16 ダルカスの総評
リャーナのお腹はとても丈夫なんです。
「それで、リャーナちゃんの冒険者としての実力はどうだったの? 父さん」
妻と末娘と未来の義息子にコッテリと絞られた後、絞られ過ぎてヘロヘロになったダルカスに、シャンティは気になっていた事を訊ねた。サラマンダーを1人で討伐出来るリャーナだから、相当レベルが高いと予想しているが、S級冒険者であるダルカスの評価を改めて聞きたかったのだ。
ダルカスはベテラン冒険者として後進の指導を長年続けてきたこともあり、冒険者の実力を測る目は厳しい。その昔、シャンティがダルカスとマーサに憧れて冒険者ギルドに登録したいと強請った時も、まだ幼いシャンティをぼろくそに酷評し、『冒険者には向いていないな、諦めろ』と言い切るぐらい冒険者に対してシビアな目を持っている。ちなみに、酷評されて大泣きしたシャンティは、3カ月間ダルカスと目を合わせず、口も利かなかったため、娘を溺愛するダルカスは多大な精神的ダメージを負った。
リャーナのいない所で聞いたのは、そんなダルカスを警戒してのシャンティの心遣いである。もしもダルカスが以前の様に気遣いもなくリャーナをぼろくそに批判したら、ダルカスを慕うリャーナが傷つくと心配したのだ。そんなことになったら、シャンティの報復は自分がぼろくそに言われた時より苛烈になるだろう。
だがそんな気遣いも、杞憂であった。ダルカスはにんまり笑う。
「悪くねぇな。我流で無理を通しているところも多いが、訓練次第ではA級、いや、S級も夢じゃねぇ」
ソロで討伐をしていたリャーナだったが、パーティーを組んでの討伐も問題なく。むしろ周囲に気を遣う性格なので、痒い所に手が届くというか、ダルカスが補助が欲しいと思った時にもスムーズに動けている。戦闘能力に関しても、剣術はそこそこだが、何より魔術師としての能力が高い。魔力付与という面白い小技も使えるので、組んでいたダルカスも久々に楽しい討伐になった。
「父さんに認められるなんて、凄いわ! さすがリャーナちゃん。明日はお祝いで一緒にお洋服を買いに行かなくちゃ」
先ほどまでは『初討伐よく頑張りました記念』に買い物に行こうとリャーナを誘っていたようだが、結局、シャンティはリャーナと買い物に行けて貢げれば、名目はなんでもいいのかもしれない。荷物持ちにアンディを指名し上機嫌だ。アンディもシャンティが楽しそうなので『任せろ』と快諾し、こちらも上機嫌である。
「ただなぁ……」
リャーナの冒険者としての実力は文句一つないのだが。ダルカスは顔を曇らせた。そんなダルカスに、シャンティは目をギラリと光らせた。
「何? 何か問題があったの? やっぱり、冒険者なんて危険な仕事をリャーナちゃんにさせるなんてダメだわ! そうだ! リャーナちゃんが生活の心配なんてする必要がないぐらい貢げば……! ふふふ。『お姉ちゃん』の本領発揮だわ! あああ、リャーナちゃんの喜ぶ顔が可愛いぃ」
「ちょっと黙ってな、シャンティ。なんだい、何か心配事があったのかい?」
妄想をたぎらせる残念なシャンティを窘め、マーサが心配そうにダルカスを見つめる。討伐から帰って来たリャーナは多少疲れてはいたが怪我などした様子もなかった。それなのにダルカスがこれほど暗い顔をするなんて、何か良くない事があったのかと心配したのだ。
「……リャーナちゃんがなぁ、草を食ってたんだよ」
「「「え? 」」」
ダルカスの言葉に、マーサたち3人は意味が分らずにポカンとする。
「討伐の合間にな、そこらへんに生えている草を、むしゃむしゃと」
リャーナがしていた様に、地面の草をむしって口に入れる真似をするダルカスに、3人は困惑した顔を向ける。
「え? どういうこと? 怪我でもして、薬草を食べたってこと? あれほど回復ポーションを持たせたのに、使い切っちゃったの?」
薬草は回復ポーションの原料であり、そのまま食べても回復効果はあるが、加工したポーションに比べて効果は少ないし、なにより不味い。青臭くて苦くて渋くて、とても食べられたものではないはずだが。
「いや、違う。なんだっけな、リャーナちゃんが教えてくれたんだが、レーフ草とかいう薬効も毒もなく、エグミも少ないただの草だそうだ」
