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3 カージン王国 王太子

「リャーナ。久しぶりだね」


 背景に薔薇の花でも背負っていそうな相変わらずの華やかさで、王太子ジェント・カージンは微笑んだ。煌めく金髪に碧眼、美しく繊細に整ったその美形は、まるで物語に出てくる王子様そのものだ。


「お久しぶりでございます、ジェント殿下」


 リャーナは略式の礼を執った。いつ何時、討伐を命じられるかも分からないので、リャーナは日頃からドレスではなく男性文官と同じシャツにズボン姿だ。こんな姿では、正式な礼は執れない。


 ジェントは傍に寄り添うカーラの腰を抱き、その頬に口付ける。カーラはいつもの意地悪さをどこに置いてきたのか、可愛らしく頬を染め、ジェントの肩に顔を埋めた。


「おや、少し痩せたのではないかな?王宮に勤めるからには身なりにも気をつけなくてはいけないよ。カーラのように美しくなれなどと、流石に私も無理は言わないが、努力はすべきではないかな?」


「はぁ」


 婚約者とイチャイチャしながら人を貶すなんて器用だなと、リャーナは顔が引き攣りそうになったが、無表情を装った。


「それでね、今日はリャーナに、ちょっと助言をしようと思ったのでね」


「助言?」


 リャーナは眉を顰めた。このボンクラ王太子からの助言なんて、碌でもないことに違いない。


「うん。カーラから聞いたんだけどね? リャーナ、カーラが怪我をしているのに、カーラの仕事の手伝いを一度断ったんだって?」


 微笑んだまま、ジェントは困った子を見る様な顔で首を傾げる。


「いけないよ、リャーナ。カーラは将来王太子妃になるんだ。彼女は優秀な魔術師ではあるが、その身は尊い王族と同じだ。君たち臣下は、それを支える為にあるんだよ? カーラが優秀だからって、それに頼りすぎてはいけない。いくら学園での友人だとしても、臣下としての本分を忘れてはいけないよ?」


 諭す様な優しい口調で、ジェントはリャーナに言い聞かせた。リャーナは黙って俯いた。


「……申し訳、ございません」


「分かってくれたらいいんだよ、リャーナ。僕は君たちに仲良くして欲しいと思っているんだ。将来、カーラを娶った後、リャーナは側妃は無理だけど、今よりもっと頑張れば愛妾ぐらいにはしてあげられるよ。君の様な孤児の平民じゃ、まともな縁談はないからねぇ。学友の誼で、僕の後宮の末席にいる事を許してあげよう。いいだろう? カーラ」


 ジェントがカーラに視線を向けると、カーラは淑やかに頷いた。


「ええ。その娘がきちんと自分の立場を弁えているのなら、平民の孤児ですが、構いませんわ」


 カーラは鷹揚さを見せているつもりかも知れないが、リャーナを見る目には憎悪がこめられている。ジェントの寵愛を分かち合うなど、本当は我慢ならないことなのだろう。


「私が今より成果をあげられなければ、どうなるのでしょうか?」


 リャーナは不安気に見えるように、ジェントに震える声で聞いてみた。


「それは……。何の成果も挙げられないなら、平民の君に価値はない。僕の後宮に入るのに相応しくないね。文官を続けるのも、無理だろうね」


 ジェントは優しく微笑んで、リャーナの頭をそっと撫でた。


「大丈夫だよ、リャーナ。君が今より努力をして、僕の為に役立つ事を証明して見せればいいんだ。僕の為に、頑張ってくれるだろう? 君なら出来るよ」


 リャーナは暗い顔のまま、頭を下げ、退室した。

 そんなリャーナの後ろから、カーラが追いかけてきた。


「待ちなさい、下賤の平民」


 冷ややかな声でリャーナを呼び止める。リャーナが足を止め、深く頭を下げると、カーラはリャーナの肩を扇子で乱暴に打つ。リャーナは思わず息をつめた。


「自分の身の程というものを分かったかしら。貴女はね、所詮は優しいジェント様のお情けで王宮に置いてもらえているのよ。自分がジェント様に愛されているだなんて夢物語を信じたいのかもしれないけど、現実と言うものを見た方がいいわ」


 カーラは豪華な黒髪を肩から振り払い、顔を歪めて笑った。


「貴女のような卑しい平民は、いずれジェント様に飽きられれば捨てられる運命なのよ。せいぜい今はジェント様のお情けにお縋りするのね」


 ジェントの執務室に戻るカーラに無言で頭を下げ、リャーナは部屋を出てしばらく歩く。辺りに誰もいないのを確かめて、リャーナはふうっと息を吐き、無表情にボソッと呟いた。


「いや、だから一回ぐらいは胸じゃなくて顔見て話せってば」


 ずっとリャーナの胸から目を離さなかったジェントを思い出して、リャーナは鳥肌の立った腕を摩る。カーラの殴打なんてリャーナにしてみれば、子猫のパンチぐらいの威力しかなかった。むしろあの王太子の蛇を思わせるじめっとした目つきの方が精神的に堪えた。王太子とはいえ、あんな品性下劣な男を好きなカーラの趣味が心底、理解出来ない。どこがいいんだろう。顔か。顔と身分か。


 仕事が終わり寮に戻ると、リャーナは寮の管理者に明日は退寮する事を告げた。寮の管理者は先払いされた一月分の寮費は返還できないと言い、明日の朝一で部屋を空ける様に言った。


 ボロくて狭い寮に住んでいるのは、リャーナの他は下働きの下女や平民の下級兵士などで、それほど数は多くない。部屋は隙間風が当たり前でネズミや虫が出るし、食事は不味くて量も少ないので、本当に貧しくて家が遠い者しか住んでいないのだ。ここに住むぐらいなら、王都内で部屋を借りた方がよっぽどマシな生活が出来るからだ。


