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50 皇帝陛下との謁見

ナチュラルワーカホリック=皇帝陛下 登場です。


『リャーナさん、初出仕おめでとう』


 謁見の間に続く廊下に、そんな横断幕が飾られていた。豪奢で荘厳な皇宮には似つかわしくない、例えていうなら、騎士になった村の子を村人総出で送り出す時に作られる、村のおばちゃん作のようなクオリティの横断幕だ。

 横断幕の傍には、沢山の文官たちが並んでいた。マルクを訪ねた時に対応してくれた文官や、文官試験の時の試験官や、全く顔の知らない人もいる。文官たちは廊下に引かれた白線の向こう側で、リャーナを一目見ようと押し合いへし合いしていた。まるで人気の舞台俳優を待つファンのような熱狂ぶりだ。


「物凄く歓迎されているな。まあ、あの文官試験を満点以上取ったら、こうなるか」


 『歓迎、外務部』や、『アットホームな職場です、財務部』や、『貴女の力がいまここで発揮される、魔術研究所』などと書かれた看板を見ながら、ダルカスは苦笑する。リャーナの優秀さを聞きつけた文官たちの間で激しい引き抜き合戦があるとマルクから聞いていたが、想像していた以上だ。

 

 ダルカスやマーサ、シャンティが働く予定の部署は、比較的静かなものだが、それ以外の部署はチャンスがあればなんとかリャーナを引き抜こうと狙っている。本人が優秀なのもあるが、なんせ、リャーナはダルカス一家から可愛がられている末っ子だ。リャーナを引き抜けばダルカス一家の力も借りられるかもという思惑も働いているのだろう。


「こらっ。お前たち、まだそんな悪あがきをしているのか。リャーナ嬢の部署は決まっていると言っただろうが」


 そこへマルクの護衛官であるショーンが駆け付け、文官たちを叱りつける。文官たちは走ってきたショーンに『ショーン様だ、逃げろー!』と、そそくさと横断幕、看板を撤去して蜘蛛の子を散らすように解散していった。


「申し訳ありません、リャーナ嬢。文官たちが騒がせてしまいましたね。ご不快な思いをさせてしまいました」


「いえっ! だ、大丈夫です! 不快だなんて、そんな」


 あまりに熱烈な歓迎に目も口も真ん丸にして驚いていたリャーナは、ショーンに頭を下げられてぶんぶんと両手と頭を降る。


「ご気分を害していないなら良かったです。……ああ、とてもお似合いです」


 ショーンはリャーナの制服姿に、嬉し気に目尻を下げる。


「リャーナ嬢には、我が国の紋章が大変お似合いです。いずれはその紋章が入ったローブを身にまとって頂きたい……」


 ショーンの脳裏に、ドーン皇国の紋章入りのローブを羽織り、冠を戴いたリャーナの姿が浮かぶ。紋章入りのローブは、王族にしか許されない装束だ。勿論、リャーナの隣には、同じく王冠とマントを羽織ったマルクの姿が浮かんでいた。未来の皇帝と皇妃の姿。ああ、ようやくこれまでの苦労が報われる。


「んおっほん、ショーン様。そろそろ謁見の時間ではないですか」


 ダルカスがわざとらしい咳ばらいをして、妄想に耽るショーンを正気に戻した。ショーンはマーサの冷たい視線やシャンティの殺意100%の恐ろしい視線に気づき、気まずげに視線を逸らす。


「……失礼。それでは皆様、皇帝陛下の元へご案内いたします」


 新人の文官は初出仕の際、皇帝陛下にお目通りをする。普通なら採用試験後に数十人いる新人文官とまとめて会うらしいが、リャーナは中途の採用だったため、個別での目通りとなった。


