、レイのことで聞きたいことがあれば俺に聞いてよ。そこそこ答えられると思うから。俺もあいつの幼馴染の一人だからね。ハイ、これ津宮の武器ね~」


 いつの間にか出来上がって、手渡された銃。しかし、銃のわりには軽く感じる。奥から務がホルダーまで用意してくれた。まじで特急の速さだ。銃は黒っぽい色をしているが、装飾に彫られた音符は白い。


「弾は毎月使獣で拠点の方送るから。この銃は君のUNC能力で速度、威力を調整できるよ~」

「え、でも僕の能力―」


物体には干渉できない、と言いかけたのを止められた。


「知ってた~?UNCが創り出したものはUNC能力で操作できるんだよ~」


僕は納得して、試しに勧められた的に撃ってみた。中心に撃つことはできなかったが、的には収まった。

案外しっくりして、自分が強くなった気がした。レイの元に来て、毎日しごかれてるのもあるか。でも武器もあれば、動きと組み合わせて攻撃ができる。


「お、銃か。」

丁度レイが戻ってきて僕の得物を見た。


「おかえり~どう?流石俺達でしょ~」


レイはそんな悟を無視するが、微笑んでいた。


「良かったな、クル。」

「ありがとう、レイ」

「…確かに流石だよ。またよろしく頼むよ。」

「もちろん~」


レイに言われた言葉が悟は嬉しかったようで、微笑んでいる。

僕は出ていくレイについて歩き出す。手を振る悟に会釈をして、扉を閉じた。


 時間を気にしてなかったが、もう昼を過ぎていたので、紘と合流して中心街でお昼は食べた。そこで驚いたのは、会計の時、レイが払って当たり前、というように僕達の分まで金を払ったことだ。どのみちないので、僕の場合はどうにかしなければならないのだが、レイは気にするな、と言ったうえに、僕達についで、とお小遣をくれた。お小遣いにしては多く、僕は慌てたが持っとけ、とレイは返金を認めなかった。一体、レイはどれだけ金を持っているというのだろう。UNCが稼ぐには商人のように働くか、管理人の仕事に協力すること、島の危険エリアにいる生物を狩って管理人に売ることくらいだ。あとは、戦って金を請求し、得ることくらいか。レイの場合、それの可能性が最も高そうだが…


 食事も終えて、人の少ない道を通りながら拠点へと戻って行く。

「レイ、今めっちゃ有名人だよ。」

レイをチラ見しつつ、遠慮がちに紘が話を振る。


どこか怯えているようにも見えたが、普通に見ればいつもと変わらない。


「放っとけ。」


ぶっきら棒に返すレイだが、悟にも言われていた通り、噂になっているのは否定しない。


「そうだぞ、紘。これからもっと有名になるんだろうから。」な、とレイを見れば小さく頷かれた。


「そっか。ねぇ…レイ。」


今度は先程より恐れが強く出た声で紘は問う。


「レイは人殺したことある?」


紘の問いに「ないよ。ないに決まってる。できるだけ、殺したくはないからな。」レイは即答した。

二言目の言葉は、どこか己に対して言ったような気もしたが、僕は気づかなかったことにした。


「ないのにいざって時平気なわけ?」


僕は気づかないふりの代わりに聞いた。


「できるさ。君らの命の方が僕は大切だからな。守る分、奪う分のことも覚悟しないとならない。その覚悟はあるよ。」


またも僕達に言って聞かせたが、その言葉の後半もレイ自身に向いている気がした。


「ま、本当にダメなら、僕は人を殺す。出来れば生かしたいがな。でも、この戦場において人の命なんてそこらの石コロの価値と変わらないのがこの島の現実だ。」


そう言うレイは悲しそうだった。


***********


「…なんでレイにあんなこと聞いたの?」


拠点に着いてすぐにレイは自室に引っ込んだ。

僕はというと、紘の部屋でゴロゴロしながら作業中の紘に聞いた。


「…レイがさ、無神以外に鬼って呼ばれるのは自分ら知ってるじゃん?」

「うん。」


 守冷へ伝わってきた無神のレイの噂は、裏切り者で残虐的。他にも虚月透真でサイコパスだの…今現在僕たちが知るもので当たっていたものは一切ない。その中に、レイは鬼だという噂もあった。僕はその意味合いを鬼強いとしか思ってない。


