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12 その頃のカージン王国

 その知らせが王太子ジェントの元にもたらされた時、ジェントはひどく驚いた。


「リャーナが文官を辞めただと?」


「は、はい。3日前に辞職の手続きをとっており、住んでいた寮も引き払っていました……」


 リャーナの上司であるちょび髭の男は、身を小さくして王太子に報告した。

 休暇を経た翌日。無遅刻、無欠勤だったリャーナが出勤してこない事を訝し気に思ったちょび髭上司が、リャーナの住んでいた寮に様子を確かめると。驚いたことにリャーナは退寮していた。何が起こっているのかと人事の担当部署に確かめると、退職届が提出されていたのだ。

 退職にはちょび髭上司のサインも必要な筈だが、退職届にはしっかりとサインがあった。そんなサインをした覚えは全くなかったが、他の報告書に紛れてうっかりサインをしてしまったのだろう。リャーナの揃える書類は完璧なので、他の部下の書類の様に細かい確認はしていなかったのが仇になった。


「どうしてそんな急に? カーラ、リャーナから何か聞いていたのかい?」


 ジェントは傍らの婚約者カーラに訊ねると、カーラは困惑した様に小首を傾げた。


「いいえ、私は何も……」


「何も? 君はリャーナと親しかったし、今も同じ部署だろう?」


 カーラが所属する魔術師団の文官としてリャーナは働いていた。リャーナとの接点は多かった筈だ。 

 ジェントの言葉に、責める様な響きを感じて、カーラはほんの少し唇を尖らせた。


「同じ部署といっても、私は魔術師、あの子は文官ですもの。仕事も違えば接する時間もそれほど多くは無かったですわ。それにあの子、私に気後れしていたようで、あまり話した事はございませんわ」


 平民と慣れ親しむなどカーラの方が御免だが、そんな様子はおくびにも出さずに、カーラは困った様に頬に手を当てる。そんなカーラの言葉に、ジェントはそれもそうかと納得した。


「君は侯爵家の令嬢、リャーナは平民だものね。たしかに、君とは世界が違い過ぎて、話を合わせるのも難しいだろう」


 王宮に仕える者は殆どが身分の高い貴族だ。下働きの中には平民がいるが、リャーナの様に文官として務めるものは滅多にいない。


「元々、平民の身で文官になったのが分不相応だったのでしょう。あの子は、大した仕事も出来ないのに、不満ばかりで困っていましたのよ」


 カーラはため息を優雅に扇子で隠す。その憂いを秘めた色気の漂う表情に、ジェントもちょび髭上司も思わず見惚れてしまった。


「ん、うん。それはカーラに申し訳ない事をしたね。やはり平民に文官の職は荷が重かったようだね」


 そういえば、あの娘は辞める前にも怪我をしたカーラの代わりに仕事をすることを嫌がって、上司やカーラに反抗的な態度を取っていたと聞いた。ジェント自らが叱責したが、それを根に持って辞めてしまったのだろう。


 平民にしてはまあまあ優秀で、ちょっと可愛い顔をしていたので、たまには毛色の変わった娘もいいかと気まぐれに後宮に加えようと思っていたが、そんな反抗的な性格の女性はジェントの好みではない。

 何の後ろ盾もない孤児が、文官を辞めてこの国で生きていくのはさぞかし苦労するだろうが、自ら出ていったのだから、これ以上情けを掛ける必要もない。ジェントのリャーナにする興味はそこで絶えた。


「それじゃあ厄介者が自ら辞めてくれて良かったじゃないか。それで、どうして君はわざわざそんなどうでもいい事を私に報告に来たのかな?」


 大事な婚約者に不埒な目を向けるちょび髭上司に、ジェントは牽制を籠めて問いただすと、カーラに見惚れていたちょび髭上司は我に返って青ざめた。カーラは綺麗な女性なので、ちょっとだけ見てしまっただけのだ。王太子の婚約者に懸想しているなどと誤解されては、今後のちょび髭上司の出世に影響するどころか、物理的に首が飛んでもおかしくない。王太子のカーラへの寵愛はそれぐらい有名だった。