「というのは建前で、皇帝陛下がリャーナちゃん(未来の嫁候補)に会うためとかじゃないわよね?」


 恐れを知らない(やさぐれている)シャンティが、怪しむようにショーンをねめつける。ショーンは慌てたように弁明した。


「いえ! 短時間の採用とはいえ、ダルカス様たちにはそれぞれ重要な地位について頂きますので! 皇帝陛下がお会いになるのは当然でございます」


 ショーンの言葉に嘘はない。文官の任用は皇帝陛下が行うしきたりとなっているので、今回の謁見は完全に公務である。それに、皇帝陛下はマルクの見合いがあまりに惨敗しているので、嫁取りについてはほとんど諦めている。もしも結婚が無理ならば、早々に後継者として養子を迎える準備をしろとマルクに忠告しているぐらいだ。


 それに、どちらかといえばリャーナに会いたがっているのは皇妃の方だ。マルクによって皇妃宮でのリャーナの採用を阻止されたが、あれは全く諦めていない。隙さえあれば、リャーナを自分の宮に引っ張り込もうと、色々画策しているのだから。


 本来ならば嫁姑の仲が良いのは歓迎すべきだが、何故だか皇妃はリャーナをマルクの嫁にする事は諦めている。それどころか、マルクが無理矢理リャーナに迫っているのではと心配して、彼女を守るために自分の宮に引き込もうとしていたようだ。『マルク(あんな息子)の嫁になんて、リャーナちゃんに嫌われるようなことはしたくない』と真顔で皇妃に言われた時には、自分の息子なのに容赦ないなとショーンは呆れたものだ。


「皇帝陛下に謁見……」


 ショーンについて廊下を進みながら、リャーナがプルリと身震いする。カージン王国でも、国王陛下に直接お会いしたことは一度もない。緊張するなと言うのが無理だ。


「大丈夫だよ、リャーナちゃん。皇帝陛下は厳しくていらっしゃるが、身分で差別をするような御方ではないからね」


 マーサが優しくそう言うが、リャーナの不安は募るばかりだ。リャーナにとってはお貴族様が相手でも緊張するのに、皇帝陛下なんて遥か彼方、雲の上の存在だ。


 やがて一際豪奢な扉の前に着き、扉の前に控えていた騎士が一礼する。入室の許可が下りて、リャーナたちは中に通された。


「陛下の御なりである」


 控えていた侍従らしき人が厳かに告げ、ダルカスたちがさっと頭を下げた。リャーナもちゃんと遅れずに頭を下げ、声が掛かるのを待つ。


「大儀である。頭を上げよ」


 少し掠れた男性の声に従って、リャーナはゆるゆると頭を上げた。

 目の前の玉座に、ちょっと疲れた顔をした壮年の男性が座っていた。その隣にはにっこにこの皇妃が座り、側には仏頂面のマルクが控えていた。壮年の男性がもちろん、皇帝陛下だろう。銀髪と碧眼はマルクと同じだが、顔立ちはマルクよりもやや武骨な印象を受けた。こうして比べてみると、マルクは顔立ちは皇妃に似ているのだなと、リャーナは思った。緊張し過ぎて、脳が全然関係のない事を考えて現実逃避をしているようだ。


「ようやく要請に応じてくれたのだな、ダルカス」


 皇帝陛下が可笑しそうにそう言うと、ダルカスは頭を掻いた。


「はあ。私のような粗忽者が、お役に立てるとも思いませんが……」


「何を言うか。我が国が誇るS級冒険者の出仕が決まって、騎士団は大騒ぎだったぞ。さっそく手ほどきをしてもらいたいと騎士たちが列をなしている。存分に鍛え上げてやってくれ」


