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39 教授襲来

「おぉ!リャーナ君、久しぶりだなぁ! 」


 赤髪と黒目の大男が、両手を広げて、満面の笑みで近づいてきた。その拍子に男の手から鞄が放り投げられたが、男は全く気にする様子はなかった。


「フライ教授! 鞄をそんな乱暴に降ろさないでください! ああ、貴重なサンプルが!」


 青髪と青眼の神経質そうな細身の男が叫ぶ。鞄に駆け寄り無事を確かめると赤髪の大男を睨みつけた。


「サンプルはちゃんと緩衝材に包んでいるから、これぐらい大丈夫だって! 全く、アース教授は細かいなぁ」


「私は至って普通です! 貴方が大雑把過ぎるんです!」


 目の前でギャンギャンといつもの口喧嘩を始める教授たちを、リャーナは懐かしいなぁと眺めていた。学園では毎度お馴染みの光景だったのだ。


「こほん。失礼。リャーナ君、久しぶりですね。元気そうです何よりです」


 漸く口喧嘩が終わり、アースが畏まった態度でリャーナに話しかけてきた。今更ながら元教え子に教師としての威厳を示したかったようだが、あの子どもみたいな口喧嘩の後なので、色々と台無しだった。

 

 だがリャーナは、久しぶりに教授たちに会えて純粋に嬉しかった。いつもと変わらぬ恩師たちの姿に、なんだかホッとしたのだ。


「はいっ! 元気です、アース教授。またお会い出来て嬉しいです!」


 どこまでも素直で真っ直ぐな好意を示すリャーナに、アースは思わず照れて目を逸らした。


「んんっふん。元気が良くて宜しい」


 そんなアースを横目でニヤニヤ見ながら、フライはリャーナに無遠慮にずかずかと近づくと、わしゃわしゃとリャーナの髪を撫でた。


「おー。確かに前に会った時より髪や肌の色艶が良くなってるなぁ。それにちょっと肥えたか?」

 

「フ、フライ教授!妙齢の女性に向かってなんて失礼な発言をするんですか! それに、気軽にベタベタ触るんじゃありませんっ!」


 そのあまりに無作法な振る舞いに、アースが額に青筋を立てて注意するが、フライは全く聞いていなかった。


「ほれ、アース教授も見てみろよ。目の下の隈も無くなったし、頬のこけも無くなってふっくらツヤツヤだ。魔力も安定していて、ううーむ、以前よりも魔力が増えたな! 質もいい! 」


 リャーナの顔をワシッと掴んで、フライば繁々と観察を続ける。魔物を観察する時そっくりの手付きだった。


「た、確かに。顔色がいいですね。最後にカージン王国で会った時は、フラフラしていて見ていられませんでしたが……って、だから女性の顔をそんな風につかむんじゃありません。離しなさい!」


 こちらは心配性のお母さんの様な表情で、アースも繁々とリャーナを覗き込んだが、ハッと我に返ってフライを怒鳴りつけた。生物全般に強い興味のあるフライは、時々突飛もない行動を取るので、アースは良く振り回されているのだ。


 アースに怒られ、フライは『おー、悪ぃ、悪ぃ』と軽い調子で謝り、リャーナの頭を離した。リャーナの髪はフライにもみくちゃにされてボサボサだったが、いつもの事なので特に気にしなかった。


 カージン王国でも、リャーナは結構頻繁にフライに健康チェックをされていた。そして『野菜を喰え』とか『もっと肉を喰え』『ちゃんと寝ろ』と頻繁に怒られていた。怒られるたびに食事を奢ってもらっていたので、リャーナは助かっていたのだが。そんなフライに、健康状態が良好で褒められたのは初めてかもしれない。


「全く、私たちに何の相談もなく国を飛び出すなんて。リャーナ君からの便りが途絶えて、私たちがどれほど心配したことか」


 フライに褒められて得意げだったリャーナの表情が、アースの顔つきに『マズイ』と一変する。アースの目元がぴくぴくしている。あれは長いお説教をする時のアースの癖なのだ。なぜかリャーナの横で、フライまで一緒になって首をすくめていた。常日頃からアースに怒られているので、条件反射なのだろう。


「ご、ごめんなさい、アース教授」


 しょんぼりするリャーナを見て、アースは喉元まで出かかったお説教を飲み込んだ。アースの怒りは、その殆どが大事な教え子を救う事が出来なかった自分への怒りだったからだ。『大丈夫』としか言わないリャーナの言葉を鵜呑みにして、彼女が国を逃げ出すまで何もしなかった不甲斐ない自分への怒りなのだから。

 

 今こうしてリャーナの無事を自分の目で確認して、アースは嬉しかった。それどころか、母国にいた時よりも、リャーナは健康そうで、そしてとても幸せそうだ。零れる笑顔も生き生きとした表情も、母国ではあまり見られないものだった。リャーナの姿を直接見ることで、ああこの子はちゃんと自分で自分の道を切り開いたのだと、ようやく安堵できた。


「ふふふ。本当にいい顔をするようになったなぁ。リャーナ君を拾ってくれたダルカスさんには、感謝しかないな」


「本当ですねぇ……。って、いや、リャーナ君。ダルカスさんは良い人だったかもしれないが、会ったばかりの人をすぐに信頼するのは、危険過ぎますよ!」


 しみじみ呟くフライに釣られて頷きかけたアースだったが、ハッと気づいてリャーナを窘めた。それにフライがガハハと笑う。


「相変わらず細かいな、アース教授。良い人だったのだから、過ぎた事は気にするな」


「黙ってください、フライ教授! 道で行き倒れを助けて有り金を全部盗まれた貴方には、何も言う資格はありませんよ! あの時一文無しになって、私がどれほど苦労したか!」


