13 初めてのパーティ討伐
リャーナの初めて?の討伐(保護者付き)です。
「ええっと、魔力茸の水筒でしょ、忌避の薬草、それから体力回復のポーション。それに軽量テント、着替えとハンカチ、食料、寝具。それから安眠のハーブでしょ……」
一つ一つ指さし確認しながら、荷物の準備に余念のないシャンティの横で、リャーナは生真面目に一つ一つ頷いている。だがその目はシャンティに揃えて貰った真新しい道具たちに、きらきらと嬉し気に輝いている。
「お弁当! シャンティお姉ちゃんの作ってくれたお弁当! それに魔力茸の水筒! お姉ちゃんの魔力茸、優しい味で大好き」
嬉しさが堪えきれず、小声で呟くリャーナの声はしっかりとシャンティの耳に入っていて、シャンティはあまりの妹の可愛さに、膝から崩れ落ちそうになった。そして同時に、こんなに可愛い妹を、べらぼうに強い父が一緒とはいえ討伐にいかせるなんてと、またまた心配が込み上げてきた。
「ねえ、リャーナちゃん。やっぱり討伐はヤメにしない? リャーナちゃんが働きたいのは分かるけど危険すぎるわ! お金の心配なんて必要ないのよ? 可愛い妹にはお姉ちゃんが一生働いて貢いであげるんだから!」
ぎゅうっとシャンティに抱き締められ、討伐が決まってから何度も繰り返されている懇願に、リャーナは丁寧に答える。
「心配してくれてありがとう、お姉ちゃん。でも私もお金を稼いで、お姉ちゃんやダルカスさんやマーサさんやアンディさんに御馳走したいの! あのバイズ亭のスペシャル定食、一緒に食べに行こう?」
ヤンネの街で一番と言われるバイズ亭の一日限定5食しかない『スペシャル肉定食』。冒険者ギルドのライズに水袋を作ったお礼に奢ってもらった時、リャーナは余りの美味しさに身体が固まってしまった。皿の上にどどんと盛られたジューシーでスパイシーな骨付きお肉たち。それを豪快に食べるライズはどこからどう見ても山賊で貴族らしさの欠片もなかったが、そんな事が気にならないぐらい『スペシャル肉定食』は凄かった。あれは魂が抜ける様な美味しさだ。
結構なお値段だったが、これは是非ともダルカスたちに食べさせてあげたいと、リャーナはその資金稼ぎに意欲を燃やしているのだ。
「ああぁぁぁー。理由が可愛すぎて反対できないぃ! なんていい子で可愛くて最高なの、リャーナちゃぁぁん。危ない目に遭ったら、父さんを盾にして逃げるのよ、絶対だからね!」
シャンティの稼ぎなら、バイズ亭のスペシャル肉定食ぐらい毎日だって食べられるが。張り切っているリャーナが可愛すぎて、シャンティは黙っていた。だって、妹が頑張って御馳走してくれるスペシャル定食はプライスレス。特別に違いないのだから。
「お皿にこんなに大盛りでね。すっごくお肉がジューシーで、噛むとギュッと肉汁が出て来て。もうね、ぜったいお姉ちゃんに食べさせてあげたくて!」
頬を染めて身振り手振りで大盛り肉の美味しさを伝えてくれるリャーナの尊さに、拝みたくなる気持ちを押さえて、シャンティはうんうんと頷いて聞いていたのだが。
「おおーいリャーナちゃん。そろそろいくぞーって、なんだその大荷物は。いやいや、日帰りだぞ? 寝袋もテントもいらねぇし。弁当は重箱か? 魔力茸の水筒も5本も準備したのか? 森の浅い所に潜るだけだぞ?」
ダルカスがやってきて、広げられた大荷物にギョッとしている。いくら実力があると知っていても、過保護なダルカスがリャーナを危険な討伐に連れて行くはずも無く、今日は初心者向けの森を浅く潜る予定だった。
リャーナは実力者とはいえ、その戦い方は我流だ。きちんとした稽古を受けたわけでもなく、ただ必要に迫られ強くならざるを得なかった。サラマンダーの討伐は力任せに行った結果、半身を焼かれたこともあり、本来の戦い方のセオリーが身についてない可能性もある。そんなリャーナの能力を見極め、必要ならば指導をしようと、ダルカスはリャーナを討伐に誘ったのだ。