 皇帝陛下が視線を巡らせ、マーサに目を止めた。


「久しいな、マーサ。皇妃の元には時折訪れていたようだが、余の元には全く来なかったな。たまには顔を見せてもよかろうに」


「まあ。私は皇宮魔術師から退いた身でございますよ。陛下を煩わせるなど恐れ多い事でございます」


 揶揄うような口調の皇帝陛下に、マーサは品の良い笑みを浮かべる。いつもの下町のおかみのような口調は封印し、まるで貴族の奥方のようだ。


「そうか。ならば今後は以前のように余にも気安く声をかけよ。『宵闇の魔術師』の活躍を期待しておるぞ」


「ご期待に沿えるよう尽力いたしますわ」


 マーサの優雅な礼に、皇帝陛下は満足そうに頷く。


「して、其方らの娘たちを余に紹介してくれるか」


「ええ。こちらは3番目の娘のシャンティ。薬師をしております。このたび、皇宮薬師としてお仕えさせて頂く事になりました」


 マーサがシャンティを紹介する。シャンティはマーサに劣らず綺麗な礼をした。平民ながら皇宮魔術師としてバリバリ働いていたマーサは、三人の娘たちにしっかりと行儀作法を叩きこんでいた。


「ほう。其方が薬師のシャンティか。其方の功績も素晴らしい。忌避の薬草や魔力茸。それと最近では『特級万能薬』か。皇宮薬師たちがあの薬をもっと研究したいから予算を増やせとうるさくて敵わんのだ。すまんが、奴らに手ほどきしてやってくれ」


 皇帝陛下が苦笑しながらいうのに、シャンティは愛想もなく頷いた。シャンティの出仕の目的はあくまで『リャーナの見守り』だ。皇宮薬師の仕事自体にはなんの魅力も感じていない。他の薬師たちに教えるのが仕事だと言うなら、淡々とこなすまでだ。皇帝陛下直々のお褒めの言葉にも、特に何も思わなかったのだが。


「……すごい、お姉ちゃん。皇宮薬師様の先生になるの?」


 リャーナが感激したように口元を押さえて呟いた小さな言葉には、それはもう、全力で反応した。ぐりっと首がもげるんじゃないかというぐらいに振り向き、リャーナを凝視している。リャーナは感激で頬を染め、シャンティに尊敬の眼差しを向けており。リャーナにしてみたら、皇宮薬師は薬師の中でもエリート。そんなエリートの先生をシャンティが務めるなんて、やっぱりお姉ちゃんって凄いんだと純粋に感動しただけなのだが。そんな可愛い妹の賞賛は、シャンティを燃え立たせる燃料でしかなく。


「我が身を粉にして全身全霊で勤めさせていただきます!」


 先ほどまでのやる気なしモードから一転、やたらと張り切ったシャンティは、皇帝陛下に向かっていい笑顔で宣言をした。


「そ、そうか。励むが良い。して、マーサ。もう一人の娘は……? 」


「はい。こちらは末の娘のリャーナ。この度はありがたくも文官として出仕させて頂くことになりました」


「うむ。聞いておるぞ。文官試験を素晴らしい成績で合格したとな」


 皇帝陛下の侍従が、すすすっと近づいてきて書類を手渡す。それを読んだ皇帝陛下は、驚いたように目を見開いた。


「おお、本当に凄い成績だな。満点を通り越しているではないか。ふぅむ、語学も堪能だな。うん、国際情勢にも詳しく、我が国の政策や経済にも詳しい。……これは」


 繁々と書類を読みこんでいた皇帝陛下だったが、やがてポツリと呟いた。


「ふうむ。リャーナ嬢。どうだ、余の側近にならんか?」


「へぁ?」


 皇帝陛下に試験結果を確認されてカチコチに緊張していたリャーナは、皇帝陛下の唐突な提案に思わず変な声を出してしまった。慌てて口を押える。


「こんなに凄い成績なら、余の側近としても即戦力で働けそうだ。胃が痛くなるような重大案件が山積みで、食事をする時間も惜しいぐらい忙しく、深夜までの残業、休日出勤も多い、良い職場だぞ? どうかな? 」


 全くもって魅力を感じない雇用条件だ。もしややはりリャーナの身分的に歓迎されていなくて、そんな過酷な部署を紹介されているのはと勘繰ったリャーナだったが、皇帝陛下はまるでいい提案をしているかの様に、にこにこと邪気のない笑みを浮かべている。リャーナはどうしていいのか分からず、オロオロと視線を彷徨わせた。


