48 文官試験
タープシー伯爵家はリャーナが元気になるまで制裁されていて、結構な損害をだしましたが、和解に至って首の皮一枚で繋がりました。ラルフは今も謹慎中です。
※ラルフが嫡男としていましたが、2男に変更します。ご指摘ありがとうございます。
「で、大口を叩いて文官に任命しておきながら、採用するには、文官試験を受けなければいけないと担当に怒られたわけですね。ははは、ダサい」
「……うるさいぞ、ショーン」
「もう2カ月も落ち込みっぱなしなのもダサいですよね。ほんと、一度失敗するとうじうじと引きずるんだから。もうちょっとバサッと割り切るようにしてくださいよ、鬱陶しい」
マルクは執務室の机に突っ伏しながら過去の己の爪の甘さを反省していたというのに、護衛官のショーンは傷口に塩どころか辛子まで塗り込んでくる。ひどい。
マルクがリャーナを見舞ってから、2月ほど経っていた。そして数日前には、回復したリャーナは文官試験に挑戦していた。そろそろ各部局の試験担当者が採点を終え、合否を判定している頃である。
マルクがリャーナを文官に任命したおかげか(その時は試験の事はコロッと忘れていたので正確には任命できていなかったのだが)、彼女は魔力暴走などなかったようにみるみる回復した。リャーナの中で権力者に命じられた事でカージン王国への罪悪感が上手く塗り替えられたようだ。
もっとも、任命直後はリャーナを皇国に縛る気かとダルカス一家に(特にシャンティには)本気で殺意を向けられた。しかしリャーナがまるで憑き物が落ちたように元気になったので、文官への就職はなし崩し的に認められたのだ。利益管理人フロスの徹底監修の元、就職の条件が決まったのも大きかった気がする。
まあそれも、リャーナが文官試験に落ちてしまったら何の意味も無かったことになるのだが。そもそも、今年の文官試験は既に終わっており、本来ならリャーナも来年の試験を受けるべきなのだが、皇帝陛下からの直々の命令で結界魔術陣の改良事業が発足しているため、急遽特別に試験を受けられることになったのだ。
「試験問題作成の担当者が怒っていましたよー。今年の試験が終わってようやく通常業務に戻ったのに、また試験問題を作れって言われて」
今年の採用試験は既に終わっており、試験の内容は公表されているため再利用できない。他の受験者と公平を期すため、同レベルの問題を再度作成するように命じられ、試験担当者は大変だったらしい。文官試験の内容は幅広く、色々な部署の文官が関わっているため、忙しい文官たちが予定を合わせて試験問題を作成するのも一苦労なのだ。
「試験問題って、毎年、どの分野も問題の中の一問ぐらいはひっかけ問題とか妙に凝った問題とか、ちょっと小難しいものがあるじゃないですか? 今回のリャーナ嬢への問題、そんなちょっと小難しい問題がいつもより多めに盛り込まれていたみたいですよ」
「はぁ? 何故そんな事をする。それではリャーナ嬢に不利ではないか」
「あー。通常の文官試験に落ちた人たちと差別化するためですかね? 特別に試験を受けるのだから、試験に落ちる様なレベルでは困るというか。普通に受験した人たちよりは、頭一つ分ぐらいとび向けてないと、納得できないというか」
「ああ、なるほど……」
ショーンに言われ、マルクは納得する。確かに、正規の手続きを取って試験に挑んだ者にしてみたら、特別扱いされるのなら、自分たちより明らかに優秀でなければ心情的に許せないのだろう。
「合格点に達しているといいが……」
「あの学園を主席卒業したんですから、大丈夫だと思いますよ」
「だが、卒業してから何年も経っている。しかも今回は療養中でもあったから、試験勉強の時間もほとんど取れなかったはずだ」
「殿下が段取りをトチったから、結局2カ月しか準備期間がありませんでしたものねぇ。リャーナ嬢、可哀そう……」
「ぐっ」
マルクとショーンがそんな話をしている時、珍しくマルクへ緊急の面会要請が入った。
「うん? 試験の担当者からの面談要請か? リャーナ嬢の合否は書面で伝えると言われていたが、何かあったのだろうか?」
マルクが許可をすると、マルクの執務室内に数名の文官たちが雪崩れ込んできた。
「お、おい、なんだ、こんな大人数で! 殿下の御前だぞ! 」
つい最近も、執務室に勇ましく乗り込んできた者たちがいたなぁとショーンは既視感を覚えた。時々、腹が立ちすぎてうっかり敬意を忘れる事が多いが、一応マルクはこの国の皇太子、尊き身分の御方なのだ。それなりに敬意を払ってもらわなくては困ると、自分を差し置いてショーンは文官たちを叱責した。
「殿下。も、申し訳ありません。本日は急遽、面会の場を設けて頂き、ありがとうございます」
叱責された文官たちは慌てて居住まいを正し、マルクに恭しく頭を下げる。
マルクは、文官たちの慌てているというか、どこか鬼気迫る表情を訝し気に思いながら、鷹揚に声を掛けた。
「ああ。此度はそなたたちの仕事を増やしてしまい、悪かったな。それで、採点は終わったのか? 試験の結果を知らせに来てくれたのか?」
マルクは緊張を滲ませて訊ねる。まるで自分が試験を受けた当事者のような気分だった。
「あ、はい。合格です。文句なしの合格。ええ、これ以上にないぐらい合格です」
「そうか、合格か! 良かった! うん!」
採用担当の文官は何のためらいもなく、あっさりとリャーナの合格を告げてくれた。マルクはホッとして笑みを浮かべる。これでリャーナの文官採用について何の障害もなくなった。良かった。