「その鬼って“鬼波”からきてるものだと思ってたんだけど、どうもそうじゃないらしいんだよね。」

紘は作業していた手を止めて、視線を落とす。


「え、実は怒ったら鬼みたいとかそんな理由?」


 確かによくよく考えれば、無能力で散々舐められたレイが鬼強いはずがない。今なら納得するが、噂として伝わってきた時は、悟の話しから考えておかしな話になる。


「…六人殺しの“殺人鬼”」

「え…」


予想外過ぎたことに僕の思考は止まった。

もう一度紘の言葉を脳内で再生したが、紘は確かに“殺人鬼”と言った。


「嘘でしょ?」

「うん…多分デマだよ。だってレイは人殺したことないって言ってたじゃん。それに強い人にはよく変な噂も付くからね。」


紘はそうは言うがどこか信じ切れていないようだった。震えている様が己を落ち着かせようとしていることを表している。


「…レイが“殺人鬼”なわけない。」


僕自身思う所はあったが、少なくとも今のレイはレイだ。そう思うと自信をもって紘に言えた。レイの過去を全て知るわけではない。それでも、僕達が信じたレイは今どうであるか、しっかり見ているのだから自信を持てばいい、そう暗に告げた。


「そっか、そうだよね。自分、何惑わされてんだろ。レイに失礼だ。馬鹿みたい。」


紘はいつものように笑って、作業に戻った。



 チームを結成してからというもの、僕の組手の相手は増えた。就任式で絡んできたチャラ男と和装の男、三月と田中とも試合をして、ボコされる。

三月に至っては私情も含まれているようで、たまに本気の一撃が襲ってくる。チャラいくせに、戦闘においては集中力が最も必要な鬼呪一天一のスナイパーで、銃撃に関しては大先輩。彼から放たれる弾にはかなり苦戦させられてきた。しかし、銃を持ち、自分の戦闘スタイルが確立されてからは、対等に渡り合えるようになった気もする。


「…よし、三月、今日から能力使っていい。」


レイからの許可に「よしっ。」と静かにガッツポーズをした三月は意地悪く笑っている。

今までレイがこれまた悟に作ってもらった僕の特訓用の殺傷能力の低い銃は捨てられて、三月の持つ、使い親しまれている銃が登場してきた。


「クル、お前も慣れてきただろ。次のステップだ。」


驚く間もなく、三月の能力である『水鉄砲』から特大の放水を浴びる。

急いで『調律』を働かすが、少し濡れてしまった。


「津宮、俺はもう手加減しないぜ?」


意地悪く笑う三月はやっとできた、という喜びが全身に出ている。


「いや、今までも手加減してないよね⁉」


「…お前、言うようになったじゃねぇか!」


砲弾パート2。

今度の弾は固めだったらしい、調律で動きを遅くし、銃弾を放ったが今までの強さでは貫通しない。


「え、水ってこんなに固くなるの…?」

「三月は特別だ。水の能力者でここまでの強度を誇る奴はいない。」レイが眺めながら解説してくれる。

「それを打ち抜けるようになるといいな。」


あくまで目安だが、と笑ったが多分その言葉は間違いなくそれくらいできるようになれ、という意味だ。

戸惑っている間でも三月からの砲弾は止むことなくやって来る。

もはや殺す気あるんじゃない、これ。弾の速度を遅くしたはいいが、僕の逃げ場がない。


なんか、こう守れるものないかな⁉そう自分の周りを囲うバリア!


途端に、頭に音が響いて、それを鍵盤で再現すると、自分を中心に膜が広がって、弾にぶつかると、軌道を変えて僕の後ろに抜けていった。


「へ?」


膜の中は鍵盤が今までの何倍もある。僕はその中で浮いていて、動きやすい。


「チッ…ここでレベルアップかよ~」


三月は残念そうに言って、銃を下ろした。


「お疲れクル、一ヵ月弱でよく辿り着いた。」


レイが拍手をしながらやってきたが、僕にはよくわからない。というか、何もわからない。


「何に?」

「能力の進化。」


レイは真顔で言った。


「何言ってるかわかんないんですけど…」


僕はハテナしかない頭で能力を解除し、地に降りた。

そんな僕に、「今までだと、一音一音、一個に対して掛けなきゃいけない。でも今、お前はそのフィールドを展開させ、一度に複数を動かしたんだ。」と、レイは丁寧に解説してくれた。


「わお…」


自分で驚くが、それは自分のしたことなのだ。


「今後も地道にガンバレ。僕が教えたことを続ければ君は強くなれる。次のメニューは改良しておこう。」

「待って、それは怖い!」


ハハッとレイは笑いながら拠点に向かって歩き出した。


「三月、もう一戦相手してやれ。まだまだ元気そうだから。」


レイがさりげにそう言い、三月の目が光る。


「限度は?」


レイは一度立ち止まると目を泳がせ「駒場が治せる限り。」と微笑んだ。


「オーケー。」


待って、駒場が治せる限りって…瀕死までじゃん!加減してよ!

