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26 収納魔術と付与魔術の影響

 終業時間2刻前の冒険者ギルドの受付は、いつもの様にごった返していた。


「おおーい! 精算を頼むぜ! 」


「なんだよ、こっちが先だぞ! 横入りすんじゃねぇよ」


「なんだと、お前がグズグズしているから悪いんだろ! 」


「煩いわね! 黙って並びなさい! 気が散るでしょ! 」


 討伐帰りで気が荒くなっている冒険者たちを、それ以上に忙しさで気が立っている受付嬢たちが叱りつける。彼女たちを怒らせると大変な事になると分かっている冒険者たちは、渋々列に並んだ。


「はーい! 本日の受付は整理番号80番まででーす。以降は明日の精算となります!」


 だが受付からの無情な知らせが告げられた途端、冒険者たちは一斉に文句を言いだした。


「なんだと? またかよ? 大量の精算がある時はルール通り2刻前にギルドに戻って受付しているだろう! 」


「今日中に精算してもらえないと、宿に払う金もねぇんだぞ?」


「80番以降は希望者のみ最低限の精算なら受け付けます! 毎日毎日、討伐で稼いだお金を飲み代に遣っちゃうから宿代も払えなくなるんでしょ? 最低限の宿代と食事代ぐらい、残しておけって何度言ったら分かるんですか! 」


 ぴしゃりと受付嬢に言い切られて、冒険者たちはシュンと黙り込む。討伐でいつ死ぬか分からない身だと、冒険者たちは貯金なんてしない者が大半だ。

 だがそれは、毎日討伐に出ればその日で魔獣をギルドが引き取ってくれて、金が支払われていたからだ。今はその仕組みが崩れているのだ。


「あああー。査定しても査定しても全然終わらない―」


「が、頑張るのよ。終業まであと2刻! これが終われば美味しいエールが待っているわ!」


 ギルドの受付嬢たちが必死に査定を熟し、解体の職員たちも裏でフル稼働している。まるで毎日が戦場のような忙しさだが、それには付与魔術と収納魔術が大きく関わっていた。


 臨時学会で付与魔術と収納魔術が発表され、冒険者たちは沸き立った。魔術を付与した剣『付与剣』を使えば、今までよりもより安全に魔獣の討伐が出来るおうになった。また、収納魔術を付与した水袋、略して『収納袋』を持てば、今まで討伐しても持ち帰ることが出来ず、燃やしたり地中に埋めたり始末していた小さな魔獣も持って帰ってギルドで換金が出来る。


 ありがたい事に、付与剣は皇国の管理の元、希望する者には比較的安価に利用できることになり、冒険者たちの質がぐっと向上したことで、死亡者や怪我人が減少した。


 収納魔術については、リーズ商会で『収納袋』の販売が始まった。収納魔術のグレードによって値段設定が変えられ、一番安価なものなら、中堅どころの冒険者が3カ月分の稼ぎを突っ込めば買えるような値段になっている。冒険者たちはこぞって『収納袋』を手に入れ、今では『収納袋を持てるようになれば一人前の冒険者だ』、などと言われるぐらいだ。


 付与魔術のお陰で冒険者たちの魔獣の討伐実績が飛躍的に跳ね上がり、『収納袋』で取りこぼしなく魔獣を持ち帰ることになった。その結果、冒険者ギルドの魔獣の査定業務や解体業務が、これまでの2倍近く増えたのだ。ギルドも新しく職員を雇ったり、引退した職員を引っ張り出したりしてなんとか対応しようとしているのだが、付与剣の扱いに慣れた冒険者たちがどんどん魔獣を討伐するので、処理しきれないのだ。幸いにも、ギルドでも時間停止機能付き収納袋を幾つか購入したお陰で、折角の魔獣の肉を腐らさずに済んではいるが、仕事が手一杯な事には変わりはない。


