我儘
夜中、拠点前で俺はレイの帰りを待った。この時間になってもなお、レイは戻ってきていない。どこかでやられたとしたら、騒ぎになるだろうから恐らくやられてはいない。第一、拠点を覆ったこの氷はレイのものだ。
夕方俺が拠点に着いたと同時に拠点は氷で覆われ外と遮断された。紘の偵察機の情報によると、その氷のおかげで相手側は何もできず、帰還していったらしい。それでもこちらの状況は最悪だ。
津宮は全身火傷。箇所によって度合いは違うが、全体的に酷く、意識不明の重体。
ソウは義足は無茶×高温により壊れ、さらに右目を失明。今は元気に飯食っているが、二度とソウの右目は何も映さないし、義足の再結合にも時間が必要らしい。
田中は青鎌に逃げられたらしい。こちらは大きな怪我はなく今は睡眠をとっている。
他の重傷者と言えば、双龍、羽谷が左腕を骨折したことで、相棒である天は幸いにも軽傷だった。そこに加えて三月は行方不明のまま。今もどこにいるか…生死も不明だ。何より最も痛手なのは、駒場が倒れたことだろう。駒場が居れば、クルはすぐにでも外傷を治せた。
駒場は能力を使いすぎて倒れたとのこと。それが原因な以上、当分目覚めないだろう。
それは鬼呪一天の回復役がいないことを指す。
今動ける面子だけで明日の戦線を生き抜くのは厳しいだろう。
真壁側の戦力で削れたのなんて、井守くらいだ。他にもいくらか削ったが、まだ戦力はあるだろう。石崎も高坂も向こうにはまだいる。秋崎達は真壁側に下ったが故に戦線にはいたが、手出してこなかった。
それはまだ俺達の味方だと言っているようで、ありがたかった。
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レイは夕方拠点を氷で覆ってから、手あたり次第真壁陣営の人間を戦闘不能に追い込んだ。四肢を折り、腕だけを斬り、いくつもの骨を砕いた。そうやって復帰できないように、でも殺さないような加減をしながら、夜、ようやく中心街に入った。闇夜に紛れ、見張りを欺きながら塔の真下に近づく。
塔の真下はさすがに人が多く、最も警戒されているらしい。レイは爆弾を手に、建物の影から飛び出す。一瞬にしてレイに殺気が集中した。
地面に向けて、思い切り爆弾を投げるとレイは飛ぶ。
「バァカ、閃光弾だよ。」
ゴーグルをしたまま最上階に飛んでいくレイが確認すれば、見張りの連中は目を抑え悶えていた。もちろん、ただの閃光弾ではないからな、なんて思いながら最上階の窓を割って中に入る。
最上階は部屋があるだけらしい。……敵将の本丸の部屋だ。
向けられた武器を凍らせて、レイは真壁にナイフを向ける。
「動くな!動けばこいつを今すぐ刺す。」
「…俺が大人しく刺されると思う?」
真壁は表情を変えない。
「思ってない。お前を殺したところで、もう一人が計画を遂行するのはわかってる。」
「流石、レイだな。」
真壁は薄く笑い、部下たちを下がらせた。
「さぁ静かになった。要件を聞こう。」
レイはナイフを下し、ゴーグルを外してから、二、三歩下がって頭を下げた。
真壁に対する怒りも憎しみも今は何もかも押し殺して。
「交渉だ。」
真壁は現状に驚き、目を彷徨わせているようだった。
レイは頭を下げたままでいる。
「総長自ら乗り込んで来るのには驚いたが、これまた驚きだな。」
真壁の言葉は面白味をはらんだような物言いだが、微かに乗せられた困惑をレイは聞きとっていた。
「材料は?」
「…僕以外の命を奪わないでくれ。それを守ってくれるなら、僕はどうなってもいい。僕はそれが約束されるなら、死んだっていい。」
「再三の忠告を無視した挙句、無理だと思ったら交渉か?自分勝手もいいとこだな。お前が散々巻き込んだ連中を何で俺が聞くと?」
「…お前は頷くと思う。お前の言う通り、僕の勝手だ。あいつらを巻き込んで頂点を目指したことも、ここにきてお前に頭下げてることも全部僕の勝手だ。」
少し顔を上げてみれば何とも言えない表情の中に困惑の色をした瞳がレイには見えた。
「勝手な僕についてきてくれた奴らに生きてほしいと願うのは僕のエゴだ。それでもお前は、どんなにこの自分勝手な人間による交渉でも確実に聞き入れると思う。」
―だってお前は馬鹿じゃない。感情論よりお前達は利を選ぶことを知っている。
「僕が生きてる限り、そっち計画は進まない。僕が生きてる限り、君らは僕らを抑えられない。僕が生きている限り、僕はたった一人でも邪魔をするから。だが僕が死ねばそれらは解決する。だからこの言葉を君が無視するはずがない。」
