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49 新しい制服

天才ですがアホなシャンティがお気に入りです。

 リャーナの皇宮への初出仕の日。ダルカス家は異様な雰囲気に包まれていた。


「うふふふふふふふふふふふ。グログロスの葉にビリビリ草の新芽、バイオレットビーの蜜を混ぜて、うふふふふふふ」


 なにやら薬草を調合しているのはシャンティだ。血走った目で大鍋をグルグルとかき混ぜている姿は、絵本に出てくる『悪い魔女』そのものだ。美味しそうな子どもを捕まえて食べてしまう『悪い魔女』は、ドーン皇国の子どもたちにとって恐怖の象徴である。ちなみに、絵本の結末では『正しき魔女』の知恵を借りた『勇敢な騎士』に『悪い魔女』は斃される。


「シャンティ! ウチの台所でけったいな薬を作るんじゃないよ!」


 マーサがヤバい表情で一心に鍋をかき混ぜているシャンティを叱りつけるが、シャンティは手を止める事はない。マーサはやれやれと首を振った。


「あー。シャンティは何の薬を作っているのかなぁ」


 ダルカスは嫌な予感がしつつ、シャンティの動向を見守っている。そんなダルカスに、将来の娘婿であるアンディは淡々と現実を突きつけた。


「皇太子に盛るつもり」


「いやー、アンディ。そう言うことは思っていても口に出してはいかん。反逆罪で捕まるからなぁ」


「毒味役がいるから、成功率は低い」


「アンディ。計画的犯行っぽいから止めようか」


「経口摂取ではない方法で盛るつもり」


「やめてくれ」


 シャンティは後悔していた。この2カ月、後悔しっ放しだった。リャーナがなかなか回復せずに、焦っていた。そこでマルクを頼った判断も、今思えば間違ってはいなかった。だが、リャーナの文官採用が決まった時、一思いにあの皇太子(害虫)を退治しておくべきだった。文官になることで、リャーナの心が折り合いをつけ、回復に向かった事は間違いのない事実だ。だが、だからといってなぜリャーナがあの男の直属の部下になるのだ。下心だらけの上司なんて、リャーナの身が危険すぎるではないか。


「うふふふふふふ。でもこの薬があれば、あの男の魔の手からリャーナちゃんを守ってやれるわ」


 だからシャンティはこの2カ月、昼夜を問わずこの薬を研究してきた。お陰で、シャンティの薬師としての全てを込めた、最高傑作と言える薬が出来た。


「見てよ、この恐ろしい効果を!」


 シャンティが実験体に取りだしたのは、以前、リャーナが臨時学会の際、発表の練習を助けた『人型薬草』だった。緊張し過ぎて上手く発表出来ないリャーナのために、シャンティが観客が居たら上手く発表できるかもと思って作った、喋って動く薬草である。特技は拍手と応援である。


 『人型薬草』は、地面から引き抜くとこの世の終わりのような悲鳴を上げる『マンドラ草』と、人が近づくと地面から抜け出して全力で逃げる『ジタバタ草』を掛け合わせて出来ている。『マンドラ草』も『ジタバタ草』も、煎じて飲めば寿命が10年延びると言われるほど希少で薬効が高い薬草だが、『人型薬草』は喋る事と動く事に特性を全振りしているため、2つの薬草の薬効成分は全て失われている。希少な薬草をふんだんに使った、可愛さ重視の薬草なのだ。


『人型薬草』にシャンティが出来たばかりの薬を掛ける。『人型薬草』は、『アーレー、()()ゴロシ―』と悲鳴をあげ、よよよと倒れた。倒れた後もぴくぴくと震え、見事に死に際を演じている。妙に芸達者だ。

