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2 リャーナの決意

「分からんなぁ。そんなに優秀なのに、雇ってくれる所がないなんて。じゃあ、俺と同じ冒険者になったらどうだ?」


 ダルカスはリャーナにそう提案してきた。


「俺は今回、護衛の仕事を受けた。仲間4人で受けて、こっちで別行動の仕事があったから他の奴らとは別れていたが、これから仲間と合流する予定だ」


 ダルカスは剣が得意で多少魔法が使える冒険者だという。馴染みの顧客もおり、まあまあ稼ぎはいい方で、妻と一緒に3人の子どもを育て上げた。


「まあ、危険はある仕事だが、実入りはいい。リャーナちゃんぐらいの魔力量と実力があれば、俺より稼げるんじゃないか?」


「冒険者……」


 カージン王国では、孤児のできる仕事はたかが知れている。身元を保証してくれる者がいないので、成人すると孤児院からは追い出され、男は日雇いや過酷な鉱山の仕事、女は花街に行く者が多い。どこでも扱いは最低で、読み書きが出来ないから簡単に騙され、搾取される。だからリャーナは必死で勉強して、文官になったのだ。マトモな生活がしたくて。

 カージン王国では馴染みのない、冒険者という選択肢に、リャーナはチョッピリ心が動いた。本当に、自分にも出来るのだろうか。


「リャーナちゃん、魔力量は多いようだが、魔法はどれぐらい使えるんだ? 魔獣は倒せるか?」


「ええっと、こないだサラマンダーを単独で討伐しました」

 

 左半身が焦げたけど、自分で治しましたとは言えなかった。人が良さそうなダルカスに、あまり心配を掛けたくなかった。


「おいおい! スゲェ優秀じゃないか。サラマンダーの単独討伐って、推奨レベルA級だぞ?」


 驚くダルカスに、リャーナは首を傾げる。いつもやっている仕事なので、そんなに驚かれるとは思わなかった。


「ん〜、やっぱリャーナちゃん、冒険者になって欲しい! ぶっちゃけ、俺の街の冒険者になって欲しい!デカイ街なのに、上級冒険者が少なくて、俺にばっかり依頼が来て困ってんだよ〜。なぁ、文官ってどれぐらい給料貰えるんだ? リャーナちゃんみたいに優秀なら、そうとう高級取りだろうが、冒険者も悪くないぞ。功績だって横取りされることないからなっ!」


 熱心に勧められ、リャーナはおずおずと自分の現状を説明する。なんとなく、ダルカスには何を話しても大丈夫という雰囲気があるので、話し易かった。


「お給料……。えっと、基本給が10万ピラで、そこから半分、平民税で引かれて5万ピラ。寮費が食費込みで4万2千ピラ引かれて、自由に使えるのが毎月8千ピラぐらいです」


 リャーナはその半分は毎月貯金をしているから、実際使えるのは4千ピラだ。


「はっ?」


 ダルカスがビシッと固まった。信じられないものを見る目で、リャーナを見てる。


「あの、孤児にしては破格の待遇だって分かってます。だから、仕事が過酷なのもしょうがない……」


「破格? 10万ピラが? 何言ってんだ、リャーナちゃんっ! あのなぁ、ウチの娘が学生の時、学校終わりに近所の食堂の手伝いで週5日で働いた時だって、月に8万ピラは稼いでいたぞ? そんな、こんな危険な仕事していて、たったの10万ピラ? サラマンダーの討伐をA級冒険者が請け負ったら、最低、300万ピラは支払われるぞ? しかもサラマンダーの素材を売ればその倍は稼げる! ……えぇ、まさか。リャーナちゃん、サラマンダーの素材は?」


「……国のものです」


「危険手当とか、討伐の特別褒賞とかないのか? 大体、平民税って何だよ?」


「危険手当? 特別褒賞? 聞いたことないです。平民税は、平民が国に仕えるときは、本来は貴族が就くべき仕事を平民に割り当てるから、給料の半分は支払わなくちゃいけなくて……」


