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19 皇太子がやってきた(会議に)

明日は投稿をお休みします。

 その日、魔術師ギルドは、緊張感に包まれていた。

 

 その理由は、数十年ぶりに開催が決定した臨時学会である。

リャーナの開発した、収納魔術。小さな水袋に施せば、その何十倍もの荷物を収納できる、画期的な魔術だ。魔術師どころか、国民の多くに影響を与えると容易に予想できるその魔術が、臨時学会の場で発表されることに文句をつけるものなど殆どいなかった。むしろ、早く発表してほしいという要望が、魔術師ギルドに殺到したぐらいだ。そして収納魔術は、皇族からも大きな関心を寄せられているのだ。


 ドーン皇国は代々、魔術へ造詣が深い。そのため、魔術師ギルドと皇家の関係は良好であり、今回の臨時学会に向けて行われる各部署への事前説明の会議には、当然のように皇太子マルクが招かれていた。


 会議に皇太子マルクが出席すると聞いて、臨時学会の当事者(原因)であるリャーナは怯えていた。マルクとは冒険者ギルドで変態発言をされて以来、会っていない。ダルカスやマーサが皇家からの接触は一切引き受けていてくれたからである。リャーナはダルカスたちに迷惑を掛けてしまった事を気に病んでいたが、ダルカスたちはそんなリャーナの心配を物ともせず、皇家からの、特に皇太子マルクからの接触は気持ち良いぐらい豪快に断っていた。

 

 しかし、今回の臨時学会ばかりは、さすがにマルク(皇家関係者)の出席は絶対条件だ。重要人物であるマルクに、論文の発表者であるリャーナが会わないわけにはいかない。冒険者ギルドでのことを思い出すと、次は一体どんな無茶を言われるのかと、ガクガクしながら会議の場に臨んだリャーナだったのだが。


「リャーナ嬢。会いたかった」


 魔術師ギルドにやってきたマルクは、小ぶりな可愛らしい花束と、これまた可愛らしいお菓子をもって、リャーナの元に一直線にやって来た。マルクに恭しく祝いの花束とお菓子を捧げられ、リャーナは狼狽えた。男性からのプレゼントをもらったのは、生まれて初めてなのだ。


「あ、え? これ、私に?」


「ああ。リャーナ嬢の素晴らしい論文に敬意を示したくて。貴女の花の好みは分からなかったから、今回は俺が選んだが、次は君の好きな花を贈ろう」


 紳士的な態度で爽やかに微笑まれ、リャーナは大いに戸惑った。変態発言がなければ、マルクは普通に美形だ。冒険者ギルドで会った時はお忍びのため地味な服を着ていたが、今日は魔術師ギルドからの正式な招待とあって、略式ではあるが礼服姿。黒地に銀色のラインの入ったマントを纏い、耳元を飾るルビーが差し色となって美しい。中身は残念皇子だと分かっていても、余りの麗しさにリャーナはドギマギしたし、周囲の女性魔術師たちは見惚れてポーっとなっていた。

  

「この前は済まなかった。結界魔術の作者である君の不遇を聞いて、なんとしても君をカージン王国から保護せねばならないと気負ってしまったんだ。決して君の意志を蔑ろにして、皇宮に縛り付けようと思ったわけはではない」


 マルクの誠実な謝罪に、単純なリャーナはあっさりと「あ、意外に良い人かも?」と警戒心を下げた。

 皇太子マルクの魔術への偏愛は有名だ。魔術師ギルドでマルクの噂話を多く聞かされるにつれ、リャーナはあの時のマルクの『妃にしたい』発言も、魔術を愛するが故の暴走だったのかもと思う様になっていた。マルクは魔術への傾倒は酷いが、皇太子としての責務はきちんと果たし、公務も真面目にこなすため、貴族や民たちからの人気は高い。ついでに今までどれほど魅力的な女性へも靡かなかったという話も聞いていたので、そんな皇太子が自分なんかを選ぶなんて思えなかったのだ。リャーナを守るというよりは、魔術師を守るということで暴走してしまったのだろう。


「リャーナ嬢。どうか許してくれないだろうか」


 真摯に頭を下げるマルクに、リャーナは焦った。身分至上主義のカージン王国で生まれ育ったりリャーナは、皇族が自分に頭を下げるなんて信じられない事なのだ。周囲が驚くような視線を向けているので、ドーン皇国でも皇族が平民に頭を下げるのは、やはり普通のことではないのだろう。早急に頭を下げるのを止めてもらわなければならない。


「わ、分かりました! 分かりましたから、どうか頭を上げてください!」


 リャーナの言葉に、マルクがホッとしたように顔を上げる。


「許してくれるのか、良かった! ありがとう、リャーナ嬢。俺はリャーナ嬢と色々と魔術の話をしてみたいんだ! 今後もよろしく頼む!」


 リャーナはマルクがようやく頭を上げてくれたことに安堵していて、マルクの今後の付き合いを匂わせる言葉には気づいていなかった。

 その後は嬉しそうなマルクから、結界魔術や収納魔術について怒涛の如く質問攻めにされ、困惑しながらも一つ一つ丁寧に説明していく内に、マルクへの苦手意識は段々と薄れていった。