「陛下。そんな修行みたいな条件で喜ぶのは貴方ぐらいです」


 皇妃が冷静にツッコむと、皇帝陛下は不思議そうな顔をした。


「なぜだ? とても良い職場ではないか。他国とのギリギリの線で交渉をまとめる時の緊張感や、神経の磨り減るような難しい判断を下した時の重圧感は癖になるぞ?」


 そんなのお前だけだと、皇妃は顔には出さずに、深いため息を吐いた。本当に、皇帝陛下()マルク(息子)はよく似ている。本人たちは気づいていないが、どちらも自分の好きな事ならば、何十時間熱中していても苦にならないタイプなのだ。

 マルク(息子)の興味の対象は魔術であり、どちらかといえば1人で黙々と研究をしているのでそれほど害はないが、皇帝陛下()の興味の対象は公務(仕事)だ。皇帝としての義務だとか責任感からではなく、本人は心の底から公務(仕事)を楽しんでいる。一国の王として勤勉な事は良い事なのかもしれないが、休憩も取らず嬉々として超過勤務ばかりしている上司など、部下たちからしたらたまったものではないだろう。


「陛下。リャーナ嬢は私の部下です。勝手に引き抜かないでください」


 マルクは『お前もか』と言わんばかりの冷たい視線を皇帝陛下(父親)に向けた。リャーナに出仕を勧めたのはマルクだというのに、どうしてこうも横から掻っ攫おうとする輩が多いのか。


「それに陛下も『結界魔術陣』の改良は急務であるとお考えでしょう。リャーナ嬢はそのために、絶対に欠かせない人なんです。側近にするのは諦めて下さい」


 冷静に畳みかけるマルクに、皇帝陛下は目を瞬かせた。


「おお! そうであった、そうであった。リャーナ嬢は結界魔術の作り手の1人であったな」


 皇帝陛下はリャーナに視線を向けると、深く頷きながら告げた。


「あの魔術のお陰で、我が国の民の被害が格段に減ったのだ! 本当に、素晴らしい魔術だ。あの結界魔術が更に改良されれば、これまで以上に民を救うであろう。リャーナ嬢、是非とも成功させてほしい!」


「は、はいっ! 精一杯務めさせて頂きます!」


 リャーナは頬を染めて皇帝陛下に頭を下げた。じんわりと嬉しさがこみあげてくる。ドーン皇国の頂点である皇帝陛下直々に期待の言葉を賜ったのだ。カージン王国にいた時なら、考えられないことだ。


 制服を当たり前に与えられたことや、他の文官たちの歓迎ぶりからも、この国では、身分ではなくリャーナ自身が尊重されている事がヒシヒシと感じられる。皆に認めて貰えて期待されることが、こんなにも誇らしく感じるなんて、リャーナは知らなかった。

 

「うんうん。それじゃあ、結界魔術の改良が成功した暁には、褒美として余の側近に任じよう。仕事が多く、休みが少なく、残業が多い、本当に良い職場だぞ。楽しみにしていてくれ」


「え?」


 皇帝陛下の言葉に、リャーナは再び戸惑いの声を上げる。皇妃が今度は隠しようもなく深い溜息を吐き、マルクが『改良が終わってもリャーナ嬢は私の部下です!』と怒っていたが、当の皇帝陛下は何が悪いのかさっぱり分かっていない様だった。 



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「婚約破棄された令嬢は本当の愛とハッピーエンドを手に入れます!アンソロジーコミック」

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 初回配本限定特典の特別書き下ろしで、「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう」とコラボしています。

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― 新着の感想 ―
あーずっと動いてないと死んじゃう(ボケちゃう)タイプの人種かぁ
息子のこころの内、父親(皇帝陛下)は知らず…ですか。 皇妃「私の所に来て欲しかった。゜(゜´Д`゜)゜。」 あー(⌒-⌒; )。
そんな皇帝陛下に捧ぐ言葉 つ【逃げたい文官】
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