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34 ラルフ・タープシー

いつか湧いて出てくることを祈ります、リャーナの女子力。

 ラルフ・タープシ―はタープシー伯爵家の嫡男だ。2年前に学園を卒業し、現在は父の跡を継ぐべく伯爵家の執務を手伝う毎日だ。


 ラルフは美しい男だった。タープシー家特有の青い髪と宝石の様な蒼眼。精悍でどこか色気のあるラルフの顔立ちは、まだほんの子どものころから女性たちを騒がせていた。裕福な伯爵家の嫡男であり、20歳にして未だに婚約者もいないことから、ラルフの女性たちからの人気は高い。公爵家や侯爵家などの、ラルフを見初めた高位貴族の令嬢からの縁談も珍しくはない程だ。


 ラルフは美しいだけでなく、優秀な男だった。当主の仕事は勿論のこと、タープシー家代々の生業である魔術師としても実績もあった。ラルフの家は水魔石の祖と言われるアロン・タープシーを輩出した名門だ。タープシー家一門の間では、貴族としての手腕よりも魔術師としての実力が重要視されている。それぐらい、アロン・タープシーの功績はタープシー家一門にとって誇りであった。アロン・タープシーの功績があったからこそ、一貴族家でしかなかったタープシー家がドーン皇国内でこれほどの影響力を持つことができたのだから。タープシー家の者ならば、誰もがアロン・タープシーの様に魔術で功績を挙げたいと思うのだ。


 そんな先祖を大切に思うタープシー家に、信じられない情報が齎された。アロン・タープシー以来、実に72年ぶりの魔術師ギルド臨時学会が開かれるというのだ。アロン・タープシーを誇りに思うタープシー家にとって、その知らせは当然、面白くない。そんな軽々しく臨時学会を開くなど、魔術師ギルドは偉大なアロン・タープシーを軽んじるのかと、魔術師ギルドに苦言を呈したぐらいだ。


 もちろんタープシー伯爵家の次期当主であるラルフも、その知らせは面白くなかった。アロン・タープシー程の功績を挙げる魔術師が、そう簡単にいる筈がない。しかも臨時学会で発表するのは若い女性で、皇太子のお気に入りとの噂も流れていた。臨時学会の事前会議に花束を携えた皇太子が、発表者であるその女に傅いたというのだ。皇太子は他国の出身であるその女を妃に迎え入れる為、女の経歴に箔付けるために、72年ぶりの臨時学会を開くのだと実しやかに囁かれていた。貴族の名誉よりも魔術師としての名誉を重んじるタープシー家が、当然、納得するはずがない。


 だが、タープシー伯爵家の苦言は魔術師ギルドに受け入れられる事無く、臨時学会は強行された。皇家に擦り寄る様な魔術師ギルドの決定に憤り、拙い発表だったら容赦なく糾弾してやろうと、勢い込んで臨時学会に参加したラルフだったのだが。その発表内容は驚きの連続だった。


 拙いどころか、一分の無駄もなく完璧に作り込まれた収納魔術陣。発想の素晴らしさもさることながら、その計算し尽くされた美しさは、ラルフの魔術師としての好奇心を大きく揺さぶるものだった。様々な派閥の魔術論を上手く取り込み調和させる手段は見事の一言で、後から、彼女が隣国カージン王国のかの有名な結界魔術陣の作成メンバーの一人と聞いて、納得した。

 

 結界魔術陣はカージン王国の王太子とその友人たちによる作だといわれているが、王太子とその友人たちに結界魔術の説明を乞うても、一度も満足に答えられたことがないことから、魔術師たちの間では結界魔術陣の真の製作者は別にいるのではないかと噂されていた。

 王族やそれを取り巻く貴族に魔術師としての成功を奪われた悲劇の製作者。この人がその噂の人物なのだと、ラルフは壇上で堂々と発表するリャーナを見て、深く納得したのだ。


 臨時学会で発表された魔術は収納魔術と付与魔術。どちらも民の生活に大きく影響を与える魔術だ。魔術師ギルドが発表急ぎ、臨時学会を開いた理由も納得した。


 臨時学会に参加した者の中には、リャーナの様な若く美しい女性が本当にこの素晴らしい魔術の製作者なのかと疑う者もいたが、ラルフはリャーナの説明の淀みなさ、どんな質問にも的確に答える聡明さから、彼女が間違いなく製作者だと確信した。なにより、魔術について語るリャーナのキラキラした眼をみていたら、魔術好きなのは一目瞭然だ。ラルフも魔術に夢中になると寝食を忘れてしまう性質だから、余計に分るのだ。


