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異端の子  作者: 水園寺 蓮
鬼呪一天編
2/79

クロ

第1話 クロ


 雨が降りしきる中、僕達は泥に足を取られながら森の中を走っていた。


 追手の怒号が近い。ちらほらとライトの灯りも見える。それでも、必死に前だけを見て友の手を引いて走り続けた。岩に囲まれた場所に辿り着いた時、「クル、もういいよ…」と、限界を悟った友、津山紘は僕の手を払って立ち止った。


「紘……大丈夫だから一緒に、行こう…?」


再度僕は手を伸ばすが、紘の表情は苦し気に僕を見ないよう努めていた。




 紘は、発明の天才だった。それはもう、この島に来てすぐ色々なチームが寄ってたかるほどに。紘は根っからの職人気質で勧誘の受け答えもろくにできやしないから、代わりに僕が所属場所を決めた。あの時はここが正解だと思った。だけど紘は、虚月透真というこのチームで殺戮兵器作りにコキ使われていた。紘はただ楽しく創作をするのが好きで、そんなものを作ることを嫌っていた。


 だが作らなければ、紘は暴行され、僕が折檻を受けた。紘は結果的に寝る間を惜しんでまでチームが求める物を作り続けた。日に日にやつれていく、そんな親友を僕は見てられず、ご飯を運ぶ時に連れ出してチームから脱走した。チームからの脱走は裏切り行為とされており、重罪と言われていたが、親友の苦しみに比べたらゴミのようなことだった。そもそもこんなことになったのは僕のせいだ。




 そうこうしているうちに、追手が追いついてしまったらしい。


「観念しろ、津宮‼俺が来た以上、お前は逃げられない。津山を返してもらおう。」


気取ったような台詞の後、僕達の周りをあっという間に追手が囲み、虚月透真の№2・真壁要田が進み出てきた。ドヤ顔に近い笑みで人を嘲け、眼鏡をかけ直すさまは真壁の癖だ。今はその癖が一層憎い。


今日の真壁は、傘を差していないにも関わらず全く濡れていない。あのうねった髪に雨が当たっているのは見えるが、本人は濡れていないのだ。よくよく見ると、雨が真壁の周りで弾けていることから、真壁が何かの能力を行使しているのはわかる。


「真壁…紘は元々お前らのモンじゃない!絶対に渡さない!」


紘を背に、僕は唯一持ち出していたナイフを構えた。真壁は丸腰。


しかし、真壁の能力である『コピー』が今どんな能力を持っているかわからない以上、勝ち目はないに等しい。例え、能力がなくとも僕と真壁では戦いにならないと知っているが…。


「…残念だよ…元とはいえ、仲間を殺すことになるなんて。」真壁は剣抜くと一層笑った。


その笑みには残念という思いが微塵も感じられない。むしろ、殺せることを喜んでいるように見える。


「脱走だけならともかく…仲間を誘拐なんて重罪も重罪だ。」


真壁がそう言った時、僕達の体は重くなり地面に伏した。


「は…?」


「…っ。」


僕も紘もわけがわからず困惑しながら抗おうとするも、体は動かず地面の上。


真壁は声を上げて笑い出し、僕の背を踏みつける。


「この能力いいだろ?最近コピーしたんだ。あんな奴より俺が有効活用してやってるんだ。」


踏まれながらも、再度動けるように試みたがその前に真壁の部下達に押さえつけられる。


わかっていたことだが、やはり真壁には勝てない…自分の能力を使おうにもこの状況じゃ不可能だ。


 雨が一層激しく降りしきる。擦り切れた傷に絶えず打ち付ける雨はもはや痛みをわからなくしていた。

紘は真壁の部下に連れて行かれ、僕は真壁に暴行され続けている。

剣で殴られていないことはありがたいが、拳の一つ一つは重い。殺意と共に痛みが体に染み渡る。


僕と同じようにひょろいくせに、どこにこんな力を仕舞いこむのか。こんな状況じゃなければ是非とも教えてもらいたいくらい自分との強さの差を見せつけられている。




 どのくらい殴られたろうか、雨が弱まっていく。僕の意識は次第に朦朧としていった。


―春、この島に移って新たに始まった新しいチームでの生活。選ぶことに失敗し、僕は紘を苦しめた…

真壁の目的は最初から紘を引き入れることで、僕はただのおまけ。今となっては邪魔者扱い。


抜け出して、紘と二人で平和に生きたかった…こんな島でも平和はあると思っていた。


一瞬紘の笑った顔が見えた気がした。


眼前には重い拳が迫っていたが、僕にはもう映らなかった。




************

「あれ…?」


 死んだと思ったが、僕は生きていた。確かな感覚がある。体を起こしてみると、肋骨の辺りが痛んだが、触れてみると手当がされていて、小綺麗な部屋のベッドで眠っていたらしい。


周りを眺めていると、丁度入り口の扉が開いて顔を黒い布で隠した人物が入ってきた。


銀に近い白髪が黒い布を強調している。


「おっ、意識戻ったか。」

馴れ馴れしい感じの声。


「誰だよ…」


 敵ではないのは確かだが、怪しい雰囲気をそいつは纏っていた。第一印象として、どこかやばい奴、というのは感じ取った。特に、耳元で揺れる紅い石をはめ込んだ十字架のピアスは余計に怪しさを印象付けた。