だがショーンは、採用担当の言葉に引っ掛かっていた。『文句なしの合格』まではまあ分かるが、なんだ、『これ以上にないぐらい合格』って。
「あのぅ、リャーナ嬢の試験の成績はどうでしたか? 今回は試験問題の難易度が上がっていると聞きましたが……」
ショーンの言葉に、採用担当の、いや、その場にいた文官たち全員の目がギラリと光った。
「満点です! ケアレスミス一つない満点! いえ、筆記問題の加点を追加したら、満点を突破しています! 私も採用担当の任について長いですが、こんなことは初めてです!」
「これほど盛り上がった採点作業はありませんでした! 教科一つ一つの採点が終わるごとに、歓声が上がって!」
「ええ、最後の語学試験の採点で、満点どころか、加点も追加しての点数が発表された時なんか、全員で感動に打ち震えましたよ!」
「過去の文官試験の最高得点を遥かにぶっちぎった得点です! この記録を破るには、並大抵の受験者では無理でしょうなぁ!」
興奮冷めやらぬ様子の文官たちに、マルクもショーンもついて行けずにポカンとしていたが、やがてジワジワと文官たちの言葉を理解していった。
「……なるほど、それでは貴君らの意見として、リャーナ嬢は優秀な成績で合格ということでいいのだな」
「優秀どころか、奇跡ですよ! 筆記だけでなく、面接や体力測定、魔力量測定結果も群を抜いたものでしたよ! いったいどんな教育を受けたら、あのような逸材が育つのでしょうなぁ!」
マルクの脳裏に、カージン王国王立学園の教授であるフライとアースの顔が浮かんだ。2人のアクアアントとグレムジェルフィッシュの研究内容は、これまでタープシー家で行っていた研究が児戯に思えるほど詳細かつ本格的なものだった。さすが世界に名だたる学園の教授たちだと感心したのだが、リャーナはそんな教授たちも認める才能の持ち主だ。さぞかし色々な知識を詰め込まれたのだろう。
ちなみに、フライとアースはタープシー家のやらかしを知って、これ以上研究内容をタープシー家に渡すことを拒んだ。今まで共有していた研究成果も、取り下げると息巻いていたぐらいだ。しかし、元気になったリャーナが慌てて教授たちに取りなしたお陰で、なんとかこれまで通りの協力を得られることになった。
各ギルドや利益管理人フロスにも、リャーナは『体調を崩したのは、自分がラルフの言葉を大げさにとらえ過ぎたせいだ』と説明し、タープシー家への制裁は解かれている。タープシー伯爵家からリャーナに正式な謝罪があり、慰謝料の提示もあったがこれはリャーナが固辞した。ただし、今後はラルフ・タープシーではなく、タープシー伯爵自身がアクアアントの研究の窓口になるようだ。
「良かった。これでリャーナ嬢と心置きなく結界魔術陣の改良が出来るな」
何気なくマルクがポツリと漏らした言葉に、それまで和やかなムードだった文官たちの様子が一変した。全員が、ぐりっとマルクに振り返る。
「殿下。リャーナ嬢の配属先ですが、彼女ほど優秀であれば、やはり我が国の頭脳と言うべき、宰相部への採用が宜しいかと」
「まてまてまて、彼女は5ヵ国語も話せるんだぞ? 文化やマナーも完璧なんだ! ここは当然、外務部だろう! 」
「何を言っておるかぁ! リャーナ嬢はジーランド古代語にも造詣が深い! 当然、所属は我が魔術研究所だぁ! これは譲れんぞぉ!」
「魔術研究所? 古い文献の研究に彼女のような才媛はもったいないでしょう? 」
文官たちはマルクをそっちのけで争い始める。マルクは文官たちの勢いに驚いていたが、そりゃあどこも人手不足だと嘆いている文官たちの目の前に、リャーナのような優秀な者が現れたらこうなるよなぁと納得する。
「悪いが、リャーナ嬢の配属先はもう決まっているぞ」
マルクがそう伝えると、リャーナを獲得しようと争っていた文官たちが静かになる。
「そもそも、リャーナ嬢は陛下より直々に命じられた、結界魔術陣の改良事業の為に採用されたのだ。貴殿らがリャーナ嬢を望んだとしても無駄だぞ」
マルクが何故か得意げにそういうと、文官たちはショックを受け、がっくりと肩を落とす。この国の頂点に坐す皇帝陛下の命に逆らえるものなどいない。あわよくば自分たちの部署に優秀な新人を獲得できるかもという文官たちの願いは、アッサリと潰えてしまったのだ。
そんな中、採用担当の文官が言いにくそうにマルクに告げる。
「あのぅ、マルク殿下。先ほど、皇妃様へリャーナ嬢の合格をお伝えしたところ、『絶対に皇妃宮への配属をもぎ取ってやるわ!』と仰っていて。……そのぅ、どうやら、皇帝陛下の元に向かわれたようなのですが」
「なに?」
皇帝陛下に意見が出来る者などそう多くはないが、皇妃の意見ならば皇帝は確実に耳を傾ける。自分の意見を通そうと切々と訴える皇妃に面倒になった、いや、根負けした皇帝が、リャーナの配属先を皇妃宮に変更するのが容易に想像できた。
「まずい、ショーン。陛下に緊急の謁見を申し入れてくれ」
「はいっ!」
ショーンはマルクの命に従い直ぐに駆けだす。皇妃はこういう時は無駄に行動力があるのだ。マルクが口出しをする前に皇帝との話し合いを終わらせてしまうかもしれない。急がなければ。
「冗談じゃない。リャーナ嬢の出仕の為にどれだけあの保護者たちとやり合ったと思っているんだ。こんなところで横から掻っ攫われてたまるものか」
マルクは険しい顔で、皇帝の執務室に向かった。
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