5 収納の魔術陣
姉、シャンティの登場です。
シャンティ、書いてて楽しいです。
一通りの手続きが済んで、さぁ帰るかと言う時になって、リャーナは大事なことを思い出した。
「あ、ライズさん! 魔獣って解体して貰えますか?」
「うん? 魔獣を狩ったのか? 費用は掛かるが、勿論出来るぞ? 自分でやるなら解体場所を貸すこともできる。何の魔獣を狩ったんだ? ダルカスの家に置いてきたのか?」
手ぶらで腰に水袋しかつけていないリャーナに、ライズは首を傾げる。
「あ、ここに入ってます!」
リャーナは水袋に手を突っ込み、魔獣を引っ張り出す。
「えっと、ビックボアです。お肉が美味しいですっ!」
ドーン皇国に向かう際に通った森の中で遭遇した魔獣だ。やたらと大きな個体だったが、難なく仕留めて収納袋に仕舞って持ってきた。
小さな小さな水袋から、ありえないデカさの魔獣の頭が出てきて、ライズとダルカスは揃って目を剥いた。
「ちょっ、ちょっと待て、リャーナ!出すな! よし、俺の部屋に来いっ!」
リャーナが出しかけた魔獣の頭を袋に押し込み、それがスルリと消えたことにも目を剥きながら、ライズはリャーナとダルカスを連れてギルド長の執務室に連れて行く。幸い、先程の光景は、ライズとダルカス以外には目撃されなかったようだ。
リャーナは初めて入ったギルド長の部屋をキョロキョロ見ながら、部屋の広さと豪華さにふぅとため息をついた。やはりお貴族様の部屋は凄い。
「ため息をつきたいのはコッチだぞ、リャーナ。何だ、さっきの魔獣は? 何がどうなってその水袋に入っている?」
「あっ、これ。私が開発した収納の魔術陣付きの袋です。収納袋って言います」
リャーナは再び水袋に手を突っ込み、自分の古ぼけた上着を取り出す。
「中に色々入れられるので、便利です」
「おー、ヤベェな、この能天気さ。おいダルカス。お前、とんでもない奴を拾ってきた自覚はあるのか?」
「うーん、今自覚しました、ハハハ。リャーナちゃん、さっきの魔獣も出せるかな?」
「はいっ!」
リャーナが手を突っ込み、収納袋からビックボアを出すと、ライズとダルカスの顔が引き攣った。
「デケェな。こいつを1人で討伐したのか?」
「はいっ! 解体までする時間がなくて、申し訳ないです。氷の魔石と一緒に持ってきたので、鮮度は保てていると思います」
リャーナは恥ずかしそうに、ダルカスを見る。
「ダルカスさんへのお土産にしようと思って、魔獣を幾つか狩ったんですけど、コイツが一番大きくて美味しいですっ」
「リャーナちゃん……」
ダルカスが感動して目を潤ませるが、ライズがその後ろ頭を殴った。
「感動してる場合かっ! リャーナ、もしかして他にも魔獣がいるのか?」
「他は小さい奴ですが……」
そう言って、リャーナは次から次へと魔獣を袋から出した。あっという間に魔獣の山が出来上がった。
「こっちのツノ兎は、味がギュッと凝縮して美味しいですがちょっと小さいし……。こっちの炎鹿は少し肉が固いし……。ダルカスさんどれが良いですか? やっぱり私のオススメはビックボアです! あ、全部持って帰って、味比べをしましょうか?」
「いやいや、リャーナちゃん。この小さいの1匹でもウチの家族で食べ切るのは無理だぞ? 上の娘2人は嫁いで家を出てるし、下の娘はまだいるが嫁さんも娘もそんなに沢山食わん。リャーナちゃんもあんまり食わないだろ? 全部持って帰っても食い切れないって。やっぱり売った方がいいんじゃないか?」
「ダールーカースー。現実逃避するんじゃねぇ。肉より解決しなくちゃならんことがあるよなぁ?」
ライズが額に青筋を立てる。ダルカスはおぉっ、とリャーナに向き直った。
「リャーナちゃん。なんでこんなに魔獣と遭遇したんだ? 忌避の薬草、持ってなかったのか?」
「忌避の薬草って、なんですか?」
リャーナは首を傾げる。初めて聞く名前だ。