「僕はクロ。君の命の恩人。」


 冗談交じりのトーンで言いながら、ベッド脇の椅子に腰かけ、下ろされていた髪を結った。警戒はしたが、敵意も感じないので一先ず安心した。クロというのはどう考えても偽名だろうが、今は置いておこう。


「クロ…僕は津宮来木…助けてくれてありがとう。」


「助けようと思って助けてない。真壁を追い払うついでに君を拾った。」


一言前と変わって、どこか冷たい言い方だったが、口元にニコッと笑みを浮かべてそいつは言った。

聞けば、僕を拾った経緯を話してくれた。




―数日前


「なぁ…」


 真壁は津宮を殴っている手を止め、濁っているのか、霞んだヘリオトローブの目で一瞬だけクロの方を見た。顔を隠したクロを不審がったが、気に留めなかった。既に津宮は動くことなく、伏せっている。


「何してんだよ?」

先程のトーンより少し落としてクロは声をかける。


クロが思ったより声は響き、真壁の視線は警戒とともに、完全に乱入者へ向いた。


「邪魔するな。俺は仕事中だ。」


その言葉には邪魔するなら速攻殺すというのが隠れて見えたが、クロは微塵も引かない。


真壁が大人しくなったか、と視線をすぐに津宮に戻しかけたところへ、クロは鉄パイプで殴りかかる。


「相変わらず雑魚は興味なしか?クソ眼鏡くん」


不意の一撃でも真壁は反応し、見事剣で防いだ。


クロは舌打ちしながらさらに力を込めた。剣と鉄パイプが嫌な音を立てながらせめぎ合う。


「お前…誰だ?」


真壁の眼鏡の下には、怒りと鋭い探りの光りが映った。


 自身の正体を未だに気づいていないことを確信したクロは笑う。今日まで順調に来れたことがどことなく不安だっただが、真壁の様子から心底安心したのだ。


気づかれていないという、その確信から心の余裕を持てたクロはその鋭い光に笑顔を向ける。


「ただの通りすがり。でも、ここは僕のシマだ。君ならわかるよねぇ?」


明るいトーンと低く殺意を込めたトーンを上手く使い分けるのは実に器用で真壁もどこか感心した。


「人のシマで勝手してんじゃねぇよ。」


相手の殺意に敏感な相手程、この脅し方は良い効果をもたらす。クロはそれを理解している。


真壁の中で一層謎と怒りが育つ。


クロが脅しの圧と同時に鉄パイプにさらに力を籠めると、真壁は一歩下がって離れ、剣を構え直した。


その表情は少し驚いたような顔をしているが、すぐに無に戻る。


「わかるよな?失せろ。」


クロは改めて殺気を込めながら言う。真壁はそれを感じてか、さらに距離を取った。


しばらく間、何も言わずに睨み合っていると、真壁は津宮を回収しようとした。


「そいつ置いて失せな。」


津宮を運ぼうとする真壁にクロが再び鉄パイプを向けた。


「は?」

真壁はどういうつもりだと問いたげな顔をした。


 クロはさっきから地味にポーカーフェイスが崩れている真壁に全力で笑ってやりたい気持ちを面倒だからと耐える。一応顔が隠れているとはいえ、笑ったらバレる気がしたのだ。


「僕のシマで勝手したんだ。お代を貰ったっていいだろう?丁度イヌが欲しかったんだ。」


「…わかった。そいつはお前にやる。」


裏切り者を野放ししていいものか、と思った真壁だが、「イヌ」と聞いて問題ないと判断を下した。


「確かに他人のシマを荒らした俺に非はある…が、この俺を知る雑魚が出しゃばるな。」


 捨て台詞のように吐き捨てて、眼鏡を押し上げると灰色の前髪を揺らして帰って行く。その奥に隠れた目にはしっかりとクロが映っていた。腹が立ったクロだが何も言わないでいるには十分な成果だ。同時にsれが真壁という奴だとクロはよく理解していた。


「…クソ眼鏡くん、今度挨拶に行くよ。」


クロは怒りを隠したトーンで言うと、津宮を拾って立ち去る。


 真壁はそれを聞き、クロの方を睨んだが、鼻で笑っていた。自分に敵うような存在でないと高を括っているんだろう。そういう所も変わってないらしい。ほんと、クソヤロ―だ。


そんなことを思い、最後の一瞥をくれてやると、クロは森に消えた――


***********


 一部始終を聞き、クロが本当に僕の恩人であることを認識した。真壁を相当煽った感じが不安だが。しかし、今のこの人を見る限り、真壁を退ける程の殺気を出すような人には到底思えなかった。


