魔の手
レイは俺に話をした翌日、起きて来なかった。ルアと駒場が代表して確認に行ったが、どんなに呼んでも叫んでもレイが起きることはなく、唐突な原因不明の昏睡に陥ったのである。レイの担当管理人にも連絡を取って伝えたが、目ぼしい情報は貰えず、検査をしてもどこも異常などなかった。いや、正確にはレイのUNC値が最後の検診よりも高くなっていることだけが変化で異常だった。
いつ起きるかも、なぜ昏睡しているのかもわからない状況、これからいよいよ南へ本格進攻のはずが、動けないリーダーでは進むことはできない。何より、レイはまだどこから攻めるかなども決めていなかった。
島にいるUNCを把握しているレイがいないとなると下手に決められない。
俺達は日々特訓をしながら交代でレイの護衛をしつつ日々を送っていた。
何も起こりませんようにと思いながら、レイが昏睡して一月が経つという頃、夜中、大きな爆破音とともに拠点の入り口に設置されていたトラップが破壊されたという放送が響いた。
『カメラもやられてわからないけど、数的にはかなりいると思う!』
紘の放送で一気に拠点内は緊張で張り詰め、臨戦態勢に入った。
内線で各々が交戦位置に着いたという連絡が入り出した時、俺も屋上に上って霧の中で微かに見える集団を見つけた。松明らしき灯りがなおのことその数を伝えてきた。遠目でもわかる限り、二、三十の人間が向かってきているのは明らかだ。
「津宮」
屋上に駆け上がってきた三月が俺の服を引いた。
「お前はレイに付いてろ。」
「相手もわかんねぇのに、何言って…」
「俺なら相手できる…相手は―」
三月の告げた相手に俺は目を丸くし、再度ちらちらと光る灯りの方を見た。たったいま、三つ目のトラップが突破されたであろう爆発が起こる。
『津宮、三月の言う通りの相手ならお前にレイを任せる。』
内線からルアが言う。
『こっちは俺とルアで十分。俺達はこれでも強いからさ。』
ソウの余裕そうな笑いすらわかる言葉。屋上から二人を見れば、既に森の前に立ち、近づいてくる集団を待っていて、俺への笑みを浮かべていた。
「…三月、二人の援護は任せた。」
「おう。」
三月と入れ替わるように階段を駆け下りてレイの眠る部屋に入った。
「クル!」
驚いた駒場が振り返った。
「…駒場、皆のサポートしてくれ。俺がレイを守るから。」
「外の戦力、大丈夫なの?」
「ルアとソウがいる。」
そう言うと、駒場は納得したように頷いて「任せるわ。」と言って出て行った。
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「目的は無神のレイだ。無神以外は好きにしろ。ただし、無神は生きたまま回収だ。」
仲間に指示を出し、いよいよ敵の本拠地。トラップは言われた通りの場所にあり、とことん破壊した。
どうやらあの情報は正しかったようだ。
散開していく仲間達、先の方では既に交戦が始まっているようで叫び声と爆破音が響く。
開けた場所に俺も辿り着けば切り合う中心で踊り狂う二人組。片や、笑顔で斧を振るっていた。
「樹炎の四天王…」
俺の言葉に気づいた片方が俺に殺気をぶつけてくる。昔、一度だけあのサバイバル戦で見たな…確か賢神の方だ。
「秋崎寧衛!」
先にマントを羽織った賢神が俺の名を叫んだ。俺の登場で仲間も相手も一度全員の視線が俺に集まり、戦いは止まった。この隙に上手く進むといいが…
「ルア知ってんの?」
「知ってるも何も、あいつは守冷四天王だぞ。」
賢神のルア、邪神のソウ…一次UNCの中でもトップの実力を誇った二人らしい。あいつらがよく言っていた。どちらも厄介だ、と。だがこの人数相手に敵うわけがない。ましてや、俺達までもいるのだから。
「…記憶にない。」
ソウはそんな奴いたか?と首をかしげた。
「…賢神のルア、邪神のソウ…無神のレイを渡せ。」
そう言えば一気に相手方の空気が変わって、二人に至っては断固拒否と言わんばかりに武器を向けられた。
睨み合う中、一発の弾が俺の頬を掠めたが、その威力からすぐに相手がわかった。
相手は屋上にいて、俺を睨んでいる。
「三月…」
