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7 皇太子との初対面

「えーっと、こちらがリャーナ。カージン王国出身の17歳」


 ライズの紹介にリャーナはペコリと頭を下げる。


「えー、こちらがドーン皇国の皇太子マルク・ドーン殿下。えっと、幾つでしたっけ?」


「24だ!」


「そうだった、24歳、未だに独身、婚約者なし」


「宜しく頼む!」


 キラッキラの笑顔で気さくに頭を下げる皇太子殿下。何かに似ていると、リャーナは思った。そうだ、あれだ。学園の用務員が飼っていた番犬のジー。番犬の癖にボール遊びが好きで、ボールを持って近づくと目をキラキラさせて寄ってきた。うん、アレに似ている。


 不敬なもの思いから覚めた後、リャーナはザザザッと顔から血の気が引くのを感じた。皇太子?皇太子って言わなかった、今?


「こ、こ、こ、こ、皇太子殿下っ! えええええ?」


 リャーナは驚きすぎてダルカスの背に逃げ込んだ。


 ライズから『例の魔術師に会わせる』と冒険者ギルドへ呼ばれたリャーナは、魔術師はライズと同じ貴族だろうとは思っていた。カージン王国では平民は魔術師になれないので、魔術師と言えば貴族なのだ。でもまさか。皇族だなんて。リャーナの付き添いで着ていたダルカスも知らなかったらしく、驚いた様子だった。


「あ、あ、あ……。何故隠れるんだ、リャーナ嬢。あぁ、本当にあの魔術陣の作成者なのか、イメージと違って、可愛いな」


 上擦った声で皇太子殿下はリャーナを覗き込もうとするが、リャーナは仇敵から逃げる小動物のようにチョコマカとダルカスの背に隠れる。確かに可愛いがしかし。


「いや、殿下の圧が強過ぎるから怯えてるだろうが。鼻息荒くリャーナに近づくな。こらっ、触ろうとするなっ!」


 ライズが慌ててマルクの前に立ちはだかる。冒険者ギルドにいる時は一冒険者として扱って構わないと本人に言われているが、流石にこんな言い方をして、不敬罪にならないだろうか。護衛騎士をチラリと見ると、僅かに顔を顰めていたが、咎める様子はない。


「……すまない、リャーナ嬢、出てきてくれないか? もう断りなく近寄ったりしない……」


 シューンと音がしそうなほど落胆した声で、マルクが力無く言うのを聞いて、リャーナは恐る恐る顔を出す。番犬ジーがボール遊びを断られた時のようにシュンとした様子のマルクが見えた。


「うん、落ち着いたか。ああ、こちらは利益管理人のフロスさんだ。リャーナの代理人として今日は来て頂いた」


 物腰の上品な老年の男性がペコリと頭を下げた。今回の交渉相手は皇族と聞いて、緊張する中、利益管理人として『絶対に依頼人の利益を守り抜く』と気持ちを鼓舞して来たと言うのに。のっけからこの騒ぎですっかり弛緩してしまった。


「リャーナ嬢、君は結界の魔術陣の作成者だと言うことだが、本当だろうか」


 ようやく落ち着いて全員が席に着き、マルクから前置きもなしに切り出されたリャーナは、不安気にコクリと頷く。本当の事を言っても良いものかと悩む。あれは一応、カージン王国の王太子の功績となっているのだ。


「疑う訳ではないが、確認のために幾つか質問をさせて欲しい。あの術式は主にエルマル派の術式構成を取っているが、一部ニライズ派の魔力展開に近い構成がとられている。何故だ?」


「それは……。全体をエルマル派の術式展開にすると、魔力効率が悪くなるのと、余計な術式が必要になるからです。ニライズ派の術式は出力に欠けますが持続力に定評がありますので、そこをうまく取り入れられないかと思ったんです」


「しかし二つの術式を使うと術が破綻するのが今までの定説だ。そこをどうやって解消した?」


「えっと、ニライズ派の論文の中で、術式定着の新しい講式が……。えっと、これです。これに、このニライズ派の講式をここに当て嵌めて、そしてこう展開すると」


「あぁぁぁ、成る程 !つまりここの術式への影響を最小に抑える形に落ち着くっ! あぁぁぁぁ! ようやく理解したっ! よく思い付けたな、こんな術式展開っ!」

 

「おーい、殿下。2人で盛り上がっているところ悪いが、確認は済んだのかよ? リャーナが結界の魔術陣の作成者だってよ」


 2人以外置いてきぼりを食らっていた面々を代表して、ライズが声をかける。猛然と紙に術式を書き殴っていたマルクがハッと気づき、顔を上げてゴホンと咳をした。


「あ、あぁ。この素晴らしい術式の説明ができるんだ。作成者以外あり得ない」


 マルクの賞賛に、リャーナは頬を染めて俯いた。結界の魔術陣のことで、こんなに素直に褒められたのは初めてだった。そんなリャーナの照れたような笑みを、マルクが瞬きもせずに凝視している。


「それじゃあ、うちの国でリャーナちゃんを保護して貰えますでしょうか? 万が一カージン王国がリャーナちゃんを返せと言ってきたら、我々は対抗できますか?」


 ダルカスが不安気にそう言うと、マルクはハッとしたようにリャーナから視線を外した。


「リャーナ嬢。カージン王国での身分に関わる書類や、文官として勤めていた時の書類、それと、給与明細はあるか?」


 マルクに柔らかく問われ、リャーナは収納袋から書類を取り出した。収納袋を初めて見た利益管理人のフロスが、ギョッとした目を向ける。


「これは……。文官としての雇用契約書だな。酷い条件だ。正規雇用ではなく仮雇用のまま期間の更新を繰り返している。雇用期間は不定期、いつでも雇用主側から解除できる。就業時間も不定期、雇用主の好きに変えられることになっている。給与は固定、各種手当はなし。半分は平民税? この利率は、罪人や籍を持たない流れ民と呼ばれる者たちと同じものだ」


