ガキに還す
ソウの病気完治の為右足の切断に続いて、左足切断手術も終えた昼、レイは屋上でファイルを片手に頭を抱えていた。
「お疲れ」
俺は声をかけ、隣に立った。
レイは一度ファイルから顔を上げ俺を見た。
「クルか…」
「何考えてんだ?」
「ソウの義足の設計図だよ。ヒロに任せても良かったんだけど、あいつの戦い方の癖を知ってんの僕だからさ。」
あとルア、と続けたレイに「そっか。」と返す。
足の切断のこと、最後まで他によい方法がないかレイは考えていたからこそ、今やってる義足に関しては思い入れが強いとみた。
手元に視線を戻したレイに続いて、ちらと設計図に目をやれば、細かに指示が書き込まれ、俺にはわからない数字たちが並んでいる。
レイの真剣な眼差しはいつもよりわずかに光が灯っている気がした。とはいえ不安はある。
「大丈夫か?」
「まぁね…そう言ったら嘘になるけど、僕は最初から鬼に抗ってでもこうするつもりだった。」
「レイは優しすぎるよ。」
その言葉にレイは微笑を浮かべるだけで俺を見ることはなかった。
先日の手術でレイが鬼の力を使ったという話しは聞いていた。聞いた当初は驚いてたが、レイは俺に二、三日部屋に籠ると言って仕事を託した。二日後には無事戻ってきて、鬼の抑え込みに成功したらしいが、実際無問題ということはないらしい。
「案外僕は打算的だ。兄弟を救ったにすぎない。」
「それでも、だよ。」
「そうか…」
レイは手元の設計図に戻った。
俺はあと一つ言いたくて「レイ…」と呼ぶ。
だがレイは俺の言おうとした事を察したらしく、首を振った。
「大丈夫。僕は負けない。」
横目で見ると、微笑むレイはもう、何かを決意していた。この時の俺はそのことに気づけなかった。
*********
ソウの義足が無事に完成し、接続でき、リハビリ開始から一週間が経過した。
「レイ、俺もう走れるよ~」
レイは、引いたという顔で、ソウの様子を見ていた。
「見て!すごくない?この機械足!レイの案に加えていろんな機能つけたんだよ?まじで、神!」
レイは呆れている。
「いくらソウの馬鹿×ヒロの技術でも一週間は異常すぎだろ…」
レイの顔は引き、という文字が見える程引いている。今もないない、あり得ないと呪文のように唱えて現実を認めてない。
俺もこれが現実かどうかは疑っている。どうやっても一週間でリハビリは終わるものではない。
いくらUNCでも無理だって。駒場だって最短でも一ヵ月かしら、とか言ってた。
医者の卵がそう言ってたのに、言ってたのに、だ!
「つーわけで、レイ、相手してよ。」
走り回っていたソウはレイの前で止まり、ストレッチをしながら挑戦的な笑みを浮かべた。
レイはソウと走れるようにまで回復したら、組手の相手をしてやると言った。ソウはそれを目当てに今日まで頑張ったらしい。時として人は恐ろしい努力を実らせる。
「わかった。やってやる。」
溜息を一つ吐いてからファイルを置いて、軽く準備運動をすると、レイはソウの前に立つ。
「手加減はしねぇぞ?」
肩回しを終えたレイが一歩進んで、深呼吸をした。一気に空気が変わり、レイの威圧がソウを襲う。
「望むところだ!」
しかし、威圧はソウに全く効果を成さない。むしろ、ソウは久々にできるレイとの組手に心を躍らせて喜々として一発目の蹴りを繰り出した。
数時間後―
「レイ、馬鹿なの!?」
駒場の甲高い声が医務室に響く。
怒られている当のレイは、僕は悪くないと顔に出ている。
「ソウは病み上がりなのよ?手術を担当した人なら手加減するでしょ、普通。」
駒場が治癒を行いながらレイの説教をしていると、ハハッという笑いが急に聞こえた。
「駒場サン、二人の間に手加減はないんだよ」
「「悟!」」
二人とも反応して、ソウは起き上がった。駒場は溜息と共に話す。
「悟さん…そうは言っても、レイは自分にもやりすぎだわ…」
悟は持ってきた荷物を扉の横に置いて、適当な丸椅子に座る。
「ま、レイだからね~でも今後はルアかソウが止めると思うよ?」
レイはそっぽを向いて、ソウの手当が終わったタイミングで駒場を退出させた。
駒場は「ソウは安静。」と言い残して出て行った。
「で、悟はなんで来たの?」
悟が剥いた林檎を頬張りながらソウは聞く。
「僕が呼んだ。」
「そ、レイに呼ばれた。」
悟は荷物を手繰り寄せ、その中から、斧を取り出した。
「あ、俺の斧!」
いつのまに…と言うソウに悟は渡す。
「レイが強化しといてって俺に送りつけたんだよ~」
レイをちらと見た悟は笑っている。
レイはなんで言うんだよ、と悟を睨むも、笑顔でかわされる。
「レイ…」
愛武器である斧をしばらく眺めてから、感謝の意を込めてソウはレイの方を見たが、その目に気づいたレイに目を逸らされる。
「覚えがないな。ま、さっさと復帰して、仕事してくれ。君の役目はルアの護衛だ。」
照れているレイを見れて、ソウは生きててよかったと心の中で呟いた。
「りょーかい。ついでにレイも護衛しようか?」
