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18 皇太子の恋?

 魔術師ギルドにて臨時学会が開かれるとの報告を聞いて、皇太子マルクは喜んでいた。

 自他ともに認める魔術バカであるマルクが、72年ぶりの臨時学会に歓喜するのは当然のことではあるのだが、それ以上に喜んだのは、臨時学会の論者がリャーナだったからだ。

 

「ようやく……。ようやく、リャーナ嬢に会える!」


 皇太子マルクとダルカス一家は、一応、和解している。皇妃直々の詫び状が届き、非公式とは言え皇太子マルクがダルカス相手に頭を下げたことで、ダルカスたちとしてもこれ以上、皇国と揉めるのは得策ではないと考えたのだ。裏情報として、皇妃がぎっちぎちにマルクと護衛官のショーンを締め上げたということも知らされていたので、とりあえずはダルカス一家は謝罪を受け入れた。

 

 だからといって、ダルカスたちの怒りが完全に晴れたかといえば、そうではなく。


 その証拠にマルクは、それはもう分かりやすいぐらいダルカス一家から避けられていた。

 リャーナ宛に手紙を送っても儀礼的な返事しか返ってこない(ダルカスから)。会いたいと先触れを送ってもかれこれ6度は都合が悪いとか気分がすぐれないとか言われて断られている(冷ややかなマーサから)。贈物を贈っても、受け取る理由がないと返される(キレ気味のシャンティから)。そもそも手紙や先触れ、贈物がリャーナに届いているのかも怪しい。リャーナの目に触れる前にダルカス一家に握り潰されているような気がする。


 無理を押し通して会いに行こうかと考えたが、冒険者ギルドと魔術師ギルドからの牽制もえげつなく。いくら皇太子といえど、この2つのギルドを敵に回してまで強行突破する事は出来なかった。


「あああああ。魔術師ギルドからの報告書を読んだか? リャーナ嬢があの収納魔術陣を改良したとあった。ニライズ派の時間に関与する術式でどうして状態固定なんて発想ができるんだ。天才だ。真の天才じゃないか!」


 報告書を読んだが難解すぎてサッパリ理解できなかったショーンは、机に突っ伏して呻くマルクに質問した。


「あの収納魔術陣ですら凄いものなのに、一体どんな改良だったんですか?」


 ショーンのその言葉に、マルクはどうして理解できないんだと胡乱な目を向ける。


「収納魔術陣に状態固定の魔術陣を重ね掛けだ。しかも収納魔術陣に状態固定が影響を与えない様、微妙に魔術陣に付与する魔力を可変している。これは状態固定で消費する魔力を、本体の収納魔術陣から放たれる魔力で補うために……」


「貴方の足元にひれ伏す凡夫にも理解できるよう、英知をお分けください」


 ショーンがわざと膝を突いて恭しく礼をすると、マルクは嫌な顔をして黙り込んだ。これはマルクのマニアック過ぎる魔術の説明を聞きたくないショーンが良くやる手だ。お上品に『長ぇし、意味が分かんねぇんだよ』と文句を言っているのである。


「簡単に説明すると、収納魔術に状態固定の重ね掛けだ! 収納袋の中に入れたものが腐らなくなる」


「なんだ、簡単な説明の方が分かりやすいじゃないですか……、って、はぁっ? どういうことですか? 無限に物が入る上に、食べ物とかなら、腐らないってことですか? 」


 マルクにしては分かりやすい説明にショーンはにんまり笑ったが、意味を理解して目を丸くした。収納魔術だけでも夢みたいな話なのに、状態固定だなんて、まるでお伽噺に出てくる神具のようではないか。


「それに、付与魔術! 無機物への魔力付与は昔からあったが、あそこまで定着が良く持続性のある付与なんて天才! まさに天才だぞ? しかも2属性の魔力付与にも成功したとある! 2属性だぞ? 相反する属性を纏めるのはリャーナ嬢の得意とする所だが、あの魔術陣を見たか? 芸術といっても過言ではない!」


 付与魔術についての報告書はショーンも護衛官という仕事柄、攻撃魔術には慣れているため、完全には無理だったがなんとか理解することが出来た。マルクが興奮するのも無理はないと思えるほど、画期的な魔術だ。


「あぁぁぁ、俺も一緒に研究したかったぁ。どうして、どうしてその場に俺を呼んでくれなかったんだぁ」


「ちょっと、マルク様。魔術師脳からさっさと切り替えて下さいよ。嘆いている暇はありませんよ。こんなもの発表したら、リャーナ様の価値が爆上がりじゃないですか。あんなに利用価値が高いうえに可愛くて初心い子、顔が良くて女慣れした奴に、あっという間に奪われてしまいますよ?」