「…来木、残念だけど、連れの子は諦めな…」


僕が黙っていると、クロが少し申し訳なさそうに、暗い調子で紘のことを告げた。


「は⁉」自然と目を見開いて、クロを見つめた。


僕は突然のことだったのもあり、声を大に反応してしまった。驚きで何も言えないでいるとクロは続ける。


「しばらくはここでその傷を癒すといい。この部屋の物は好きにしてくれて構わないから。」


固まった僕にそれだけ言うと、クロは部屋を出て行った。


「…紘」一気に頭は紘の心配で埋め尽くされた。


 脱走したのだ。いくら紘でもタダでは済まされない。ただでさえ扱いが雑だった。こき使うくせに寝床は床、しかも仕事で睡眠はろくにできてなかった。ご飯の分け前も最低限、材料費も紘持ち。あれ以上あそこにいたら、健康面でも悪影響が出る……僕が助けに行くしかない。


 直ぐに武器を持って窓から部屋を抜けた。外は少しひんやりしていて、夜が迫っている。


絶対助け出す…


そう決意すると自然と傷の痛みを忘れられた。




 しばらく走ると、人が木に寄りかかっていた。警戒してナイフを構える。


「…その傷でどこに行く気?」


ナイフを構えた意味はなかった。僕はナイフを下して、その人…クロを見据えた。


どうやら僕が抜け出すのを見越していたらしい。背中には鉄パイプを背負っている。

どういう原理で背負っているのか気になったが今は聞かなかった。


「紘を助けにいく。あれ以上、真壁のとこに居させるわけにいかない…約束したんだ…」


クロは何か考えているのか、黙っている。ただ布越しに目線がこちらに向いている。


「…勝てなかったくせによく行こうと思うね」


「唯一の親友なんだ。僕が行かないでどうする」


「友情、ねぇ…」


表情は見えないのに、勘繰られるような視線が刺さり、少し恐怖心が沸いた。まるで友情を疑うような、覚悟を試すような、そんな視線だ。


「その体たらくでもあいつらに挑もうなんざ、馬鹿もいいとこ…よほど大切らしいな。」


「そうだよ、僕は行かなきゃいけない。」


クロは再び黙っている。僕はジッと見返してみたが、クロはやはり何を考えているのかわからない。


しばらく見つめ合ったが、ククッという微かな笑いの後、「…気に入った。」と今までの低いトーンと変わって、溢れんばかりの感情を抑えた声でクロがそう言った。


「来木こうしよう。」


そんな様子に戸惑っていた僕にクロは寄ってきて提案をした。それは戸惑いを誇張させる。


「僕が一緒に津山紘を助けに行ってやる。助けた後、君らは自由だ。」


「は?」

(紘が救えるなら、なんでもいいが…こいつ…)


脳が働いて、わずかな間に色んな考えが巡る。何故、どうしてが頭を埋める。


こいつの目的はなんだ?そう思うや否や口は語る。


「お前…なんで?この島で一人あいつらに挑むなんて無謀だよ?」


クロは何を今更、と笑い出す。


「君が言えることじゃないだろ。」


僕はまぁと視線を泳がせた。それでも初対面のクロが、僕たちの為にあの人たちに挑もうとする意味が全く分からなかった。相手は守冷島の方から来た僕でもすぐに強さがわかるほどやばい。


 一方で目の前のクロは技量も素性も何もわからない。ただ目に見えた危険に自ら足を突っ込み喜び、はしゃぐ子供のようだ。そう思うと、ただ純粋に助けてくれるお人好しなのかもしれないと感じる。


「ま、僕の心配は微塵も要らないよ、あいつらが強いのは誰よりも知ってるからね…」


どこか面白がる声は表情まで教えてくれない。


「君らを助けるついでに挨拶したいんだ。」クロは意味ありげに笑いながら鉄パイプを持った。


挨拶…何を考えてるかやはりわからない。


「…お前何者…?」


 真壁を知っているならまだしも、あいつら、とは…まるで虚月透真のリーダーをも知っているかのような口ぶり…いや、まぁ有名ではあるが、あの人はあまり表に出て来なかった。しかもまだ六月。同じ島出身でもない限り、あのリーダーを知るのは無理があるし、既にチームの構成を知っているなんて、不思議でしかない。本当に何者なのか、わからない。本当に信用していいのか、怪しすぎるだろと頭は言う。


クロといくら会話をしてもクロのことは理解できない気がする。


怖いという思いもあるが、「…僕はただの異端者さ。」と吐いて鉄パイプを肩に担ぎ直したクロは、救世主に思えた。


―例えこいつがまた紘を利用するにしても、真壁の場所よりはましなはずだ。それだけは確信できる。


利用されるようなら紘をこいつと助け出した後、また逃げればいい。こいつなら逃げられる気がする。


「…紘を、助けてくれ。」


僕は腹を括り、頭を下げた。警戒は絶対に解かない。


「よし、行くぞ。」


クロは任せろ、と頷いて僕より先に歩き出す。その足取りは、長らく待っていた、と言わんばかりに踊っているように思えた。






 小雨の降る中、もう一度、振り返って津宮を担いでいるあの雑魚を見た。どうみても見間違えようのないあの癪に障る綺麗な銀髪。真壁はその銀髪に微かな恐怖と、一瞬過った僅かな可能性を否定した。


「たかが銀髪…そう珍しくないだろう…」


そう、さほど珍しくないと自分に言い聞かせ前を向いて歩きだす。

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