「……」


 ダルカスはあまりの事に絶句した。リャーナはダルカスの先程の言葉が気になっていた。


「ダルカスさん、ドーン皇国では、サラマンダーの討伐で300万ピラも貰えるんですか? 素材も討伐したら自分のものなんですか?」


「あぁ…。冒険者のルールでな、素材は討伐した冒険者のものだ。たとえばその素材が希少で皇国に納めるように求められても、十分すぎるほどの対価が支払われるぞ。なんだったら、ギルドで支払われるより割高だな。孤児だから、平民だからなんて関係ない。その功績には相応しい対価が与えられる」


「……」


 リャーナはひどくショックを受けた。国と職種が違うだけで、同じ仕事をしているのになんて違いだろう。


「なあ、リャーナちゃん。ドーン皇国に、ウチの街にこないか?」


 黙りこくってしまったリャーナに、ダルカスは静かに話しかける。


「こんな、会ったばかりの得体の知れない男に誘われて、怪しんで当然だと思うが、いや、こういうときはちゃんと怪しまなくちゃいけないぞっ! 怪しい奴について行っちゃダメだぞ? いや、そうじゃなくて、怪しいかもしれんが、俺を信じてみないか? こんな、孤児だからって酷い扱いを受けて、俺は、俺は、見ちゃいられんっ!」


 ダルカスの目に、涙が浮かんでいる。娘を見ている様な優しい目で、必死に言い募っている。


「なぁ、冒険者じゃなくても、近くの食堂はいつも人手不足で元気に働いてくれる子を探しているし、住むとこなら娘が嫁いでうちに空き部屋があるし! うちの嫁さんは死ぬほど良い女だから、娘が1人増えたって絶対喜ぶから遠慮はいらねぇ! こんな生活続けてたら、また今日みたいな目に遭っちまうよ! 今度は死ぬかもしれないだろうっ」


 なんだかダルカスの方が必死で、リャーナは思わず笑ってしまった。さっき会ったばかりの赤の他人に、どうしてこんなに一生懸命なんだろう。

 思えばリャーナの事を、こんなに案じてくれた人はいなかった。孤児院では同じ孤児たちと少ない食料を奪い合い、皆が敵で仲間意識なんて芽生えることはなかった。学園でも周りは貴族だらけで、平民の孤児と馬鹿にされていた。甘い顔で近寄ってきた王太子たちも、リャーナに邪な目を向け、功績を奪うだけだった。


 ダルカスの優しさに、リャーナの目にも涙が浮かんだ。胸の辺りがポカポカと暖かい。


「うん。ダルカスさん。私、ドーン皇国に行くよ」


 すとんっと、気持ちが自然に固まって、リャーナはそう言っていた。ダルカスの顔に、安堵が浮かぶ。


「そうかっ! 良かった! うちの街、ヤンクの街は良いところだぞ! 海が近いしメシも美味い! 冒険者も荒っぽいが良い奴が多いしな! うちの嫁さんは街一番の美人で、俺は街一番の幸福な男なんだっ!」


「あはは。街自慢が最後は惚気になってる」


 リャーナは涙を拭いて、軽やかな笑い声を上げた。



◇◇◇



 翌朝、ダルカスと別れたリャーナは、真っ直ぐに王宮に帰った。

 昨夜は遅くまで、ダルカスと文官を辞める手筈を話し合ったのでやや寝不足だが、リャーナの気分はここ数年で一番、晴々としていた。


「あのなぁ、リャーナちゃん。カージン王国での君の扱いは最低だが、君の価値を分かっているものは結構居ると思う。だから、正攻法に文官辞めて国を出ますって言ったら、絶対横槍が入ると思う。優秀な魔術師を格安で扱き使えるんだ。何だかんだと引き止められる可能性がある」


 いつも役立たずと罵られてきたリャーナはその言葉に首を傾げたが、ダルカスが絶対だ! と言うので信じる事にした。リャーナの中で、ダルカスは人生で一番信用の置ける人に昇格している。


