9 シャンティとアンディ
マルクの評価が予想通りボロクソでした。
ここから挽回できるのか? 乞うご期待です。
リャーナが幼児化しているような気がしますが、シャンティですからしょうがないです。
リャーナとダルカスとフロスは、冒険者ギルドを出た後、暫くして別れた。フロスは「必ずやリャーナ嬢をお守りします。利益代理人として、貴女の希望を叶えるために尽力いたしますよっ!」と、やる気に満ち満ちて、何やら準備があるからと、バタバタと走って行ってしまった。冷静そうな見た目と違い、中身は大層熱い男なのだ。
「マーサ! マーサ!」
リャーナの腕を掴んだまま鼻息荒く帰宅したダルカスは、玄関を開けるなり、妻のマーサを呼んだ。
「なんだい、大きな声で」
マーサが台所から手を拭き拭き出てきて、ダルカスの様子に眉を顰めた。
「揉め事かい?」
「この国を出ることになるかもしれん。皇太子に喧嘩を売ってきた」
ダルカスの言葉に、マーサは微塵も動揺せず、フンっと鼻を鳴らした。
「すぐに出るのかい?」
「向こうの出方次第だ。用意はしておいてくれ」
「分かったよ。そんな事よりリャーナちゃんの手を離してあげな。怯えてるじゃないか」
「何? 」
慌てて振り向いたダルカスが、涙目のリャーナに目に見えて狼狽える。
「す、すまん、リャーナちゃん! 引っ張って痛かったか? でかい声で怒鳴って怖かったか? 驚かせて悪かった」
リャーナの腕を離し、情けない声で謝るダルカスはリャーナのよく知っている彼だった。リャーナは緊張から解放され、ぼろぼろと大粒の涙を流す。
「ごめんなさい、ダルカスさん。私のせいで、め、迷惑をかけちゃって」
「な、泣くなよぅ、リャーナちゃん」
大泣きするリャーナに困り果て、ダルカスはリャーナの周りをウロウロする。そんなダルカスに、マーサは鋭い視線を向けた。
「あんた、何があったんだい? ギルド長の知り合いとやらが、何かしでかしたのかい? 」
ダルカスはマーサに一部始終を語った。話が進んで行くと、マーサの顔は恐ろしい程の無表情になる。
「なんて事だろうね……」
話を聞き終えたマーサは、ポツリと一言呟く。その声は冷え冷えとしている。
「マーサさん、ごめんなさい。私、迷惑を、かけない様に、この国から、出ていき、ますっ」
しゃくりを上げるリャーナを、マーサはギュッと抱き締める。宥める様にリャーナの背を撫で、柔らかく囁いた。
「何を謝る事があるのかね。あんたは、何一つ悪い事なんかしてないよ。それにねぇ、娘をたった一人で他所へ行かせるなんて出来るはずないだろう。この国を出る時は、あたしたちも一緒さ」
リャーナの涙を拭ってやり、顔を覗き込むと、ニヤリとマーサは笑う。
「こんな理不尽な事、ウチの旦那が承知するはずないよ。フンっ。今まで散々、ウチの旦那が危険を顧みずに国の為に尽くして来たのも、この国を誇りに思っていたからだってのに。次の皇帝ともあろう人に、こんな、愛想も尽きる様な事をされちゃあね」
マーサはダルカスを見つめると、妖艶な笑みを浮かべる。
「あんた、リャーナちゃんの為によくぞ言ってくれたね。惚れ直したよ」
「う、お。おう……」
恋女房の珍しい賞賛に、ダルカスは年甲斐もなく顔を赤らめ、咳払いをした。
「でも、でも、マーサさん……」
泣きじゃくるリャーナに、マーサは頭を撫でて宥める。
「心配しなくていいよ。国を出るのは最終手段だからね。その前に、持てるツテを全て使って、皇太子にお灸を据えてやるよ」
ニッコリと物騒な笑みを浮かべるマーサに、リャーナはそれでも不安が拭えなかった。今のリャーナにとって一番大事な人達を、危険に巻き込んでしまうかもしれない。末端とはいえ、リャーナも数年は王家に文官として仕えていた。王族や貴族の怖さと言うものを、身に染みて知っているのだ。
