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予言の音

17歳のときには、すでに診断されてから5年が経っていたけど、良くなる気配はまったくなかった。


12歳のときに、耳の鼓膜を襲う珍しいガンと診断された。医者が両親に「15歳まで生きられるかどうか分からない」と言っていたのを覚えている。そして今、17歳。ガンを克服したわけじゃない。まだ死にかけている。ただ、ちょっとだけ先延ばしにしただけなんだよ。抗がん剤治療の副作用で、聴力を奪われた。それはもう、人生を奪われたのと同じだった。


ここ4ヶ月間、僕は病院のベッドで昏睡状態のまま。最近、時々だけど、聴こえるような気がすることがある。もしかしたら、抗がん剤をやめたからかもしれない。もうほとんど終わりが見えているからね。この前、医者が両親と話しているのを一瞬だけ聴いたような気がした。いや、もっと前だったかもしれない。時間の感覚も失ってしまって。でも確かに「あと4週間」と言っていた気がする。


つまらないよな。


聴力を失う前の人生は、本当に良かった。文句なんてなかったよ。友達もいたし、社交的な生活を楽しんでた。いつも新しいことにワクワクして、挑戦してた。勉強は特別できる方じゃなかったけど、そこそこ良い成績は取ってたと思う。でも、聴力を失ってから、少しずつ、すべてが遠のいていった。世界から切り離されたような感覚、大切な何かを奪われた感じ。何の前触れもなく。


痛かった。


音って、失って初めてその存在に気づくんだよ。水、風、大地、火、それぞれの要素が音を持っている。聴こえていたときはそんなこと考えもしなかったけど、今ではそればかり考えてる。音楽も、海の音も、聴こえないって本当に最悪だ。


母さんが、学校から帰った僕の名前を呼ぶ声を思い出す。いや、学校はいつも長く感じたから、ただ「学校」とだけ言えばいいか。チャイムが鳴ると急いで帰って、3時前にはテレビの前にいた。お気に入りのアニメが始まる時間だったから。あの頃は友達も少なかったけど、それでも十分だった。7人か8人の仲良しグループで、最高だったな。子どもの頃も今も変わらず、読書が好きだった。小説、ウェブ小説、ライトノベル、漫画、マンガ。読んでる時が一番、自分らしくいられた。


あの頃の遊びや、世界の音楽を聴いていた日々が本当に懐かしい。もう一度だけ、あの瞬間に戻れたらって思う。あの頃の自分、なんて愚かだったんだろう。


病院に運ばれたのは、17歳の誕生日の4ヶ月前だった。その日にERに運ばれてから、もう希望はないと思った。いや、自然死で運ばれるのも時間の問題だったし。髪も声も失って、最悪なのは、ネットの陰謀論チャットに入り浸るようになってたこと。でも、それは今は置いといて。


ERに運ばれた理由は、不運そのもの。俺、山本アオトは、車にひかれたんだ。


まるで異世界転生モノみたいな展開だろ。ニューヨークの道を歩いていたんだけど、聴力がないせいで、車の音に気づけなかった。でも、油断してたわけじゃない。ちゃんと左右確認して、信号が青になったのを見てから渡ったんだ。


完全に酒酔い運転の事故だった。それが、俺を早すぎる死のベッドへと送った。


正直言うと、運転手に対してそんなに怒ってないんだ。俺自身、数ヶ月以内にがんで病院に戻ってくる運命だったんだから。ただ、ちょっと早まっただけ。ある意味、詩的じゃないか。


今の俺の状態は、良くはない。昏睡状態の今、できることといえば、自分自身と会話することだけ。つまり、考えること。それはもう、自分と話してるのと同じこと。


もう、人生を自分でコントロールしてる感覚はない。でも、それって聴覚を失ったときから変わってない気がする。もともと喋れなかったし、今も同じだ。昏睡状態に入る前と、そんなに変わらない。死に方を想像していた中で、これは一番下のほうだったけど、まあ、この方法で死ぬのも悪くない。


俺の人生を壊したがんに対する「ざまあみろ」って感じがして、ちょっと嬉しいんだ。最後に俺を連れて行くのが、病じゃなくて不運だったってのが、何だか救いだよ。どんな状況にあっても、人は何が起こるか分からない。それがいいんだ。


本当は、自分の意思で人生の幕を閉じたかった。家族や友達の前で、長いお別れのスピーチをして。でも皮肉なことに、何年も前に話すことをやめた。だって、聴こえないのに話す意味なんてないだろ。


最後の数ヶ月、覚悟はできていたつもりだった。でも正直に言うと、ちょっとメンヘラっぽくなってたかもしれない。うまく言えないけど、自分の中で「これからの人生をもう体験できないんだ」って現実を受け入れようとしてたんだよ。大学に行くことも、初体験も、恋愛も、結婚も、家族を作ることも。それが無理なんだって。だから孤独を選んで、新しい視点で最後を迎えようとしてた。でも、今になって、それが全部押し寄せてきてる。


神様、どうしようもなく心が揺れてる。


聴覚を失ってから感じられなかった、知らない感情が、今になって押し寄せてくる。


居心地が悪い。


後悔は、あまりないと思う。あるとすれば、もう一度だけ、はっきり音を聴いてみたい。それができたら、きっと幸せになれる。うん、間違いない。


―――


もう、アオトには気づけなかったが、運命の時は迫っていた。心臓が、急速に、そして確実に弱っていっていた。


「生きたいか?」


「……もしもーし、もしもーし!」アオトが叫ぶ。


その声は、どこか反響しながら、女性のもののようだった。そして、再び問いかけてきた。


「生きたいか?」


アオトは、その声が聴こえるという事実に驚き、叫んだ。


「お前は誰だ!」


しかし、声は名乗らず、また同じことを問いかけた。


「生きたいか?」


アオトが答えようとする前に、声が続けた。


「聞こえたいか?」


アオトの心の中にある空虚な虚無に、さらに深い沈黙が重なった。


アオトは、戸惑いながらも、ためらうことなく「はい」とだけ答えた。


その直後、声もアオトも沈黙に包まれた。そして突然、声が狂ったように笑い出した。


「へ……へ……ヘ……ヘヘヘヘ」


その笑い声は虚無の世界に響き渡り、アオトの心を揺るがす地震のように恐怖で包んだ――そして、静寂が戻る。


声は冷静さを取り戻し、最後に一言だけ告げた。


「望み通りに」


その瞬間、声は消え、虚無は静まり、アオトはまったく別の場所へと連れて行かれた。

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