 リャーナもマニアックな魔術論議は嫌いではないのだ。カージン王国では学園の教授たち以外にリャーナと討論してくれる人はいなかった。ドーン皇国には重鎮たちを始めとする理論派の魔術師も多く、討論相手に事欠かないため毎日が楽しい。

 マルクも話していると本当に魔術好きで、研究熱心だという事が分かる。リャーナは段々と相手が皇太子であることを忘れ、楽しい討論に没頭していった。

 

 そんな二人の様子を、苦虫を噛み潰した様な顔で見ていたマーサは、側に控えるマルクの護衛官ショーンに訊ねた。


「あの花束とお菓子は、あんたの入れ知恵かい?」


「いいえ! 全てマルク様のお考えです」


 ショーンは意気揚々と答えた。マルクが読み込んだ『これで完璧! 絶対にはずさない贈り物集』の効果が発揮されている。ややぎこちないが、女性に好感が持たれるようなスマートな対応ができているので、恋愛小説も無駄ではなかったのだろう。このまま頑張れば、もう一冊の愛読書、『女性の好むエスコート』も活かせる日がくるかもしれない。政務と魔術に埋もれ、色気の欠片もなかったマルクの成長が嬉しくて、乳兄弟でもあるショーンの目には涙が浮かんでいた。


 一方でマーサは、予想通りのリャーナのチョロさに頭が痛くなっていた。あんなに皇太子に怯えていたのに、誠実そうな態度と魔術の討論でもう心を許し始めている。あの無防備さでは、マルクの様な朴念仁にすら、あっさりと捕まってしまいそうだ。


 現に、あのマルクの偏執的な魔術話に難なくついて行くリャーナに驚き、周囲から「お似合いの2人だ」という声が漏れ始めていた。なかなか妃が決まらない皇太子の事を心配している人も少なくない。これまで女性に対して興味一つ持たなかったマルクが笑顔で話しかけるリャーナは、彼にとって特別な女性なのだと思わせるのに十分だった。


 勿論、リャーナは周囲のそんな視線に気づいていない。リャーナは自分が周囲から皇太子にお似合いだと噂されるなんて、夢にも思っていないのだ。こんなところでも、自己評価の低さが仇になっている。


「自分で外堀を埋めに行ってどうするんだい、全く」  

 マーサは無邪気に討論を楽しむ2人を眺めつつ、深いため息をついた。


◇◇◇


 リャーナとの楽しい討論は、『そろそろ会議の時間です』という魔術師ギルドからの宣言で打ち切られた。その上、リャーナと早々に引き離され、マルクが案内された席は到底納得できる席ではなかった。


「どうして私の席がここなんだ。おかしいだろう」


 不機嫌そうに唸るマルクに、同席していた魔術師たちは首を竦める。皇太子は皇帝、皇妃に次ぐ国の最高権力者だ。不興を買えば、下手したら首が飛ぶ。物理で。

 マルクとて皇族としての周囲に与える影響力は分かっているから、滅多な事では自分の感情を出したりしないのだが。どうしても納得いかないのだ。


 皇太子マルクの席はもちろん上席だ。魔術師ギルドのトップであるギルド長よりも上席。席順はおかしくない。常識的だ。しかし。


「なぜこんなに、論者であるリャーナ嬢と離れた席なのだ。これでは説明も聞こえないではないか」


 声は荒げずに、冷え冷えした声で告げるマルク。会議の参加人数は多く、その席順は勿論、一番身分の高いマルクを上座に据え、それ以降は身分の高い順となっている。身分だけでなく、魔術師ギルドでの貢献度も加味されているのだが、魔術師ギルドに加入したてで、功績も今からのリャーナは下座の席となる。長い長い会議テーブルの端と端で、お互いの顔もはっきりと見えないぐらい遠い席だが、リャーナが不満にも疑問にも思うはずがなく、それどころか末席の方が落ち着いて座っていられた。


 末席のリャーナにまで上座の静かな攻防は届かなかったが、その方が幸せだった。キッチリ巻き込まれた上座の席周辺は、修羅場だったが。


「皇太子殿下。申し訳ありませんが席はもう決まっております。説明者の声は聞こえる様にご準備いたしましたので、ご心配なく」


 魔術師ギルド長のボルグ老が慇懃無礼にそう告げる。ボルグ老の言葉通り、拡声の魔道具が設置されていて、マルクの元に説明の声が届くように配慮されている。


「俺の隣は広々空いているじゃないか。何も難しい事は無い。椅子を一つ置けば……」


「皇太子殿下ともあろう方がお戯れを。慣例通り、御身の安全のために他から離したお席にさせて頂いております。また席順はギルド内で熟考し決めさせていただきました。たかが会議の席と言えど、身分や功績を蔑ろにすることは出来かねます」