「忌避の薬草は、魔獣の嫌いな香りのする薬草だ。あー、知らなかったのか……。そういや魔力茸も知らなかったな……。ってかスゲェな、忌避の薬草なしであの森を夜通し走ったのか? だからこの魔獣の数なのか。ふぅん、凄すぎる」
「スゲェその話も気になるけど、その前に聞かなきゃいけないことがあるよなっ? リャーナ? 収納袋だが、他にも作ることは可能か?」
「袋がないと作れません……」
リャーナの収納袋は、皮屋から買った端切れの皮をつなぎ合わせて作ったものだ。端切れの皮でも、リャーナにとっては高級品だ。頑張って貯めた貯金の大半は、端切れを買うために無くなってしまった。袋を買うにはまた貯金しなくてはならない。プルプル震えながらそう訴えると、ライズはガリガリ頭をかいた。
「袋ぐらい幾らでも準備出来るからな? あー、じゃあ例えばよ、俺がこの袋に術を施してくれっていったら出来るのか?」
「出来ます!」
ライズが持っていた袋を見て、リャーナは即答する。袋を受け取りパパッと魔術陣を展開させ、袋に定着させた。
「出来ました!」
リャーナはライズの袋に魔獣をヒョイと収納してみせる。ライズが額を押さえてうめいた。ダルカスは凄いなーと褒めていたが、明らかに現実逃避をしている。
「おーう。ありがとうなぁ。リャーナ、この袋、俺の知り合いの魔術師に見せてもいいか? 興味があると思うからよ? 多分会いたいって言うと思うから、そうだなー、こっちから連絡するから、来てくれるか?」
「はいっ! 大丈夫です」
リャーナは快諾した。リャーナにとって魔術師は貴族にしかなれない雲の上の存在だ。否やはない。
「で、この魔獣はどうする? ダルカスへの土産だったんだろう? 言っとくけどよ、肉以外の素材も結構良い値がつくぞ?」
「全部ダルカスさんへのお土産なんで!」
リャーナはニコッと笑ってダルカスに丸投げした。
「いやー、流石にこんなには貰えない。そうだなぁ、ビックボアの肉を少し分けてもらって、後は冒険者ギルドに買い取って貰おう。ほら、リャーナちゃん、殆ど現金を持ってないだろう? この素材を売った金を持っておけば、暫くは安心できるだろう」
「でも……」
ダルカスの言葉にリャーナは躊躇った。既にリャーナの中で、ダルカスと妻のマーサは世界一信頼できる人になっている。2人になんとか喜んで欲しかった。
素直にそう言うと、ライズはなんとも言えない顔になり、ダルカスは再びボロボロと涙を零した。
「リャーナちゃん、気持ちは嬉しいが、俺たちはリャーナちゃんが無事にドーン皇国に来てくれただけで本当に嬉しかったんだ。これからリャーナちゃんがここでしっかり働いて、幸せになってくれたら、それが一番嬉しいんだぜ」
「ダルカスさん……」
ダルカスの言葉に、リャーナの瞳からポロリと涙が溢れる。リャーナの幸せを願ってくれる人なんて、今まで1人もいなかった。嬉しくて、リャーナの涙は止まらずポロポロ溢れてしまう。
「あー、リャーナを拾ったのが『お人好しのダルカス』で良かったよ。こんな純粋培養、悪い奴に捕まったらいいように利用されちまうところだった」
魔獣の山と、リャーナの作った収納袋を見て、ライズはこれから起こるであろう騒動を思い、深ーいため息をつくのだった。
◇◇◇
ダルカスの家に戻り、マーサに追い立てられるようにベッドに入ったリャーナは、枕に頭をつけた途端、コテンと寝てしまった。夜通し森を走ったのと、慣れないことをしたので疲れていたのだろう。フカフカのお日様の匂いがする布団は、リャーナが今まで使っていた薄い布団とは比べ物にならなくて、布団の中にいるだけで胸がポカポカ温かく感じた。
夢も見ずに眠り、目が覚めると、辺りはすっかり薄暗くなっていた。リャーナが寝ている部屋の外から、何だか楽しそうな声が漏れ聞こえてきた。
「ね、母さん。もうそろそろ起こしましょうよ。昼御飯も食べずに寝ているんだもの、お腹すいているに違いないわ」