 だがやがて『人型薬草』は演技ではない震えをみせたかと思うと、次の瞬間、全身からバッサバッサと緑の毛が生えた。


「ほーほっほっほ! 成功よ! 『毛髪促進薬』!」


 シャンティは勝利を確信して高笑いをした。この『毛髪促進薬』を摂取または塗布すると、身体中の毛が伸びる。髪の毛のみならず、眉毛、鼻毛、耳毛、髭、その他諸々。それはもう、にょきにょきと伸びる。たとえ完全に毛根が死滅していようとも、強力な薬効成分で毛根を復活させるのだ。


 なぜこの薬を作ったかといえば。シャンティの顧客である令嬢(女の子)たちの間では、逆に脱毛薬が流行っているからだ。シャンティ作の脱毛薬は、肌に優しく、一度使えば永久にツルツルになるため、令嬢たちの間で絶大な人気を誇っている。つまり、女子はムダ毛が嫌いなのだ。


「ふふふふふ。『毛髪促進薬』を奴に事故を装って摂取させたら、毛だらけになって女子に嫌われること間違いなしだわ。耳毛と鼻毛と眉毛がだらしなく伸びた姿をリャーナちゃんに見られて、存分に嫌われるといいわ!」


 高笑いをしているシャンティにダルカスはドン引きしていたが、とりあえず作っているものが毒薬ではなかったことに安心した。シャンティも馬鹿ではない。毒薬なんて皇宮に持ち込めない事は分かっていたようだ。

 鼻歌を歌いながら長く伸びた毛を三つ編みにしている『人型薬草』の楽しそうな様子をみたら、この『毛髪促進剤』で皇太子にダメージを与えられるとはとても思えないが、シャンティが満足しているのならまあいいかと、放置することにした。


 なぜリャーナの出仕の日に合わせてシャンティが『毛髪促進剤』を開発したのかといえば、ダルカスたちも皇宮に行くからだ。リャーナの付き添いではない。ダルカスたちも皇宮に出仕するのだ。


 リャーナが文官になる話が持ち上がった時、ダルカスたちは挙って反対した。カージン王国ほどドーン皇国はクズではないとは分かっているが、リャーナが文官としてドーン皇国に使い潰されるのではないかと心配になったのだ。


 だがマルクからの熱心な勧めと、文官になると決めたことにより、リャーナの病状が驚くほど改善したため、ダルカスたちもリャーナの出仕を渋々ながら認めたのだ。

 

 だが、心配性な保護者達は、もちろん保険を掛ける事を忘れなかった。まず一つ、リャーナの利益管理人であるフロスに、リャーナの雇用条件を交渉してもらう事。そしてもう一つが、ダルカスたちも皇宮に出仕することだった。


 実はダルカスたちは、元々、皇宮から出仕を打診されていた。S級冒険者であるダルカスは、騎士団の指導役として。元皇宮魔術師であったマーサは、魔術師団の指導役として。薬師シャンティは皇宮薬師として。


 それぞれ、堅苦しいのが苦手だとか、すでに引退した身だから今更とか、人に合わせて研究なんて無理とかいう理由で出仕を断り続けていたのだが。リャーナが出仕することが決まり、心配のあまりダルカスたちも出仕の打診を受け入れることにした。皇宮内に自由に出入り出来れば、情報も集めやすいしリャーナが困った時はいつでも駆け付けられると考えたのだ。過保護の極みである。


 ちなみに、それぞれが所属するギルドは諸手を挙げてダルカスたちの出仕を歓迎している。各ギルドには皇宮のそれぞれの部署から、何度もダルカスたちの出仕を打診されており、本来ならば皇宮からの打診は名誉な事であるはずなのに、本人たちの希望を優先して断っていたのだ。各ギルドは独立した機関であるが、決して皇国と対立する気は無い。皇国からの打診を断ることで関係が悪くなるわけではないが、各ギルドの担当者たちは、打診がある度に皇国との関係が悪化しないかと心配しながら断っていた。それが解消されるのだ。喜ばないはずがない。