 ショーンの全く遠慮容赦のない言葉に、マルクは眉間の皺を深くした。リャーナを自分ではない他の男に奪われるなど、想像しただけでも臓腑がチリチリと焼かれているような苛立ちを感じる。


「リャーナ嬢に他の男などと、許す筈がないだろう!」


「面会どころか手紙すら受けて貰えない人の言葉とは思えないですね。マルク様、現状で一番リャーナ嬢と上手くいく可能性が低いの、貴方ですよ? リャーナ様どころか、彼女の保護者全員からあれ程警戒されていて、気づいてないとか言わないでくださいよ」


「ぐっ……!」


 ショーンに痛い所を突かれてマルクは苦悶の声を上げる。

 そんなマルクにショーンは落胆を隠せなかった。少しはリャーナを女性として意識しているようだが、マルクの場合、未だに魔術への興味の方が比率が高い。恋愛面に関しては幼児から成長していないのだ。気になる女の子が他の男の子と仲が良かったら嫌、ぐらいの感性しか育っていない。

 それでも、魔術しか頭になかった頃と比べれば成長はしているのだ。早く思春期ぐらいまで育たないだろうかと、ショーンは仕える主人に対して結構失礼なことを考えていた。


「だったら、どうすればいいんだ。手紙も会うのも断られているんだぞ。……妙な誤解もされているし」


 涙目のマルクに、ショーンはビシッと指を突き付けた。皇族を指さすなんて不敬ではあるが、今は皇太子相手というよりも幼馴染に対して助言をしているので、ショーンも遠慮はしない。


「いいですか、マルク様。まさしく懸念されている通り、今のままではマルク様は、胸の大きな女性が好みの権力者として、リャーナ様から蛇蝎の如く嫌われ、虫けら以下にしか思われることはないでしょう。しかし、マルク様には臨時学会というチャンスがあります! 臨時学会の事前会議には、皇族たるマルク様の参加は必須。どれほどリャーナ様がマルク様を毛嫌いし、あんなのと顔を合わせるぐらいなら毛虫の毛の本数を数えていた方がマシだと思われていても、皇族の参加を妨げる事は出来ません!」


「ショーン。言い方を少し柔らかくしてくれ。お前の言葉だけで死にたくなる」


 グッサグサと、これでもかと容赦なく心を抉られ、マルクは涙目で懇願した。だがここで甘やかすとつけあがるだけなので、ショーンは心を鬼にして諫言を続けた。決して女性に対して淡白どころか無色のマルクのせいで、皇太子の嫁探しなんて護衛官の仕事とは到底思えない面倒な仕事を振られた腹いせではない。


「この事前会議は、リャーナ様のマルク様に対する『女性の胸と魔術にしか興味のないろくでなしの皇族』というイメージを払拭する最大のチャンス。幸いにもリャーナ様は魔術に造詣が深く、マルク様の魔術バカに対する嫌悪感は殆どないようにお見受けしますが、女性の胸にしか興味がないという性癖は絶対に否定し、認めるべきではありません」


「そんな性癖はない! お前も誤解だと分かっているだろう!」


 マルクは抗議するが、ショーンは全く意に介さず淡々と続ける。


「マルク様の性癖の真偽はこの際どうでもいいのです。問題は、リャーナ様がマルク様を変態だと思い込んでいる事です」


 ショーンの中のマルクの性癖はどうやら間違った方向で確定しているようだが、それを否定する気力はマルクに残っていなかった。必死に否定したところで、冷ややかな目でハイハイといなされるだけだろう。


「マルク様の性癖を隠し通し、無害な、出来れば素敵な紳士だと思っていただく。そこまで評価を180度変えるのは、並大抵の努力では成し遂げられません。そのためには、これをお読みください! 」


 どんっと机に積まれたのは。ピンク色や花柄の、カラフルな表紙の本。それが、マルクの結構広い執務机の上を占領する勢いで大量に積まれている。


「なんだこれは? 恋愛小説?」


 マルクは目の前の一冊を手に取ってみた。『愛する騎士様は奥手な肉食系』? 奥手なのに肉食とはどういうことだ。タイトルからして矛盾している。

 その次の本は『冷遇された姫は、隣国の王に溺愛される』だった。国同士の婚姻で、冷遇されるほど価値のない姫を隣国に嫁がせるなど、隣国に重きを置いていないと逆に問題にならないだろうか。