実際真壁は考えているようだった。聞く気がなければ、とっくにあほらし、と嘲るお前が今真剣な顔をしているのだから、それだけで交渉はもう半分できているといっていい。
レイが交渉の手ごたえを感じる中、真壁はこれだけ人数を投入しても制圧できない鬼呪一天に本当に感心してた。
レイがいくら強くとも、この結果はそれだけで言えるものではない、と。
「それに、この交渉が成立すれば君は鬼呪一天の戦力をそのまま手に入れることもできる。」
本国デビュー後、世界進出をもくろむなら戦力はいくらあってもほしいだろう。特にレイの仲間は強いということは真壁もよくわかっているはずだ。
だからこその交渉で強気を保てる。
「…そうだな。お前の言うことは理解できる。だが無条件には聞き入れられない。お前のそれが嘘の可能性もあるし、こちらもかなりやられている。井守は死んだぞ。」
心の中でレイは真壁が亡くなった存在を把握していることに驚いたが、顔には出さない。
「お前は知ってるはずだ。僕があいつらに生きてほしいと願う気持ちは偽りじゃない。」
真壁は何も言わない。
「あいつらが生きるためならどんな犠牲も払う。お前が今此処で僕に土下座しろってなら、どんな感情があろうがそれをやる。それくらいには、本気だ。」
レイは下げ続けていた頭を上げて真正面から真壁を見た。その表情は少し懐かしさがあった。
「最初から無条件にとは頼んでない。条件つけたきゃつけてくれて構わない。あいつら殺せとかそういうんじゃなければ必ず叶える。」
レイの本気に押され狼狽したのは高坂だった。
「…どうするの、真壁?」
真壁の横でずっと聞いていながら初めて声を上げた。
「お前はどうしたい?」
真壁が聞いた。
その様子は真壁も困惑しているのだと言わんばかりにどこか不慣れな様子だった。
高坂の顔はレイには読めない。声が微かに震えているのを聞き取れただけだ。
「…散々レイについて聞き回ったわ。私はもうあんな妹要らない。死体も要らないから好きにしていいわ」
高坂のことをわからないながら、レイはその言葉がすべて嘘であると感じていた。しかし未だに高坂の狙いがわからない以上、何も言えることもないし、どうすることもできない。
「お前はレイと一緒に死ぬのかと思ってたが、違うのか?」
三人目の声。しかしその声は真壁と同じ。抑揚と低さが僅かに違う。―双燕だ。
「あら双燕。私にここまで知らせておいて、行く末を見せてくれないの?せめて統一までは見てたいわ。」
「そうか、好きにしろ。俺はレイが死んだらそれでいい。」
双燕はそう言ってレイを見ていた。
「要田、判断はお前に任せるよ。レイが死ねば全ては上手くいくだろうからな。」
「わかった。なら俺の判断を下す。」
双燕は去り際、レイに小さく言う。
「雑魚の為に命張るなんて、もったいないよ。せっかくお前は強いのに。」
レイは怒りを抑える。今手を出せば交渉は無駄になるのだ。
双燕が完全に出て負った後、「…レイ、俺はお前が嫌いだけど尊敬はしてた。」と真壁は言った。
その言葉に驚いて、一瞬僕の緊張していた表情が解れた。真壁は僅かに目を逸らす。
「だから、その助命は聞いてやる。もちろん、こちらが提示した条件は叶えてもらう。」
「…わかった。」
「一、鬼呪一天の解散。二、鬼呪一天、メンバーを監視下に置く。」
レイは当然そうなることは想定していた。だからこそ、「君じゃ信用ならない、監視は平和連合にさせてくれ。」とすらすらと言葉が出た。この不随条件は多分問題なく通ると確信している。
「わかった。お前の仲間は平和連合に引き渡せ。平和連合は人の命が大事だから、ある種の信用がある。」
真壁は飲んでくれ、三つ目が告げられる。
「三、鬼波零斗の死亡。」
驚くことはなかった。レイの心の中で一切の波が起こらないほど、わかり切っていたことだ。今更、真壁が覆してくれるはずがない、散々言われてきたことなのだからこそ、レイにはとうに覚悟があった。
「…わかった。一日、時間はもらえるか?」
「あぁ、解散宣言をちゃんとしてもらう。」
「…十分だ。感謝する。」レイはもう一度頭を下げた。
「明日、夜には平和連合の連中に迎え行かせる。お前は俺の元に連行、メンバーはその時点で監視下に入ってもらう。もし、破れば―」
「破らないよ。」
真壁は静かに言葉を受け取って「そうだな、お前はそういう奴だった。」とだけ言った。
もう一度頭を下げて、レイは堂々去って行く。真壁の部下達は黙ってレイを見ていた。
これでいいんだ。これで――――――――――




