樹炎島殺人事件
これはたまたま夜食を作りに食堂に行った日、ルアもやって来て、二人でチャーハンを作った夜に聞いた話。俺は、色々知ってしまってたけど、ルアはそうじゃないし、多分、悩んでるんだ。だからだろう、話してる時ずっと苦しそうだった。
二〇一八年冬…裏切り者としてレイを処刑してから一年が経つ頃だ。
俺は最後までレイを信じ守りたかったが、内部分裂を避ける為俺は…。
しかし、結局ソウとも別れ今じゃ一人。もう俺は大事な幼馴染達を失ってしまった。
更に島内の近況も良くない。
「ルア、居るか?」
「どうした?」
真壁が書類を持って入ってきた。俺はその時点で何が起きたか察した。
「今回は誰が…?」
聞きたくないけど、聞くしかない。
「今回は由芽が襲撃された。生きてはいるが、重傷だ。」
「そうか…」
仲間の生存に喜ぶ半面、重い現実に溜息が出てくる。
「今月入ってもう五回か…」
「島全体ではさらに起こっている。」
「一体誰なんだ⁉」
俺は机に当たった。その反動で、電気スタンドが落下して割れる。
レイがいなくなって半年後、島内で異変が起こった。秋になってすぐだというのに、ルカのチームの者が蛆まみれの死体で見つかった。
それが事件の始まりだった。
この時は下っ端だったこともあり、深く調べられず、近くが崖だったから、転落による事故死として片付けられた。事故死はたいしたことにはならなかったし、誰も大きな問題だと考えもしなかった。しかし、この島で人が死ぬのは珍しく、広くに知れ渡った。
翌月になって、今度は俺達のチーム、それもソウの部下が死体となって見つかった。今度は発見が早かったのか、外傷があり、殺人だと騒ぎになった。その者はかなり強く、簡単に殺されるような者ではなかったことから、余計に騒ぎは大きくなった。ソウはその死を悲しみ、これ以降事件の調査が始まった。
その事件から一年が経つ頃には未遂含め百件もの襲撃で、どのチームも確実に追い込まれていた。元気になってもすぐに襲撃でベッドに送り返される者も多くいた。死傷者は増えていくばかり。
何時しか目撃情報も入り始めた。黒衣に一つ目の面。氷を操る狂人。そいつは異名として“殺人鬼”と呼ばれた。又、その正体は死んだ裏切り者の四天王、無神のレイではないかと噂されていた。
現時点で死者は六名。負傷者(重傷者)二十数名遭遇及び逃亡六十二回。目撃例七十以上。
全体で殺人鬼による被害二百件越え。
たった五十人あまりの島で、これだけ襲われることがあるものだろうか。実質、一対その他なのにも関わらず逃げ続ける“殺人鬼”には感心さえしてしまう。あまりの多さにルカやソウと集まって会議をする場が設けられた。各間には仲介者が座り、三人は揃う。
各背後にレナや真壁、由芽などの重役が来ている。
「で、“殺人鬼”は一体誰なんだ?」終始眉間に皺を寄せたルカは苛立ちを隠さずに問う。
「ルカのとこの奴じゃないのか?俺のとこにこんなことする奴はいない。」
ソウの疑いに、ルカは反応する。
「ふざけんな!いたら疾うに俺様が殺してる。ナオが、片目をやられたんだぞ!」
怒り任せにルカはコップを割った。投げて来ないだけましだと思うが、この場では言葉に気をつけないと話が進まないどころか、“殺人鬼”以外で問題が起こる。
「落ち着きなさいよ、皆やられて怒ってんのよ?」
レナはルカへ冷たい目をやった。ルカは多少頷いて、椅子に深く腰掛けた。
「俺の方も怪しい奴はシメたけど、シロ。ほんと困っちゃうよねぇ~」
ソウがリストをテーブルに投げ、腕を組んだ。
「じゃあどこのどいつなんだ⁉四天王の三人をも困らせる“殺人鬼”は。」
また何か壊しそうな勢いのルカが辺りを見回した。
ルアが溜息をこぼし、苦しそうな目で言う。
「真壁にこの島にいる人間で戦闘型、および能力者を洗い出してもらった。」
目線が一気に集まる。
「いたの?」
ソウもルカも真剣な眼差しを向けている。
「…誰にもこの一連の騒動は起こせない。」