 リャーナに対する疑心や反感が消えると、俄然、ラルフはリャーナに興味を持った。ラルフは今まで女性と関わるのは面倒だと思っていた。ラルフの容姿や地位ばかりに目を向け、ギラギラした目で群がって来て、ドレスや流行の劇などの話題しかない女性たちにはうんざりしていたからだ。

 いずれは伯爵家の当主として結婚しなくてはならないと分かっていたが、どんな令嬢もラルフの理想にはほど遠く、積極的に相手を決めようという気になれなかった。令嬢たちに割く時間があれば、仕事や魔術の研究をしていた方がよっぽど有意義だった。


 そんなラルフにとって、リャーナはある意味、初めて興味を持った女性である。まさか平民を伯爵家の嫡男であるラルフの伴侶に迎えることは出来ないが、リャーナのあの素晴らしい魔術の才能を市井を埋もれたままにするのはもったいない。ラルフがパトロンとなり、リャーナの後ろ盾になって魔術研究を援助するのも悪くはないと思えた。


 それ故、ラルフはリャーナに会う事を決めた。タープシー伯爵家の次期当主として、ラルフに会いたがる者は多いが、自分から会いたいと思うことは滅多にない。ラルフほど身分が高く、しかも優秀で多忙な男の時間を割くのは限られた特別な相手だけだ。いつもはラルフが相手から求められるが、今回はラルフの方から会うことを決めたのだ。たかが平民の魔術師相手に、これは破格の栄誉だ。当然のごとく受け入れられると、ラルフは疑いもしなかったのだが。


「申し訳ありませんが、リャーナ嬢の予定は先々まで埋まっておりますので、面会のお取次ぎは致しかねます」


 先触れにと送ったタープシー家の使者から、けんもほろろにリャーナの代理人を名乗るフロスにそう返されたと聞いて、ラルフは耳を疑った。


「はぁ? 私との面会を断っただと? お前、ちゃんと私の名を名乗って面会を求めたのだろうな?」


 使者であるラルフの従者は、ラルフの剣幕に真っ青になりながらも、ちゃんと名乗りを上げ、タープシー家からの書状も渡したと告げた。


「それなのに、断ったというのか? 一平民の分際で、伯爵家の私の誘いを?」


 使者は震えながら、躊躇いがちに答える。


「は、はあ。その場に、侯爵家や他の高位貴族の遣いも訪れておりましたが、代理人は全ての使者をお断りになりまして……」


 代理人の老齢の男は、むしろそんなに断っても大丈夫かと使者が心配になるぐらい、ばっさばっさと断っていたという。


「魔術師ギルドのお偉方たちも、皆それを後押しなさっているようで」


 魔術師ギルドと聞いて、ラルフは顔を顰めた。そういえば、なぜかリャーナの後見には、魔術師ギルドのみならず冒険者ギルドや薬師ギルド、鍛冶師ギルドまで名を連ねていた。リャーナの偉業を思えば納得はできるのだが、普通、どこかのギルドが単体で後見につく事はあっても、あれだけのギルドが我も我もと名乗り出るのはあり得ないことだ。リャーナという女は、本当にただの平民なのか。もしや何か事情があって高貴な身分であることを隠しているのか。


「そ、それに。あの『お人好しのダルカス』の養女だという噂もありまして」


「はぁ? 『お人好しのダルカス』って、あのS級冒険者か? 」


 ドーン皇国が誇る伝説のS級冒険者の名が出て、ラルフは再び驚愕する。『お人好しのダルカス』はドーン皇国が誇るS級冒険者だ。彼の強さを示す逸話は、ドーン皇国で知らぬ者はいない。その妻である『宵闇の魔術師』は、魔術一つで千の敵を屠ったといわれる、元皇宮魔術師だ。この夫婦はどちらも平民だが、その実力は王家といえど疎かには出来ない相手だ。

