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25 結界魔術の改良

魔術師ギルド全体が過保護モードです。

 泣くリャーナに狼狽えるマルク。そんな2人に内心、大きな溜息を吐いていたのはショーンである。

 ショーンが控えている部屋のドア近く。ドアは大きく開け放たれていて、外にはチラホラと魔術師の姿が行き交っている。


 これは単に通り過ぎているわけではなく、リャーナとマルクが会うと聞いて、魔術師ギルドがリャーナの身を案じ、通り過ぎるのを装ってさり気なく部屋の中を監視しているのだ。会話についてももちろん外に丸聞こえである。皇族に対して不敬過ぎる振る舞いではあるが、魔術師ギルドとダルカス一家がその条件でなければリャーナとの面会は認めないと断固として聞き入れなかったのだ。


 本当はここに魔術師ギルドの重鎮たちが立ちあうはずだったのだが、面会の時間が短時間である事と、リャーナが『別に一人でも大丈夫ですよ? 魔術師ギルド内ですし』と言ったので、ショーンは控えているものの2人での面談となったのだ。

 ちなみに、リャーナの主張が通ったのは、『それぐらい一人で出来るもん』といわんばかりの、子どもがちょっと大人ぶっているような可愛らしいリャーナの強がりに重鎮たちが心臓を撃ち抜かれたせいもある。


 マルクとの面談の結果、リャーナが泣いてしまったので魔術師ギルド内に静かな動揺が広がっていたが、『殿下がやらかしたわけじゃない、冷静に、冷静に』、『落ち着け、リャーナ嬢は無事だ』と、ちゃんとやり取りを盗み聞きしていた魔術師たちが正確な情報を素早く共有したお陰で、騒ぎにはならずに済んだ。

 

 護衛にあたるショーンとしても、ドアの向こう側で魔術師たちが騒然となり、一瞬、殺気が膨らみ、すぐに鎮静化されるのをまざまざと背中で感じ取っていたので、魔術師たちが暴徒化するのではないかと警戒したり、冷静さを取り戻したのに安堵したりと、大変落ち着かない気分にさせられた。その上、せっかく良い事を言ってリャーナ嬢の好感度を上げておきながら、泣いた彼女にオロオロするだけで全くフォロー出来なかったマルクにイラっとしていた。ここは誠実かつ爽やかな好意で畳みかける絶好の機会だったのに。マルクの読書に『シチュエーション別 気の利いた台詞集』も入れておくべきだと、こっそり心の中でメモを取った。


 結局、リャーナは1人で泣き止み、マルクはそれを見守っているだけだった。優しい態度でリャーナを労わっていれば、その後の空気も甘酸っぱいものになっただろうに、マルクが朴念仁なせいでなんとなく気まずい雰囲気になってしまった。


「あ、あのう。マルク殿下」


「うん! なんだ? 」


 泣いてしまったために目元を赤くしたリャーナが、上目遣いに見つめてくるのを、ブレインは冷静を装って答える。なぜだかいつもよりリャーナが可愛く見えて、急に胸がドキドキとしてきた。


「あ、あのう。お、お願いがありまして」


 躊躇いがちにリャーナが言うのに、マルクは反射的に警戒心を抱く。お願い。お願いか。

 

 皇太子という身分であるマルクは、それこそ物心がついた幼子の頃から、女性に言い寄られてきた。年端もいかぬ少女たちが、マルクの妃に相応しいのは自分だと罵り合ったり、ちょっと話しただけの令嬢が自分がマルクのお気に入りだと吹聴したり。その思い出には碌なものがない。

 そんな女性たちの中には、マルクに物を強請る者もいた。魅力的な女性に贈物をするのは当然だと言わんばかりに、図々しく要求する。高位の令嬢ともなれば、高価なドレスや宝石は当たり前で、離宮を立てて欲しいなどと言う強者もいて、マルクは女性からの『お願い』には、うんざりしているのだ。

 それが、未来の妻にと内心密かに願っているリャーナからであったとしても、やはり、多少は身構えてしまうものなのだが。


 警戒するマルクだったが、リャーナの発言は、想像を斜め上に超えてきた。


「あの、この『魔力効率の争点』という論文、皇太子殿下のお書きになったものだとお聞きしたんですが」


「んなっ!」


 リャーナが自身の水袋からシュルリと取り出した本は、見覚えのあるやたらと豪奢な装丁で。

 マルクがまだドーン皇国の学園に在籍している時に書いた、魔術論文。初めて書き上げた論文に高揚して、装丁も凝りに凝って作り、学園や魔術師ギルドの図書室に張り切って寄贈したものだ。

 今読み返せば論文としては粗があり、検証も足りておらず、何ともお粗末な内容なのだが、論文を1本書き上げた自分に酔いしれていたマルクは、豪奢な装丁が相応しい素晴らしい論文だと自画自賛していた。


