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43 後悔と誤解

不器用高慢男子、やらかします。

「なんだその、酷い顔は」


 開口一番、ラルフ・タープシーの容赦ない言葉がリャーナに浴びせられた。

 おおよそ、伯爵家の令息が淑女に掛ける言葉ではない。


「す、すみません。もとよりこういう顔ですので、ご容赦頂けると幸いです」


 だがその酷い言葉を怒ることなく、リャーナは逆にしおしおと頭を下げて謝る。お貴族様に酷い言葉を浴びせられるのには慣れているので、謝り癖がついているのだ。

 リャーナの付き添いであるボルク師から刺すような殺気が迸り、ラルフは慌てて続けた。


「ち、違う。失言だった。そういう意味ではない。君の顔が酷いと言ったわけではなくて、顔は可愛い。いや、そうではなくて、顔色が悪い。具合でも悪いのか?」


 慌てるあまり余計な事を口走ってしまったが、そんな事には気づかないぐらいラルフは動揺していた。久しぶりに会ったリャーナは、以前の生き生きとした様子が嘘のように窶れて居た。顔色が悪く、目の下に隈があるし、気のせいでなければ痩せている。


「いえ。私は何ともありません。元気です!」


 リャーナが無理に笑うのに、ラルフは眉をしかめる。全く信用できなかった。その笑顔にさえ、全く覇気がないではないか。


 この日、ラルフは久し振りにリャーナをタープシー家に招いていた。カージン王国の著名な教授であるフライとアースを招いたはいいが、一貴族に肩入れはしないという教授たちの方針により、タープシー家が彼らの研究経過を知る事は出来ない。ただし魔術師ギルドの許可があれば、タープシー家にも研究内容について情報を流してもいいと言われているので、こうしてわざわざリャーナと魔術師ギルドの長であるボルク師を招いたのだ。学園の教授たちは、これまで、カージン王国の貴族たちからの横槍や口出しに散々な目にあっているので、その辺はとても徹底していて、直接貴族家に関わるのを避ける。面倒ではあるが幸いなことに情報自体は秘匿されないので、こうして魔術師ギルドを通して報告を受ける事になっていた。 


 それにしても、リャーナのこの元気のなさはどうしたことだろうか。よほど、体調が悪いのか。

 前回、リャーナが目をキラキラさせていたティースタンドも用意したというのに、目を向ける様子もない。勿論、ティースタンドのメニューは前回と違う。タープシー家の侍女たちから、前回のリャーナの食べっぷり&大絶賛を聞き、感激した料理長が腕を振るって用意した新作だ。一段目はカリカリに焼いたパンとサーモンクリームのパテに卵とレタスとトマトのロールサンド。二段目はベリージャムのスコーンに木の実のパウンドケーキ、三段目にはゼリーやクリームたっぷりのケーキ。前回よりも華やかさが増して、ラルフの母の茶会でも大好評だったというのに。


 供されたものに全く手を付けないのはマナー違反なので、リャーナは小さな焼き菓子を侍女に取り分けてもらってもそもそと口にしているが、それさえ無理に口にしているようだった。前回とのギャップがあり過ぎて、侍女たちも心配そうな表情を隠せない。傍らのボルク師も心配そうにチラチラとリャーナを見ている。


「そ、そうか。ならばさっそく、教授たちの研究について聞かせて貰おうか」


 リャーナの体調は気にはなったが、たかが平民の体調など取るに足らない事だと、ラルフは思考を切り替えた。大事なのはいかにしてアクアアントの減少を食い止める事ができるのかだ。タープシー家の名誉も財も、水魔石の安定供給によりもたらされている。それ以外の優先する事などないのだ。


「はい。それでは教授たちの調査状況について、説明させていただきます。まず……」


 たとえリャーナの弱々しい笑みに胸が痛んだとしても、それは自分が気に掛ける事ではないと、ラルフは自分自身に言い聞かせるのだった。


◇◇◇


「……以上が、現時点における教授たちの調査状況です」


 説明を終え、フウッとリャーナは息を吐いた。結構長い報告だったが、リャーナは最後まで休むことなく話し終えた。


 教授たちの調査はラルフが思っていたとおりの結果だった。彼らがフィールドワークに出掛けて一月ほど。タープシー家の助言に従って特定したアクアアントの巣を観察するとともに、個体を捕らえて識別のための印をつけてからの調査。雌雄の差によるミーディオム虫の捕食量の違い、成長に伴う捕食量の変化等々。タープシー家ではこれほど本格的なアクアアントの調査をしたことがなかった。この短い期間でこれだけの結果をだすのはさすがだと、ラルフは舌を巻く。