「秋崎、なんで王を狙うか知らないけど、王は渡さない。」
「ならお前らを殺して奪うだけだ。」
もう一発弾が放たれる。相変わらず、水なのに威力は異常なもので、かすり傷からは血が流れる。
昔よりもいくらか威力があがった気がする…
「俺達がそれをさせると思う?」
三月は冷たいまなざしを俺に向けた。
その目を見たら、三月が強くなったことは明白で、意志も強くなっているのだとわかる。
「…さぁな…」
秋崎が三月から目を逸らして、槍を持って走り出した。
ソウが真っ先に応戦し、それがまた戦いになる合図となった。
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鬼呪一天で現在戦える人数は十人程度。基本的に潜入で出払っているメンバー達。鬼呪一天は他のチームの拠点に比べ、圧倒的に見つけづらく、さらにはある能力者の協力によって森は迷路と化している。
正しい道を選ばなければ辿り着くことはできない。しかし秋崎達は辿り着くことができた。
この意味に気づいている者は戦闘の最中でもモニタールームに残っている紘のみであった。
「…鬼呪一天の中に…本当に裏切り者がいる…?」
その恐ろしい考えに至るには至極簡単なことで、秋崎達が罠の場所を最初からわかっているかのように突破したこと、一つも罠にかかっていないこと、森に設置したカメラまでも破壊していたこと。極めつけは、ここに辿り着けていること。もちろん、このエリアにドカンと爆弾を落とせば建物を破壊することはできるし、森も壊せる。だが秋崎達は森を確実に行進してやってきたのだ。罠の位置、内容、そしてここへの道。それらを知っている時点で確実に誰かが、秋崎達に流していることになるのだ。
「誰だ…皆…」
秋崎と繋がっているという点だけで考えて行けば、かつて仲間だったという三月が真っ先にあがるが、三月のレイに対する忠誠心は誰にも否定できない程強固であり、馬鹿でも罠の場所や道を教えることはしなかった。ソウの一件での時も決して組織的な情報は一切流していないという。他に候補者がいるか考えてみても、紘の頭には浮かばない。ただ、皆が皆信頼に足らないというその事実だけが浮き彫りとなった。
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「十に対して、三十?これ、壊滅狙ってんのか?」
「さぁな…まずは雑魚黙らせてお帰りいただこう。」
ルアが数人を転移で遠くに飛ばしたが、そこには飛ばしたはずの数名が残っている。
「おい、ルア真面目にやれよ。」
「やった!けど、そこにいる。」
二人の会話を聞いていた秋崎が笑い出す。
「俺の能力知らないか?まぁそうか、一次UNCのお前らにはどうでもいいだろうな…」
三月の弾も先程から全く当たっていないようで、秋崎は無傷だ。それどころか、秋崎の仲間もたいして傷ついていないように見える。
「四天王になるのは、ほとんど一次バクの連中だ…そんな天才方に俺は並ぶんだ。」
秋崎の目には長らく抱えられた嫉妬の念が見える。ルアとソウは秋崎についてほとんど知らない。三月を引き入れたレイなら多少は知っているだろうが、秋崎との接点など、この島に移って早々に行われた実力サバイバル戦で一戦交えたくらいしかない。あと知っていることと言えば、樹炎にいた時に守冷の四天王発表で名前が載っていたことだけだ。「流神のネイ」。二次UNCで唯一四天王入りを果たした人物だ。「狂神のカノア」「希神のアオ」に並ぶだけの実力がある。
「覚えとけ、俺は時間を操る流神だ。」
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急にレイが浮いたと思ったらブラックホールみたいなものが現れた。
俺は能力で止めようとしたが、どう対処すべきかわからなくて、レイが吸い込まれるのを止めただけでブラックホールは消せなかった。
「あれぇ、みやちゃんじゃん。」
呑気な声がして、ブラックホールからひょこっと顔が出された。
「瀬合!」