 それに、あの夫婦の娘である天才薬師シャンティ、そしてシャンティの婚約者である鍛冶師アンディ。なるほど、それぞれのギルドとの関係性が読めて、ラルフは納得した。


 リャーナは結界魔術の製作者でもあるため、ドーン皇家も彼女には一目を置いているのだろう。考えてみれば、皇太子マルクも彼女に興味をもっていると噂があるのだ。下手な好奇心でタープシー伯爵家の立場を悪くするわけにはいけないと、ラルフは一度は諦めたのだが。


 収納魔術陣や付与魔術陣の影響が冷めやらぬ中、リャーナがまた凄い魔術陣を発表した。分離の魔術陣だ。薬師ギルドで爆発的に噂が広がったその魔術陣は、薬師たちだけでなく、色々な方面で活用できそうだと期待が持たれている。収納魔術陣や付与の魔術陣と同様、魔術師ギルドの学会で発表すべきとの意見もあったが、薬師ギルドより患者や冒険者の命に関わる重大な魔術陣であると嘆願があり、異例の早さで魔術陣の審査が終わり、使用許可が下りたのだ。


 この分離の魔術陣の事を知り、ラルフは何が何でもリャーナに会わなくてはならなくなった。

 以前のパトロンなどという軽い理由ではなく、もっと切実な、タープシー伯爵家が抱える重大な問題の解決のために、リャーナの力がどうしても必要だったのだ。


 悠長に使者を送り面会を希望しても、断られて会える確率は低いだろう。リャーナは分離の魔術陣だけでなく、ドーン皇家と協力して、結界の魔術陣改良も行うという噂なのだ。そこらの貴族よりも、重要人物になってしまった。


 ラルフは伯爵である父とも相談しながら、リャーナとの面談の伝手を探したのだった。


◇◇◇


「リャーナちゃん、すまんのう。厄介事に巻き込んでしまって……」


 ガタゴト揺れる馬車の中、魔術師ギルド長であるボルク師にしょんぼりと謝られて、リャーナは首を横に振った。


「全然大丈夫です、お爺ちゃ、いえ、ボルグ師」


 うっかりいつもの呼び方をしそうになって、リャーナは慌てて言い換える。お爺ちゃんと呼ばれかけたボルク師の方が、頬をデレッと緩めていたが、今日は魔術師ギルドではなく、さる伯爵家に出向かわなくてはならないのだ。いつもの砕けた言い方が咄嗟に出て来ては困るので、リャーナは気を引き締めていた。


 臨時学会のあと、リャーナは今回の様に()()()()()()というものを幾つかこなしている。大まかな貴族関連はフロスとダルカスたちのお陰で防げてはいるが、そんな彼らにも色々と義理や柵があってどうしても断れない場合は面会を受け入れてはいるのだが、その場合も、誰かしら一緒に立ち会ってもらっているのだ。今回は魔術師ギルド関連での()()()()()()なので、魔術師ギルド長であるボルク師が、わざわざ付き添ってくれている。


「儂はお爺ちゃんでも全然構わないのにのぉ。なんなら本当の孫になるかの?」


 魔術師ギルド長を務めるボルク師は、優しくて気さくな人柄だが間違いなく高位貴族である。そんな雲の上の存在であるお貴族様の孫に気軽になれる筈がないと、リャーナは慌てて涙目でプルプルと首を振った。ダルカス家の子のほうがいい。ボルク師は『冗談じゃよ、マーサに怒られる』と笑っていたが、割と本気な目をしていたのに、リャーナは気づかないふりをした。


「タープシー伯爵家の頼みはのぅ、ワシらも無下には出来んのよ」


 魔術師ギルドにリャーナのとの面会を要請をしてきたのは、タープシー伯爵家だった。タープシー伯爵家はあのアロン・タープシーを輩出した名門だ。水魔術の権威で在り、ドーン皇国への貢献度も高い。魔術師ギルドへの寄付額も多く、他の貴族の様にシッシッとは追い払えないのだと、ボルクは嘆く。シッシッて犬じゃないんだからと、リャーナはちょっぴり呆れた。


