決着
津宮のいる場所からおよそ三キロメートル先、夕叶崖中心 鬼波零斗VS間宮流過
一式より上はあると思うか?
真に聞くと真は過去に一人だけ異次元な奴がいた、と答えた。
段階のことは先人たちも無意識に理解していたらしい。管理人はUNCが管理人より断然強くなることを恐れ、下手に段階のことや、能力の分類については教えなかった。当の僕だって、図書館引きこもり生活をするまで知らなかった。
段階がいくつあるかは、研究中だったのを僕が師匠に頼んで研究資料のコピーを貰い、一年かけて見出した。もちろん師匠に共有して、師匠の出世に貢献した。五段階とはいうものの、僕らの世代は平均が高かった。一つ確かなのは、今の世代の中に五式のUNCはいない。真が生きていた頃に比べて、圧倒的に一式が多く、ほとんどは三式。また、中心となって戦う者は二式以上。真曰く、異端の世代。
一式より上はどうなるか?
そう問えば、真は目的の力を手に入れられるだろうね、と答えた。
僕は仲間を守れる、絶対的な力がほしい。真壁は論外。なら、その真壁を圧倒する力がなければいけない
それには一式では甘い…だから、僕は一式より上を目指す。そう決めた。
「レイ…!」
「ルカ、お前そんなに僕が憎いか?」
目の前の敵は何度交渉しても揺らがない。
「あぁ憎いよ!」
僕はルカと何かあったかなんて、正直わからないのだ。でも、理由もなく執着されるとは思えない。
**********
レイはお人好しだ。どうしようもないほどに優しい。変わった今でもその優しさは消えることを知らない。その証明にルアやソウが今レイと共にいる。あの二人は真壁によって追いやられたとはいえ、一度レイと敵対している。その優しさに甘える連中が樹炎には多くいた。同時にその優しさに救われた者が多くいた。俺様もそんな一人だった。
レイに出会ったのは、ナオに出会うより先だった。
樹炎に入りたてで、俺様は正直友人と言える者がいなかった。作る気もなかったが、俺様のことは遠巻き見る奴ばかりで、つまらなかったのだ。
「君がルカ?」
レイはある時ふらっと現れた。
「そうだけど。」
「僕と組手してよ。」
「は?」
「僕、弱いから、強い子に頼んでんの。」
「いつもの二人はダメなのか?」
「二人は二人でこそこそなんかやってる。」
中身は何処か七歳らしくなかったが、見た目は年相応、もしくはそれより幼く見えた。その日からしばらく、レイとは組手をする日々だった。俺様は当時から、力には自信があり、それを認められていたのは心地が良く、レイの申し出を受けた。レイのおかげもあって、俺はルアやソウと仲良くなって、ナオにも出会った。だから、レイには感謝の念をかなり持っていた。
しかし、管理人が四天王を決める頃にレイへの感情は一変した。
四天王として真っ先に決まったのは俺だった。俺様は力そのものを評価された。他に俺様に及ぶものはおらず、〖一神〗の名を貰った。俺様は当然だと思った。俺様の次にルアが決まった。
ルアは知識を生かし、策略に関して高評を得た。同時に、物理では他に劣ったが喧嘩でもその知は輝き一度も負けたことがないほどだった。そこから、〖賢神〗の名を貰った。
次に決まったのはソウだった。圧倒的戦闘センス。ルアの策の前でも決してただでは倒れない。戦闘馬鹿なのも相まって〖邪神〗の名を貰った。
就任式も終わって、それぞれの証を見せ合いながら喜び合い、あと一人が誰か予想していた。
「最後の枠に絶対食い込んでやる。」
「やめとけ。お前は無理だ。」
レイは俺様に宣言して、六月に行われることになったサバイバル戦に向けて必死に森を駆けていた。
傍らには狩った獣の死体を置きながら同時に技術訓練も並行していた。
「四天王に決闘が申し込まれて、負ければ速攻交代だぞ?お前には―」
