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目隠しをした男

どこ…ここはどこだ?頭が割れそうに痛い。まるで目の奥に鈍い痛みが渦巻いているみたいだ。


最後に覚えているのは、あの不気味な女の声。「生きたいか?」とか「聞きたいか?」とか、そんなことを尋ねられた。なぜ俺にそんなことを?俺の何が特別なんだ?第二の人生を与えられるほど、俺は何か立派なことをしたわけじゃない。むしろ、聖人のような生き方なんてしていない。だから、あの声は一体何だったのか。きっと、昏睡状態のせいで見た幻だったんだろう。


それにしても…昏睡から目覚めたばかりのはずなのに、なぜこんなに暗いんだ?今は何時なんだ?24時間営業の病院のはずだろ?


なのに、誰も俺の様子を見に来ない。昏睡から目覚めたっていうのに、誰もいないのか!?点滴の交換とか、少なくとも看護師が来るはずだろ。目覚めた後に何か食べさせてくれてもいいじゃないか。


でも…よく見ると、この部屋、病室には見えない。石の壁、冷たい空気、まるで…そう、まるで誰かが囚人を閉じ込めるためのダンジョンのような場所だ。もしくは、物語の主人公がドラゴンと戦うために入る迷宮か…どちらにせよ、誰もいないのはおかしい。


なんで俺の体がこんなに狭いところに押し込まれてるんだ?科学者じゃなくてもわかる、まだ何も聞こえない。やっぱり、あの声はただの幻だったのかもしれない。嘘つきめ…。


部屋の明かりは暗いまま。混乱し続けるアオトの前で、突然光がチカチカと瞬き始めた。少しだけ部屋の輪郭が見えるようになった。


壁は石造りで、広大な空間を包んでいた。かすかに人影のようなものが見えるが、はっきりとはわからない。アオトは、自分が何かの台座の上に乗せられていることに気づいた。


すぐにアオトは、自分が檻の中に閉じ込められていると理解した。誘拐され、どこかに監禁されているのだろうか。金属の棒に触れた手は冷たく、膝は床に押しつけられて痛みを感じる。不安が襲い、恐怖で体が震え始めた。


その時、不意にレバーを引く音がして、明かりがパッと点いた。光はアオトの上だけを照らし、前方には何も見えない。だがその光で、観客席に並ぶ無数のマスクを着けた人々の姿が見えた。彼らは何かを叫んでいたが、アオトには聞こえない。ただ、その叫びの振動が檻を揺らし、自分の体を通して伝わってくるだけだった。


アオトは聴覚を失ってから、唇を読む技術を必死に学んだ。手話は苦手だったから、それが唯一の意思疎通手段だった。だが今、彼は観客の口の動きすら読めない。混乱が恐怖へと変わっていく。


そこに、長い紫のマントを引きずりながら歩く男が現れた。「キュレーター」と名乗るその男の顔にはマスクではなく、道化師のような化粧が施され、陽気な様子だった。彼は檻から檻へと軽やかに跳ね回っていた。その姿を見て、アオトは自分だけが囚われているのではないと気づく。


一瞬、男が立ち止まり檻の方を向いた。その口の動きからアオトは、彼が「売る」と言ったことを読み取った。


頭も心も限界に近づき、息は荒く、体は震え、アオトはそのまま気を失った。


しばらくしてもアオトは目を覚まさなかった。だが、銀の装束を纏い、誰もがその存在に気づくような気配を纏った男が部屋に入ってきた。その男は小さなオークの木ほどの背丈で、アオトの檻の傍に立った。


やがてアオトはゆっくりと目を覚まし、周囲に誰かがいることに気づいた。その気配は、足音の振動によってのみアオトに伝わったのだった。


その男は他の誰とも違っていた。観客と違い、仮面は着けておらず、金属製の目隠しで目元だけを覆っていた。髪は漆黒で、顔立ちは若々しいが、体格は大きかった。


アオトは、彼の唇が読めることに安堵した。助けを求めようとしたが、聴覚を失ってから話す力も衰えており、言葉は意味を成さなかった。


それでもアオトは懸命に助けを求め、男に何かを伝えようとした。


男は檻の上に両手を置き、ゆっくりと口を開いた。


「君は…聞こえないんだな?」


アオトはうなずき、目隠しの男の顔を見ないようにした。


男は溜息をつき、こう呟いた。


「ダメだな。これは全くダメだ…。落ち着け、落ち着け…うまくやれる…アルカド、お前が連れて行け。」


そう言って男は姿勢を正し、自己紹介を始めた。


「奴隷の少年よ、俺の名はガリウス・モスクレスト。だが、ガリウスと呼んでくれて構わない。お前は俺のことを知らないだろうが、今日から俺たちは共に行動する。」


「わかったか?」


アオト:「う…うん…」


ガリウス:「よし、いい子だ。名前は?」


「ア…アオト。」


「ほう、エルフの名前か?聞いたことのない名だな。姓は?」


「ヤマモト。」


「ヤマモト?どちらも聞き慣れん名だ。どこの国の出身だ?」


「にゅう…ニューヨーク…。」


「ハッハッハッハ!いいだろう、教えたくないならそれでも構わん。だが"ニューヨーク"とは、まったく稚拙な嘘だ。あのキュレーターがお前を金も取らずに俺に譲った時から、お前はただ者じゃないと思っていたさ。しかもオークションが始まった瞬間に気を失うとは、なんとも愉快な奴だ。奴はお前を鉱山送りにして、門の向こうで死なせるつもりだったらしいが、俺が連れて行けと頼んだら、あのキュレーターがモスクレスト家に借りがあるとかでな。運が良かったな。まあ、耳が聞こえないことを先に知っていたら、もっとマシな対応ができたのにな。」


「それにしても…俺の知る限り、そんな国は存在しない。お前は東の出身か?」


アオトは黙っていた。今、自分の身に起きていることをゆっくりと飲み込んでいた。


数時間前まで、彼はニューヨークの病院で死にかけていた。それが今では檻の中、見知らぬ世界、奇妙なオークション、そして目の前には樹のような男。


アオトはしばらく沈黙し、やがて一言だけ口にした。


「…ここは、どこ?」


ガリウスは静かに檻の鍵を開け、手を差し出した。


「怖がるな。」


その手には、無数の傷跡が刻まれていた。アオトは恐る恐るその手を握り、檻の外へと引き出された。


部屋の外へと連れ出されながら、アオトは初めて自分が今どこにいるのかをしっかりと見ることができた。血走った目、聞こえない耳、震える身体。そのすべてが、この現実を受け入れる準備を始めていた。


アオトは悟った。ここはもうニューヨークではない。そして地球ですらない――


アオトは、新たな世界へ召喚されたのだった。

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