薬師であるシャンティは、もちろんレーフ草の事を知っていた。いや、薬師でなくても知っているだろう。名前は知らなくても、レーフ草はそこらへんの道端にいくらでも生えているから誰でも見たことぐらいはあるのだ。薬効も毒もない、栄養があるわけでも美味しいわけでもない、春には小さな白い花が咲く、ただの雑草だ。
「レーフ草だけなじゃく、クルルの実とか、メラの芽とか、ベリタの木の皮とか。目に付くものを手に取って、口にするんだ。何しているんだって聞いたら、森に入った時のいつもの癖だってよ……」
カージン王国でのリャーナは、それはもう貧乏だった。食事は住んでいた寮で出る薄いスープと固いパンで1日2食。魔術師というものは、魔術を使うととても腹が減るものだ。魔術行使で体内の魔力を使うからだが、魔力が減れば身体は魔力を生み出そうと働き、その結果身体のエネルギーを消費するのだ。貧乏なリャーナには間食を準備する余分な金などなく、空腹を紛らわせるためにその辺の食べられそうなものを、とにかく口に入れる習慣がついたらしい。
シャンティが持たせてくれた重箱弁当があるから、食料は問題ないと分かっている筈なのに、リャーナは草を食べる事を止められなかったらしい。ギリギリで生きてきたリャーナにとって、食べられるときに食べておかなくては死ぬと、本能的に思い込んでいるのだ。
「どの草が食べやすくてお勧めだとか、教えてくれてなぁ……」
水辺のレーフ草が柔らかいとか、ベリタの木の皮は外側より内側が渋みが少ないとか、これからも絶対に使いそうにない知識を嬉しそうに教えてくれるリャーナに、ダルカスは不覚にも涙が零れそうになった。
「リャーナちゃんっ……! 」
あまりに衝撃的な話に、シャンティは口を押えてボロボロと涙を溢し、マーサは絶句する。アンディは無表情な顔を珍しく歪ませていた。
「冒険者になることより、あの子には色々と教える事があるよなぁ」
「そうだねぇ。でもそういう事情じゃ、道端の草は食べる必要はないってことを納得させるのは、難しいだろうねぇ」
理屈では以前のように食料不足になることはないと分かっていても、本能的に危機感が働いている間は食べ続けるだろう。『もう草を食べてはいけない』と禁じてしまっては、逆にリャーナに負担がかかるかもしれない。マーサは『不憫な子だねぇ』と溜息を吐いた。
「すぐに食べられるものをポケットに沢山入れておきましょう」
「ああ、いい考えだ。小さく切った干し肉はどうだ?」
シャンティの提案に、ダルカスは頷く。初めて会った時も、なんてことない普通の干し肉にリャーナは感動していた。
「飴とかもいいかもしれないねぇ。あの子、甘いものが好きだから」
「甘いものなんて食べた事ないって、目を輝かせてたもんねぇ。グスッ」
マーサの言葉に、シャンティは飴を初めて食べたリャーナを思い出した。余りの美味しさにほっぺたを両手で押さえて、身体を震わせていた。貰った飴を、すぐに食べずに瓶に入れて部屋で大事に少しずつ食べているのも知っている。
「キャラメル」
「そうね、アンディ! リャーナちゃんはキャラメルも好きだものね!」
アンディが客から貰ったキャラメルを気まぐれにリャーナにあげたら、『ふぉぉぉー』と腹に響く様な震え声をあげて食べていた。それ以来、アンディはキャラメルを常備して、事ある毎にリャーナに与えている。
「甘いパンも持たせようか。あの子、クリーム入りが好きだもの」
「母さん、それ、採用!」
「おいおい、ポケットにそれを全部いれるのか?」
呆れるダルカスを、シャンティはギラリと睨みつける。
「ポケットパンパンにしていれば、道端の草なんて食べなくなるわよ! ううう、リャーナちゃぁん! お姉ちゃんが美味しいもの、たくさん用意してあげるからねぇ! もう草とか木の皮とか食べちゃ駄目よぉぉ。よぉし、そうと決まれば、今から作るわよ! 」
リャーナのポケットに入れる美味しい食料の試作は、夜が更けてからも続き。
翌朝、討伐の疲れもすっかりとれて元気いっぱいに目覚めたリャーナは、徹夜してハイテンションになった面々に、何故か美味しい干し肉やら、甘い菓子やら、腹持ちのいいパンやらをポケットに詰められて、大いに困惑したのであった。