「現時点では、他の地域と同じ様に、やはり餌であるミーディオム虫の成長不全が原因と考えて間違いなさそうだな」


「はい。アクアアントの捕食量に対して、餌であるミーディオム虫の数が足りないと。そのせいで群れの個体数の減少が起きているようです」


 別の地域で起きていたアクアアントの減少理由と、ドーン皇国の減少理由が一致した。ラルフの顔が険しくなる。


「その元凶がトリン国の大型帆船か。原因がはっきりしたとはいえ、今のところ打開策がないのが痛いな。このままの減少が続けば、十数年後にはアクアアントが枯渇する」


「十数年?」


 ボルク師が驚きの声を上げる。魔術師ギルドとしてはアクアアントの減少はそれほど緊急性のある案件ではなかった。だがその減少速度は、ギルドが予想していたよりもはるかに早い。


「ああ。教授たちが示したこの予測値によると、そうなるだろうな」


「ま、不味いではないか。今更、水魔石なしに水の供給は保てないぞ?」


 慌てて教授たちの報告書を確認したボルク師は、顔を青くする。そんなボルク師にラルフは鼻で嗤った。


「だから我が家は散々警告していただろう。それを軽視していたのは魔術師ギルドだぞ」


 ラルフの言葉に、ボルク師はぐむっと黙り込む。確かに他の案件を優先して、タープシー家の意見を見送っていたのだから、文句はいえなかった。


「我が家からも、トリン国には働きかけてみよう。我が家と砂漠の国々は水魔石の供給を通じてつながりが深い。彼の国々にも協力してもらおう。彼らにとって、水の供給はまさしく死活問題だから、喜んで協力してくれるだろうさ」


 ドーン皇国だけでなく、他の国々からの意見もあれば、トリン国もなんらかの措置を獲ってくれるかもしれない。


「そうですね。一緒に、グレムジェルフィッシュの分離の研究も進めていかなくちゃ……」


 リャーナはフライたちのグレムジェルフィッシュの報告書を手に取る。この短い調査期間の中で、フライたちはアクアアントだけでなくグレムジェルフィッシュの調査も行っていたのだ。アクアアントの調査に負けないぐらいグレムジェルフィッシュの調査書は分厚かった。フライが相当無理をして調査をしてくれたのが易々と想像できた。ブツブツ文句を言いながらも付き合う、アースの苦虫をかみつぶしたような顔もだ。


 恩師たちのいつものやりとりを思い浮かべて、リャーナの顔が僅かに綻ぶ。そんなリャーナの緩んだ表情にラルフはホッとするが、リャーナが直ぐに元の沈んだ表情に戻ってしまうのを見て、眉を顰めた。

 たかが平民の塞いだ様子が、どうしてこんなに気になるのか。能天気に笑っていたくせに。何をそんなに思い悩んでいるのか。


「……なんだ? 何をそんなに考え込んでいる?」


 ラルフは我慢できずにそういうと、リャーナが驚いたように顔を上げる。


「その暗い顔はなんだ。教授たちの研究成果を語っていた時の馬鹿みたいな顔を何故しない。茶菓子にも手を付けないし、一体何の不満があるというのだ?」


「あ、いえ。不満だなんて、そんな……。申し訳ありません」


 突然怒り出したラルフに、リャーナはオロオロと不安げに視線を彷徨わせる。そんなリャーナにラルフはますますイライラが募る。


「落ち着きなさい、ラルフ殿。リャーナちゃんはタープシー家に不満など感じておらんよ。貴殿もリャーナちゃんの祖国の事は聞いておるだろう」


 ボルク師の言葉に、ラルフは眉をしかめる。リャーナがカージン王国の出身であり、結界魔術陣の製作者の1人であることは知っていた。カージン王国では魔獣被害が拡大しており、民の間に大きく犠牲がでていることも。

