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45 マルクの焦燥

お待たせしました。ポンコツ皇太子、登場です。

 久しぶりにドーン皇国に戻ったマルクは、留守の間に机の上に堆く溜まっていた書類と格闘していた。

 

 ドーン皇国と同盟関係にある国の慶事に参列するため、マルクは1月ほどドーン皇国を留守にしていた。同盟国はドーン皇国からそこそこ距離があるため、行って帰ってくるだけで10日程掛かり、馬車の長旅は疲れた。しかも同盟国への滞在期間中は夜会だ晩餐会だと社交続きで気も抜けず、愛想笑いばかりしていたため頬の筋肉が攣りそうだった。


 ようやく国に帰って来たと思ったら、今度はマルクの処理が必要な書類の山が待っていた。留守の間の大部分の政務は国王が引き受けてくれたはずだが、それでも皇太子にしか処理できない書類の多い事。うんざりする気持ちを抑え込んで、マルクは黙々と仕事をこなしていた。


 本当は仕事など放り投げて早く魔術の研究に取り掛かりたい。同盟国の王族相手に愛想笑いをしている間も、魔術陣の事ばかり考えていた。否、それ以上に頭の中を占めていたのはリャーナだった。彼女と魔術の事を語り合う時間がどれほど楽しかった事か。彼女の笑顔がどれほどマルクを癒してくれていたか。会えない間、マルクは思い知った。


 早くこの書類を処理してリャーナに会いに行きたい。

 そんな事を考えているマルクの元に、勇ましい声と共に乗り込んできたのは、意外な人物たちだった。


「たのもぉ~」


「は? え? ちょっと待て、誰が通した? おい! 」


 護衛官であるショーンが慌てて止めようとするが、案内してきた騎士は戸惑う様にショーンに、『皇妃様の許可書をお持ちでした』と耳打ちする。

 皇妃様の許可書? それがあれば確かに皇太子の執務室に立ち入りは許可できるが、どうして彼女たちにと、ショーンはマジマジと見つめてしまう。


「君は……。薬師のシャンティさん?」


 鼻息荒く乗り込んできた人物、シャンティにマルクは驚いて声を掛ける。いつもリャーナに会う時は、親の仇でも見ているような物凄い目でマルクを睨んでくる相手だ。忘れるはずもない。まあ、リャーナの()()()()()の大半はシャンティほどではないがマルクを厳しい目を向けてくるので、不敬だと咎める事はしなかったが。咎めたらこの国一番のS級冒険者や元宮廷魔術師や凄腕の利益管理人や魔術師ギルドの重鎮たちを軒並み罰することになるからだ。


 そんなシャンティの影のように付き添っているのは、彼女の婚約者である鬼才の鍛冶師、アンディだ。彼もある意味、有名人である。特に、剣を志す者には神格化されるほど、鍛冶師としての腕が抜きんでている。アンデイはシャンティとは対照的に全くの無表情だった。ただ、体格も良く厳つい風貌は威圧的で、シャンティとは違った威圧感があった。


「どうして君たちが皇宮に? 私に何か用か? しばらく公務で国を離れていたので、リャーナ嬢には会えていなかったが、元気にしているだろうか」


 ちょうどリャーナのことを思い出していたマルクは、何気なくそう聞いたのだが。返ってきたのは思いがけない言葉だった。


「元気じゃないわよ! 全然! だから私がここに来たんじゃない!」


 シャンティはマルクを睨みつける。皇太子相手に大変、無礼な態度である。ショーンが咄嗟に咎めようとするが、マルクは目線で止めた。薬師シャンティは変人だと有名だが、決して礼を欠いた人間ではない。腹の中ではマルクに良い印象を持っていなくても、普段は睨みつけるぐらいで無礼な態度をとったことはなかった。いや、皇太子を睨みつけるのは十分無礼ではあるのだが、妹を心の底から可愛がっているシャンティだから、仕方ないのだろうとマルクは思っていた。


