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41 失言には要注意

うっかり口を滑らせることって、よくありますよね。

 ダルカスに諭されたフライは、それまでの危険で無謀なフィールドワークを改めると約束した。フライとアースの2人で碌な装備もなく魔獣の巣に潜り込んだのがダルカスにバレて、大変厳しい説教が追加されたのが功を奏したのだ。


 それだけではなく、フライはダルカスが講義をしている初心者冒険者向けの講習まで受けさせられた。そこで一から討伐や野営に必要な準備を叩き込まれ、これまでのフィールドワークがいかに危険だったか思い知らされた。


「アース教授、すまなかった。俺が全部悪い……!」


 あの自由気ままなフライが、アースに頭を下げ、心からの謝罪をしたのだ。アースにしてみたら、このフライの変化は猿が人間に進化したぐらい凄い事だった。


「ダルカスさんには本当に、感謝しかありません。私が何を言っても、本っ当に、全く、聞かなかったのに……」


 アースがしみじみと呟く。これまで強引で無謀なフライに振り回され、散々苦労させられたのだ。


「ふふふ。良かったですね、アース教授。私も、お2人の共同論文がこれからも読めると思うと嬉しいです! この論文も面白いですね。魔獣の動きによって気象が予測できるだなんて!」


 リャーナはアースの最近の論文に、興味深そうに目を輝かせる。

 アースがフライと共にフィールドワークを行っていたのは、別にフライを見捨てたら死にそうだからというオカンの様な理由だけではなかった。最近のアースの研究は、魔獣の生態や行動から読み取れる気象の研究である。魔獣がいつもと違う行動を取ると、その後、例えば大雨が降ったり、記録的な降雪が確認できたりすることがある。その『いつもと違う行動を取る』という点は、魔獣研究が専門のフライが詳しい。アースにとっても、フライと行動を共にする事で十分益があったのだ。


「ダルカスさんのお陰で、これまでとは全く違った、安全で快適なフィールドワークが行えそうですよ」


 嬉しそうな恩師に、リャーナも嬉しくなって頬を緩めた。リャーナも学園に通っていた頃から、2人の危険なフィールドワークを知っていたので、心配していたのだ。


 ダルカスによって安全なフィールドワークの基礎を叩き込まれたフライはへろっへろになっていたが、それでも研究を先延ばしにする事はなかった。今回の研究対象はアクアアントの減少についての更なる検証。更にグレムジェルフィッシュの性質についだ。


「でも本当に、グレムジェルフィッシュまで研究対象にしていただいて、大丈夫なんですか?」


 リャーナとしてはその申し出は有り難いのだが、凝り性の教授たちは、生半可な結果では納得しない。只でさえ寝食を削りがちな教授たちが、研究対象を増やして身体を壊さないかと心配だった。

 それに、教授たちはフィールドワークばかりに主体を置くわけにはいかない。学園での授業という仕事もある。


「なぁに。今は国中騒がしくて、授業どころではないのさ」


「フライ教授!」


 口を滑らせるフライに、アースが慌てて制止する。フライは『ヤバイ』という顔で口を押えたが、遅かった。


「国中が騒がしいって。どうしてですか?」


 リャーナはフライとアースの慌てようが只事ではない気がして、聞き返した。なんだか、嫌な予感がする。


「なんでもありませんよ。リャーナ君が気にすることではありませんから」


 アースが取り繕う様に言うが、そんなことを言われたら、余計に気になるではないか。


「教えてください。カージン王国で何が起こっているんですか? まさか、結界魔術に不具合でも?」


 結界魔術は多量の魔力を要するが、それほど簡単に壊れる筈がない。特にカージン王国の結界魔術は、媒体に使っている魔石は純度の高い特級品で、通常の使用をしている限り壊れない様に念入りに術式を組んだのだ。この魔石一つでリャーナの年収の500年分以上の価格だっだ。術式を付与するときは緊張で死にそうになったのを、リャーナは鮮明に覚えている。だって、年収の500年分だったから。


 そんな高価な魔石を結界魔術で壊してしまったのかと青くなるリャーナに、フライとアースは慌てて首を振る。


「大丈夫だぞ、リャーナ君! 君の作った結界魔術陣は壊れていない!」


「ええ、壊れていません! ちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()、間違いありません」


 2人の言葉に安心するリャーナだったが、アースの言葉に引っ掛かるものがあった。


「リーソ教授が、結界魔術陣を確認したのですか? どうして?」


 結界魔術陣はカージン王国が管理している。いくつかの国の要所に設置された魔術陣を守るための砦があり、例え国1番の魔術師であるリーソであっても、許可なく勝手に立ち入ることは出来ない筈だ。


 それに、リーソを学長とする王立学園とカージン王国は、ぶっちゃけると仲が悪い。独立性を保ちたい学園と何かと干渉してくる国とがうまくいくわけがないのだ。そんなカージン王国が、リーソに結界魔術陣の確認をさせるだなんで、余程の異常事態が起こっているとしか考えられなかった。