「大丈夫です、ダルカスさん! お爺ちゃんたちと改良したこの水袋なら、今まで以上にたくさん入るし、時間経過も停止できます! お姉ちゃんのお弁当がいつでも美味しく食べられます!」
きらっきらの笑顔で水袋を掲げるリャーナに、ダルカスは溜息を吐く。
「リャーナちゃん。不要な荷物は持たないってのが冒険者のセオリー……、だったんだがなぁ。この水袋の実用が本格化したら、このセオリーも無くなるだろうなぁ」
ダルカスは自分の腰に下げている水袋を手に取って溜息を吐く。これもリャーナがダルカスの手持ちの水袋に嬉々として収納の魔術陣を施したモノだ。
「あ、でも、確かに入れすぎると取り出すまでにごちゃごちゃになっちゃうので、不要なものは入れない方がいいですね……。いや、ソート機能を付ければ、その問題も解決できる? でも、あの術式とは相性が悪い気がする……。お爺ちゃんたちに相談してみなくちゃ!」
慌てて思いついたアイディアをノートに書き留めようとするリャーナの襟首をつかんで、ダルカスが睨む。
「こら。討伐の時は討伐だけに集中しなさい。あれこれやりながら片手間に出来るほど、討伐は甘くないぞ」
「ご、ごめんなさい、ダルカスさん。カージン王国では、報告書類を纏めながら次の仕事をこなしていたから、つい癖で……」
リャーナがしゅんと項垂れると、途端にダルカスは狼狽えた。そこへダルカスにリャーナを取られたと拗ねていたシャンティが、ここぞとばかりにリャーナを自分の元に引き寄せ、責めたてる。
「あああー! 父さん! なんでリャーナちゃんを虐めるの! そんな怖い人に、私の可愛い妹は任せられませんからね!」
「いや、俺はそんな、虐めたつもりは」
シャーッと娘のシャンティが大事にリャーナを抱き込み、ダルカスを本気で威嚇する。ダルカスは増々へこんでしまった。
「なにやってるんだい、あんた。早く出ないと、あっという間に日が暮れちまうよ? シャンティ、いつまでリャーナちゃんを構っているんだい? 冒険者見習いが一番最初に経験する日帰りの討伐だよ? お前だって、8歳の時に父さんと一緒に行っただろう? 今生の別れじゃあるまいし、さっさとリャーナちゃんを離しな」
「でも母さん、可愛い妹に何かあったらと思うと心配で」
「……あんたの姉さんたちも、8歳のお前をそうやって抱きしめてなかなか離さなかったねぇ。ああ、姉妹なんだねぇ」
シャンティの嫁いだ2人の姉たちにも、リャーナは既に会っている。『妹が出来たの』というシャンティからの喜びの手紙を受け取って、すぐに2人とも嫁ぎ先から駆け付けたのだ。
2人の姉はリャーナを見た瞬間、『いやーん、クール系の妹!』『でかした、父さん! よく拾ってきた! カッワイイ』と大興奮して抱き着いてきた。シャンティが『お、お姉ちゃんたち! 私の! 私の妹なんだから―!』と怒っていたが、『可愛い。シャンティがヤキモチ妬いてるわー』、『そうねー、シャンティの妹だもんねぇ。あー。妹たちが可愛い』と一緒にぎゅうぎゅう抱きしめられていた。姉妹ってやっぱり似るんだなーとリャーナはくすぐったい気持ちでぎゅうぎゅうされるに任せていた。
「シャンティ。お前の姉さんたちは心配しながらもちゃんとお前を信じて討伐に行かせてくれただろう? お前がリャーナちゃんの不安を煽るような真似をしてどうするんだい? 姉として、妹を信じて気持ち良く送り出してやりな」
「あ、姉として……!」
マーサの言葉に、シャンティは雷に打たれた様な表情になり、リャーナを見つめる。