守冷にいた頃の記憶が一人の人物と結びついた。周囲よりも小さく、可愛がられるような見た目の男。性格は決して可愛くないが、なぜか可愛がられていた。ブラックホールの正体はそんな男、瀬合遊喜のUNC能力『自由空間』。瀬合は俺ごとレイを別空間へ引きずり込んだ。
「津宮もいんの?」
もう一人、いた。八坂龍ト。瀬合とは長い付き合いで、最後に見た時よりまた身長が伸びている。俺はそこで気づいた。襲撃を行っているのは秋崎であると。あの守冷連合の連中だと。
守冷の進軍ってわけか、と納得して銃を構えた。
そんな俺を見た二人は少し困ったような目でこちらを見ていて、遠慮がちに口を開いた。
「みやちゃん、俺達の目的は無神のレイを連れてくことなんだ。他はどうでもいいの。だからできれば殺したくない。邪魔するならいくらみやちゃんでも殺す。」
瀬合は仕方なく、というのが駄々洩れで、さらにはできれば殺したくないとまで言われている。八坂も少し暗い顔で、何か裏があるのはそんな様子から理解できた。だからといって、レイを渡す気はないし、このまま襲撃される気もない。俺は銃の弾を装填した。すると、二人もこちらが引かないと見て構えた。
「何のためにレイを…?」
俺は一対二でこの二人に勝てる見込みはないが、この状況を打破するための策を練る。目的がレイ。何のため、それがわかればどうにか…
少しでも時間を稼ぐ。今はそれで解決策を見出し、一人でも戦う。
「知らない。ネイが天下取る為だと思うけど。」
瀬合は銃に警戒しながら素早く答えてきた。
「俺は三月奪った復讐だと思ってる。」
八坂は笑う。
そうかなぁ、と瀬合はいい二人は笑った。
(二人は何も聞かされていないのか…?どんな理由であれ…)
「レイは渡さない。」
そう言って鍵盤の一音を響かせ銃の引き金を引いた。
(瀬合さえ倒せれば勝てる…)
瀬合を倒さないとこの空間から出られない。この空間は不利だ。瀬合の自由な空間で瀬合の思うまま―銃弾が瀬合の前で止められた。俺には圧倒的不利で、物理攻撃しか瀬合には通らなくなるのがこの空間。
物理で瀬合を倒そうにも、そこで邪魔になるのが八坂。八坂は長身から繰り出される蹴りが強く、瀬合を物理攻撃から守る。そう、この二人が揃うことで厄介さは増す。能力系の攻撃は瀬合の空間で、物理は八坂によって妨害される。
まずは、瀬合。そっちに集中しよう。
***********
「真壁ー?」
高坂は廊下を歩いて行く。真壁の姿は見当たらない。
「どうした?」
後ろから優しい声がして、振り返れば真壁が立っている。手にはパソコン、何かを見ていたようだ。
「真壁、レイはまだなの?」
「今、秋崎達が動いてる。どうやったってレイは連れて来れるはずだ。」
高坂は真壁の見せてきたパソコンの画面を確認して笑う。秋崎が鬼呪一天の拠点を襲撃している。数は秋崎の方が勝っていて、鬼呪一天は押されているのがわかる。
「さっすが~」
笑ったまま、スキップをして去って行く高坂を真壁は、異常だ、と内心引く。
血の繋がった双子の妹を殺そうなんて…まぁ利用できるものは利用できるだけ使うだけのこと。
俺は早く終わらせなければならない…
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「私達は双子なんだから、一緒じゃなきゃね…」
レイと私が離れていた期間は長い。十二年間、記憶の限り会ったことはない。
見たことは、両親が私たちの出生時に撮った写真くらいで、生まれた時から双子なのに似ていない私達。レイは父の生き写しのようで、本当に父に似ていた。母の要素は何処にあるのか私にはわからない。私はというと、母似で、父と似ているのは目の形くらいだった。レイは父譲りの銀髪青瞳、私は母譲りの黒髪赤瞳。双子、それも一卵性なのに、本当に似ていない。でもずっと心は同じだと思っていた。
でもこっちに来てレイを見たら、そんな思いは崩れ去って、レイを私の元に来させなきゃ、って思った。父も母もいない。レイには私しかいないのに。私にはレイしかいないのに。
あの日、父は処刑され、私達は城を追われた。
母が私を守って、田舎に入ったことは記憶にある。今でもあの時の男の顔は忘れていない。あの、父を嵌め落としたクソ男の顔を…