 リャーナは夜の内に少ない私物をまとめ、自作の収納袋に入れた。腰につけられる小さな水袋サイズのそれは、リャーナが開発した収納魔術陣を中に施し、100倍の収納力がある。生きた物は入れられないが、討伐した魔獣なども氷の魔石と一緒に入れておけば、良い状態のまま保存できるので重宝している。


 リャーナは少しずつ貯めたお金を大事に収納袋に仕舞い、明日の旅立ちをワクワクしながら床についた。明日と明後日は元々仕事が休みなので、リャーナが出勤しなくても誰も不思議に思わないはずだ。ここで時間が稼げる。

 柔らかな笑みを浮かべて、リャーナは薄い布団を被って眠りについた。



◇◇◇



 次の朝リャーナは、陽が昇るとすぐに部屋を出た。

 寮の管理者に鍵を返すと、朝食代わりの堅いパンを貰い、足早に寮を後にする。


 王宮を出て王都に降りると、リャーナは一直線に冒険者ギルドに向かった。そこで、身分証を作ってもらう様にと、ダルカスに助言を受けていたのだ。


 心配性のダルカスは、始め、自分の予定を変更してリャーナと一緒にドーン皇国に行くと言い張っていた。リャーナの退職手続きが終わり、寮を引き払うのを街で宿屋に泊まって待っていると。だがダルカスは仲間と受けた護衛依頼の途中で、急いで仲間を追い掛けなくてはならないと知っていたので、リャーナは丁重に断った。

 幼い子どもの付き添いじゃあるまいし、首尾よくリャーナが退職出来るかも分からなかったので、なんとか説得してダルカスは先にドーン皇国に向かってもらったのだ。


 ダルカスはリャーナにダルカスの家の住所と、ヤンクの街の冒険者ギルドの場所、道に迷ったら教会に行くことなど細々と注意を与え、別れる時はリャーナの方を何度も何度も振り返りながら、ドーン皇国に戻っていった。こんなに誰かに心配されるのは初めてで、リャーナはずっと、くすぐったい様な気持ちになって嬉しかった。


 そのダルカスの助言通り、リャーナは冒険者ギルドで身分証を作った。孤児の平民で、今まで身分証など作ったことがなかったリャーナは、本当に作れるものかと疑い半分だったが、冒険者ギルドで申請書に名前、年齢、出身地を記入し、ギルド内にある魔力登録の水晶に血を一滴垂らすだけで、簡単に作成できた。

 冒険者ギルドは国の機関ではなく各国に跨る独自組織だ。冒険者の権利を守り、冒険者を厳しく律する。厳しいとは言ってもそれは犯罪を犯した冒険者を処罰するもので、不当に害することはない。リャーナは生まれて初めて孤児だとか平民だとか関係なく、1人の冒険者として扱ってもらえた。


 カージン王国で冒険者が余り活躍していないのは、閉鎖的で独裁的な国の風潮が影響しているらしい。冒険者ギルドの受付担当者は、カージン王国は余所者を嫌うので肩身が狭いんですよねぇと、苦笑いしていた。


 冒険者登録を終え、リャーナは早る気持ちを抑えて、努めて自然に王都を歩く。見慣れた街並みを過ぎて、王都を囲む外壁に沿って歩き、大きな門から外に出る。門の外には畑が広がっており、更に歩くと鬱蒼とした森が見えてくるはずだ。畑仕事をしている人達の視線を集めない様に、リャーナは街道を歩いた。やがて少しずつ人の姿が減っていき、森の入り口に到達する頃にはその人影も途絶えた。森を抜ければ、ドーン皇国に最短で行けるはずだ。


 森には勿論魔獣が出る。森の中腹を過ぎれば、結界陣の外に出るので、ますます増えるだろう。しかしリャーナは単身、森を抜ける自信があった。何度も仕事で単独で森に潜っているし、魔獣は1人で狩るものだと言う、間違った常識の中で生きてきたのだ。サラマンダーは冒険者でもチームで狩ると教えられた時のショックは凄かった。左半身が大火傷で左目が見えなくなって、必死で回復魔術を掛けながら戦った時の恐怖を語ったら、ダルカスに号泣されて大変だった。

 

 森を抜けるのは、早くドーン皇国に行きたいのもあったが、街道沿いにゆっくりドーン皇国を目指せば、万が一カージン王国から追手が来たら追いつかれてしまうと危惧したのだ。

 

 リャーナは未だに懐疑的だが、ダルカスが気をつけろと言ったので、リャーナに取れる最善の策を取ろうと思った。ダルカスは森を単独で抜けるなど危険な事をしていると知らないが、知っていたら絶対に止められていただろう。だからリャーナはその案をあえてダルカスには言わなかった。


「さてと、行きますか」


 今までの仕事で嫌々森に入っていた時とは違い、高揚した気分で、リャーナは森を見上げた。

 美味しい魔獣が狩れたら、ダルカスへのいいお土産になるかなとちょっと楽しい気持ちで、森の中に足を踏み入れた。

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王太子、「リャーナの似顔絵を描け」とか言われたらいきなり胸を描きそうだな。 てかリャーナ嬢、お金なんか持っていないだろうし、王城外に出張させられていた時は何を食べていたんだ? 結界張替えの時も全く食べ…
美味しい、牛か豚か鳥の魔獣が狩れるとイイネー(^^) どっかの聖女と侍女みたいに、45日も森の中に居ちゃダメよw
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