始動
三月初め―
千殊島の南部は、守冷島出身者が多く集まり、チームを形成していた。
そんな中に新たに旗を上げた者がいた。既に形成された中に見事旗を上げたその者は協力者に牙を隠しながら、条件として掲示してきた内容について微笑んでいた。
「で、俺様に頼みに来たのか。」
「あぁレイを今度こそ殺す。」
こちらも裏を描いている一方でそいつも相変わらず気味の悪い底知れぬ目をしていた。
「前回は悪かったしよぉ、案件がそれと来ちゃ異論はねぇ。だが、俺様はお前を信用してねぇからな。」
ルカは書類を受け取ったが、目は怪しむように相手を見ていた。
「知ってるさ。ただ上手くいけば、お前には何人もの駒をやれる。悪くないだろ?」
「心待ちにしておくよ、真壁。」
ルカは真壁を見送って、椅子に深く腰掛けた。書類はすぐにナオへ投げた。
「…良かったのですか?」
「いいんだよ。俺様が天下取るためにはこうやって行くしかねぇ。」
そう言うルカの表情には無神のレイに負けた日のことが浮かんでいる。
「そうですね…。しかし、彼はこの島で最も罪深き人だ。」
「ま、こっちには利益しかねぇんだ。放っとけ。」
杉山は不安を覚えたが、ルカの言葉を飲み込んだ。
麗華連合―
「お聞きになりましたか?麗奈様。」
「えぇ。」
「あの者が死に次第、真壁殿が麗奈様を守る任に着くそうです。」
麗奈はサイドテールを揺らし、プイっとそっぽを向いた。
「要らないわ。私は私で守れるもの。」
真壁が自分を守ろうとするのは利用するためよ、とは言わなかった。
「えぇ、私もそう思いますよ。」部下、赤松理央は下を向く。
「しかし、間も無く時が来、大騒動が起こります。真壁殿は麗奈様の身を案じておられます。」
麗奈は黙っている。赤松の情報はいつも確かなのだ。だがあいつが心配しているのは私であって私じゃない。それを理解していた。
「…真壁に例の件は引き受けるわ、と伝えて」
「かしこまりました。」
麗奈は席を立ち、使獣を撫でる。可愛らしい兎は麗奈にすりすりと頬を寄せた。
「馬鹿よね…」
そう零すと、大きな溜息を吐いた。
千殊島 年度末南部会合―
ある場所に四人の実力者は集まり、互いを警戒しながら集会が開かれた。
仲介役の風堂昂は怯えながら状況を見守る。
「いよいよ樹炎四天王、最後の戦いだ。」
一人が言った。
「一年かかるとはなぁ…やはり向こうの四天王は厄介だったらしいのう。」
もう一人が言う。
「ま、いんじゃない?潰れてくれてるわけだシ。」
三人目が机に脚をかけて言う。
「あとは我々の誰かが四天王の生き残りを殺し、我々がケリを着ける番だ。」
四人目が静かに言った。
「しかし、あの真壁という奴…わしらに樹炎の情報を寄こすとは何が目的じゃろうか。」
真壁から送られてきた資料が四人の座る机の中央に並んでいて、どれもそこには真壁が関わってきたチームの情報がてんこ盛りに載せられている。
「あいつも樹炎出身らしいが…」
「ま、俺等は気にしちゃあもったいないヨ。」
「だが、秋崎、お前のとこと繋がってるらしいな?」
「…それが?」
四人目は黙っていろ、と目で語る。
「裏切りに気を付けた方がいいぞ。」
「敵の心配は要らねぇよ。」
秋崎と呼ばれた男は、マントを翻して集会を後にした。
利用しようものなら、利用し返すだけだ、そう思って秋崎は真壁を手元に置いた。
接触してきた時は驚いたが、無神のレイが北で頭角を表わし始めたら、裏切りを重ねていた真壁は南に逃げるしかない。そして、真壁は考えただろう。守冷の面子で誰が利用しやすいか、を。
だが、実際には全員が真壁を警戒しているし、常に真壁についての情報は入ってきている。
俺達は利用されないぞ、真壁。
******
真壁が鏡のある広間で地図を広げながら自分の顔と睨めっこしていた。
「今回の作戦も思ったよりうまくいかなかった。あいつが、想像以上に強くなってる…!」
真壁の叩きつけた拳が机を揺らして、机から鉛筆が落ちる。
「それを踏まえての次、だろ。戦闘狂ならうまくやる」