 だからリャーナは一生懸命考えて、こっそり文官を辞める計画を立てた。ダルカスも、それならなんとか行けるかも、と首を縦に振ってくれた。


 リャーナはまず、王宮に出勤してサラマンダー討伐の報告書と東の塔の結界陣の張り直しについて、詳細な報告書を作り上げた。いつもより詳細に作ったので、やたらと書類の数が増えた。その中に、リャーナの退職届を紛れ込ませた。サインの必要な箇所をマークして、ちょび髭上司の机に置いた。


 ちょび髭上司は、いつもの通り中身など読まずにマークされた箇所にサインをし、リャーナに書類を返した。中身を確認すると、退職届にもちゃんとサインがあった。


 リャーナは次に退職届を、王宮内の人事担当部署に持っていった。絶望した顔でやってきたリャーナを、担当者は不思議そうな顔で見ていたが、リャーナが平民の文官だと知ると途端に態度が豹変した。


「あのぅ、あのぅ、上司にお前のような給料泥棒は辞めてしまえ、もう1秒だって顔も見たくないと、この書類を書かされました…」


 今にも死にそうな顔で書類を差し出すリャーナに、担当者はフンッと鼻を鳴らした。


「あら、どこの部署の方かしら? まぁ、あの未来の王太子妃カーラ様が所属する魔術師部隊なの? あそこは貴族にとっても人気の部署なのよ。平民のくせになんて生意気なのかしら!」


 リャーナの差し出した書類をひったくり、担当者はテキパキと処理をする。


「全く! 平民がいなくなってくれたおかげで、魔術師部隊に行ける人が1人増えたわ! 今日付けで退職よ。明日からもう出勤しなくていいわ」


 リャーナに退職の通知を発行し、担当者は上機嫌で次の仕事に取り掛かる。リャーナはとぼとぼ部屋を出て、ニヤニヤと笑いを浮かべた。


「やった! 計画通りっ!」


 リャーナの立てた作戦は上手くいった。


 ちょび上司はリャーナに仕事を振っているだけあって、その実力を知っている。リャーナが退職するなどと言ったら、絶対にそれを阻止しようとするだろう。だから読まないであろう書類の中に退職届を紛れ込ませ、サインさせたのだ。


 しかし人事の担当者にまで、その手は使えない。書類を読まなくてば退職手続きは出来ないからだ。下手したらちょび髭に、リャーナの退職について確認の連絡をしたかもしれない。

 だがそこは、リャーナの平民という身分が幸いした。人事の担当者も、もちろん貴族だ。平民の文官など、取るに足らない虫ケラみたいに思っている。そこにリャーナが哀れっぽく退職届を持ってきたから、担当者は喜んだのだ。生意気な平民を辞めさせる絶好の機会だから。

 

 人事の担当者がリャーナの実力を知らないのは、リャーナの功績は表向き全て別の人の物になっているからだ。結界陣の功績は王太子達の、討伐や結界陣の維持の功績は次期王太子妃のカーラの。リャーナにあるのは結界陣の研究に名を連ねただけ。それも、優しい王太子に付け込んで、無理矢理名前を載せてもらったと噂されているぐらいだ。


 こうして、リャーナは無事文官を辞めることができた。上機嫌で魔術師部隊に戻り、いつも通りに過ごす。今日さえ乗り切れば、明日には自由な身だ。

 そわそわしながら過ごしていたリャーナは、終業間際に珍しく、カーラに呼ばれた。


「王太子殿下が貴女をお呼びなのよ」


 リャーナは背中がヒヤリとした。バレたのだろうか。いや、王太子が下っ端文官の退職届など見るはずがない。

 リャーナはそう思い直して、王太子の待つ執務室に、カーラと共に向かった。


1ピラ=1円

1000ピラ=1000円

1万ピラ=1万円です。

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メチャ分かります。こっそり退職必須。
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