「今回会うのは、タープシー伯爵家の次期当主であるラルフ・タープシーだ。まあ、いわゆる()()()()お貴族様じゃのう。クッソ生意気で自分が世界の中心で偉いと勘違いしているイタイ小僧で、ナチュラルに人を見下して周囲から煙たがられておるのにも気づかん、可哀そうなヤツじゃ。最近の若いもんは、貴族といえどあんまり威張り散らすと周囲から浮くと分かっているもんじゃが、ああいうのは一定数は残るんじゃなぁ」


 ツラツラとボルクからラルフ・タープシーに対する悪意が零れ落ちている。リャーナはボルク師はラルフ・タープシーが嫌いなんだろうなぁと、なんとなく思った。魔術に対してはとても厳しいが、ボルク師は身分などにはあまりこだわらないざっくばらんな性格だ。典型的なお貴族様とは会わなそうだ。


「高圧的に出てくるかもしれんが、それほど気負わずに普通の貴族と同じように接してくれればそれでいい。リャーナちゃんが嫌な事はハッキリ断って構わん。いくらタープシー家でもリャーナちゃんに対する狼藉は許さんから、そこは心配しなくていいぞい」


 話を聞けば聞くほど面倒そうな相手だ。不安がるリャーナに、デレク師はふぉっふぉっふぉと気楽そうに笑った。


「大丈夫じゃ。いざというときはアホ皇子の威光を借りる事になっている。アホじゃが腐っても皇子だからの。貴族家を抑えるぐらい訳ないぞい」


 発言が不敬の塊だったが、マルクの名が出た事で、リャーナはとりあえず安心した。リャーナもマルクから『何かあったらいつでも相談して欲しい』と言われているのだ。


 結界魔術陣の改良の協力依頼をして以来、リャーナとマルクとの仲は、普通に話せる友人ぐらいになっていた。マルクは宣言通り政務を他に割り振って、頻繁に魔術師ギルドに来ているし、リャーナもたまに皇宮を訪れている。とはいえ、2人の会話の9割は魔術論に関することなので、友人程度の仲にしか進行していなかった。護衛官のショーンなどは一向に進展しない2人の仲にヤキモキしているようだが、好きな魔術論の話を心ゆくまで話せるマルクは、今のリャーナとの関係にご満悦のようだった。


「のう、リャーナちゃん。マルク皇子の事はどう思っているんじゃ?」


 結界魔術陣を改良したいというリャーナの願いに、協力者として最適なのはマルクだった。マルクは学生時代から地味な分野と言われる魔力の効率化について研究しており、魔術師ギルドの中で一番の権威といっていい。魔術師ギルドとしては、結界魔術陣の更なる発展のためにリャーナとマルクが共同開発を進めるのは歓迎すべきことだと分かっているのだが。

 それでも、リャーナとマルクを接近させるのはやはりいい気がしない。マーサ曰く『チョロい』リャーナが、コロッとマルクに惚れてしまうのではないかと心配していたボルク師だったのだが。


「ううーん。マルク皇子は、ニライズ派論への傾倒が強いなぁって思います。そこに囚われ過ぎているので、魔術理論の展開が上手くいかないのかと。でも最近は他の派閥の論文にもご興味を持たれているので、以前に行き詰っていたところも徐々に解消されていますよ!」


「……ほう。そうか」


 にっこり笑って答えるリャーナに恋愛の色気は微塵も感じられず。全くマルクを異性として意識していない所になんとなく安堵したボルクだったが。

 恋愛にこれほど無頓着なのは女子としては先行き不安だと、ちょっとだけ複雑な気持ちだった。

★2025年8月25日発売予定★


「逃げたい文官 1 奪われ続けてきた不遇な少女は、隣国で自由気ままに幸せな生活送ります」 オーバーラップノベルスf様より発売予定。

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ラルフ、お前もか
 この世界の貴族男子はイタイのしかいないのか…。
 八月の頭に予約して「25日か~」と思って楽しみにしていたら21日に発送されたとメールが。
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