「そうね。私は、リャーナちゃんの姉さんなんだもの。リャーナちゃんを一番に信じてやらなくてどうするの! リャーナちゃん、大丈夫よ。リャーナちゃんの実力なら討伐なんて何の心配もないわ! 姉さん、美味しいものを沢山作って帰りを待っているから、頑張って行ってらっしゃい!」
ぎゅっとリャーナを抱きしめ、涙声で応援するシャンティに、リャーナもつられて涙目になる。
こんなに心配されて、こんなに大事にされたことは、今までのリャーナの人生では初めての事だったのだ。シャンティといると、いつでも胸がぽかぽかと温かかくて、幸せな気持ちになる。
「お姉ちゃん、ありがとう! 私、頑張るよ!」
「うう。偉いわリャーナちゃん! 妹が尊すぎて涙がとまらない~」
まるで今世の別れの様にぎゅうぎゅうと抱き合う姉妹に、ダルカスとマーサは疲れた顔を隠せなかった。だから、初心者用の森を浅く潜るだけだってば、というツッコミを入れる気力は、もう残っていなかったのだ。
◇◇◇
ドーン皇国のヤンネの街の近くには、アレーレの森がある。森はヤンネの街に沿うように南北に広がっており、最深部には凶暴な魔獣が出るが、浅い部分は角ウサギや森オオカミなどの、冒険初心者でも難なく狩れる魔獣が多い。うっかり奥に入らなければ、低級レベルの冒険者でも十分に稼げる場所である。
そんなどちらかと言えば初心者用の森に、世界でも数人しかいないS級の冒険者がいるのは滅多にないことで、ダルカスは森に潜っていた駆け出しの冒険者と遭遇するたびにキラキラした眼で見つめられ、時には握手を求められている。やっぱりダルカスは凄い冒険者なのだと、リャーナは他の冒険者にも負けぬキラキラした眼でダルカスを見つめていた。
「うん。リャーナちゃんは剣の基礎が出来ているな。魔術の展開も問題ない。ただ、やはり実戦が少ないせいか、型にはまった戦い方だな。魔力の使い方も我流のせいか無駄が多い。今までは魔力が多くてゴリ押しでなんとか行けたかもしれないが、こんな戦い方では身体に負荷がかかり過ぎるぞ」
ダルカスはリャーナの戦い方を一目見ただけで、正しくリャーナの現状を把握した。ダルカスの言う通り、リャーナは魔術陣の開発については学者並みの知識があるが、実戦については碌に経験を積んではいなかった。学園で学んだのは戦闘や魔術の基本だけであり、討伐の実習も教師が見守る中、安全が保証された中で行われていた。学生時代はそんな基礎レベルの実力しかなかったのに、就職した途端、命の危険がある討伐を命じられた。生き残るために必死で、力業でがむしゃらに討伐してきたにすぎない。
「なまじ魔力量が多かったから何とかなっていたんだなぁ」
そんな状態のリャーナを1人で山越えさせたなんてと、ダルカスは改めて背が冷える思いだった。まさか忌避の薬草も無しで山を走り抜けるなんて。ちゃんと持ち物を確認すべきだった。まさか忌避の薬草も知らなかったとは思わなかったのだ。
「まあ、基礎はきちんとできているんだ。剣をもう少し鍛えて、魔術と上手く組み合わせる様にすれば、今以上に強くなれる! 俺以上の冒険者になれるぞ!」
自信たっぷりに断言するダルカスに、リャーナは本当かしらと首を傾げる。
生国でのリャーナの評価は『役立たず』だとか『無駄飯ぐらい』と、軒並み低かった。討伐の時だって何度も死にかけたぐらいだ。
いくら信用できるダルカスの言葉でも、リャーナがそんな強い冒険者になれるだなんて、俄かには信じ難い。それぐらい、リャーナに長年刷り込まれた自己評価は低いのだ。
「さぁ、リャーナちゃん。夕方までみっちり指導するからな。頑張るぞ!」
「はいっ!」
それでも、こんなにも力になってくれるダルカスに応えたいと、リャーナは力強く頷いたのだ。




