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32 魔力茸講習会

お待たせしました。投稿再開します。

久し振りなのにシャンティ全開です。

「それでは。これより、魔力茸講習会を始めたいと思います」


 薬師ギルドの一室にて。

 薬師シャンティが、薬師たちの前で声を上げていた。

 

 薬師シャンティ。彼女は、ドーン皇国薬師ギルドにおける革命児である。

 彼女の開発した様々な新薬は、薬師ギルドにそれこそ常識がひっくり返る様な、大きな衝撃を与えた。

 その最たるは「魔力茸」だ。魔力が豊富で、標高が高い山の山頂付近にごく稀に生える魔力茸の存在は昔から知られていたが、市場に出回れば黄金と取引されるほど希少なものだった。主に慢性魔力欠乏症や慢性魔力肥大症の特効薬の材料の一つであるのだが、生育条件が繊細なためこれまで栽培が成功したことがなく、生育領域がごく限られた場所であり、採取後2日しか鮮度がもたないことで、魔力茸の入手の困難さから慢性魔力欠乏症と慢性魔力肥大症は一度罹ってしまうと治す事の出来ない病と言われ、これまで、数多の命がこの病によって奪われていた。

 

 シャンティはそんな魔力茸の栽培に成功したのだ。正確に言うと、希少な魔力茸とツマ茸を掛け合わせた、魔力茸の効能は少し落ちるが、気候の変動や病気に強い量産可能な新しい品種を作り出した。効能が少し落ちるといっても、特効薬の成分としては問題ないレベルであったため、この論文が発表されるや否や、薬師ギルドは大騒ぎとなった。材料さえあれば特効薬は作れるのだ。薬を待つ患者たちの為に、薬師たちは新種の魔力茸を育て、死に物狂いで薬を作り続け、とうとうドーン皇国内の慢性魔力欠乏症と慢性魔力肥大症の患者数は0となった。


 この魔力茸の栽培成功を機に、薬師シャンティの名はドーン皇国だけでなく世界中で知られるようになった。


 そんな偉業を持つシャンティだが、薬師ギルドの中では変わり者で知られている。

 その活躍から薬師ギルド内への影響力は強いのだが、マイペースで協調性がなく、なまじ本人のレベルが高すぎるため、他の薬師に求めるレベルも高く、未熟な薬師ではおいそれと側には寄れない。また、シャンティが研究を邪魔されるのを何よりも嫌うため、他の薬師と交流する事がなく、研究室に引きこもって一人、高尚な研究を続けている。それゆえ、ついた綽名が『孤高の天才薬師』だ。


 そのシャンティが何を思ったのか突然、講習会を開くと言い出した。『孤高の天才薬師』の初の講習会だ。参加希望者は全国各地から集まり、その受講の権利を巡って熾烈な争いが繰り広げられた。運よく権利を得た薬師たちは、講義に備えて魔力茸の猛勉強をして、また、事前に自分たちで勉強会を何度か開き、講習会に備えた。自分たちの知識不足のせいでシャンティの機嫌を損ねてしまい、折角の講義を台無しにしたくなかったのだ。それぐらい、講習会に参加する薬師たちの熱意は高かった。


 そんな、熱気十分の中、講習会は始まったのだが。


「今日お集まりいただきましたのは、『魔力茸』についての講義でもありますが、現在使用されている『魔力茸』の使用方法について有能な皆様の意見をお聞きしたかったからです。それではまずは、『魔力茸』の抽出方法についておさらいしたいと思います」


 シャンティが配布した資料に基づいて説明を始める。時折、質疑応答を挟みながらも、さすがにこれぐらいは基礎知識の範囲内なので、会議の参加者は問題なく講義についていく。否、1人を除いて。


「あ、あのう……」


 おずおずと挙手をする、薬師ギルドでは見慣れぬ女性。

 シャンティの説明を遮る質問だったので、皆は一斉に彼女に注目した。ちょっとキツめだが文句なしの美人だ。あんな美人が薬師ギルドにいたか、事前の勉強会でもいなかったがと、若い男の薬師は説明会が始まる前から彼女が気になってソワソワしていた。思いの外気弱そうに手を挙げる様子は、キツそうな見た目とは違いどこか庇護欲をそそり、ギャップを感じて男どもはデレッと表情を緩めている。逆に女性たちは虫でも見る様な目を男どもに向け、件の女性には厳しい目を向ける。