 そのまた次の本は、『義妹に婚約者を奪われた侯爵令嬢は、冷酷な将軍の愛妻になる』だ。義妹に婚約者を挿げ替える様な醜聞、侯爵家にとって致命的だろう。義妹は良くて修道院行き、普通は()()だ。婚約者を奪われた姉も傷物として扱われ、次の縁談は相当条件を落とさねばなるまい。それが問題なく冷酷な将軍とやらと結婚するのか? あまりに現実味がない。


「そう! これが巷で女性に大人気の恋愛小説というヤツです。これらの本から女性の好む愛の言葉や恋人としての振る舞いを学べば、きっとリャーナ様もマルク様にメロメロに!」


 ペラペラとページをめくれば、騎士も隣国の王も冷酷な将軍とやらも、仕事そっちのけで恋人とベタベタベタベタ引っ付いて、愛を囁いている。やたらとトラブルに巻き込まれる恋人を完璧なタイミングで助け出し、2人の愛を深めている。恋人にかまけてばかりいないで仕事をしろ、騎士と国王と将軍。お前らの立場だったら、絶対にさぼっては駄目だろうに。


 本気でこれを読めと言うのかと、胡乱な目をショーンに向けると、ショーンはにっこりと微笑み、ずずいっと小説をマルクの方に寄せた。


「小説故に誇張はありますが、女性は自分だけを愛してくれる誠実な男性を好むようですよ。その上顔が良くて身分も高ければ、なお好ましいとか。マルク様は顔も身分も、まあ、浮気は無理なところも、条件としては一致しております! あとは小説に出てくるヒーローの様に、紳士的かつ情熱的な振る舞いが出来れば完璧です!」


 色々と引っ掛かる発言が多かったが、打つ手のないマルクは渋々恋愛小説を手に取った。

 

 数刻後。マルクはどうにか一冊の恋愛小説を読み終えたのだが、ページ数は少ないにも関わらず、読了するのに難解な魔術書を読み解くより時間が掛かった。それをあと数冊も読まねばならぬのか。


「……ショーン。本当にこれが、女性の好む男とやらなのか? 私には伴侶に盲目的に耽溺するダメ男にしか思えなかったのだが」


 ちなみにマルクが読んだのは隣国の王のヤツだ。こんなに暇なら、一国の王などなんとも気軽な仕事に思える。


「勿論です、マルク様。さぁ、他の本もお手に取って下さい!」


 結局、ショーンに押し切られ、マルクは全ての恋愛小説を数日かけて読み終えた。ヒーローたち思考回路は到底共感できなかったが、その振る舞いが女性に好まれるということは辛うじて理解した。


「女性と愛を育むというのは、大変なことなのだな……」


 何冊も読んでそんな感想しかでなかった。マルクの憔悴ぶりに、ショーンは苦笑する。


「マルク様が一番疎かにしていた分野ですから、一層苦痛に感じるのでしょう」


 これまで公務以外は魔術に全振りしていたマルクにとって、女性に好まれる振舞いを身に着けるというのはある意味、性格を丸ごと入れ替えろと言われるぐらい至難の業だった。だが理想の妃であるリャーナを妻に迎えるためなら、努力は怠らないつもりだ。マルクの中の魔術愛が、めらめらと燃える。


「見ていろ、ショーン。リャーナ嬢と結婚して魔術三昧の日々を送るためならば、どれほど困難であろうと、私はやり遂げて見せる!」


「……今はそれでよしとしましょう」


 そんな理由でリャーナ()を選ぶのはどうなのかとショーンは思ったが、色々と呑みこんで頷いた。とりあえず今は、マルクが妃を迎えることに前向きになっただけでも上等だと思っていたのだ。

 

 ショーンは一度会っただけのリャーナを思い出す。非常に優秀で努力家の、だが恐ろしく自己肯定感の低い少女。ああいう純朴なタイプは褒めて愛を囁けば、それほど苦労せずに堕とせるだろう。小説の登場人物を真似たマルクがリャーナを口説き落として妃にしてしまえば、マルクの妃選びなんて達成するのは奇跡に近い仕事が、ようやく終わるのだ。


 ショーンの楽観的な計画は、そうすんなりと上手くはいかないのだが。

 この時のショーンは知る由もなかったのだ。


 

 

 

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― 新着の感想 ―
これはショーンにお仕置き追加案件ですね。 女性に対して非常に失礼な考えです。 ショーンも恋愛経験値がないのが匂います。
「他の男に奪われる」って発想に引く。いまだにリャーナが意思を持つ一人の人間じゃなくて自分の所有物だと勘違いしてるんだな。 進歩ゼロ。 つーかダルカスじゃなくてまずリャーナ本人に頭を下げて二度としないと…
無茶言うじゃないよショーンw
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