「ど、ど、どうして、その論文を、リャーナ嬢が!」


 自分の黒歴史が目の前に突如現れ、マルクはこれは誰かが自分を陥れるための陰謀かと本気で考えた。好きな子が自分の黒歴史を手にしている姿は、大変、衝撃的なものだった。恥ずかしい。


「ええっと、この本、魔術師ギルドの書架にあったのですが」


 読んじゃダメだったのかと、リャーナが不安そうな顔をする。多くの人に読んで欲しいとギルドに寄贈したのはマルクである。ダメな筈がない。


「いや、君の様に偉大な魔術師に読んでもらうには余りに拙い内容だから……」


 大した事のない論文なのに装丁が豪華ってだっさーと思われているんじゃないかと、マルクは恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。


「そんな事ないです! 私、魔術陣を構成する時、どうしても魔力を多く消費しがちなので、この論文を読んでとても感動したんです! ここまで効率化に重点を置いた論文はなかなかないです! この部分とか展開が凄くて! 」


 リャーナはマルクの劣等感など吹き飛ばす勢いで否定した。論文の該当ページを開き、キラキラした目をマルクに向ける。


「あ、ああ。だがその部分は検証が足りなくて……」


「仰る通りですが、それでもあそこまで術を組み上げたのは凄いです。ニライズ派の説だけでなく、ジョーグ派のこの部分を取り入れれば、更に検証が可能かと……」


「前回の定例会で発表された説だな。なるほど、確かに応用が出来そうだ……」


 リャーナが示す論文を読み、マルクは頭の中で素早く魔術を構成させる。リャーナの言う通り、マルクの論文にも適用できそうだ。


「そ、それで、あの、マルク殿下」


 リャーナがもじもじと、躊躇う様に俯く。先ほどまでの論文を次々と示していた活発な様子はどこにいったのか。おずおずとこちらを見上げる姿が何とも言えず可愛い。女性がオネダリしたくて言い出せない様子がこんなに可愛いなんて、マルクは生まれて初めて知った。


「ど、どうしたのだ、リャーナ嬢。言ってみなさい」


 とてもじゃないが直視できずに、マルクはリャーナから目を逸らした。言い方が偉そうになってしまったが、マルクとて冷静さを保とうと必死なのだ。

 

 リャーナはギュッと手を握り締めて、マルクを思い切って見上げた。


「あ、あの。私、前からマルク様の……」


 ビクリッとマルクの身体が震えた。俺の、何だ? この後に続く言葉なんて、一つしかないじゃないか。俺の事が好きと、告白されるのか? 

 マルクの心臓は期待で高鳴った。リャーナの事は妃にしたいと思うぐらい好感をもっている。返事は一つしかない。もちろんイエスだ!

 マルクはリャーナをしっかりと見つめて彼女の告白を待った。口の中がありえないぐらいカラカラだったが、間違っても変な返事をしないように、気をしっかり持たなくては。

 

 だがリャーナのオネダリは、マルクの予想だにしないことだった。


「マルク様の、お力を借りたくて! あの、結界魔術の魔力効率化にご協力を戴けませんか?」   


「もちろん私も好きだ! 喜んで……、え?」


「うん? 好き? 結界魔術がですか? 」


「あ、ああ、そうだ。結界魔術は素晴らしいからな! うん? 結界魔術の魔力効率化?」


 すっかり告白だと思い込んでいたマルクは、内心のガッカリを綺麗に隠して、頭を魔術に切り替えた。うん? 何か凄い事を言われた気がするぞ。()()()()()()()()()()だと?


 意味が頭の中に浸透して、マルクは思わずリャーナの両肩を両手で掴んでいた。


「結界魔術の魔力効率化? リャーナ嬢、出来るのか?」


「は、はい! マルク殿下の論文を読む限りでは、理論上可能です」


「だが結界魔術は完成度が高い。あれにさらに効率化を組み込むのはかなり難しいのでは……」


「いえ。殿下の論文で効率化についてあれだけ検証されていますから、そこに一番適したものを組み込むのは可能かと。いくつか試してみたのですが、全く術が発動しなくなったものもありましたが、1、2割の魔力効率化が可能なものもありました」


「なんだと?」


 1、2割の効率化。すでに効果が出ているものもあるのかと、マルクは愕然とした。


「でも論文の中に、展開が分からないものもあったので、是非、作者である殿下にご協力いただきたくて。魔術師ギルドのお爺ちゃ、ギルド長たちからも、魔力効率化については殿下が一番の適任であると仰っていたので……。お忙しいとは思うのですが……」


 目の下に隈を作っている人に手伝ってというのはとても気が引けたのだが。リャーナも結界魔術の魔力効率化に行き詰ってしまっていて、ダメもとで協力依頼をしたのだ。


「だ、大丈夫だ! 今、公務が忙しかったのは、付与魔術について各所への根回しや調整があるからで、それは粗方終わっている。後は通常業務に戻るわけだが、結界魔術の魔力効率化が叶えば、国防に大きく利がある。公務を他に割り振りして、時間を捻出しよう」