 だがリャーナは、平民であったために、結界魔術陣の功績を王族や貴族に横取りされた悲劇の被害者だ。国に恨みこそあれ、どうしてこんなに暗い顔をする必要があるのか。ラルフがリャーナのような目に遭ったら、そんな目に遭わせた相手が窮地に陥れば、ざまあ見ろと嗤ってやるだろうに。


「もしや、国にいる家族が心配なのか?」


『それなら我が家が力になってやろう』と言いかけて、ラルフはハッと我に返る。なぜこんな一平民の為に、タープシー家が労を割いてやらねばならないのか。なぜ自分は、リャーナのために何かしてやろうなどと思っているのか。

 確かに教授たちの仲介をしてもらい、アクアアントについての詳細な調査結果を得る事が出来た。その恩は魔術師ギルドを通して直接、教授たちに返せばいい。タープシー家が一平民にわざわざ何かしてやる必要などないのに。


 だけど。暗い顔で窶れているリャーナを見ているのは、嫌だったのだ。


「いえ。私は孤児ですので。家族は居ません。私が心配する必要なんて、何もないんですけど」


 弱々しいリャーナの声。だったらいつまでも俯くなと、ラルフは怒鳴りたくなった。自制しなければ他にも余計な文句が飛び出しそうだ。


「でも考えちゃうんです。私がもっと考えて行動していれば、皆が危険な目に遭わなかったんじゃないかって。結界魔術陣の魔力供給を止めていれば、こんな事にならなかったんじゃないかって。王太子殿下にもっとちゃんと説明していれば、こんなことには」


 自分が至らなかったのでカージン王国に危機を招いてしまったのだと、リャーナは罪悪感に潰れそうになっていた。優しい皆はリャーナのせいではないと言ってくれるけど、自分があの国から逃げ出したせいでこんな事になっているのだ。逃げなければ。大人しく命令に従って、結界魔術陣を張り続けていればと、どうしても考えてしまうのだ。


 リャーナの言葉に、ラルフは余計に腹が立った。一介の平民の言葉など、王太子の耳に入るはずがない。実力主義のドーン皇国ならいざしらず、カージン王国は徹底した身分主義だ。平民の言葉など、塵芥と同じものだろうに。


「バカなことを言うな。お前如き平民の言葉が、尊き身分の方に通じるはずがないだろう。お前たち平民は命令に従っていればいいのだ」


 するりと、苛立ち紛れに、ラルフの口からそんな言葉が出てしまった。

 ラルフには、リャーナを責める気などなかった。だが、いつもと様子の違うリャーナに理由の分らない苛立ちを感じて、少々、言葉が過ぎてしまっただけだ。


 だが、ラルフのその言葉は、不安定になっていたリャーナを打ちのめした。

 王族や貴族に逆らい辛い事から逃げ出したリャーナが一番の悪だと、そのせいで大勢の人間を危険に晒すことになったのだと、突き付けられたようだった。

 

「ラルフ殿!」


 ボルク師が厳しい声で制止するが。零れた言葉は元には戻らない。

 

「……も、申し訳ありません。仰る通りです。私が悪いのです」


 紙のように真っ白な顔色でカタカタと震えるリャーナに、ラルフは言い過ぎたことに気付く。

 違う。そうじゃない。『だから気にするな』と『お前には何の責任もない』と言いたかっただけなのだ。魔獣への備えなど、平民が考える事ではない。平民は命令に従っていればいいのだ。責任を取るのは、身分ある者の役目なのだから。


 そう言いたかったのに、ラルフの口からそれ以上言葉は出てこなかった。

 卑屈なまでにペコペコと頭を下げ、ボルク師に連れられ帰っていくリャーナに、何一つ声を掛ける事が出来なかったのだ。

 

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― 新着の感想 ―
学園の皆が心配なら、稼働試験品と称して送れば良いじゃないか。 普通の魔術士でも発動できるんだろ?
他者を見捨てられない善良さと、魔法ならなんとかなるという部分的万能感と学習的無力感が混ざってる……リャーナちゃんの心理状態がカオスだわぁ。 そんなタイミングの彼の発言は間違っちゃいないが、今のリャーナ…
ドーン皇国で大切にされてるのにいつまでもウジウジしてる主人公に流石にちょっと嫌気がさしてきた。それに他の人も言ってるように国の危機を自分一人の行動で変えられたという思考はただただ傲慢。
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