天才
あいつが違反者と拘束されたのは六月の半ば。すぐにでもレイに知らせようとしたが、最後にあいつから寄こされた書類の中に、「盗聴注意」というメモ書きが入っていたのを見てできなかった。
どうやら俺達は目を付けられている。結局詳細を伝えられたのは、あいつが拘束されてから丸ひと月経ってからで、レイは先に灯骨から情報をある程度は聞いていた。
詳細をやっと言えたとはいえ、俺もたいした情報はなかった。面会できるのも、拘束から二か月たった今頃だ。
独自に調べた結果、上は管理人のUNCとの癒着を調べているようで、どの管理人にも盗聴だとか尋問を行っているようで、俺は幸いにもあいつの残していた暗号からの情報で乗り切った。上による調査は難航しているらしい。
だが、俺を助けたあいつは今、地下監房に囚われている。調査の間監禁だというが、あそこの看守は短気なことで有名だ。あいつの性格上、相性は最悪。何もないといいが…
「勝井団長!なぜここに?」
地下監獄施設の看守である体格のいい男は俺の来訪に驚いている。まぁ普段、管理人のお偉いが地下に来ることはないから当然だな。
「内通者の一件で聞き取りを行いたい。面会をさせてもらう」
「構いませんが、今は…」
「なんだ」
「その―」
そこへカツン、と別の靴の音がして、鉄格子の向こうにある廊下に白衣の男が立っていた。
「なんだ、自分に客か、看守」
薄々そんな気はしてた。そんな気はしててたが…あぁまた胃が痛い。
「矢辺様、勝井団長が面会したいと…」
「通せ」
看守が畏まった様子で鉄格子の扉を開けた。俺は何も言わないが、看守のことを睨んで中に入る。
「なんで拘束された容疑者が監獄内を闊歩し、看守を顎で使ってる?」
「まぁそうかっかするな。久しぶりの再会だろ?積もる話もあることだし」
続けて、ここは盗聴の心配がないから安心しろ、と淡々と言われた。
この白衣の男、矢辺亮は、現在UNCとの内通を疑われ、癒着事件の第一参考人として拘束、調査されているはずの、本来不自由であるはずの身だ。なのに、この数分でわかったことだが、看守に恐れられ、監禁どころか、監獄内を自由に歩き、自室と思われるこの部屋には既に様々な器具が置かれている。
つまり、こいつが囚われる前と自由度がほぼ変わっていない。
「ほんとにお前《《ら》》は…!」
「あぁそうだ。鬼波は元気か?あいつには何も連絡できなかった」
「元気もいいとこ。麗華連合を潰して、平和中立連合の高田を粛清したよ。」
それを聞いた矢辺は嬉しそうに眼鏡の奥の目を細めた。
「お前が看守にやられるか、看守がお前に食われるか考えていたが、愚問だったな。お前がああいう短気な男を転がす天才様なの忘れてたよ…」
「そうだ。馬鹿程扱いやすいものはない。少々実験に付き合わせたら自分に快く協力してくれるようになった」
俺は溜息を零す。この男も俺の胃痛の原因を作る人間だ。まだいいことに、自分で大抵の後始末はしてくれるんだが…
「で、上の様子はどうだ?」
「何も掴めてないだろうな。お前を拘束して管理人を一斉調査してるのはいいが、動きがない。お前が拘束されて以降、消えた奴も拘束された奴もいない。」
「そうか。やはり俺はただ鬼波と実験をしていたことが奴らの疑いの目を向けさせたようだな」
「多分な」
矢辺亮はUNC管理人・研究開発部第一室長という大層立派な科学者先生だ。かつては神童と言われて育ち、今でも天才と言われる変人。そんな男は何の因果か、俺の担当UNCであるレイと出会ってしまった。
当時の俺は矢辺のことを知らなかったし、レイがただのクソガキににしか思えてなくてこの出会いをそこまで問題視していなかったが、今なら言えることがある。
二人の天才は出会ってはいけなかった。
「混ぜるな危険」という言葉がお似合いなほど。
矢辺は天才で研究においても多大なる貢献を成し遂げた人物だったが、その才能が周りを隔て、本人には積極的な協調性がなく、孤立していて、よく勤務時間はサボりをしていたそうだ。本人も周りに特段興味はなく、愚者は愚者というスタンスのせいで余計孤立を促していたらしい。
で、サボってるところへレイというもう一人天才が現れてしまった。俺から逃げてる間に、施設から抜け出し、研究棟へ潜り込んでしまった。その結果、レイの方が矢辺に興味を持ち、自ら教えを乞うたそうだ。
あのレイが、自分から。
レイとしては、自分より賢い人間から知恵を盗もうとしただけで、最初は矢辺という人間をただ利用しようとしただけに過ぎなかったと思う。矢辺も矢辺でUNCを実験台にしてやろうとしか思っていなかっただろう。
だが天才と天才は惹かれ合って、いつしか師弟になっていた。