 ちらりとマルクがショーンに目くばせすると、ショーンは頷く。結界魔術の使用頻度を上げる事が出来れば、それだけで騎士や魔術したちの負担が減ることになる。公務より結界魔術の改良を優先しても十分益がある。


「最近、次代の皇帝教育とか言って、親父がやたらと俺に仕事を押し付けてくるからな。戻せば問題ない」


 親父って、皇太子の父親だから、勿論、この国の皇帝の事である。リャーナは内心ひええぇと慄きながら、必死に冷静さを保っていた。リャーナの要請で皇帝陛下の仕事が増えるって、考えてみたら恐ろしい事である。


「もちろん協力させてもらうが。この件はダルカスたちや、君の代理人であるフロスに話を通しておいた方がいい。改良後の魔術陣は、それ独自の権利を持つが、元の結界魔術陣の開発者たちが、黙っているとは思えないからな」


「元のですか? でも、改良すれば問題はないかと」


 既存の魔術陣を改良した場合、既存の魔術陣とは別の独立した魔術陣として扱われるのが原則だ。魔術陣というものは、それ自体が完成された形であり、その一部だけを変更したとしても、元の魔術陣と全く異なるものとして扱われる。既存の魔術陣の一字変えただけでも、全く別の効果を持つ魔術陣になる事もあるからだ。


「元の魔術陣と一字でも違えば違う魔術陣として扱われるのは魔術師としての一般常識だが、彼らにその常識が通用するかは疑問だからな。なにせ、彼らには素人程度の魔術の知識しかない」


 マルクは皮肉気に口元を歪めた。以前に会ったことのあるカージン王国の王太子とその側近たちに、魔術の知識がほぼない事は会話の端々から分かった。あの無知っぷりからすると、魔術理論一つ、満足に覚えていないに違いない。魔術師にとって、いや、魔術を扱う者にとっての常識も通じない可能性はある。 

 リャーナもカージン王国の王太子たちならやりかねないと、顔を青くしてマルクに頭を下げた。


「も、申し訳ありません。マルク殿下にも、ご迷惑をかけてしまうのかも」


 リャーナは申し訳なさに頭を下げた。何も考えずに結界魔術の改良をしたいだなんて口にしたが、ドーン皇国とカージン王国の関係が悪くなってしまうかもしれない。


 でもリャーナはカージン王国に居る時から、結界魔術の改良がしたかった。大量の魔力を注ぐ仕事が大変だったのもあるが、魔力が少なく済めば、結界魔術をもっと活用できると考えていたからだ。例えば今は大型の魔術陣の設置が必要だが、改良次第では持ち運びが出来る小型の魔術陣で結界魔術の展開が可能かもしれない。持ち運べる結界魔術陣がれば、冒険者が討伐時に危機に陥っても、一時的なセーフティーゾーンを作ることが出来る。なんどもソロ討伐で死にかけた経験のあるリャーナにとって、いつか作ってみたい魔術の一つでもあった。


「結界魔術の使用権を購入した他国でも、結界魔術の改良は研究されている。我が国でも結界魔術の研究は進めるべきと思っていたから、リャーナ嬢が迷惑だとか心配する必要はない。カージン王国から何か物言いがあれば、我が国で受けて立つ。負ける気はしないし、これで両国の関係がこじれたとしても、そもそも、そこまで交流があるわけでもないし、全く交流が絶たれても我が国にとっての痛手は無い。争いになったとしても、カージン王国と我が国の国力の差を考えれば、ははは、向こうは手出しが出来んだろう」


 リャーナの懸念をマルクはあっけらかんと笑い飛ばした。そもそもドーン皇国とカージン王国では国力に差があり過ぎる。負けると分かっていて喧嘩を仕掛けるのは愚かだと、カージン王国の国王も理解している筈である。 


「リャーナ嬢、大丈夫だ。結界魔術の改良により起こりうる些事は、すべて我が国が引き受ける。是非君の研究に協力させてくれ」


 そう力強く言われて差し出された手を、リャーナはそっと握り返した。

 大きくて温かな手だと、リャーナはなんだかほっと安心できたのだった。

 

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― 新着の感想 ―
おお!!やっとか!! そして多分皇太子さんは出来るだろうけど 皇帝に向いていない気がするので ご都合展開になるのが大変良いかと笑 あと、そこまで優秀なら、 皇帝やるよりも学者をさせてあげた方が良いんじ…
愚か者の底の無さを甘く見てはいけない…
皇太子殿下の恋心が、報われる日は、 くるのかな? 皇帝陛下「ん、この書類は息子にやらせるぞ、教育の一貫だ。」 副官「いえ、その実は(コニョコニョ)という訳です。」 皇帝陛下「(ニャリ)そうかそうか…
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