「疲れているだろうから、静かに寝かせておあげ。全く! あんたがはしゃいでどうするんだい」
「だって、私の初めての妹よ? 私、姉さんたちみたいに、妹に優しい素敵なお姉さんにずっとなりたかったんだもの!」
「ほら、声が大きい。リャーナちゃんが起きちゃうだろ」
「ううん、ごめんなさい」
1人はマーサの声で、もう1人は知らない女の子の声だ。リャーナはその声を聞きながら、クスクスと笑い声を上げた。声だけで元気な様子がすぐ分かる。
「あ、なにか声が聞こえたわっ! 起きたんじゃないっ?」
「これ! シャンティ!」
ノックもなしにバタンとドアが開き、マーサによく似た面持ちの、小さくて可愛らしい女性が飛び込んできた。
「リャーナちゃん起きた?! フォォォォ! 予想外! クール系美女だった! 話を聞いた感じでは可愛い系を想像してたのにっ」
どかどかとベッドの上に乗ってきた女性は、キラキラした目をリャーナに向け、両手をしっかと握る。
「オハヨウ! 私、シャンティ。今日からあなたのお姉ちゃんよっ!」
パチパチ目を瞬かせるリャーナに、シャンティは顔を緩ませた。
「可愛い〜。妹! ようやく私に妹が! 10年以上ネダリ続けた甲斐があったわ! 父さん、よく拾ってきた!」
ギュウッとリャーナを抱きしめ、シャンティはリャーナの顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ、リャーナちゃん。お姉ちゃんが守ってあげる。絶対に誰にも妹は渡さないわ」
「シャンティ、リャーナちゃんがびっくりしているだろう、落ち着きな。ごめんねリャーナちゃん、これは一番下の娘のシャンティ。妹が出来て嬉しくてちょっとおかしくなっているけど、落ち着いたらもう少しマシになるから我慢しておくれ。さ、夕御飯を食べな」
「お母さん、おかしいって何よ? 妹よ? 妹ができたのよ? 」
「分かったから、お前は手伝いな! 可愛い妹の食事の準備はいいのかい?」
「フォォォォ! 私、私がやるぅ! お母さん、私が作った肉団子、リャーナちゃんに食べてもらうんだからぁ!」
「うるさいよ、早く準備しな」
嵐のように部屋を出て行ったシャンティを呆れたように見送り、マーサはリャーナの頭をスルリと撫でた。
「よく眠れたかい? これ、娘のお古で悪いけど、着替えておくれ。明日はリャーナちゃんの新しい服も買いに行こうねぇ」
手渡されたのはまだ新しい可愛らしい服だった。リャーナは驚いて首を振る。
「そんな! こんな綺麗な服、お借りできませんっ。それに私、新しい服なんて買うお金ないですし!」
リャーナはブンブン首を振る。リャーナが持っている服は全部貰い物だ。王宮の下級官たちがいらなくなった服を頭を下げてもらった。サイズも色合いもリャーナには全然合っていなかったが、リャーナにとっては大事なものだ。
「新しい服とはいっても、そんな高いものは買わないよ。いいから着替えてご飯食べな。魔術師に会うんだろう? その前に新しい服を買っておかないと、お貴族様に失礼があってはいけないよ?」
マーサの言葉に、リャーナは俯いた。返せない恩ばかり増えていく。どうしたらいいのか。
そんなリャーナに、マーサは苦笑して頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「そういう時は、笑ってありがとうって言うんだよ。それだけで、私らは嬉しくなっちゃうからね」
マーサの優しい笑みに、リャーナは自然と微笑んだ。
「フォォォォ。妹の新しい服! リャーナちゃぁぁん! お姉ちゃんが! お姉ちゃんが買ってあげるぅ」
部屋の外からそんな叫び声が聞こえて、マーサが「あんた明日は仕事だろ! 諦めな!」と嗜める。そんな遣り取りが面白くて、リャーナは大きく笑い声を上げた。