 マルクが書類をフロスに渡すと、フロスはふるりと頭を振って、書類に集中する。内容を確認して、顔を顰めた。


「彼の国の孤児の扱いは酷いと聞きますが、これは何とも……。呆れますな」


「こちらの退職の書類も酷い。毎月給与から引かれていたはずの退職手当が無かったことになっている。理由が空白の馘首扱い。はぁ、カージン王国との付き合い方を考えねばならんな。平民相手に、こんな不合理が通用するとは……」


「しかし、逆にリャーナ殿が流れ民扱いで良かったのでは? お陰でカージン王国の民と主張されることはない。我が国で皇民として登録してしまえば、それがリャーナ殿の籍を確定することになります」


 フロスは書類に目を走らせ、頭の中でドーン皇国とカージン王国の法律を呼び起こしながら、どうしたらリャーナの為に最善を尽くせるか考えた。先程チラリと見せた、リャーナの魔術の才能。それがライズ達がカージン王国を危惧する理由なのだろう。同様に、リャーナの才能をドーン皇国に翻弄されないよう、フロスが呼ばれたのだ。

 このような才能の塊を権力者から守るのが利益管理人の本領だ。久々にやりごたえのある仕事に、フロスの気合いが入った。


「そうだな。リャーナ殿は既にドーン皇国の民。我が国の民なら私が守るのが筋だ」


 ニコリとマルクは笑い、立ち上がるとさっとリャーナの手を取った。


「ひゃあっ?」


「うん。リャーナ殿。王宮に部屋を準備するからそこに住めば良い。私の部屋と続き部屋だ。何も心配はない」


 きゅっと手を握り締められ、リャーナは悲鳴を上げた。


「イヤーっ!」


 マルクの手を振り払い、リャーナは席を立って再びダルカスの背中へ隠れる。何だこの人、さっきまでスラスラ書類を読んで問題箇所を指摘している時は凄かったのに、いきなり変態になったと、リャーナはマルクを睨みつけた。


「皇太子殿下! 嫁入り前のうちの子に何を言いだすんですかっ!」


 ダルカスもリャーナを守るように立ちあがり、猛然と抗議した。


「え? だから、俺の嫁に迎え入れようと言う話だよな?」


 至極真顔でマルクが言うのを、マルク以外の全員が信じられないと言った顔で見ている。


「嫌ぁ」


 ぼそっと呟いたリャーナがダルカスの背に泣き付き、リャーナが泣いたことによって、ダルカスの目がキリキリと釣り上がる。


「何をふざけた事をっ! 娘はやりませんっ!」


「いや、いつの間にお前の娘になったんだ、ダルカス?」


 ライズの言葉に、ダルカスは胸を張って答えた。


「リャーナは下の娘のシャンティと姉妹の契りを交わしましたっ! だから、俺の娘です!」


「姉妹の契りってなんだよ? いやしかし、シャンティなぁ。妹欲しがってたもんなぁ。薬師シャンティが妹分認定したって事は、下手すりゃ薬師ギルドを敵に回すな」


 ぼそりとライズが呟くと、ダルカスも頷く。


「シャンティを敵に回すとなると、その婚約者の鍛治師アンディの所属する鍛治師ギルドも敵に回す」


「冒険者ギルドだって、そんな勝手な話には納得しないぞ」


 ライズとダルカスはフンフンと頷き合い、ライズがマルクの方へ振り向き、溜息を吐く。


「殿下、諦めてください。二つのギルドとうちのギルドを敵に回したら、流石の皇家も不味いでしょう?」


「ちょ、ちょっと待て! あっさりと私の嫁取りを否定するなっ! お前たち、私の正妃の条件を知っているだろう?」


 お金も権力も地位も名声もない孤児の平民のリャーナの、どこが皇太子の正妃に相応しいというのだろう。リャーナは首を捻る。もしかして、正妃の条件とは……。


「胸?」


 リャーナが他の人と違う所はといえば、平均よりやや大きい胸だ。そういえば、カージン王国の王太子だって、顔や功績より胸でリャーナを認識していたぐらいなのだ。


 リャーナの言葉に、マルクの視線が下がる。魅惑的な丸みを帯びた大きな膨らみに、思わず視線が釘付けになる。だがリャーナのゴミクズを見るような目に気づき、マルクは顔を真っ赤にして慌てて視線を逸らした。


「違うっ! 魔術だっ!」


 否定されたが、リャーナの中に、王族・皇族=巨乳好きという図式は完璧に刷り込まれたのだった。


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― 新着の感想 ―
しょーもないなぁ。 だけど、皇太子はリャーナに言われるまで胸を見ていなかったから、この反応だったんじゃないでしょうか。 巨乳好きっていう訳じゃないと思います。 彼としては、結界と収納袋の段階で心臓撃…
成人している皇太子なのに婚約者がいない時点でこいつは地雷物件よ。だいたい平民にな皇太子妃はきついしな利用することしか考えてない地雷皇太子よりもダルカスの方が好感を持てます。 24歳独身皇太子って出た時…
 これは無いなw  正直同性から見ても初対面から婚姻の話をするのは頭抱えるなあ。  皇太子側の事情を説明するにしても段階や順番というものが(立場的に尚更)あるだろうに。  しかし本当に一気に味方が増え…
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