「は、いえ。リャーナ君が、いえ、その平民の文官が抜けた穴を埋めるために、魔術師を追加で1名、配置して頂きたく」


「うん? 文官1人が辞めたぐらいで、どうして魔術師の配置が必要なのだ? しかも大した働きもなかったのだろう?」


 ジェントの声が冷たく響く。魔術師は貴重な人材だ。文官が欠けた代わりに魔術師を補充など、聞いたことがない。

 ちょび髭上司はダラダラと汗をかいて、しどろもどろに説明を続ける。


「は、は。仰せの通りなのですが。我が魔術師団も何かと忙しく、件の平民にも文官としての仕事以外に、取るに足らない討伐や雑用などをさせておりました。さすがに、人員が1人欠けた状態では、今後の業務に差し障りがあり……」


「それにしたって、魔術師の配置が必要なのか? 人員を埋めるなら、文官でもよかろう」


 ジェントの言葉に、ちょび髭上司はギリリと拳を握った。

 確かに抜けたのは文官だ。だが、ちょび髭上司の部下というのは、カーラを始めとする高貴な身分の者ばかり。カーラたちより身分が低いちょび髭上司のいう事など、誰も素直に聞くはずがない。面倒だったり危険な討伐などは勿論、簡単な仕事だって嫌がる始末だ。


 そんな中、リャーナは良かった。身分は最下級の平民でありながら、その能力は一流魔術師にも引けをとらない。仕事を断る事はないし、どんな仕事でも難なくこなし、功績を横取りしても文句も言えない。実際の所、ちょび髭上司の部署の仕事の9割以上をこなしていたのはリャーナなのだ。文官1人が補充されたところで、同じ仕事量をこなすことが出来るはずがない。


「それほど有能な方でなくて構いません。カーラ様の様な高貴な魔術師様にお願いするには忍びないような、雑多な仕事をさせるだけですので」


 渋るジェントに、ちょび髭上司は深く頭を下げて願う。

 本当なら有能な魔術師を2、3名増員して欲しい所だが、これまで何の功績も残していない文官の穴を埋めるための人員配置に、これ以上の要望を上げるのは整合性がとれない。それほど優秀でなく、身分も高くない魔術師を配置してもらえれば、次はソイツをスケープゴートにしてリャーナの代わりに働かせればいいと、ちょび髭上司は安易に考えていた。


「ジェント様。私、王妃様より妃教育に一層励むように言われております。ジェント様との婚儀も近い事ですし……。私まで魔術師としての仕事が出来なくなると、皆様に迷惑を掛けてしまいますわ」


 カーラが頬を染め、そっとジェントの腕に腕を絡めて寄添った。思いがけぬ援護に、ちょび髭上司は感謝の目をカーラに向ける。カーラはその視線を受けて、笑みを深めた。


「ふうむ。なるほど、我々の婚儀も近いから、仕方ないか。平民はともかく、カーラほど優秀な魔術師が抜ける穴は大きいだろう。分かった。魔術師を配置しよう」


 カーラの柔らかな肢体を腕に感じて、ジェントは鼻の下を伸ばして快諾した。他の者には凛とした顔しか見せぬカーラだが、ジェントにはこうして甘えてくるのがたまらなく可愛かった。まるで高貴で気まぐれな猫に懐かれているようだ。カーラに強請られると、ついついなんでも叶えてしまいたくなる。

 

「私の妃となるカーラの所属する部署なのだ。少しの障りもあっては、どこから余計な横槍が入るとも限らない。万全の体制をとらせよう」


 カーラとの円満な婚姻を願うジェントが請け負ってくれて、ちょび髭上司はほっと胸を撫でおろしつつも、一抹の不安が晴れずにいた。果たして、新しく配置される魔術師は、リャーナ程の働きを見せてくれるのかと。


 後に、ちょび髭上司の懸念は現実のものとなる。

 リャーナをたかが平民の文官と侮っていた高貴な身分の魔術師たちが、次々と舞い込む魔獣討伐の仕事に追い付けず、遅々として進まぬ討伐にカージン王国全体が滅亡の危機に陥っていくのだが。

 この時、それに気付く者は誰一人としていなかったのだ。


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― 新着の感想 ―
学生時代にリャーナの功績を奪っておきながら、取るに足らない仕事しかしてないと勘違いしているのは、学生時代の発明が如何に偉大だったかを理解していないか、自己暗示型人間なのかな…。
 '`,、('∀`) '`,、疾く転がり落ちろッ!
滅べ!滅べ!こんな馬鹿な王国、滅べ!
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