「予想はしていたが、これほど効果があるとは思っていなかったな」


 冒険者ギルド長ライズは、連日の残業で蓄積した疲労で溜息を吐く。過去最高の売り上げを挙げているのは嬉しいのだが、新しい職員を早急に確保しないと、今いる職員が潰れてしまいそうだ。


「ギルド長! 給料を上げてください! 」


「残業手当もがっつり貰いますからね! 」


「おお、給料も上げるし残業代もちゃんと払うから、とりあえず今を乗り切ってくれ!」


 職員たちが目を血走らせて怒鳴るのに、ライズはしっかりと答える。皆疲れ切っていたが、それでも頑張れるのは、疲れ以上に喜びの方が大きかったのだ。


 冒険者ギルドの職員として、何が一番辛いかと言われれば、朝、元気に討伐に出掛けて行った冒険者たちが物言わぬ骸になって帰ってくることだ。ギルドに長く勤めれば、冒険者たちと親しくなる。時には彼らの家族とも知り合う。冷たくなって帰って来た彼らを迎えるのも、家族たちが泣き崩れるのを見るのも、心を抉るような辛さだ。そんな日常と常に隣り合わせなのが、冒険者ギルドだ。ここに勤めていれば、冒険者たちの無事の帰りが、何よりの願いとなる。付与剣のお陰で冒険者たちの討伐がより安全になってくれたのなら、これ以上の喜びはない。


 それに、冒険者たちの働きによって得られた魔獣の素材を、無駄にすることが無くなったのも嬉しい。ドーン皇国は近隣諸国に比べても栄えた国だが、貧しい者たちにまで十分に食が行き届いているわけではない。冒険者たちが狩ってくる魔獣の肉は栄養素が豊富な食糧であり、その分値段も高くなり、貧しい者たちはそう簡単に魔獣の肉を食べられなかった。だが収納袋のお陰で、今まで捨て置いていた弱く小さな魔獣も持ち帰れるようになり、そういった魔獣は値段が押さえられるため、貧しい者たちでも口にできる機会は増えた。慢性的に不足していた魔獣の肉が、貧しい者たちの口に入るぐらい行き渡るのは、喜ばしいことだ。街中で、小さな子どもが『魔物の肉って美味しいね! 』とはしゃいでいるのを見ると、もっと頑張ろうという気持ちになる。


 ライズは先日、ダルカスから聞いた話を思い出していた。

 収納魔術の使用料について、フロスは初め、貴族や富裕層を主な顧客と考え、価格を高めに設定していたらしい。数を絞って希少性を高める方向でリーズ商会と契約を進めようとしていたのだが、それにリャーナは真っ向から反対した。


「私は、どんな人でも頑張ってお金を貯めて買えるぐらいの値段にしたいです! 」


「ですがリャーナ様。ドーン皇国への貢献は付与魔術で十分だと考えられます。収納魔術については、利益を優先的に考えた方が……」


「ワ、ワクワクしたんですっ! 」


 それまで凄腕の利益管理人であるフロスを絶対的に信頼し従っていたリャーナだったが、フロスの言葉を押しのけるように、必死に言い募った。


「私、カージン王国では貧乏で、毎月、ちょっとずつしかお金を貯められなかったけど、頑張って貯金して皮の端切れを買って、水袋を作ったんです! 毎月お金が貯まっていくたびに、目標に近づいている気がして、楽しくってワクワクしたんです! 水袋に収納魔術を付与したら、討伐も楽になって、持って帰れる魔獣も増えたら、たまにお零れでお肉を貰えたし! 頑張って良かったなって思えたし、もっと頑張ろうと思えたんです! 」


 カージン王国では身分は文官だったので、討伐の成果である魔獣も全て国に提出していた。その時、魔獣の査定をする職員の気まぐれで偶にお肉が貰えた。魔獣の討伐数が増えると、査定が面倒になったのか、魔獣を丸まる渡されたこともあった。そんなお肉の美味しさは格別だったし、とても幸せな気分になったのだ。