「僕は二人に並びたい。自分が誰よりも未熟なのは理解していても、僕は…」
「なぁお前には二人が全てなのか?」
当時の俺様がなんでそんなことを思ったかなんてもうわからない。
ただ、レイに他とは違う感情を持っていたのは覚えている。
「僕にはあいつらしかいないから。」
あの二人だけがレイを輝かせていた。
レイをいじる連中はレイを馬鹿にして、四天王になれないといったが、レイはその努力とめげない精神を評価され、〖無神〗の名を貰った。その現実に納得しない連中は「無能力」の無神だと噂し、そっちの方が定着していた。
レイは守られていれば良かった。ただ守られていれば…
四天王になったレイには決闘をしょっちゅう申し込まれては傷つき、なんとか勝ち残っていた。俺様はレイに辞退も薦めた。しかし、レイは一向に認めずにひたすらに強くなろうとだけしていた。段々、周りに認められていくようになったレイが俺様は気に喰わなかった。だから、レイが気づく前にレイの評価を下げるような噂を流し、孤立するようにしていた。だが、あの二人はレイから離れなかった。俺様はそんなことをしていたのが二人にバレ、密かに追放宣告をされた。結果として、俺様はルア達のもとを離れた。
最初のうちはレイがこっそり会いに来てくれていたが、俺様から突き放した。
レイのせいで居場所を失ったも同然の俺様は、力で人を捉えるようになった。
レイがきっかけで俺様は手に入れたもの、失ったもの…俺様はレイへの感情が複雑だった。認めていたからこそ、それの反動は大きく出て、途端にレイが憎くなった。
「お前なんて死ねばいい。」
小さく出たその言葉は、純粋にそれだけを強く込めていた。
ルカの押されているのが見えた。昔から見ていた杉山から見て、今のルカはどこか冷静さがない。もちろん元々大してないのだが、それでも強敵を前にまともな判断を下す理性はあった。今はそれすらない。杉山は心配をしていたが、もう間もなく、竜巻が完成する。
すべてを飲み込んで、ルカに勝利を捧げるための竜巻が。
**********
何とか辻先を退けた。あいつは俺が覚醒するなり、隙を見て逃げ出した。追いはしなかった。消えた辻先を見た後は、他の加勢へ走る。紘はルアに守られながら戦況を見ているだろう。二人を見つけて聞いてみれば、ソウは勝利し、レイVSルカの周りの敵を片付けている。それと驚いたことに、ルアは戦っていいたらしい、あの薄川と…やはり、真壁の魔の手はそこらかしこに伸びている。
現在、十三時を過ぎた。戦況は固まりつつあった。俺は中心で乱闘をしている田中達に加勢しよう。
**********
鬼波零斗VS真宮流過
ルカを確実に殺す。今僕にあるのはそれだけだ。殺すことに抵抗ないのか?と聞かれたら、僕は迷わず抵抗があると答える。殺さないでいられたらどんなにいいか…
でもここで殺さなかったら、確実に僕が後で死ぬ。僕が殺さなかったら、他の誰かが手を汚すことになる。
むしろ、今まで誰も殺さずにいられたことが素晴らしいことだろう。
千殊島へ来る前の総計では四百もの人が死んだという。子供同士が権力、強さ、居場所、友情、栄光…皆欲するものを奪い合って、生き残るために殺し、守るために奪った。まだ僕らは子供なのに、そんな現実を突きつけられている。
現段階で、この島の死者は三十人ほど…少ない方だろう。過去の記録と比べても歴代最低記録らしい。しかしそれはそれほど生き残っている人間がいて、戦う人間がいるということ。複雑な情勢がまだ深く絡み合うということ。つまり、今の記録もこれから変化していくのだろう。
もう間もなく、たくさんの命が失われる。僕も…奪わねばならない。
一つでも多く、命を守ろうと思うならここでルカは殺さなきゃいけない。躊躇うな!