「リャーナ嬢に何か? まさか病気にでも?」


 そんなシャンティの必死な言葉に、マルクは焦った。カージン王国で過酷な生活を送っていたせいか、マルクから見たリャーナはどうにも細すぎる。最近は周囲の者がリャーナにたんと食べ物を与えているのでいくらか健康的になってはいるが、まだまだ細い。いっそ皇宮に引き取ってマルク自ら徹底的に甘やかして、世話をしてやりたいぐらいだと思っているのだ。保護者達には絶対に許してもらえないだろうが。


「ショーン、皇宮医師の手配を!」


「はっ!」


 マルクの指示に、ショーンは即座に従う。皇宮医師は皇族の専属医だ。リャーナの様な平民が診察を受けられる筈もないのだが、ショーンの中ではリャーナはマルクの未来の嫁であり、次代の皇妃だ。何の矛盾も問題もなく、マルクの指示に従う。


「あのね。私は薬師なのよ。医者でどうにかなるなら、皇宮なんかに頼らないわよ」


 シャンティが不機嫌そうに唸る。薬師シャンティは、この国を代表する薬師だ。確かに彼女の伝手を使えば、皇宮医師だって簡単に動かせるだろう。以前、彼女が献上した『特級万能薬』に、皇宮医師たちが偉く興奮していたのをショーンは思い出した。あの薬ををもっと仕入れたいから予算を付けてくれと嘆願書も上がっていた。あの凄い薬を対価にするならば、どんな医者だって二つ返事でシャンティの言う事を聞くだろう。いや、もしリャーナが病気ならば、あの『特級万能薬』を使ってシャンティがさっさと治してしまうだろう。


「医者でも薬師でもリャーナちゃんの役には立たないから。ここに来たのよ……」


 非常に不服そうに、シャンティはマルクを睨みつける。シャンティにとってもここに来るのは最後の手段、絶体絶命時の最後の一手、窮余の一策だ。可愛い妹を虎視眈々と狙う男は、例え相手が皇太子だろうとシャンティの敵だ。本当に頼りたくなかった、こいつにだけは。


 だがもう、リャーナを救えるのはコイツしかいないような気がした。というか、手あたりしだいに色々な方法を試したが、どれもダメだったのだ。残っているのは、コイツだけなのだ。


「……皇宮医師にも天才薬師にも治せない病気なのか? そんな病が……?」


 そう口にして、マルクははっと気付く。医師にも薬師にも治せない病。マルクにしか治せない病。それはもしかして。


「恋の病か……?」


 マルクの呟きに、シャンティやアンディだけならず、ショーンまで耳を疑う。『何言ってんだこいつ』と、護衛官らしからぬ不敬の塊である本音を思わず漏らしてしまったのも無理はない。幸いにも聞いていたのはシャンティとアンディだけだったが、激しく同意していたので不敬を誰にも咎められることはないだろう。


「そんなわけないじゃない! リャーナちゃん、今すごいボロボロなの! あのクズ国のせいで!」


「クズ国? カージン王国か?」


 クズ国という言葉ですぐにカージン王国がでてくるほど、マルクの中でも彼の国の評価は下がっている。皇妃の調べによると、恥知らずにも冷遇していたリャーナを連れ戻そうという動きもみられる。


 皇妃からその話を聞いて、マルクはすぐにリャーナに護衛を付けた。国の暗部を担う凄腕の護衛たちだ。リャーナやダルカス家に知られないよう、密かに護衛するように命じたのだが、S級冒険者であるダルカスには秒で気付かれたらしい。護衛たちはダルカスに呼び出され直々に腕試しをされ、それなりの強さだと認められたので、ダルカスが留守の間は護衛を任されているらしい。『ダルカスさんがいる時の護衛は必要ないですからね。俺ら、束になってかかってもあの人に一太刀もかすりませんでしたから』と乾いた笑いで目が死んだ護衛から報告を受けたが、とりあえずリャーナの身の安全は隅々まで確保している筈だ。


「リャーナ嬢が体調を崩しているのは、まさか、あの国が接触してきたせいなのか?」


「接触なんてウチの父さんが許すはずないでしょ? 近づいたら瞬殺よ!瞬殺! 私だって溶ける系を準備して返り討ちにしてやるわよ!」


 凄絶な笑みを浮かべるシャンティに、マルクは眉を顰める。マルクとてあの国がリャーナに接触してきたら只で済ますつもりはないのでシャンティに同意する気持ちはあるが、直接手を下すのは感心しない。