「たっだいまー! リャーナちゃあん! 私の可愛い妹ー! お姉ちゃんが帰って来ましたよー! お土産もあるのよぉ〜!」
そこへ、ドタバタとけたたましい音と共にシャンティが帰って来た。両手にいっぱいの紙袋を持って、満面の笑みで突撃して来たシャンティは、えぐえぐとしゃくりを上げながら泣くリャーナに対面し、動きを止めた。
「リャーナちゃぁぁぁぁん! なんで泣いてるのぉぉ!」
素早い動きで大荷物を机に放り投げると、リャーナに飛びつき、ダルカスそっくりの動きでオロオロと狼狽える。
リャーナはシャンティの姿を目にした途端、それでもなんとか保っていたものが、プツリと切れてしまった。出会ったばかりのシャンティだが、僅かな期間に溢れんばかりの妹愛をこれでもかとリャーナに注ぎこんだ結果、見事にリャーナの信頼と愛情を得て、姉として認定されていた。そんな、無条件にリャーナを愛し可愛がるシャンティの姿を見て、緊張だとか不安だとか絶望だとか恐怖だとかの感情にもみくちゃにされ、結果、リャーナは先程以上の大泣きをする事になった。
「お、姉ちゃあん……」
おいおい泣くリャーナを抱きしめ、シャンティの庇護欲はとどまることを知らないぐらい高まった。
「大丈夫、大丈夫よリャーナちゃん。お姉ちゃんがリャーナちゃんの敵を粉砕してあげるからねぇ……。ふふふふふ。どこのどいつなの、私の可愛い可愛い妹を泣かせたのは。どの毒を使おうかしら。爛れる系? 腐る系? 一番苦しめる様にブレンドしようかしら」
リャーナを腕に抱き、髪を梳きながら物騒な事を呟くシャンティ。シャンティの胸に抱きついているリャーナがその顔を見たら、思わず後ずさる様な禍々しい表情を浮かべている。
「シャンティ、荷物」
そこへ、シャンティ以上の大荷物を持った背の高い、筋骨隆々の大男がやって来た。厳つい顔は近寄り難い雰囲気が漂っているが、その手に持ったカラフルな女性用のドレスやリボンが、何か色々と台無しにしていた。その大男が、シャンティと抱き合うリャーナをジッと見つめる。
「アンディ、私の妹のリャーナちゃんよ!」
「リャーナ」
アンディと呼ばれた男はコクンと頷く。
「私の妹なんだから、アンディの妹にもなるわ」
「妹」
アンディはもう一度コクンと頷く。
「泣いている」
「そうなのよっ! 可愛い可愛い可愛い妹が、誰かに泣かされているのよっ!」
ギリギリと目を吊り上げるシャンティに、アンディの声が一段低くなる。
「潰す?」
「そうね。手伝ってくれる?」
コクンと、アンディはしっかり頷いた。
「ちょっと落ち着きな、シャンティ。相手は皇太子なんだよ、まずは穏便に締め上げるよ」
マーサの声に、シャンティは不服そうに唇を尖らせた。
「リャーナを泣かせたのに?」
「皇妃様にはお世話になっているからね。私からお願いしてみるよ」
「生温いっ! 」
「シャンティ、我慢」
ギリギリと歯軋りして悔しがるシャンティを、アンディが宥める。
大泣きしていたリャーナが、2人のやり取りに少し落ち着いて、涙を拭いた。シャンティがすかさず「お鼻チーンしようね」とハンカチを当ててきたが、さすがに恥ずかしくて自分のハンカチで顔を拭く。
「お姉ちゃん、泣いてごめんなさい」
恥ずかしくて顔を赤らめるリャーナに、シャンティはプルプルと身悶えした。
「いいのよ! 私の胸は妹が泣くために空けてあるんだから!」