僕は内心そう叫びながら三月からの猛攻に応戦した。



***********

 レイは拠点に入っていって、二階の突き当りの部屋を覗く。


「ヒロ、調子はどうだ?」

「順調だね!どうよ、このモニタールーム‼」


紘はここに来てから、拠点の二階の一室を改造していた。ようやく今日、完成したらしい。


「すごいな…」


入って正面の壁一面にはモニター、その左右は色々な機械と共に配線が並ぶ。


「ここで全部を見れる。拠点内に取り付けたシステムたちもここで全部動かせるし、外に用意したカメラたちもここで確認できる。」


「なるほど…ここが拠点の要だな。」


部屋を見回して設備を確かめて行けば、レイが用意した物たちから自分の知らないものが生まれているのがわかった。レイは初めて紘の技術を目にしたのだ。


「拠点の要か…そんな重要な役割を持たせてもらえて、すごい嬉しいよ!一応、僕以外は使えないよう、全部にロック掛けてあるから、簡単には破られないし、奪われても開けられない。」


キラキラした目で解説していく紘は楽しそうで、レイは微笑ましく思った。


「それだと、ヒロがいない時に何かあったら困るな。」


「大丈夫!」

そう言って、紘はレイにメモ用紙と小さな鍵を渡した。

「それ、ここのパスと鍵ね。どっちも必要だから、大事にしてね。」


あとこれも一読しておいて、と簡単な説明と共に冊子を手渡される。


「え」


レイは驚いていた。


「あ、でもメモは覚えたら処分した方がいいよ。情報漏洩防止!」


あとは使ったら元に戻すとか…とブツブツ続いたが、紘の解説よりもレイは自身に渡されたものに驚いたままで固まっている。


「情報漏洩防止はいいんだが…その、いいのか?」

「何が?」


紘は何がいけないんだろう、という顔をしている。


「僕に、渡して…」


レイは彼らのなかでサイコパスや裏切り者だと言われ続けてきたのに、という考えがあり、そんな思考があるはずの紘が純粋にレイを見ていることに戸惑っていた。


「もしかしてレイってこういうの使えない?僕、色々伝わったからてっきり―」

「そうじゃなくて、僕は…僕は、世間で裏切り者だぞ。」


紘はレイから出てきた言葉に目を丸くして、レイは紘から目を逸らした。


「…でも、レイは裏切ってないんだよね?」

「あぁ。でも、裏切り者と言われる側の言葉を信じるのか?」


言葉以上に、レイがん感じてきたレッテルは重かった。紘も、天才と称されるだけの技術者というレッテルの重みがある以上、その言葉に隠された思いのいくつかに気づけた。


「レイは自分に酷いことしないし、強要もしない。三食食べれるし、けっこー寝れる。クルのことも傷つけない。自分らを助けた恩人って認識以上に、自分はいい人だと思ってる。」


自然と感謝はしていた。最初に怖かったという感情も紘の中にはもうほぼない。


「だからって、僕には噂だって―」

「噂は噂。あの話はあの話。自分は自分の目で見たレイを信じたんだ。自分の探求に付き合ってくれる、そんなレイをね。まだ少し怖いけど、怖くて縮こまってたら何もわからないでしょ。自分も、クルみたいに進みたいんだ。」