真壁が見つめる鏡が顔が口を動かした。恐ろしい顔だと自分でも思う。けれど、歪んだ笑みは計画が順調で、上手くいっている時にしか出てこない。
「それに今度はこちらもあの女がいる」
鏡の端、長い黒髪を揺らして、赤い服を纏う人物が真壁の方に歩み寄ってくる。
「約束は果たす。お前もさっさと役目を果たせ」
「わかってるよ、私はあの子のためにここにいるんだもの」
切りそろえられた前髪から覗く、赤い目とどこか怪しい笑み似た顔のはずなのに、真壁の知るもう一つの顔とはどこまでも似ているように思えなかった。
*******
レイとクルは中心街、平和連合の拠点にて、先日の事件の資料を貰う。
「ちゃんと渡したわよ。あぁそれとお礼が遅くなったわ。」
受け渡しを担当した冬月は帽子を取りペコリ、と一礼する。
「鬼呪一天の総長殿、この度はご協力感謝致しますわ。井月さんも心から謝意を述べると言っていました。本人は直接伝えたかったようですが、何故忙しい身ですからお許しを。」
「気にするな。単に、ここに居る義務であり、島を想う故の行動だ。感謝されるほどじゃない。」
レイは変わらぬ表情で微笑み、資料にさらっと目を通した。
「しかしながら、総長殿の活躍は大変な功績だったとお聞きしましたよ。末恐ろしい強さですこと。」
冬月の勘繰る視線がレイへ向く。
「君もなかなかと聞くが。」レイはものともせず資料から目を上げるとケロッと返す。
「あら、総長殿はよくお知りね。」
「一応、人を知っておくことは必要だろう。」
レイと冬月の探り合う視線が交錯する。
「じゃあ、僕らは失礼するよ。冬月、また会うことがあれば。」
「えぇ、さようなら。」
外に出る後ろ姿に冬月の目線が刺さっているのがわかる。
外に出て、ようやく呼吸した感じがする。
「怖っ…」
「女子はあんなもんだぞ。なんならまだ冬月はマシだよ。」
「レイもレイだぞ?」
レイの圧を感じて冗談、と誤魔化した。その直後、「あ。」と、レイが正面を見て止まった。俺もそちらを見ればソウこと、起継総太がいる。ソウもレイに気づき立ち止まった。
「やぁ、レイ。お前も資料を?」
「そうだ…」
レイは警戒のまなざしでソウを眺めたが当のソウはお気楽だ。
「聞いたよ~一人で管理人二十人やったって?本当、強くなったよね~」
ソウは少しずつ距離を詰めていた。俺はソウとレイの間に立って、ソウを睨んだ。
「あぁ、安心しなよ、しばらくは大人しくする予定だし、ここでは戦えないから。」
ソウは俺の警戒を受け取って手を掲げると、ほら武器も持ってない、とアピールした。
「戦ったら、冬月に殺されるだけさ。」
「そゆこと~レイは早く怪我治してよね。その怪我なら来月くらいには完治?」
ソウはニコッと笑う。俺はそういうことなら、と警戒を緩めたが、二人の間にはどことなく棘々とした空気が漂っていた。
「多分な。」
ふーんとなんともわからない目でソウはレイの包帯を見つめると、「レイが元気になったら、ケリを着けよう。俺達、四天王の因縁のね…」と目を細めた。
そう言われたレイは俺から見て一瞬、戸惑ったような様子を見せ、ソウの目を見つめた。
「あとはお前だけだよ、レイ。またね~」
ソウは去って行く。その足取りは軽く、しかし背は重かった。
レイはそんなソウの様を横目で見続けていた。
*******
ソウは資料を受け取った帰り、近辺の様子を確認して金物屋へと足を運んだ。この島に来たばかりの四月以降一度も来てなかったが、案外道を覚えていた。
扉を開ければ冷たい目がソウを迎えた。
「…いらっしゃい。」
「…やぁ、悟。」
ソウは不安そうに笑う。
「おひさ~。俺の知らない内にレイと敵対していたらしいね~」
悟はソウのことを腕を組んで見ていた。口は笑っているのに、目は笑っていない。
「聞けよ、レイについて話しに来たんだ。元…かもしんねぇけど、親友だった俺の頼み聞いてくんない?」
悟は溜息を吐いて務に店の戸締りをするよう言う。
「勝手に親友辞めんな。俺に嘘は無しだぜ、親友。」
悟はそう言って、店の奥にソウを通す。