「僕にはクルが付いてる。なんなら、セコムという君らだって勝手に動いてくれるだろ。」
そうだな、とソウは嬉しそうに斧を受け取って、去って行くレイを見ていた。
レイが去ったのを見届けると、「ソウ、もう演じる必要はない。だから、さっさと告りなよ~」と悟が言い放つ。その言葉に顔を赤くするソウを置いて、悟はスキップしながら帰って行く。
**********
屋上で一人であることを確認して、レイは無線を繋ぐ。
「進捗は?」
『ボチボチ、だ。お前の言った通り、犯人はあいつで間違いねぇだろうな…。』
無線の相手はレイの担当である管理人勝井。声からして、犯人へのいら立ちが目立つ。
「そうか…僕にできることは?」
『満載だ。お前の言うように十中八九真壁なんだが、どうやってもあいつは管理人に接触する機会がなかった。そして、島の中に洗脳系の能力者はごく少数。そのうち一人はお前のとこのだ。』
レイ自身も一通り能力者についてはリストごと記憶しているが、確かに洗脳系の能力者は少ない。そして、そのほとんどの所在が分かり切っていて、さらには真壁との接点が思い浮かばない。
「凛は事件の数週間前から潜入先を離脱してる。以降、ずっと僕の目の範囲にいたはずだ。」
『他の洗脳系である石崎の能力じゃ今回のようにはならない。あいつらは意思こそないが、動き、統率、認識はできていた。石崎の能力は石崎への崇拝…また、他の奴らも今回の洗脳に関しては非なるのが現状だ。全く、他は思いつかねぇ。』
勝井は、田中は一番近いが違う、と断言して無線の向こうで不貞腐れるような溜息が聞こえた。
「…他に誰がいるんだ…?もしかして、UNCじゃなくて、科学者による洗脳の線は?」
『お前の師匠さんにも協力してもらった結果でUNCなんだよ。』
レイの師匠。レイはそういえば師と話してないな、と思い出す。
『あいつによると、間違いなくUNCによる洗脳で、洗脳されたうちの数名が洗脳前の記憶を取り戻し、確かに真壁と会ったと証言しているんだ。』
「そこまで揃ってて真壁を裁けないのか⁉」
レイは声を荒げたことに気づき、慌てて周りを確認した。幸い、近くにはナナだけがいる。
『あぁ…真壁は事件前一週間、中心街の管理人関連施設で完全に目撃されている。事件前日に至っては、定期健診の為に連絡所の方まで来てる。あいつの犯行は不可能だと証明されてんだよ。』
真壁のコピー能力は、対象者を見てコピーしてから二十四時間持続する。前日の段階でコピーしてなければ管理人に接触しても洗脳することはできない。しかも今回洗脳された管理人は島に駐在する管理人ではなく、本部で勤務する回収班の人達だ。真壁は本部へ行って帰ってこなければならないという時間まであるが、中心街で確実に目撃されているらしい。
平和連合、図書館、連絡所、直営所…それらの場所が真壁の存在を証明しているのだ。真壁は本部へも行けない。
兄貴に送ってもらった資料の中で、真壁が管理人との癒着がクロなのは確実だった。だけど、施設のカメラ映像までは嘘を吐けない。全職員を抱き込めるほど権力は真壁になかった。あくまで、真壁と真壁の担当が癒着していることがわかっただけ。このままじゃ本当に立証できない。
「…じゃあ、なんで管理人は真壁に会った、なんて証言してんだ。」
『…真壁が分身でもしたのか、真壁を陥れる第三勢力によるものか、はたまた、記憶ごといじられちまったか…真相は定かじゃねぇこれは少し面倒だぞ。』
「そうだな…」
レイも春前事件の犯人は真壁だと思っていた。UNCと管理人をぶつけて、UNC側の戦力を削る。それが狙いだとしたら、余計に真壁が犯人であることは想像できた。
真壁本人の戦闘能力は四天王達に及ばない。
それを考えれば、あいつは潰し合いをさせて、弱ったところを叩いた方がいいと思い動いているのは容易にわかった。だからこそ、管理人と結託した真壁なら、と思ったのに…
『…ここだけの話、これ以上調査もできない。』
「…?なんで」
『上層部から圧力がかかってんだ。これ以上は俺もあいつも干されちまう。後はお前でどうにかしろ。』
「…わかった。感謝はしとく。」
切ろうと思ってボタンに手を伸ばしたが、ふとある考えが過った。
「兄貴、家の家系図って手に入る?」
『あーそれなら普通にリストの付随資料として持ってたはずだ。どうした?』
「もしも、真壁が一人じゃないとしたら?」
何か恐ろしいことが幕を開けたかのような感覚。どうしようもない不安。レイはそれを抱えながら階下の食堂の方へ降りていく。何か、気づけていない、ぽっかりとある穴。それがわからない。
階下では丁度、クルや紘達の和やかな会話が聞こえる。
レイは階段でそんな平和を聞いていた。
自身も望むいつかの平和。ずっと続けばと願う。しかし自分に残された時間が少ないことも、これから来るであろう脅威も全て消し去るには、この平和を犠牲にしてしまうことは確かだった。
レイは目を背けるように屋上に戻り、屋上から飛び降りて訓練場へと向かった。