そうして出来上がったのが、俺の胃痛の原因たち。
レイは知恵はもちろん、悪戯や人間性が成長という悪化をし、矢辺は研究成果をさらに上げたが、レイという弟子の存在によって、他の人間を一層必要としなくなり、一人で研究できるよう、独自のシステムをその弟子と創り上げてしまった。加えて、レイに悪知恵を仕込んだのも矢辺だ。
「俺はここで自由にさせてもらってるから困りはしないが、見せしめに殺される可能性はある」
矢辺は自分の現在の状況を冷静に見ていた。死を恐れる様子もなく、ただただ向き合う、そんな様子。
「勝井、その時は鬼波に知らせるな」
その言葉は想定のどこにもなかった。
「お前…!あいつがお前のことをどれだけ大事に思ってるか知らないとは言わせないぞ」
「承知のうえでの頼みだよ。鬼波は自分を慕ってくれている。自分が処刑されるとなれば間違いなくここまで助けに来る」
腑に落ちた。レイが来るのは間違いない。だけど来てしまえば、その姿が誰かに見つかれば、カメラに写ってしまえば、その時点でレイは追放が確定する。
「お前は愚者じゃない。わかるだろ?」
矢辺の目には懇願のような、あいつを思う心があった。こいつにも人の心があったらしい、俺はそれを初めてみる。初めて見るが、こんなことで見たくはなかった。
矢辺の言葉がわかってしまう俺も腹が立つ。俺もレイに危険は冒してほしくない。処刑が決まったなどと伝えてしまえば来ることは火を見るより明らかだった。
「矢辺…お前本当は―」
その時看守が飛び込んできて、わなわな口を震わせて言った。
「矢辺様ぁ処刑通知が……処刑通知が届きました…!」
「来たか…」
矢辺は一切動揺した様子もなく、ただその通知を受け取った。看守は一礼して去っていく。
扉が閉まると、「勝井、鬼波のことは頼んだぞ」と矢辺が微かに笑った。
「お前…」
俺は通知書をもぎ取って中身を見た。やはり俺の予想通りだった。
「お前は俺を庇って処刑されようってか!?」
通知書の中には、言い逃れのできないとある証拠の記載と共に、処刑日が記されていた。
”矢辺亮、貴殿ヲ内通容疑デ拘束続行及ビ、反逆罪デ処刑ス。
証拠トシテ、管理人管轄千殊島データ送信履歴発見サレシ。異論ハ直チニ申サレヨ。
処刑ノ日ハ十一月七日”
矢辺は笑っている。諦めているのか、これでいいというのか。
「…鬼波に必要なのはお前の助けだ。お前が処罰されたら困る」
俺は前にレイに送る資料を父親のパソコンからハッキングして取ってきたことがある。その時のログが今回の証拠。俺が終わるはずだったのに、矢辺はその証拠は自分のログと結びつけて罪を被った。
「お前は、あいつにとって…」
「それでもこうするしかない。他に罪を擦り付けるか?そんなこと鬼波がよしとしない。なら自分が始末を付ける」
「お前が死ぬことだってよしとしねぇよ」
「そうだろうけど、自分なら管理人への価値は大きい。処刑を引き延ばすことはできる」
矢辺そう言って一つボタンを押した。
「例えば、自分の研究データすべてが何らかの原因で消えてしまったら?」
あのボタンはあいつの研究室のデータをすべて処分したんだろう。実際矢辺の言った通り、研究データが消えたことで研究室は大騒ぎ。引継ぎもできないとかで、矢辺の処刑日は引継ぎが終了後に改めて決めるということになり、一時的に取り消された。本当にとんでもない奴だ…
消したデータはすべて記憶しているうえ、それを小出しにしかしない。仕事だって早いくせして、引継ぎ資料をのんびり作っている。
二度目の面会の時、何を企んでるんだと聞けば、矢辺は「今は時期が悪い。時間を稼いでるんだよ」と言って笑った。
嫌な予感がした。
俺に、あいつはレイに処刑のことは伝えるなと頼んだ。実際、処刑が一時的に保留になっている今、リスクを冒してレイに伝えることはせず、管理人の様子を見ている。あいつが俺にそう頼んだのは、レイに伝えてしまえば速攻やってくるのが目に見えているからだった。だが、「今は時期が悪い」という発言であいつには別の考えがあると思った。
これは俺の推測だが、あいつは待ってる。
レイが千殊島で騒ぎを起こし、管理人が内通者に構ってられなくなるくらいのタイミングを。
実際、それは起こる可能性が高いだろう。最近の情勢は北側のレイと南部の連中。あそこはもう戦争の終わりを迎えようとしている。管理人側もかなり警戒を強めていて、矢辺の引継ぎが遅れようが介入は一切してこないほどには忙しい。
末恐ろしい奴だ。わかったうえで、処刑を受け入れているふりをして、時期を待っている。
これがあのレイを手なずけた唯一の人間のやることらしい。今も、平然と本を読み、処刑が約束された未来があるくせに笑ってる。