「リャーナ君、もうカージン王国の事は忘れなさい。君はドーン皇国の民になったのだろう? あの国が君にした仕打ちを忘れたわけではないだろう? 」


「いいえ、アース教授。私は確かに今はドーン皇国の民ですが、カージン王国を忘れた事はありません!」


「リャーナ君! あれだけ酷い目に遭って、まだそんな甘い事をいうのですか? そんな考えだと、またあの王太子に利用されますよ! 」


 アースに厳しく諭されたが、リャーナは食い下がった。

 リャーナはドーン皇国で暮らすことで、少しずつカージン王国でのリャーナの扱いは不当なものであったと気付くようになった。生まれや身分が絶対であったカージン王国で、リャーナがいくら頑張っても努力は認められなかったけれど、ドーン皇国ではその働きが正当に評価される。生まれや身分ではなく、リャーナ自身の価値を認めて貰える。


 カージン王国はリャーナにとっては酷い国だったけれど、それでもすべて嫌いになったわけではない。

 嫌な思いや苦しい思いは沢山したけれど、幸せを感じる事も多々あったのだ。それは。


「……だって、カージン王国には、教授たちがいるから……」


 強情に反論していたリャーナが一転、泣きそうに目を潤ませる。


「だって。教授たちに何かあったら、私、どうしたら……」


 リャーナにとって、カージン王国の大事な人たちは学園の教授たちだ。フライやアース、リーソの様に自分の身を守ることができるならいいが、例えばマナー講師のエレン・ガディウスのようなか弱い老婦人など、魔獣に襲われれば一たまりもない。


 リャーナがボロボロ涙をこぼすのに、2人の教授は日頃の冷静沈着さがどこにいったのか、あたふたと慌て始めた。


「な、リャーナ君? そんな、私たちが心配だからって、泣くほどのことはないだろう? 」


「そうだぞ。いくら結界魔術の魔力切れのせいで魔獣が国の中に侵入しているとしても、俺たちがそう簡単にやられる筈がないだろう!」


「フライ教授!」


「あ!」


 慌てるあまりまたしてもツルリと余計な事を言うフライに、アースは悲鳴を上げた。


「結界魔術の魔力切れ……?」


 あまりに意外な言葉に、リャーナは泣いていたのも忘れてポカンと口を開いた。


「あーーー、リーソ教授に口止めされていたのに……」


「す、すまん」


 頭を抱えるアースに、フライが両手で口を覆って狼狽える。

 しかしここまで喋ってしまったらもう隠し切れないと、アースは渋々口を開いた。


「リーソ教授があの王太子に頼まれて、結界魔術陣を調べたんですよ。『いくら魔力を注いでも、ほんの数時間しか起動しない、壊れているのではないか』と言われてね。リーソ教授は『私の一番弟子の魔術陣が、そんな簡単に壊れるはずがないだろう』って怒りましてねぇ。結界魔術陣を微に入り細を穿つように調べ上げて、それはもう分厚い報告書を書き上げていましたよ。要約した結果は『魔力不足』。リャーナ君がカージン王国を去った後、魔術師たちが後を引き継いで総動員で魔力を注いでも、一日数時間しか稼働しなかったそうです」


「それは、ええっと。そもそも結界魔術陣は、魔力消費が激しいので、常時展開は想定していませんでしたから」


 結界魔術陣は構造上、どうしても多量の魔力を要してしまう。そのため、常時展開ではなく緊急時に展開して、魔獣の突然の襲撃を一時回避出来る時間を稼ぐためのものとして作り上げたのだ。結界魔術陣を導入しているドーン皇国や他の国も、あくまで一時回避的な使い方をしていると聞いている。


「……リャーナ君がいた頃は常時展開できるぐらい魔力を注いでいたんですよね。君は在学中から、とびぬけた魔力量でしたから」


「おー、そう言えば、リーソ教授と裏山にデカい穴をあけた事があったよなぁ」


 フライ教授のいうデカい穴とは、リーソ教授の助手として実験を手伝っていたところ、魔力を注ぎ過ぎて地面に作ってしまった大穴のことだろう。今より魔力操作が未熟なリャーナが、リーソの指定する魔力量を大幅に超えてしまったのが原因だった。

 

「あの時はガディウス先生がリーソ教授に激怒して大変だったなぁ。まだ魔力操作が未熟な生徒を危ない実験に参加させるなど言語道断と説教されて、珍しくリーソ教授が落ち込んで……」


「フライ教授。その話は今関係ないので、ちょっと黙っていて下さい」


 あの時のリーソ以上に目の前のリャーナが落ち込んでいる事に気づかず、懐かしそうに話し続けるフライをアースは諫めた。失言に気づいたフライが再び口を両手で押さえて、『もう喋りません』とアピールする。


