ご対面
クルに話すこと話して、仕事を終えたら夜はもう深く、夜風が丁度湯冷ましに適している。
なんとなく珍しい眠気に任せ、その日の僕は布団に入ってすぐに眠りに就いた。しかし、眠ったと思った後すぐに、僕は目を開いて、白く何もない空間に立っていた。
「……?」
辺りをいくら見回しても白いことしかわからない空間は、歩いてみると、足音が良く響いた。しばらく歩いていると、後方からカツン、という音がして僕は振り返った。そこには薄紫色の切り揃えられたショートくらいの銀髪を揺らし、微かに青く、緑色の瞳を持つ青年が立っていた。
「誰だ?」
僕は反射的に問いかけていた。
青年は微笑んで、僕に一歩近づくと「初めまして。」と胸に手を当ててお辞儀をした。
「俺はお前の親族…鬼波の血縁者、柴崎真。」
僕は知らない。僕の血縁なんて、何も知らない。知っているのは高坂の存在だけだ。
「鬼波の血縁と言われたところで何も…なんでそんな人が僕の夢に?」
「ここは夢の中じゃない。お前の精神世界だ。それにしても知らないんだ。まぁ無理もない。UNCは情報を制限され過ぎてる。」
そう言って柴崎真はどこからともなく、一枚の紙を出した。
「お前は鬼の器として、俺の知恵を継承すべきだ。鬼波のことも知っていないといけない。」
そう言われて僕はどこか納得した。同時に警戒した。鬼の器と言ったな、それを知っているということはこいつの正体が鬼の可能性もある。
「警戒しなくていい。俺自身は鬼ではない。」
柴崎はそう言って右腕を出し、手首の部分を見せた。そこには何かに引っかかれたような、深い傷がある。
それは、僕の背にもあるものだ。
「!」
「わかったでしょ、俺も器だったんだよ。」
右腕をしまった柴崎は悲しそうに笑っていた。
「そうか、前に選ばれた人間がいても不思議じゃない…どうして調べなかったんだろう…」
僕は自分の思考の甘さに少しばかり悲しくなるものがあったが、今はそんな暇はない。
僕を見ていた柴崎は、「調べたところで、多分、俺の資料はない。」と断言した。
「そんなはずない。鬼は管理人にとっても危険視される存在だ。記録しておかないはずがない。」
「あぁ、そりゃそうだ。けど管理人は鬼に飲まれた俺を隠匿した。」
それを聞いて目を丸くした。
「俺は鬼に負けた。そして記録から抹消された存在だ。あいつらは鬼による壊滅の危機を俺の存在を消すことでなかったことにしたんだよ。」
柴崎はいつの間にか椅子を用意していて、座っていた。
「そもそもなんで鬼に飲まれたんだ?」
「…まぁそれは今いいだろ。ここはひとつ、鬼波の家の話をしよう。」
柴崎は先ほど出した紙を僕へ飛ばしてきた。古びた紙で字も読みづらい。
「それは家系図だ。流石にわかるだろ?本国で家系図が残されるのは限られた家だけだ」
家系図というものがあの国でどれほど大事なものかは知ってる。兄貴がそうであるように、管理人最上位の座に座れるのは貴族で、貴族の家柄は家系図が必ず作られる。商家においても、当主となった人間は名前を残す。「記録がある家」はなかなかに血筋がよいということ。
「鬼波の家もこれがあるってことは貴族だったと?」
柴崎はもったいぶって僕に答えを出させようとしてたのか、ここまで黙ってる。
「貴族なんかより上だ。鬼波は王族。お前は、現帝・鬼波双一の姪っ子だ。」
何か、ピースがハマった。そうだ、UNCリストの閲覧規制。僕と高坂と真壁のもの。
家柄が高貴なもんだと閲覧制限がかかる、とは聞いたから真壁が高貴な家柄なのはわかってたことだ。同時に、僕らもそうであることは気づいてたが、まさか王族だったとは思わなかった。
「なんだ、そんなに驚かないのか」
「驚いて何も言えなかったんだよ…」
「これからもっと長い話をするってのに、先が思いやられるな。」
柴崎は家系図が書かれた紙を自分の手元に戻して一番下を示す。
「お前は現帝の弟、鬼波一と名門高坂家の三女高坂優里亜の間にできた双子の片割れだ。そして、お前と敵対する真壁は現帝の実子で廃嫡された次男坊だ」
あぁここでまさか回答が得られるなんて。真壁はもう一人いたらしい。
「もうわかっただろ?お前の予想通り、真壁はもう一人いる。」
「…そうか。」
真壁が管理人の定める規律に違反しても、追放されなかったことは管理人と繋がってれば当然だった。でも、説明しようのない、真壁が二か所で目撃された件はいくら管理人と繋がっていようと、担当一人でどうにかできるものじゃない。あれは他の管理人にも知られているのだから、ただの管理人じゃ止められなかったはずだ。それが何事もなく終わり、兄貴にも圧力がかかった。王族だったと知った今は、それならば可能だと納得できる。