 もちろん、ダルカスたちは各ギルドを代表する立場だ。皇国に完全に籍を移すわけではなく、各ギルドにも籍を置いたまま、週に何度か出仕して仕事をこなすという形が取られることになった。リャーナも魔術師ギルドでの研究やリーズ商会との仕事もあるため、同じぐらいの頻度での出仕の契約になっている。


 その出仕に乗じて、シャンティは『毛髪促進薬』を持ち込もうとしているのだ。マーサが呆れ交じりにシャンティを叱りつけた。


「シャンティ。そんな怪しげな薬、皇宮に持ち込めるわけがないだろう?」


「大丈夫よ、母さん。ちゃんと無害な薬として判定されるように、擬態薬も混ぜているから。うふふふふ。分析されても鑑定されても、この薬は『栄養薬』としか判定されないわ。擬態薬は本来の薬の効能に影響はないのよ、安心して」


「お前はどうしてそういう余計なことだけに才能を使うんだろうね? 殿下に何かあったらリャーナちゃんが悲しむだろう? 止めておきな」


 マーサの言葉に、シャンティはギョッと目を剥く。


「おおおお、お、お母さん? どうして殿下に何かあったらリャーナちゃんが悲しむの? リャーナちゃんと殿下は赤の他人、知り合い以下、ただの顔見知りよ? 悲しむなんてそんな、そんな、ま、まさか。2人は、ここここ恋人同士ぃぃぃ」


 がくがくがくと不気味に震えるシャンティに、マーサはふーっと溜息を吐く。我が子ながら残念が過ぎる。


「馬鹿だね、相手は皇太子殿下なんだよ? 恋人なんてそんなことあるはずないさ。だけどねぇ、リャーナちゃんは優しい子だから、たとえ相手が顔見知り程度でも何か不幸があれば悲しむだろう。姉のお前が、妹を悲しませてどうするんだい」


「はっ! 確かに! リャーナちゃんは神話の女神もかくやというほど優しくて可愛くて素直な私の妹だわ。知人以下の顔見知りとはいえ何か不幸があれば悲しむはず! そうね、こんな分かりやすい薬で目に見える不幸に陥れるより、リャーナちゃんに知られない所でじわじわと苦しめる方が良いわね……」


 シャンティはマーサの説得によりあっさりと『毛髪促進薬』を持ち込むことを諦めた。ちなみに、天才薬師シャンティの丹精込めて作った『毛髪促進薬』は、冒険者ギルド長ライズを始めとする、頭髪が心許なくなった男性たちの救世主となり、作成者であるシャンティに莫大な利益を齎し、利益管理人フロスの心労を増やすことになるのだが、それはまた別の話である。


 シャンティがマーサに叱られながら三つ編みだらけになった『人型薬草』を片付けていると、文官の制服に着替えたリャーナが部屋から出てきた。紺色のジャケットにスカート、ジャケットの胸元にはドーン皇国の紋章が刺繍されており、一目で文官の制服と分かる。


「どうですか? 変じゃないですか?」


「お、似合うじゃないか、リャーナちゃん」


「本当だね。ぴったりだよ」


 恥ずかしそうに、照れながら真新しい制服に身を包んだリャーナに、ダルカスとマーサは口々の褒める。アンディは無言ながら、目元を和ませてうんうんと満足そうに頷いていた。


「んのぉぉぉぉ。可愛いぃぃ。さすがリャーナちゃん、皇国一、似合っているぅぅ。でもでも、その胸元の紋章にあの害虫の影がチラついて腹が立つわぁぁぁ」


 自身が身に着けている皇宮薬師のローブにも同じくドーン皇国の紋章があるというのに、シャンティは叫び声を上げた。似合っているし可愛いけど断じて認めたくないというジレンマで死にそうな気分だ。