 女性は自分に向けられた数多の視線に怯み、そうっと手を下したが、意を決したように質問を続けた。


「すみません、お姉ちゃ……、シャンティ先生。私、魔力茸の事をあまり知らなくて……。いえ、あの、先生の論文をお読みしたんですが、ちょっと分からない所があって……」


 先生って、学校か。いやそれよりも、大した知識もないのにどうしてこの講習会に参加しているのか。そんな声には出さないが薬師たちのギスギスした雰囲気を敏感に感じ取った女性は、ピャッと首をすくめた。

 だが薬師たちよりも、ギンッと鋭い目を向けたのはシャンティだ。他の薬師たちは、シャンティから『魔力茸の事を知らないでこの講義に参加したのか』と、容赦のない叱責が飛ぶのではと、身構えたのだが。


「んんんんんー! せ、先生? お姉ちゃん呼びからの先生? くうぅぅ、可愛い妹に先生と呼んでもらえるなんて、やっぱりこの講習会を開いて良かった! はいはいはあーい! リャーナちゃぁん、何が分からないのかなー? お姉ちゃん、じゃなかった、先生が何でも教えてあげますよぉー!」


 薬師たちは、自分の耳を疑った。今の発言は、本当に薬師シャンティの口から出たものなのか。だがその飲み屋のお姉ちゃんに甘えられた酔っ払いのようなデレデレした顔は間違いなくシャンティで。いや、なんだその緩み切った顔は。そんな顔も出来たのか。いつも苦虫を千匹ぐらい噛み潰したような仏頂面はどうした。孤高の薬師はどこにいった。


 薬師たちの動揺をよそに、女性はしっかりとした口調で質問を続けた。


「あ、あの。論文の中で、『魔力茸はタラーマ草とニブン草をすり潰して混ぜた魔力水に漬けて、有効成分を抽出する。それぞれの素材の比率を変えると有効成分が上手く抽出できない』とあって、『それ故に液状でしか持ち歩けないのが欠点である』とあるのですが。この場合、魔力水の変えてはいけない比率とは、水を含めた比率なのか、それとも魔力水に含まれる魔力の比率のどちらなのでしょうか」


 薬師たちはその質問にギョッと目を見張る。思っていた以上に専門的な質問だった。そんな細かいところまで気にしていなかったと、慌てて資料を捲る者もいた。


「んふふふふふ。さすが私の可愛い妹。重要な所に目を付けたわね。そこは水分は含めない魔力の比率です。今回の魔力茸の改良について、まさに検討したいのはそこなの! 今の液状のままだと、コストがかかり過ぎるのよ。一度、魔力水に漬けた魔力茸の使用期限は2日。しかも抽出に半日掛かるから実質は1日半! 使用期限がこんなに短いのは、魔力茸が水分によって傷みやすくなるからなの。だから、抽出液にに魔力茸を漬けて薬効成分を抽出したあとは、水分を取り除くのが理想なの! 」


 薬師たちは『薬師シャンティの妹? 』とか、『魔力茸の問題点ってそれか! 』とか、『今日の討論のテーマ来た! 』などの突如ぶっこまれた情報と、おさらいどころかいきなり討論が始まりそうなことに激しく動揺したが、とりあえず魔力茸の論文から該当箇所を探し始めた。皆、猛勉強をしていたから、すぐに該当箇所を探し当て、読み込む。


「煮沸して水分を飛ばすのが一般的なんだけど、そうすると薬効成分が変質してしまうし、なにより魔力茸が熱を通すと傷んでしまうのよねぇ。何かいい方法はないかと探しているんだけど、上手くいかなくて」


 シャンティは悩まし気に溜息を吐く。慢性魔力欠乏症と慢性魔力肥大症の治療以外にも、魔力茸は魔力回復の効果があるため、主に魔術師や冒険者が討伐などの際に携帯している。リャーナがダルカスに出会った時、魔力欠乏を起こしていたリャーナが飲ませてもらったのもそれだ。魔力茸一本で、平均的な魔力を持つ魔術師の5回分の魔力回復が可能だが、一度抽出液に漬けてしまえば使用期限までにその5回分を使い切らなければならず、大半は飲み切れずに無駄にしてしまうのだ。非常にコスパが悪い。

 