「僕の家族がどうなったかは教えてくれないのか?双子の片割れと一度会った。姉は幸せに生きてきた顔をしてなかった。両親は、どうした?」
「それは俺にはわからない。俺は、お前が見たもの聞いたものしか知らない。お前の記憶の全てからものを言ってる。お前に刻まれた記憶はお前の両親の顔と、お前が生まれた時に話してたことしかない。」
どうやら今に関しては片割れに聞くか、裏ルートを使って調べるかしかないらしい。こいつからは得られない。だが待てよ、と脳が言った。
「……見てきたもの、聞いてきたものしか知らないなら、真壁がもう一人いるのを僕はどこで知ったんだ?」
「鬼波双一はお前達に会ってた。その時にお前のところも双子か、と言ったんだよ。」
「双一の双子の片割れが真壁要田…もう片方は…?」
「それを調べるのはお前の仕事。俺はあくまでお前に知恵と力を貸してやるために現れたにすぎない」
そう言った柴崎はどこからか刀を取り出した。
「他の話はまたゆっくりしてやる。今は時間が惜しい。
柴崎が言葉を進める度、辺りは木々に囲まれて、まるで森にいるような環境が整っていく。
「過去の器の代表として、俺がお前を鍛えてやる。向こうに戻った時、鬼を抑えて力だけを引き出せるようにはなれるはずだ。少なくとも、前より抑えやすくなることは保証する。」
まだ整理され切ってない脳とはいえ、そう言われては迷わなかった。どのみち、こいつに聞き出すしかないんなら、こいつと戦ってもっと情報を得る必要がある。鬼の力を抑え込めるようになるなら、それはそれで結末を変えられるかもしれない。可能性があるのなら、やるしない。
僕も鉄パイプを出して、柴崎に一歩近寄った。
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その日から、僕にはとてつもない訓練が行われ、久々に筋肉痛というものを味わった。その間、クル達のことは気になったが、まだどこにも仕掛けていないし、南部の潜入者からこちらへの宣戦布告の気配も一切報告は受けていなかったから問題はあまりないはずだ。何か緊急事態があれば、真が教えてくれるらしいので、僕は全力で訓練に勤しんだ。
「体力ないなぁ~」
倒れ込む僕を見て、真は溜息を吐いていた。
この数日で僕らはかなり打ち解けた。僕は彼を真と呼ぶくらいには。最初の真はどうも、僕になめられないよう、気張っていたらしい。今の真は喋り方も態度も柔らかくなった。
倒れ込んだ僕を覗いて笑ってる真に「一に、お前が化物級である。」とぶつける。
「そんなことないでしょ、俺の周り割とこんなもんだったよ。」
真は平然と言う。
「二に、僕は朝の基礎メニューから行っている。」
「確かに三時間くらいかなり動いてた。でも、鬼を前にそんなこと言ってられるかい?」
立て、と笑う真に「いいや。」と返して立ち上がる。
「死んでも勝つ!」
「死んだら意味ないでしょーが。」
真はそう言いながら僕の眼前に飛んできて、また一本取っていくのだった。
***********
「死んでも勝ちますよ。」
記憶の中の少女はそう言っていつも微笑んでいた。
「君に死なれたら俺が姉さんに殺されるから勘弁してくれよ。」
「お母様もわかってくれます。私達は死んでも自由を勝ち取らないといけない。」
少女は同世代の誰よりも強く、誰よりも優しかった。俺が一族内で人を殺し、疎まれる中でもただ一人普通に接してくれる変わった奴だった。
零斗を見ていると、その少女が時折チラついて見える。血縁なのだからそうなのだろうが、姉を見ても、他の器だった奴を見ても、見えたことはなかった。
また吹っ飛んで、しばらく倒れていた零斗は起き上がって笑っていた。青い瞳中で、強く燃える火。
俺は知っている。
「零斗、少し休憩しょっか。」
「まだやれる。」
「俺が疲れたんだよ。ついでに話し聞いてくれ。」
俺がそう言えば、それなら休むか、と零斗は歩いてきて椅子を出した。
「何の話?鬼波家の話はもうわかったからな。」
「もうしないって。するのは俺の昔話。」
途端に、ウザがっていた零斗の目が興味関心に満ちた目に変わった。この数日ですぐにわかったことだが、零斗は案外顔に感情が出やすく、戦闘以外での会話ではわかりやすい。
「最初に言っておく。質問は後で受け付けるからとりあえず聞いててくれよ。」
零斗が頷いたのを見て、俺も座ると早速俺の知る歴史を語り始めた。
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初めてUNCが見つかる前の年、本国は類を見ない飢饉と天災が重なって、疫病までもが流行した。