「えへへ。ありがとう、お姉ちゃん。お姉ちゃんもローブ、とっても似合っているよ! お揃いだね」


 ずーんと落ち込んでいたシャンティは、リャーナの『お揃い』の一言で舞い上がる。妹とお揃い。なんて甘美な響きだろう。気持悪いぐらいデロデロに笑み崩れるシャンティに、周囲は生ぬるい視線を送る。これぐらいで機嫌が良くなるとは、なんてチョロいのかと。


「嬉しいな。実は、文官の制服って憧れていたの」


 ジャケットのボタンを締めたり、スカートを摘まんだりしながら、リャーナは照れたように呟く。


「憧れていた? カージン王国の文官は、制服が支給されていなかったのかい?」


 マーサが聞き返すと、リャーナは眉をへにょりと下げた。


「えっと。カージン王国の文官にも、制服が支給されるんだけど。私は平民だったから、制服を売り払うかもしれないって、支給してもらえなくて」


 制服を支給してもらえなかったので、リャーナは手持ちの私服を着て出仕していた。高位貴族の文官の中には、支給品である制服を好まずあえて私服を着る者もいたが、それはもちろん制服よりも遥かに豪奢な服だった。リャーナのような誰かのお下がりで古ぼけた私服は、悪目立ちしたものだ。


「他にも、王宮の備品や図書館の本の貸し出しも同じ理由で中々認めてもらえなくて」


 備品や本を売るなんて、いくら貧しくてもリャーナは考えもしなかったが、貧乏人は何をするか分からないと信じてはもらえなかった。他の文官たちは当然のように備品や本を借りられたのに、リャーナは王宮内から持ち出すことを禁止され、監視付きで備品の使用や本の閲覧を許可されていたのだ。


 他の同僚たちが当然のように備品や本を借りたり、制服を身に着けているのを見ていて、リャーナは自然とそれらに憧れを持つようになった。いつかリャーナが文官としての功績を重ねて認められたら、自由に備品や本を使えるようになるかもしれない、あの制服を支給してもらえるようになるかもしれないと。残念ながら、功績を重ねるどころか次々と掠め取られ、結局、その夢は叶うことはなかった。


「だから嬉しくて! ドーン皇国では信用してもらえているのかなって思えて!」


 うれしそうに笑うリャーナに、涙ぐむ保護者たちだったが。約一名は怒りに燃えていた。


「ふふふふふふふ。今こそこの『毛髪促進薬』を使う時ね。待っていてリャーナちゃん。お姉ちゃんがあの国を毛玉にしてやるわぁぁぁ」


「アンディ。捕まえな」


「はい」


 闇落ちしかけるシャンティを、マーサの指示で流れるように捕獲するアンディ。その隙に、シャンティが手に握りしめていた『毛髪促進薬』を、マーサは取り上げる。その流れる様なアンディとマーサの連携に、ダルカスは思わず「おーっ!」っと小さく声を上げて、拍手した。


「あああああぁ、母さん。何するのぉぉ」


「お黙り、バカ娘」


 取り上げた『毛髪促進薬』を自分の収納袋に仕舞い、マーサはシャンティを叱った。隣国の王太子たちを毛玉にしたら、ドーン皇国からの宣戦布告ととられかねない。いやだ、そんな特殊な宣戦布告は。


「はぁぁぁ、全く。アンディ、シャンティの収納袋を取り上げておくれ。怪しい薬は、全部置いていかなくちゃならないからね」


「のぉぉぉぉ? ヤメテ、母さん。私の攻撃力がゼロになるぅぅ」


 マーサによって収納袋の4/5ぐらいを空っぽにされたシャンティがべそべそ泣いていたが、とりあえず、ダルカス一家の出仕の準備は整ったのであった。

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 初回配本限定特典の特別書き下ろしで、「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう」とコラボしています。

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― 新着の感想 ―
頭のキレる馬鹿、ですか。 あの潰れ餡饅と同類項、とは... www
いや危険物除いたら4/5ってどんだけー
過保護の極みが歓迎される一家……全員で出仕するなら、賑やかだから担当が捕まえ易くていいのか(白目)
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