さぁ甘えろと言わんばかりに鼻息荒く両手を広げるシャンティに、リャーナは笑みをこぼした。ぐずぐずと鼻を啜りながら視線を上げると、アンディと目があう。迫力のある顔と体つきだが、草食動物のような穏やかな瞳に、リャーナは全く怖さを感じなかった。そして、あぁ、と思い付く。
「お姉ちゃんの大好きなアンディさん?」
シャンティから毎日、惚気と共に聞かされた婚約者の姿そのものだ。確かここ数日は、鍛冶師ギルドからの依頼で工場に詰め切りになっていて、会うのは初めてだった。
「大好き……?」
呟いて、ぼぼぼぼぼっと真っ赤になるアンディ。それに一番焦ったのはシャンティだ。こちらもアンディに劣らず、真赤になっている。
「リャーナちゃあん? な、な、な、何言ってんのぉ!」
「あれ? 違うの? お姉ちゃんが毎日、熊みたいに大っきくて格好良くて優しくて頼り甲斐があってお姉ちゃんを大事にしてくれて、誰よりも一番大好きって……」
「ギャァァァァァァァァ! リャーナちゃあん! 内緒って! 内緒って言ったじゃないぃぃ!」
「あ、そうだった……!」
リャーナは慌てて口を抑えたが、色々と遅すぎた。
「うっかりさぁぁぁぁん! そんな所も鼻血が出そうな程可愛いけど! 可愛いけど言っちゃダメー! あ、アンディ! 違うのよ! 今のは、ええっと、今のはっ!」
真っ赤な顔で狼狽えるシャンティを、アンディは無表情のまま抱き上げる。
「ひゃっ?」
「シャンティ、借ります」
アンディがそうマーサに言うと、マーサはイイ笑顔で頷いた。
「あぁ、ちょうどいい。暫く預かっておくれ。その間に色々済ませておくからね。その子がいると、色々面倒だから。なんならそのまま嫁にしちまいな」
「母さんっ?」
「おー、シャンティもとうとう嫁入りかぁ。アンディなら間違いないからいいけどよぅ……。寂しくなるなぁ」
「父さんっ?」
ションボリするダルカスを、マーサは呆れた様に見る。
「アンディの家は隣だよ? 何が寂しいんだい? それにうちにリャーナがいるんだから、毎日里帰りするに決まってるよ」
マーサの言葉に、アンディはコクリと頷く。
「嫁にします」
「ちょっとぉぉぉぉ! 私の事無視して勝手に話を進めないでぇ!」
アンディは抱き上げたシャンティの顔を覗き込み、不安気に聞いた。
「嫌?」
「えぇっ? い、嫌なんて言ってないでしょ!」
真っ赤な顔で怒鳴るシャンティに、アンディはフワリと微笑んだ。
「好きだ」
「そ、そんな顔、ひ、卑怯よっ! わ、私だって、好きよっ!」
アンディは笑い声を上げてシャンティを抱き締め、ノッシノッシと連れ出した。
「はぁ、騒がしい子だよ。もういい年だってのに、照れまくって逃げてなかなか先に進まなくてヤキモキしたけど、ようやくまとまったねぇ。ありがとう、リャーナちゃん」
マーサがニコニコして言うと、リャーナは首を傾げる。
「シャンティとアンディが婚約したのは子どもの頃なんだが、大きくなってからシャンティが素直じゃなくてなぁ。誰がどうみてもアンディが好きなのはバレてるのに、変に意識して空回っててなぁ」
苦笑するダルカスが、リャーナの髪をクシャクシャと撫で回す。
「リャーナちゃんのお陰であの二人も漸く落ち着くよ。いやー、町中でここ数年ヤキモキしてたからなぁ!」
褒められたがリャーナは複雑な気持ちだ。シャンティに内緒だと言われてたのに、うっかり失言したのだから。シャンティに嫌われないだろうかと不安がるリャーナを、マーサは豪快に笑い飛ばした。
「シャンティがリャーナちゃんを嫌うはずないだろ、ありえないよ。あの2人は放っておいても構わないよ。それよりまずは皇太子だね。急いで対策しなくちゃねぇ……」
頼もしいマーサの楽しそうな笑顔に、リャーナの胸に安堵が広がった。