ルカへでかい一撃を与えた。ハンマーを振り上げたルカの背後を取った―鎌で、背中を深く斬りつけたのだ。ルカは痛みに体を歪ませ、僕から距離を取り、膝をついた。
僕は次の攻撃を構えた。しかし、度重なったダメージは決して軽くなく、僕の意識を遠ざけようとする。自身も距離を取って、仕込んでいた鎮痛剤をかみ砕いた。
「レイ…」
サングラスの隙間から見えるルカの目が歪む。
「ルカ…終わりにしよう。」
「俺様は…」
「この先多くの命が消える…それは自分でもわかるだろう?真壁に利用され続けるつもりか?」
最後の賭けだった。これでルカが完全に真壁と手を斬り、僕に味方してくれれば殺さなくていい。
「お前が傲慢で、くそったれなのはわかってる。その中に人並みに優しさがあることも僕は知ってる…」
「…俺様は散々、傷つけた。最後の最後で情けをかけるな。気が狂う。」
ルカは自嘲していた。
さらに表情は屈辱だと言わんばかりに歪んでいた。ルカは僕の最後の淡い期待をも打ち砕いた。
そうだよな、お前もお前なりに命張って戦場に立ってる。殺すことが今のこいつにはいいのかもしれない。
これが僕を憎んで立ち塞がったこいつへの立派な餞なんだろう。
「じゃあ、いいんだな。」
「お前に人を殺せるか?」
皮肉めいた笑みを浮かべるルカはサングラスの隙間から一切目を逸らさず僕を見ていた。僕は頷くことなく視線をルカへ向けていた。
ルカは一息吐いて、武器を捨てた。出血が止まらない今、死は避けられないことを悟ったのだろう。
せめてもの優しさを見せるなら、早々に殺してあげることだ。
僕はそう思って、一歩ずつルカに近寄り鎌を構え直した。
ルカが膝をついているのが見えた。無神のレイがルカに膝をつかせた。俺は動揺して竜巻を消してしまった。俺にとってルカは全てだ。たとえ、ルカに作戦をぶち壊したことを責められようと、俺は構わない。王は死んではいけない。何があっても、死んではいけない。俺の全てを―
レイが鎌を高く掲げ、ルカの首に向けて振り下ろした―俺は飛び出した。
「ルカっ!」
**********
僕が鎌を振り下ろした。しかし、斬りつけたのはルカの首じゃなかった。
「杉山っ⁉」
僕が見るなり、視界に鮮血が散った。
ルカも顔を上げ、倒れていく杉山を見た。その目は点のようで、揺れていた。
「ナオ!」
ルカは血を流しながらもナオを抱え、必死に呼びかけた。
「ナオ…馬鹿かお前…」
「ごめん…作戦…」
杉山は自分を震えながら抱き抱えている王が怒っているのだと思った。
「本当だよ…お前がちゃんとやってれば、お前は死ななかった。」
杉山は王からの思いもよらない言葉に瞳を揺らした。
「俺は…ルカに生きててほしいんです。誰がどう思うと、俺にとってルカは光だったから。王のためなら俺は死ねる。」
ナオの傷は首から胸にかけて…ルカよりも出血は酷く、目の光は徐々に失われていく。
「…ナオ…俺様は…俺は。」
「俺の死如きでルカは止まっちゃいけない。」
しかしルカは首を振って「俺はナオしかいなかった……死ぬな…!」と叫んだ。
ナオは静かに微笑んで息を引き取った。
ルカは涙を流しながら、ナオに縋った。そのままルカはナオの隣に横になり、浅い呼吸を繰り返した。
「レイ…」
僕は鎌を投げ置き、ルカの傍らにしゃがんだ。
「…死んだら、ナオと、一緒に…」
僕はそれを無視してルカの傷口を抑えた。
「杉山に生きろと言われて死ぬ気か⁉」
「…どうせ、この様だ…お前に殺されんなら、本望だ…無神のレイ…最高の相手だ。」
「生きろ。生きろ。生きろ!僕は、お前にも死んで欲しくねぇよ!杉山だって生きてほしかった!でも、僕は殺した。それは変わらない。」
「殺した奴が…泣くなよ。」
なんで僕らは殺し合わなきゃいけないんだ…!