「……とにかく。結界魔術陣は魔力切れのため稼働しないという報告と共に、リーソ教授は結界魔術陣を元々想定していた通り、緊急時のみの使用に切り替える様、進言したのです。そもそも、定期的な魔獣討伐を行わなければ、カージン王国への侵入は防げても、魔獣の数自体が減らないのですから結界魔術陣の外は魔獣の被害が増えるではないですか」


 そういえば、ドーン皇国へ来る際に抜けた森の中で、リャーナは多くの魔獣に遭遇したが、ドーン皇国側よりカージン王国側の森の方が圧倒的に魔獣の数が多かった。ドーン皇国側の森には、皇国軍や冒険者たちが定期的に森に入り、魔獣の討伐を行っている。反対に、カージン王国側は結界魔術陣があるからと定期的な魔獣討伐を怠っていたのだ。


「でも……。結界魔術陣が出来るまでは、カージン王国も魔獣討伐を行っていた筈です。結界魔術陣が出来る前の体制に戻せば、討伐だって出来るはずです」


「それが、なんとも情けない話なのですが。カージン王国は結界魔術陣があるからとこれまでの様に多くの騎士や魔術師はいらないと、人員削減をしてしまったのだそうです。身分の高い騎士や魔術師を残して、実力はあるが身分が低い者たちは率先して首にしたので、今の騎士団や魔術師団は無能揃いで魔力も碌にないみたいですね」


 リャーナはそんな事になっていたのかと、心底呆れた。人々を守るために作った筈の結界魔術陣が、かえって王国の危機を招いているではないか。


「リャーナ君、君が罪悪感を感じる必要はありませんよ。全く、カージン王国の中枢が腐っているのはしっていましたが、これほど酷いとは。どんなに優れた道具を作っても、使う人間が阿呆ならば活かす事はできないという典型的な例ですねぇ」

 

 辛辣に吐き捨てるアースに、フライがうんうんと頷く。


「それにしてもリャーナ君。どうして結界魔術陣を常時展開するほど魔力を注いでいたのですか。いくら魔力量が多いといっても、相当な負担があったでしょう?」


 アースの疑問に、リャーナはしょぼんと答える。


「上司や兵士の皆さんに、結界魔術陣が常に稼働していたら、人々の守りを気にせずに討伐に集中できるからと言われていたので……」


 でもそれも嘘だったのだろう。結界魔術陣に守られることに慣れたカージン王国は、自らの手で自国を守る術を無くしてしまったのだ。


「バカだな、そいつらは。リャーナ君が病気で倒れたり、魔力量が減って結界魔術陣が稼働しなくなった時のことを考えなかったのか」


「そんな先見の明があるのなら、そもそも国防費を減らすなど愚かなことをするはずがないでしょう。全く施政者に向いていません、あの馬鹿どもは」


 口を押えていた筈のフライが思わずそう言えば、アースは吐き捨てるように答えた。

 

「そうだなぁ、自業自得という奴だ。リャーナ君、君が同情する必要もない。それに、俺たちの心配ならいらんぞ。自分の身ぐらい自分で守れる」


 わっはっはと笑うフライに、リャーナは不安そうな目を向ける。


「それは……、フライ教授たちみたいに強くていらっしゃるなら心配はありませんが。教授たちの中には戦えない人もいます! ガディウス先生みたいに」


「うん? エレン・ガディウス先生か? そりゃあ今はマナー講師だが、元は『戦姫』なんて二つ名で呼ばれていた凄腕の剣士だろう? 現役時代に比べりゃ劣るだろうが、魔獣なんぞ敵じゃない……」


「へ?」


「フライ教授!」


 あっと口を押えるフライに、アースは深ぁい溜息をつく。


「『戦姫』?『戦姫』って、昔活躍していたという凄腕の冒険者ですよね。情け容赦なく魔獣を血祭りにあげる戦闘狂。……それが、ガディウス先生?」


 リャーナの知るマナー講師エレン・ガディウスは、小柄で嫋やかな老婦人だ。姿勢がとても綺麗で、いつだって凛として微笑みを絶やさない、まさに理想の『淑女』だ。それが、同僚である冒険者たちからも恐れられていた『戦姫』? 


「フライ教授……。その本能のままに喋る癖をいい加減に直さないと、命が幾つあっても足りませんよ?」


 涙目で口を押えるフライに、アースは呆れた声で呟くのだった。

 


  


 


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― 新着の感想 ―
もう学園ごと引っ越そうよ・・・
学園があの国からすると異常なまでにまともなのは(毒されていないのは)何代か前(まで)の王国の王は相当まともだったのかな。 でもって、賢王の退いた後、その後アホが王を担ったとして、それが余計に学園の独立…
王立学園だけは真面だったんだなぁ
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