「だからお金がなくても、頑張ったら欲しい物が手に入るって、誰でもそう思えたらいいなって……。あの、フロスさん。私、収納魔術でもらえるお金が少なくなってもいいので、出来るだけ使用料は安く設定してくれませんか? もしそれでフロスさんへの報酬が足りないなら、私、近くの食堂のお手伝いの日を増やしてもらって、お支払いできるように頑張りますから! ダルカスさんにお願いして、討伐も増やしますから! 」


 リャーナは昔シャンティが手伝いをしていた近所の食堂で、週に1回働いていた。その食堂ではホールで働く女の子がいるのだが、その子が週に1回休みをもらうので、代わりに働いているのだ。食堂はいつも人手不足なので、相談したらきっと出勤回数を増やすことが出来るはずだ。

 それに、ダルカスには何度か討伐に連れて行ってもらっていたので、リャーナの冒険者の等級は異例の速さでC級まで上がっていた。ダルカスが一緒だと高額査定される危険度の高い魔獣も危険がなく討伐できるので、フロスへの報酬は十分に稼げている筈だ。


 フロスは必死に言い募るリャーナに絶句していたが、やがて潤む目元を手で隠し、天を仰いだ。『天使が、天使がここに居る』とブツブツ呟く声は、リャーナの耳には届かなかった。


「あ、あの、フロスさん? 我儘言って、ごめんなさい……」


 呆れられたかとシュンとして謝るリャーナを、フロスは慌てて制した。


「……いえ。謝るのは私の方です。依頼人のお心に沿ってこそ利益管理人だというのに、浅はかでした。申し訳ありません」


「そんな! フロスさんはいつも助けて頂いていて、私、感謝しているんです! 私もご迷惑ばかりかけてしまってごめんなさい! 」


 結局最後は、何故か2人でペコペコと謝り合うことになったと、フロスはそれは嬉しそうに語っていたのだ。お陰で収納袋は、冒険者たちにとってはちょっと頑張って手に入れたいステイタスの象徴であり、人々の身近なアイテムとして浸透しつつある。 


「全く。ダルカスもとんでもねぇ新人を拾ってきたもんだ」


 ライズはすっかり雰囲気が変わったギルド内を見回して、ふっと笑いを漏らす。

 どこか刹那的な生き急ぐような空気が和らぎ、冒険者たちは明日と言う日を当たり前のように迎えられことに、明るい表情をしている。その日暮らしの者たちが、将来を考え、未来を夢見るようになった。

 ほんの少し武器が強くなり、ほんの少し懐が潤うようになっただけでこうも人は変わるのかと、ライズも信じられない思いだった。


 それをもたらしたのが、あの不憫な元文官だ。

 いつも自身なさげで、自分の価値なんて未だにちゃんと理解していないであろうリャーナを、ライズは頭をぐしゃぐしゃに撫でて褒めてやりたい気分になった。彼女に接する者(保護者)たちは、皆、偉業を讃えるというよりは、「偉いぞ!」と褒めてやりたい気持ちになるのだから不思議だ。


「またバイズ亭のスペシャル肉定食を奢ってやるかぁ」

 

 以前におごってやった時の、口いっぱいに肉を頬張って目をキラキラさせていたリャーナを思い出し、ライズは1人笑みを溢した。 

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― 新着の感想 ―
シャンティが不足している〜 シャンティをもっと下さい〜 (姉妹愛がクセになっている)
リャーナ‥‥‥(´;ω;`)ブワッ そろそろ“カージン王国の今”が気になります。。。
>中堅どころの冒険者が3カ月分の稼ぎを突っ込めば買えるような値段になっている。 普通に生活(ただしやりたいように飲み食いしながら)してて使い切ってしまうような金額の収入なのに、それを丸々3カ月分となる…
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