自然と涙が出て来て、視界を悪くする。今は、ルカを助けないといけないのに。
「…僕達は、どうして傷つけあわなきゃいけない?そう思うだろ?生きろと言われたんだ!生きろよ!」
「…今更どんな顔すりゃいいか、わかんねぇよ…」
戦場が静かになった時、僕は僕が手を下したことを理解して手を合わせた。今は静かに風が吹き抜けた。
十月九日 十三時十三分、三名の死者を出し、戦いは終結した。
杉山のことはレイにとって初めての殺人だった。
今でも、杉山が死んだ時の光景が感覚的に残っている。
考えたくもないが、クル達がああなってしまうようなことは絶対に嫌だ。逆に、クル達にこの感覚を味合わせたくはない。僕だけが罪を被って、新しい世界で裁きを受ければいい。救われた僕にできることは、それくらいだ。僕のような殺人者をこれ以上、出さない。僕たちの代で今の世を変えて見せる。
**********
数日後…
後処理も終え、報告をした帰り、レイは拠点の医務室に入ってベッドで眠る一人を見た。
「容体は安定しているわ。後は本人がどうするかね。」
駒場はカルテをレイに渡しながら言う。
「……生きて、恨んでくれたら、それでいいんだけど。」
「これから本番って時に敵増やしてどうするのよ!」
駒場は一喝する。
「敵になってでも、死んで欲しくねぇってことだよ。そりゃ…話も通じない奴がいるだろうけどさ、こいつは、まだ話が通じる。」
レイはカルテを握ったまま白いベッドで目を閉じるルカの顔を見やった。
駒場は何も言わずに医務室を出て、廊下で立ち聞きしていたルアを見るなり溜息を吐いた。
「あの甘さがレイの素晴らしさであると同時に爆弾よ。ルカはレイが言うほど話が通じる相手じゃない。」
「…俺もそう思う。でもレイはルカを生かすことを決めた。殺すつもりで行ったのに、結局レイは救うことを決めたんだ…」
「…もう、私はレイを理解しきれないわ。」
「…俺達にできることは、信じること。あいつは、守るべきものをちゃんとわかってるはずだ。」
駒場は呆れた顔をして歩き出すが「貴方も大概ね、ルア。」と言って目を細めていた。
午後、レイは一人、拠点より北の開けた場所へ足を運ぶ。海風がレイの頬を撫でて、晴れ渡る空が海に輝く。レイは足を止め、手に持っていた花束をそっと、レイの背丈ほどの白い十字架の前に置いた。
腰を下ろして、レイは悲しそうに十字架を見つめる。
「…こんなとこに墓か?」
後ろから声がして、レイは少しムッとした。
「ついて来てたのか。」
「いや、途中から。」
レイは後ろにいたクルに十字架を見せた。
「これはまぁうん。お前の言う通り墓だよ。でも誰の遺体も入ってない。」
「今日、杉山を埋めんだろ?聞いたよ。」
「…あぁ……これは墓である前に、僕なりの贖罪だ…」
レイは続ける。その口ぶりはどこか苦しげだ。
「鬼に乗っ取られていたから、僕自ら殺したのは今回が初めて…でもこの手はもう人を殺してる。その時の遺体は原型を留めてなくて、管理人に回収された。…僕が殺した命は鬼の能力でも戻せない。だから、彼らが生きていたことを忘れないように、僕が罪を犯したことを忘れないための十字架だ。」
「そこに杉山を埋めるのもそういう理由?」
「…ルカが、なんていうか知らないけど、管理人に渡すよりはいいだろ。」
レイはそう言って悲しそうに笑っていた。
管理人に渡った遺体の行方も扱いも俺達は知らない。死んでしまった奴は、引き取り手がいない限り迅速に管理人に引き渡されて埋葬されるらしい。戦争では負けた方のチームが壊滅していた場合、引き取りても代表もいなくなるケースが多く、大半は管理人に渡る。敵方が引き取って埋葬をすることは稀だ。
それに、生き残ってるチームの代表たちが、亡くなった人を丁寧に扱うかどうかも怪しい。UNCにはそれ故か、本国にある葬式という文化がない。
レイがナオをこうして埋葬したことは、きっとルカにとってもナオ本人にとっても一番いい形なのかもしれない。そう思った俺は、どこかで管理人への不信が蠢いていた。
**********
レイがルカを破った。俺の駒は一つ減ったに過ぎない。計画に支障はないだろう。
問題があるとすれば、鬼呪一天が急速に力を底上げしてきていることだろう。鬼呪一天側が全員一式になれば、俺の方の奴らは一式が少ないから、厳しさが出る。
「真壁ーみせしめ終わったよー」
うしろから、血の匂いがして思考が遮られた。
「おい、室内にゴミを持ち込むな。」
「気にする必要ないでしょ、これからずっと漂うのに。」
フフっと笑う高坂は一番異常性を秘めている。
「…それよりアレは上手くいったか?」
「うん、私の中に収まった。」
高坂の赤い瞳は片目が黒に変わった。
吸い込まれてしまいそうな漆黒。鬼神伝説にある能力と相対する能力が鬼の能力とぶつかった時、どちらが勝つか。
不可能を可能にする力と、可能を不可能にする力。
答えはやってみなければわからない。