「止めた方が良い。貴女やダルカス氏が彼の国に直接手を下せば、リャーナ嬢が余計に自分を責めてしまうだろう」


 そう言えば、シャンティはますます柳眉を吊り上げ恐ろしい顔になった。


「きぃぃぃぃ! 何よそれ、俺が一番リャーナちゃんの気持ちを理解しているアピール? そんな事、私だって分かっているわよぉぉぉ」


 泣きながら荒ぶるシャンティにショーンは思わず剣の柄に手を掛けた。マルクが目線で咎めるように止める。狂気的だが、ただの妹想いだ。淑女にはない暴れっぷりだが、制圧する程ではないだろう。


「シャンティ、どうどう」


 アンディがシャンティの頭を撫でると、シャンティはすぐに冷静さを取り戻す。そんな二人をみて、暴れ馬と凄腕調教師みたいだなと、ショーンは割と失礼なことを考えていた。


 落ち着いたシャンティから、リャーナが魔力暴走を起こすに至った経緯を聞いて、マルクは額を押さえて呻いた。どう考えてもリャーナを粗末に扱い、国防を怠ったカージン王国の自業自得で同情の余地はないし、リャーナが思い悩む必要はないのだが。情が深く、責任感の強い彼女にとって関係ないと切り捨てる事は難しいのだろう。


 それにラルフ・タープシー。普段から実に貴族らしい、身分至上主義の考えを持った男だと思っていたが。落ち込むリャーナにとっては最低最悪の組み合わせだ。リャーナの罪悪感をこれ以上にないタイミングで抉ったようだ。


「そ、それで。どうして私がリャーナ嬢を治せると?」


「治せるなんて思ってないわよ! ただ万策尽きただけよ。リャーナちゃんが大好きな魔術の話をしたら、少しは元気になるんじゃないかって思ったのよ。本当はリャーナちゃんの恩師であるリーソ教授にこの国に来ていただきたいんだけど、クソ国がリーソ教授の出国を認めやがらないのよぉぉ! 亡命されたら困るんでしょうねぇぇ」


「……それほど具合が悪いのか? リャーナ嬢は。魔力暴走なら、数日で治まるはずだろう? 」


 リャーナは今、寝たきりになっているらしい。食事がとれなくなり、すこし食べたと思ったら吐き出してしまう。小さな子どもがかかる魔力暴走なら数日で治まるはずなのに、リャーナはもう一月以上も苦しんでいる。辛うじて水分は取れるので具のないスープは飲めるが、ただでさえ細い身体が余計に痩せている。見ていて痛々しいぐらいガリガリだ。


 ギリリと、マルクは拳を握りしめた。リャーナがカージン王国の現状を聞いて落ち込むだろうとは予想していた。彼女は優しい人だ。彼女に責任など万に一つもないが、それでも思い悩むだろうと分かっていたのに。苦しむ彼女の傍に入れなかったこともそうだが、彼女に追い打ちをかけたラルフ・タープシーへの怒りも湧いた。


「……タープシー家(元凶)には利益管理人のフロスさんがリャーナちゃんへの接触禁止を通告しているわ」


 それだけで済ましてはいないようだ。シャンティの顔を見ればそう察せられたが、マルクは敢えてそこには触れなかった。リャーナを不用意に傷つけたのだ。もっとやってしまえという気持ちだったのだ。勿論、マルクもラルフ・タープシーをそのままにしておくつもりはない。


「分かった。急いでリャーナ嬢に会おう」


 マルクに何が出来るかは分からないが。

 それでも苦しむ彼女の傍にいたいと、自然と思えたのだ。


 










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頑張れマルク!応援してるぞ!!
明けましておめでとうございます。 ラルクが、国として、国防を、1人の人間だけにまかせていたリスクを、皇太子の視点から説明し、転機になると、いいですね。
なんでこう、貴族や王族にはやらかす連中が多いのか マルクはまだマシな方だったんだなぁ 魔術馬鹿なだけで、相手を身分とか出自とかで区別したりしないものな
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