 魔力茸を刻み、小分けにして魔力水に漬ければ良いかと言うと、魔力茸は傘と柄の部分から満遍なく成分を抽出する必要があり、小分けにするとなると傘と柄を分けて刻んで必要な分量を混ぜるというのは、薬師側に非常に負担がかかるだけでなく、傘と柄の分量を間違えれば十分な薬効を得られなくなるという大きな欠点があるため、推奨されていなかった。


 そういう訳で、無駄になるとは分かっているが今の魔力茸を丸ごと一本と抽出液を別々で売り、使う時に抽出液に漬けるスタイルで流通をしている。ちなみに、魔力茸自体は干しているので抽出液に漬ける前は数か月は保つのだ。


 そこまでシャンティが説明すると、女性、リャーナは納得したように頷いた。

 薬師でもないリャーナがこの会議に参加しているのは、勿論、シャンティのオネダリがあったからだ。薬師ギルドの重鎮たちから再三、他の薬師たち向けの講習会をしろと要請されていたシャンティは、嫌々ながら引き受けたのだが、当然ながら全くやる気が出なかった。他の薬師と関わるのは面倒だったし、人前に出るより研究室に引きこもって仕事をする方が好きだったからだ。

 

 そんな自分のモチベーションを上げるために、シャンティはリャーナに講習会に参加してもらったのだ。最近のリャーナは収納魔術や付与魔術、そして結界魔術の改良で忙しい。可愛い可愛い妹と過ごす時間が少なくてシャンティは不満で爆発しそうだった。どうして姉の自分よりも魔術師どもや、よりにもよってリャーナに不埒な想いを持つ皇太子なんかと過ごす時間の方が長いのかおかしいではないか。


 こうして講習会に参加してもらえば、可愛い妹と一緒に過ごせるだけでも嬉しいが、講義するシャンティの姿を見てリャーナが『お姉ちゃん格好良い』と思ってくれるかもしれない。あの皇太子なんぞよりシャンティの方が頼りがいがあり格好良いという事を、リャーナには分かってもらわなくてはいけない。


 それに、あの可愛いリャーナがキラキラとした尊敬の眼でシャンティを見つめる。想像しただけでニヤニヤが止まらなかった。色々と理由を付けて薬師ギルドにリャーナの参加を認めさせたが、本当はただ可愛い妹と過ごしたいだけの重度のシスコン故である。

 

「あ、良かった。資料を呼んでやっぱりそこが改良点なのかなと思っていたので。それでしたら、水だけを分離してみてはどうでしょうか?」


 だが、可愛いリャーナは可愛いだけではなかった。薬師ではないのに、論文を読んで問題点に気づいただけでなく、なんだかとんでもない事を言いだした。


「水だけを分離? え? そんなこと出来るの?」


「ハイ! お姉ちゃ、いえ、先生! えっと、この、分離の魔術陣が使えると思うんです!」


 お姉ちゃんと言いかけて先生と言い直す妹可愛い、なんてシャンティがデレッとしている内に、リャーナがサラサラと紙に魔術陣を書きつける。それほど時間もかからずに魔術陣は完成した。

 その上に『魔力茸』の抽出液を置き、もう一つ空の容器を置く。リャーナが魔術陣に魔力を流すと。

 カラン、と涼やかな音がして、魔力茸の抽出液が入っていた容器には何か黒い塊が現れ、空の容器には水が現れた。


「はっ? 」


 全員が、目を疑った。否、唯一人、リャーナだけはニコニコしている。


「これが分離の魔術陣です。これを使えば、特定した物質だけを分離することが出来ます。魔術陣に使われる魔力はごく微量なので、魔力茸にも殆ど影響はない筈です! 」


 シャンティが分離された魔力茸に飛びつき、急いで薬効成分を鑑定する。


「薬効成分が損なわれていない! 熱して水分を飛ばすと成分が変質していたのに!」


 シャンティの言葉に、薬師たちは揃って息を呑んだ。各地から集まった優秀な薬師たちは気づいたのだ。この分離の魔術陣は他の薬にも使える可能性がある、新たな手法だと。


「検証してみないと分からないけど、水分を無くした魔力茸なら、使用期限は倍、いえ、下手したら数倍に延びる可能性があるわ! 凄いわ、リャーナちゃん! 私、魔術陣は母さんから習ってある程度は知っているけど、分離の魔術陣なんて初めて見たわ! もしかして、リャーナちゃんが作ったの?」