真壁が淡々と述べた。場には信じられないという言葉が浮いていた。
先に聞いていた俺も、聞いた時は信じられなかった。この島にいる誰にも犯行は不可能…ならば一体誰がやるのか。誰も何も言えなくなって静かな場には無念の空気が泳ぎ回った。
「まさか…ほんとにレイが?」
「んなわけねぇだろ?レイは死んだ。」ルカは有り得ないと、強く否定する。
「でも―」
「何度も言わせるな。レイは死に、死体は海に還った。アイツはもうこの世の何処にもいない。」
レナに真壁が冷たく言い放つ。しかし、そう言った真壁も表情にはレイが生きていることへの疑いが隠れていた。
「とにかく、わからないで放置しておけば、死傷者が増える一方だ。早く手を打たないとこの中の誰かも死体になって蛆まみれ、だ。」
「その必要はない。」
ルアの言葉に誰かのくぐもった声が返した。
一同がこの会場の入り口の方を見れば、目撃談通りの“殺人鬼”が立っている。
「こいつが―」
「死ねや‼」
誰より先にルカがそいつへハンマーを振り下ろした。
が、簡単に受け止められ、ルカのハンマーは凍り付いた。ルカは慌ててハンマーを手放し距離を取る。
「殺人鬼…」
その言葉でルアへ目が向いた。
ルアは底知れぬ殺気にあてられて後ずさる。
「一、二、三・・・・うん、いい感じだねぇ。一杯血が見られそうだ。ねぇ君達はお好みの死に方ある?その方法で殺してあげてもいいよ?」
フフッと殺人鬼は笑い、凍り付いたハンマーをどかした。氷は砕け、ハンマーが重たしい音を立てて地面に落ちる。殺人鬼はそんなものを気にする様子はなく、ただ底知れぬ一つ目をルア達に向けている。
ルカはハンマーの回収を諦め、懐からナイフを取り出した。
「こいつイカれてんじゃん…。」ソウが苦笑いをして斧を構えた。
「ねぇ、そと…」青い顔の麗奈が僅かに見える扉の先を言う。
ルア達もそちらへ目をやれば、外には見張りとして立っていた“ひと”がいた。
「あぁ、もう死んでいるよ。呆気なかった。」
声はどこか刺さるのに、無邪気に明るく語る。
その様子が一同の背を、嫌に冷たく舐めたような変な感覚が這った。冷や汗すらも殺人鬼に突きつけられたナイフなのではないかと思ってしまう。
ルアとソウは言葉を交わすことなく同時に動き出した。ルカもルカで動き出す。
三人は仲間でなくともこれだけは共通してわかっていた。
(((今ここでこいつを殺らなきゃ明日の保障はない)))
三対一。殺人鬼は一歩も引かず、そこに立っている。
三人が各武器を振り下ろしたが、その時にはそこにいなかった。
「どこを狙っているんだい?」
三人は即座に声の方を見たが、もうルカの目の前に殺人鬼のナイフが迫っていた。
「さ・ヨ・ナ・ラ。」
「お前がな!」
ルカは殺人鬼に手を伸ばし、吹き飛ばした。
「0距離なら…」
ルカの焦った顔は珍しい。ルカの爆発をゼロ距離でくらったのだから、もう生きていないだろう、と思い三人は揃って警戒を少し緩めた。しかし、殺人鬼の方を見ると、よいしょっと、こちらへ歩いて来ている。見るに無傷だ。それでいて、なんのダメージもなく、軽い足取りでこちらへ戻ってくる。
「あれ喰らって立つのか⁉」
信じられない、という顔をしたのは攻撃したルカだけでなく、ルアもソウもだった。ルカの能力の実力は当然二人も知っていて、その威力は固い岩をいとも簡単に砕くほど。それを人間がゼロ距離で喰らったのに立っている。その事実は三人を驚かせて当然だった。後方で見ていた連中も当然信じられない、という顔をしている。
「…今のはかなり良かったねぇ、でも俺には効かないな。」
殺人鬼は氷で鎌を作り出すと、背中を通して右から左に持ち替えた。
「化物じゃんかよぉ…」ルカの引きっつった顔に殺人鬼は笑った。
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。」
殺人鬼はそのまま左手を上に伸ばした。