つまり、国として滅びる寸前だった。国が金を使っても功を奏さず、初代王は神に祈った。命を削って。あいつ―初代王である鬼波始海も当時は良き王であり、清い存在だった。初代王は“神”に己の命と引き換えとし、この国を救ってもらうことを約束した、と部下に告げ消えた。遺体はどこにもなくて、初代王の死後すぐにUNC達が発見された。君達とは違って先天性の者もいれば、後天性の者もいた。だが四大元素がベースの能力は飢饉を救い、天災を鎮めた。
初代王の後任はすぐに決まった。俺の弟だ。弟も今の王とは反対で清く国民想いだった。俺は王って柄じゃないから辞退したよ。
二代目はUNC達を保護する目的で、施設を作った。やはり、急に発現した能力に戸惑い、望まない危害を与えてしまうこともあったから。同時に、UNC能力を持った犯罪者を生み出さないよう見張る目的もあった。これが今の管理人の原型だ。二代目は良かったよ、ただUNCとこの先も生きて行こうという考えがあった奴だった。本当に保護と犯罪の抑制を目的としていた…だが悲劇がすぐに起こった。
二代目の三番目の息子が王を暗殺し、他の兄弟までをも殺害して王位に就いた。三番目の子供は異質で、幼いながらに大人びていて、悪魔のようだった。さらに、三代目の死後も似たようなことがあり、王はころころと変わっていった。しかし嫌に共通して、何人かの王、と言っても全体のほとんどの王が民を奴隷とし、金だけに執着するようなクズであった。
時代を経て、俺達はそのクズであった王たちが同一人物であることに気づいた。その同一人物はUNC能力『転生』を持ち、何度も転生してこの世に現れてきた。俺は信じたくなかったが、その人物は初代王、鬼波始海。初代王は『転生』を与えられていたんだ。弟…二代目だけはそれに気づき、王位を長男に継がせる旨を早々に決定させていた。日記にこの決定に加えてこんな記述もあった。
『父が自分の息子に転生していた。嬉しいと僅かに思った自分を殴りたい。あれは、父ではない。』と。
その後のページはなかったらしい。弟は間に合わなかったんだ。
三代目は、さっきも言ったが、親兄弟を殺し王位に就いた。そのついでか、正体がバレるのを恐れてか、俺を含め親族は大体早死にしたし、させられた。さらに、UNCを島に隔離するようになったのも三代目の考案。
初代王の二度目の王人生はどういうわけか人が変わったようで、前世とは真逆の悪になった。弟が父でないと言っていたのも理解できる…
そんなクソみたいな人格になったまま、初代王はその後も転生を繰り返した。今までに何度も王をやっている。もちろん、歴代の王全てがあいつというわけではないが、あいつは何度も王になり、次第に王という存在のための法を作るようになった。権力に溺れていった。同時に、反抗しなくなっていったUNCを利用するようになった。
とくに、二世代目のUNCから、死んだUNCの体を乗っ取るように周りの貴族の連中を巻き込んで転生。今いる連中の重臣の数名は確実に転生者だ。そしてそいつらはUNCの体を乗っ取り、魂自体を乗っ取った。UNC能力は魂と結びついてる…つまり転生者たちは皆、能力を持っているんだ。
今となっては初代王は鬼波双一に転生しようとしている。
そこが区切りであることを理解したレイは早速「まだ転生してないのか?」と質問した。
「あぁ。現状もだいぶクズらしいが、まだ初代王はいない。」
「転生って、生きてる奴にもできんの?」
「出来ないはずだ。だから鬼波双一の周りの貴族の誰かがきっと初代王の手の者で、時期が来たら双一は暗殺され、初代王に乗っ取られるんだろう。」
レイはしばらく考え、頭を整理した。
しばらくすると「…僕達は歴史を繰り返されていたんだな。」と呟く。
完結した情報からの最初の言葉はこれだった。
レイはまだ全てを知るわけではない。真がどうして最初の鬼に選ばれたのかも、鬼波には何があるというのかも。わかっている事実は初代王が元凶で、この腐った世はたった一人の王の所為で狂ったのだという事実。
真はどこか思いつめるレイを見つめながら、申し訳なそうな顔をする。
「隠し事だらけのお前を信用するつもりはないけど、利用するし利用されてあげる。」
「それでいいよ。俺も全部言えない理由が理由だからね。一つだけもうわかってるけど思うけど、俺が最初の鬼だった。」
「今更気にしないよ。真は僕に対する悪意がない。」
レイは息を深く吸う。立ち止まっている場合ではない。敵は真壁だけではない。
UNCには倒さないといけない人物がこの島の外にもいるようだ。