 興奮するシャンティに聞かれ、リャーナは頷く。


「は、はい。えっと、昔、クズ野菜とジード鳥のスープを作った時に、お腹いっぱい食べたくて、欲張って水を沢山入れたら、薄すぎて味が全くなくて……。それで水分を分離させれば少しは美味しくなるかなと思って、作った魔術陣なんです……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて話すリャーナに、全員が揃って変な顔になった。ジーグ鳥。誰もが知っている栄養価も低く、味も悪い鳥だ。他国では貧民層でよく食べられると聞いているが、比較的裕福で福祉が行き届いているドーン皇国では、そうそう食べられる事は無い。聞いたところによると、渋みが酷いらしい。


「スープの水分を飛ばすのなら、ええっと、分離でなくてもそれこそ煮詰めても良かったのでは?」


 薬師の1人が恐る恐るそう言ったが、言った本人の顔も強張っている。ジーグ鳥のスープを水分を飛ばすまで煮込むなど、不味い味が凝縮されるだけだろう。


「……煮詰めると、燃料代が余計にかかるんです。前に住んでいた寮では、薪を使い過ぎると、厨房の人に300ピラも追加料金を取られちゃうんです。大出費です!」

 

 300ピラ。子どもにお使いを頼んだ時のお駄賃ぐらいの値段だ。それを、大出費?


「知らずに薪を使い過ぎて、300ピラ取られた月は、目標の月4000ピラの貯金が出来ませんでした」


 しょんぼりと哀しそうなリャーナに、そこにいる全員が悟った。この子、貧乏でものすごい苦労をしたのだと。


「リ、リャーナちゃぁぁん!」


 シャンティがボロボロと涙を流しながら、リャーナに抱き着く。


「お、お姉ちゃん、どうしたの?」


「これから死ぬまでリャーナの衣食住はぜぇんぶ、お姉ちゃんが面倒見てあげるからねぇ。リャーナは綺麗な服を着て、美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、温かいベッドで毎日眠れるからね! なんにも心配しないでいいのよぉ~。お姉ちゃん、たっくさん稼いでいるからね!」


 魔力茸やその他諸々の功績のあるシャンティだ。それこそ、そこらの貴族に引けを取らない程、べらぼうに稼いでいる。そんなシャンティの妹なのだから、今まで苦労した分、裕福な生活を送れるだろうと、皆、なんとなく安心したのだが。


「もう。お姉ちゃん。私だってちゃんと働くよ! 私も、お姉ちゃんにいっぱい美味しいものを食べさせてあげたいんだから!」


 健気なリャーナの発言に、姉のシャンティは撃ち抜かれたのは勿論の事。その場にいた薬師たちも全員、撃ち抜かれた結果。 


「ほら、これ、持って帰りなさい」


「あ、このお菓子もおいしいからね」


「え、え、いいんですか? わぁ! ありがとうございます!」


 分離の魔術陣を試しつつ、様々な意見交換が活発に行われ、大きな成果を上げた講習会が終わると。講習に参加していた薬師たち全員とすっかり仲良くなったリャーナは、薬師たちから持っていたお菓子やらわざわざ買いに行った食べ物やら飲み物やらを手渡され。さっきまで厳しい目で見られていたのに、なぜか急に皆と仲良くなれたことに驚きながらも、食べ物が沢山もらえて嬉しいリャーナは素直に喜んだ。

 

 そんなリャーナを『ウチの妹は可愛いからしょうがない』とシャンティは満足げだった。


 こうして、『魔力茸講習会』は色々な成果を収め、大成功の内に幕を閉じたのであった。

★2025年8月25日発売予定★

「逃げたい文官 1 奪われ続けてきた不遇な少女は、隣国で自由気ままに幸せな生活送ります」 オーバーラップノベルスf様より発売予定。

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― 新着の感想 ―
熱だダメなら分離じゃなくて、風で乾燥させてもいけそう。
分離が偉大な功績でありることは間違いなく、 毒素の分離や特効成分の抽出などその有用性は計り知れませんね ただ、今じゃないですよね 時間停止の収納袋ですよ? 「時間停止」で「収納」ですよ? 物流革命どこ…
スナイパーリャーナ(※・ω-)▄︻┻┳═一
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