直後、無数の氷が飛来してきた。
俺達が逃げ惑う姿を見て、殺人鬼はハハハッと笑っている。ソウがその中をただ一人で突き進んで油断していた殺人鬼へ斧で斬りつけた。氷が止まない中、ソウと殺人鬼の打ち合う音が響く。必死な形相のソウは殺人鬼に何か言っているが、氷が割れる音が嫌に響いて聞き取れない。
『鋼づくり』
ソウが殺人鬼の腹を貫いた。氷も止まり、殺人鬼はソウから離れた。するとそのまま何も言わず、血痕を残して消え去った。
何とか退けたものの、俺達は無傷とはいかなかった。
俺が、一つ確かにわかったのは“殺人鬼”はレイじゃないということ。レイは本当に死んでしまった。
レイはあんな化物ではなかったと思う…
可能性として、レイが変わったかもしれないが、変わったとしてもあそこまで変われない。レイは優しすぎるのだから。…甘えすぎか?しかし、レイが優しく人を殺せないという考えは間違ってないと言える。それにレイのことは俺が一番知っている。だから“殺人鬼”はレイじゃない。レイはあんな面白がって人を殺す人間にはなれない。俺は何処かで“殺人鬼”の正体はレイなんじゃないかと思っていた。
生きていて、俺達への復讐…そっちの方が良かった、なんて言ったら笑われるかな。
この日以降、“殺人鬼”が現れることはなく、事件も止まり、島を出る日を迎えた。
最後の日まで正体はわからず、千殊島へと移って行った。
しかし、今、“殺人鬼”はやはりレイだったのではないかと考えてしまう俺がいる。あの強さ。強さ自体はレイの努力とも言えるし、ルカの爆発で生きていたのは嬉しいのはもちろんだったが、正直驚いた。あれはゼロ距離で喰らえば、本当に死んでしまう。いくら雨のおかげで弱まった、なんて言ったって信じられないし、運よく死ななかったとしても、立ち上がれはしないだろう。
それに加え、能力も“殺人鬼”と同じだなんて驚きを通り越した。氷の能力なんて稀だろう。一応、判明していて近い奴は商人にいるが、"殺人鬼"の能力には遠く及ばない。
あとは有り得て、双子だろうが双子で同じ能力だった例を今の所聞いたことがない。前例の双子でも、同じ系統の似て非なる能力ということが多い。それに、レイの兄弟に関しては聞いたことないし、特殊な性質上からも、“殺人鬼”であるとは思えなかった。いくらあの性質でも、声までは変えられない。限界まで下げたって今の声はあいつと重ならない。それでも、どんなに否定策を上げても…
レイは一度死んだという…死体は確認していないが、真壁曰く、確かにあの日殺し、ソウが海へ投げ入れたとのこと。だが、どういうわけか今生きている。可能性は十分ある。ここまで来てしまえば、否定はできない。例え、“殺人鬼”の正体がレイだとしても今度こそ俺は最後までレイの味方で在ろう。
レイはレイだから。
***
気づくと森の中だった。
まだ記憶と感覚がはっきりしない。徐々にはっきりしてぼんやりと目が周りを映す。
「…ぼ……く…は……」
己の血濡れた手を見て一気に記憶が頭に流れ込んできた。
「………!」
起き上がって逆流してくるものを吐き出した。碌に食ってなかったらしい、ただ水が出る。涙が止めどなく溢れて、呼吸がうまくできなかった。
時間をかけて、僕は己の体がしたこと全てを脳に受け入れた。
そして、自分の心の中で恐ろしい存在を強く否定し、封じた。
裏切った連中を己の力で見返そう。鬼なんかには頼らない。強くなろう。ここからは一人だ。僕が天下ブン取ってこんな…こんな負の連鎖を終わらせよう。
僕は島にある森付近の図書館へ足を運ぶ。古びた建物だが、本はしっかりしている。
外の世界のものから、UNCの歴史まで割となんでも置かれているらしい。
図書館は全くと言っていいほど人がいないから、戦闘訓練をしてもいいし、生きていることもバレない。裏手には森もある。最高の立地だ。
死んだことになったままで知識と力を身に着けよう。いつかの為に。殺す為に。