紘はぎこちなく笑う。

レイはそれを見て今まで虚月透真にいたことがなんともないように見えていた現実が全部、紘なりの恐怖心への対抗の仕方だったのだと悟った。


「今だってそうやって説いてくれるレイは、どうやっても優しい人だよ。」


レイは「そうか。」とだけ返して、紘からの言葉を受け止めていた。


「レイもレイだね。自分らのこと信じてよ、クルもまーだ素直じゃないけど、レイを見てたら、勝手に信じてるから。」


僕は自然と信じられないことが当たり前に思っていたと、レイは自嘲した。紘の言葉に涙が出そうだ。


「レイはとっても優しい。そりゃ、自分が出会ってきた人間は酷い奴ばっかだったろうけど、優しい人間の中でもレイはただ優しいんじゃないから。」

「…ヒロは機械以外でもよくしゃべるんだな…」


照れ隠しに言った言葉。どことなくそれは紘もわかっていた。だからこそ「いや、自分今滅茶いいこと言ってたのに、そこ⁉」と笑える。


「冗談だ、ありがとう。」


レイはくすっと笑った。

他の注意事項も話し終わって、レイの退室間際、紘はねぇと呼び止める。


「多分、レイの為なら自分、すごい楽しく作れるよ」


笑って言う紘だが、その手の微かな震えをレイは見ていた。


「あぁ、今度悪戯用バズーカの設計図を持ってくるよ。一緒に作ろう」


レイはあえて気づかないふりをした。それが今の最善だと判断して。




 信じることができなかったのは、僕自身だった。僕は人が怖くなっていたらしい。もう一度、信じていいのだろうか。許していいのだろうか。信じたい。許したい。でも真相が怖い。だから、ずっと怒っていた。人を恨んだ。信じなかった。でもさ、あいつらと過ごしてたら、心がフワフワするんだ。懐かしい感覚が蘇るんだ。いいのか?信じても。一人で戦わなくても。

机の端に置いてある、写真立て。かつての大切な二人。

心の鬼はいつまでも許すなと叫ぶ。あの痛みは何処に行くのだ、と。


…僕はまだ真相を知らない。何かやっていたかもしれない。あいつに辛い決断をさせたかもしれない。

あいつに心の隙を作らせてしまったのかもしれない。わからないのだ。悪なのか善なのか。


「…信じる。」


僕もきっと進む時だ。一人で戦わなくていいかもしれない。救われるかもしれない。許せるかもしれない…そう思って最後に目に収めてから写真立てを伏せて、パソコンに向かった。






***********

 暗い部屋の中、虚月透真・首領斎藤ルアは椅子に深く腰掛け天を仰いでいた。一人きりの部屋に、己の呼吸音だけがする。


「………。」


あの日死んだはずのレイは生きていた。あの日、レイは確かに死んだはずだった。

真壁が俺に、処刑の完了を告げたのだ。俺は最後までレイを信じていたから、命令を告げて処刑の場からすぐ去った。だから俺はレイの死体を確認していない。あいつの死に顔など見たくなかった。

今となっては余計に顔を合わせられない。どんな顔をして会うのが正解だったろう。真壁に仕事を一任して俺は一人、部屋で涙を流した。レイを殺すように最終指示をしたのは、他でもない俺だというのに…レイが死んだ日、あいつがいなくなった日に、俺は正しい判断をしたと自分に言って、この後悔は捨てたというのに…今になってまた後悔の念が俺を責め立てる。レイが生きてて嬉しいが、素直に喜べない。

きっとレイは俺を恨んでる…レイより、チームを選んだから…


 俺はあの時、チームの分裂を避けるため、レイに裏切り者の烙印を押すことにした。それでも、やっぱり俺は後悔してる。何も守れなかったから。約束を破ってしまったのだから。そんなことをせずに済んだ道もあったかもしれない。今も三人で共に笑い、背を預け合える未来があったかもしれない。それのどれももう決して叶うことはない。なぜならもうすぐ起こる戦争で俺は勝たなきゃいけない。つまり、相手の大将を殺さないといけない。あいつを…。

今更何を思っても仕方ない。結局俺は一番守りたかった存在をどちらも失った。時は戻せない。

当たり前のことなのに、今はそれがとても恨めしく思った。




***********

 真壁、仕事を任せると言われてから数時間。流石の俺はとっくに仕事を片付けて、仕事の終わりを告げにルアの部屋を覗いたら、ルアは泣いていた。やっぱりあいつのことを想ってだろう。俺にとっちゃあいつは邪魔者。計画の狂いは、決まってあいつの存在が引き起こす。

 あいつが生きていたとわかってすぐ連絡して、計画の変更を尋ねたが、変更はしないと言われた。俺は今のまま続けるしかない、と思いながらチェス盤からクイーンの駒を弾き出した。

「これだから…あいつは邪魔なんだ!」

荒げた声は鏡の中でくすっと笑われたことに気づかない。

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