「何とかなったからいいじゃないか」


「何とかしたのは私です!」


 やっぱりすぐに喧嘩になる2人に、リャーナはくすぐったいような気持になる。大らかで放任主義のフライも、心配性で世話好きなアースも、リャーナにとっては大事な大事な恩師なのだ。


◇◇◇


 ところで、国賓たる教授たちを出迎えたのは勿論リャーナだけではない。

 リャーナの伝手を頼りはしたが、元々、魔獣研究の第一人者である教授たちを招聘したのは、タープシー伯爵家である。

 そのため、タープシー伯爵家を代表してラルフ・タープシーと、魔術師ギルドを代表してボルク師が港まで出迎えに来ていた。 


「カージン王国王立学園のフライ教授にアース教授でいらっしゃるか。お初にお目にかかる。私はドーン皇国タープシー伯爵家のラルフ・タープシーだ。このたびは当家の要請によりお越しいただき、感謝する」  


 しばらく黙って教授たちと教え子の感動の再会を眺めていたラルフだったが、一向に話が尽きる様子のない3人の間に割って入ることにした。無作法な事は承知していたが、これでは日が暮れても教授たちの喧嘩は続きそうだ。そしてリャーナも全く教授たちを紹介してくれなさそうなので、気の利かないリャーナにラルフは苛立っていた。

 一方でボルク師は、多分リャーナは恩師たちに会えた嬉しさで自分たちのことをツルッと忘れているのだろうと思っていた。長く話し込んでいるわけでもないので、ボルク師はそれほど気にならなかったが、伯爵家の嫡男として大事に育てられたラルフにとって、放置されることがなかったのだろう。案の定、ラルフは会話を遮るように声を掛けてしまった。我慢の利かん坊ちゃんだと、ボルク師は呆れていた。


「……ああ、これは失礼しました。カージン王国王立学園、ライ・アースと申します」


「ニコラス・フライだ」


 リャーナに見せていた柔らかな表情が一変し、気難しい顔つきになる2人の教授に、ラルフは戸惑った。招聘者であるタープシー家に対して余りに無礼な態度だったからだ。

 

「一つ訂正させて頂きますが、確かに我らはタープシー伯爵家からも招きを受けておりますが、こちらに参ったのは教え子であるリャーナ君と、ドーン皇国の魔術師ギルドからの正式な要請があったからです。カージン王国王立学園は、公平、中立な学術探求を信条としておりますので、どれほど有力者であろうと、一貴族家からの要請を受ける事はありません」


 ぴしゃりと撥ねつける様なアースの言葉に、ラルフは目を瞠った。

 タープシー家が魔獣研究の第一人者である2人の教授をドーン皇国に招いたのは、タープシー伯爵家の誇りともいうべき、水魔石のためだ。水魔石を持つアクアアントの減少の原因であるミーディオム虫の生育環境の妨げになっている大型帆船の改良を、タープシー家はトリン国に要求したが、彼の国の動きは鈍い。ミーディオム虫の為に大きな利益を上げている大型帆船の運航を止める価値はないと考えているのか、はたまた自分たちの開発した大型帆船に問題などあるはずないと高を括っているのか、タープシー家やドーン皇国の再三の要請にも取り合ってくれないのだ。


 そこでタープシー家としては、魔獣研究の第一人者であるフライ教授たちを招聘し、更に詳しくミーディオム虫を調べてもらい、大型帆船がミーディオム虫に齎す弊害をトリン国だけでなく他国にも知らしめようと考えた。トリン国がいくら大型帆船に力を入れていても、他国にまで悪影響があると分かれば、さすがにこちらの要請を無視し続ける事はできないだろう。そう思っていたのだが。


「研究が齎す結果は、あんたがたの望む結果に結びつかない事もあるぞ。俺たちは、ただ研究結果に基づいた事実を述べるだけだ。権力者に忖度することはねぇよ」


 フライの言葉に、ラルフは全てが見透かされているようでカッと頭に血が上った。だが、すぐに気持ちを落ち着かせる。ラルフにだって矜持はある。事実を捻じ曲げてまでタープシー家に都合のいい結果を望む気は無い。


「……分かっています。教授たちには、誰の要請であるかなどと関係なく、公平で正確な判断をしていただきたいだけです」


「当たり前です。それが出来ない研究者は、研究者ではなくただの太鼓持ちですよ」


 そんな事も分からない貴族のなんと多いことか。特に身分主義であるカージン王国では、それが顕著だった。王立学園の教授たちがカージン王国からの完全な自治を守り続けているのも、そうした貴族たちの横暴を跳ね除けるためだった。


「それじゃあ、公平、正確な研究とやらを、させてもらおうか」


 にんまりと笑うフライ教授とアース教授の笑みは、まるで戦いに赴く時の様な、好戦的な笑みだった。








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― 新着の感想 ―
家主いる前で紹介の前に歓談は、貴族平民関係なく無礼じゃねえかな
「俺たちは、ただ研究結果に基づいた事実を述べるだけだ。権力者に忖度することはねぇよ」呆れたことに現実にはよくある話。フライ教授とアース教授は科学者の鑑。
 混ぜるな危険なコラボ(笑)
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