 アホな事を言うなと、ボルグは内心の腹立ちを抑えながら告げる。平民同士の居酒屋の席順じゃないのだ。可愛い女の子を隣に置きたがる助平親父の要望など、却下である。


 席順に不満タラタラなマルクだったが、妥当な席順であり、離れていても拡声魔術でリャーナの説明も十分聞こえるので、それ以上文句を言う事は出来なかった。


 そうして恙なく会議は終了し、喜び勇んでマルクが再びリャーナに突撃しようとしたが、魔術師ギルドの面々から臨時学会に向けての調整が必要だと引き留められ、そうこうしている内にリャーナは迎えに来たダルカスとシャンティに連れられて行ってしまった。


「ああ、リャーナ嬢……っ!」


 未練がましくマルクがリャーナを追い掛けようとするが、魔術師たち、とくに重鎮と言われる3人の老師達がにっこにこの笑顔でマルクを引き留める。


 そんなマルクと魔術師ギルドの遣り取りを眺めながら、ショーンはマーサに苦言を呈していた。


「マーサ様。魔術師ギルドを巻き込んで、やり過ぎではないですか。少し皇子に手加減して頂けませんか」


「何のことだか分かりませんね」


 不満そうな護衛官のショーンに、マーサは素知らぬ顔だ。


「魔術師ギルドの重鎮たちを焚き付けたのはマーサ様でしょう? マルク様、重鎮たちから親の仇を見る様な目で見られてますよ」


「おやおや、無力な平民である私が、魔術師ギルドの重鎮たちを焚き付けるなんて無理に決まっているじゃあないか」


 コロコロと笑うマーサに、ショーンは舌打ちをしたい気分だった。かつて数千の敵を燃やし尽くしたという『宵闇の魔術師』のどこが無力な平民だ。現役時代のマーサは最強であっただけでなく、面倒見もよかったので、他の魔術師から大変慕われていた。彼女のために動く魔術師など腐るほどいるだろう。


「惹かれ合う2人の恋を引き裂くような真似は、無粋ではありませんか」


「まあまあ。ショーン様は随分とロマンチスト(夢見がち)だねぇ、()()()()()()()()を語るなんて」


 マーサはショーンを揶揄う様に笑う。


「マーサ殿! 私は真剣にマルク様の婚姻を勧めたいのです! リャーナ様を想うマルク様の心は本物です。貴方は皇国の未来を考えないのですか? このままは皇族の血が絶えてしまう」


 語気を強めるショーンに、マーサは笑みを消して冷ややかな目を向ける。 


「あんたこそ皇国の未来を考えるならば、皇太子を諫めるべきじゃないのかい? 皇族ならばその血が絶えぬように、意に染まない婚姻だろうと受け入れるべきだろう。皇太子の相手ならば、血筋も身分も、リャーナより相応しい令嬢がいくらでもいるだろうに、なんだってわざわざリャーナにちょっかいを掛けるのかね? いくらリャーナに妃の資質があるといっても、平民のあの子では皇太子妃なんて無理だよ。その無理を通すっていうなら、こっちは黙っちゃいないよ」


 ぐっと、ショーンは言葉を詰まらせた。マルクの妃を選ぶにあたって、マルク自身の意志が最優先になっている事は否めない。皇帝になるならば、婚姻は政略の為に行うのが普通だ。マルクの意志を優先させている現状は甘えだと言われても仕方なかった。


「だがマルク様は、本当にリャーナ嬢を想っていらっしゃるのだ。そのために努力をして……」


「リャーナを想っているねぇ。私には、()()()()()()()()()()()()()から、リャーナを選んだようにみえるけどねぇ。それが本当にドーン皇国の妃の条件でいいのかね?」


 痛い所を突かれて、ショーンは増々追い込まれる。マーサの正論に勝てる気が全くしなかった。相手は引退したとはいえかつては『宵闇の魔術師』として活躍した一級の魔術師。実力、人望もさることながら、誰が相手であろうと引かない胆力は、そこらの貴族顔負けなのだ。


「わたしは平民だからね。国の将来とやらを考えなきゃいけない身分ではないのさ。それはリャーナも同じ。あの子が心から皇太子殿下と添い遂げたいと願うなら、私らは喜んで手を貸すけどね。それ以外の理由であの子を嫁にやるつもりはないよ。そもそも皇太子殿下自身も、リャーナを求める第一の理由が『大好きな魔術』だろう? そんな男に惚れる女がいるもんか。そもそも皇太子殿下は本当に恋なんてしているのかね?」


 図星を突かれて、ショーンは憮然と黙り込むしかなかった。




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安易に戦犯を決めようとするからおかしくなるのであって、好きな女の子にアタックする皇太子と、それを後押しする護衛騎士、本人が希望するなら嫌々認めざる得ないからそうならないよう先に手をまわすマーサと、条件…
キモ男とくっつくorくっつきそうになると、女(リャーナ)の好感度まで下がるんだよな…実際にチョロっと騙されるいつまでも学習しない馬鹿女に見えてきた。 リャーナと他のキャラのやり取りの方が面白いから王子…
別の国とはいえ散々王族、貴族に搾取されてたからリャーナの周りも神経質になるわな 皇族なのに政略結婚とかないのも意外や
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