11 魔術師ギルドへようこそ
マーサとリャーナが皇妃とショーンと面談する少し前のこと。
「は、は、は、は、はじめましてっ。リャーナですっ!」
ガチンガチンに緊張したリャーナが、ギクシャクと頭を下げる。カクカクとした動きで頭を上げると、戸惑う様な三対の眼に見つめられていた。
「おいおい、マーサ。その子、大丈夫なのか? 顔が真っ赤だぞい?」
「尋常じゃない程、汗をかいているぞ?」
「体調が悪いんじゃないのか? ワシらはいつでもいいのだから、日を改めたらどうじゃ?」
戸惑いの目を向けてくる3人の老人に、マーサは苦笑する。
「大丈夫ですよ、老師様方。リャーナは緊張しているだけです。なんせ、ずっと憧れていた人たちに会えたんですからね」
リャーナとマーサはその日、魔術師ギルドに訪れていた。リャーナは冒険者ギルドで冒険者として登録している。しかしダルカスとマーサは後ろ盾は少しでも多い方がいいと考え、リャーナを魔術師ギルドにも登録させることにしたのだ。この国では、身分がなくても高位の魔術師は一定の地位が認められる。リャーナの実力を考えれば、その資格は十分あると考えたのだ。
そのついでに、マーサは知己である魔術師ギルドの重鎮たちにリャーナを会わせることにした。魔術師ギルド長である火魔法のボルグ師、また、水魔法のケレン師、風魔法のビエック師は、マーサの師でもある。マーサにとってリャーナはすでに娘同然。かつてお世話になった師に娘を紹介するぐらいの、軽い気持ちだったのだが。
「「「憧れ?」」」
老師たちが首を傾げる。今日はマーサが養女を一人迎えたというので、その顔合わせだと聞いていたのだ。
「あ、あのっ」
リャーナは収納袋からヒョイと沢山の本を出した。老人たちが、ぎょっとして収納袋とリャーナを見比べているのにも気づかず、本を胸に大事そうに抱える。
「こ、この本を書かれた、先生方にお会いできて、こ、光栄ですっ……」
リャーナが抱えている本は、魔術師の教本だった。初心者向けからいわゆる専門書まで。使い込まれた古いものばかりだが、よほど大事に丁寧に扱っているのか、破れたり折れたりすることもなく、全ての本が綺麗だった。
「こ、この本のお陰で、私、魔術が使えるようになって、楽しくてっ。辛くても、苦しくても、魔術があれば、幸せでっ。いつか、この本を書かれた方にお会い出来たら、お礼が言いたいと思っていてっ」
愛おしそうに本を撫で、涙ぐむリャーナに、老人たちは呆気に取られる。
「あ、ありがとうございましたっ」
勢いよく頭を下げるリャーナに、老人たちはなんだか気恥ずかしくなってしまった。
「リャーナ。そろそろ頭をお上げ。老師達が困っているじゃないか」
「ふぁいっ。ずびばぜんっ」
感動のあまり泣き出しているリャーナの鼻を拭ってやりながら、マーサは溜息を吐く。
「すいませんねぇ。老師たちにお会いできると分かってから、ずっとこの調子で。昨日なんて、嬉し過ぎて眠れないって、ずっと部屋の中をウロウロしてましてねぇ」
そんなリャーナを心配して、姉のシャンティが一緒に付いて回るものだから、家の中をうろつく娘2人に、ダルカスもリャーナも呆れていたのだ。
「そ、そうか」
「その本が役に立ってくれたなら、嬉しいよ」
「だがちゃんと寝ないといかんぞ?」
リャーナの眼の下にうっすらと浮かんでいる隈はそのせいかと、老師たちは心配そうにリャーナを見つめる。
「大丈夫です! 徹夜は慣れていますから! 魔獣退治のときは、二徹、三徹、当たり前でした!」
リャーナがニコッと笑うと、対照的に老師たちはクワッと目を剝いた。
「なんと! 二徹、三徹じゃと?」
「いかんぞ、リャーナ。たとえ魔獣退治であろうと、魔術師は集中力を欠いてはならん。休む間はパーティメンバーに頼ることにはなるが、きちんと休みを取らねば!」
「集中力を欠くと魔術の威力を損なう。仕事と思って休まねばならんぞ?」
口々に憧れの人たちから叱られて、リャーナはしょぼんと頭を垂れる。
「ご、ごめんなさい。私、ソロでしか魔獣を狩ったことがなくて……。お仕事だったので、休むのは許されなかったんです」
先ほどまでの笑顔が一転、可哀そうなぐらいしょぼくれるリャーナに、老師たちは罪悪感で胸が痛んだ。だが、魔術師として魔獣に対するなら、適切な休息を取るのは、下級の魔術師でも知っておくべき常識だ。剣士などの直接戦闘職たちも、魔術師とはそういうものだと知ってパーティーを組む。その常識を知らないのなら、先達としてきちんと指導しなくてはならない。
「リャーナも、魔術師の休息の大事さはちゃんと分かっていますよ。ですがこの子は、今までそういう常識の通じない場所で働いていたんです」
そうマーサが落ち込むリャーナの頭をなで、リャーナの元の職場について語ると、老人たちはみるみる顔を険しくしていった。
文官であるリャーナに下される、理不尽な命令。災害級の魔獣を、たった一人で討伐。大怪我を負ったのに、休む間もなく結界魔法への魔力充填。
いくら国に仕える文官とはいえ、ドーン皇国でそんな事が行われようものなら、国民すべてから非難を浴び、各ギルドが抗議のために皇国の仕事を全てボイコットするだろう。それぐらい、理不尽な命令だ。
「何とも酷い。あの国の良い噂は聞かんが、それにしたって酷い。ああ、それでそんなにリャーナは痩せているのか」
「おおーい! だれか茶菓子とお茶のお代わりを! いや、栄養価が高いポーションがいいかの?」
「苦労をしたのだなぁ。ほれ。飴があるぞ? 何味がいい? 全部食べなさい!」
老人たちは卓上の茶菓子や飴やらポーションやらをリャーナに食べさせよう、飲ませようと躍起になる。リャーナは目を白黒させた。先ほどまで憧れの人に叱られていた筈なのに、なぜたくさんの食べ物や高価なポーションが目の前に積まれているのだろう。
「それにしても、リャーナがあの結界魔術の作成者とは。あれは面白い! ワシはあの術式展開が好きでのう」
「その袋はあの術式の応用かの? どれ、爺たちに見せてもらえんか?」
「ふむ。時間停止機能の定着が課題か。そうじゃなぁ。こっちの術式を加工して……」
マーサがお茶を2回ほどお代わりしている間に、リャーナと老人たちは打ち解け、まるで実の祖父と孫の様に楽し気に話し始めていた。茶菓子を食べさせながらリャーナの収納袋の魔術陣にアドバイスを加え、キャッキャッしながらあっという間に改良してしまった。
「ようし、理論上はこれでいい筈じゃ」
「うむうむ。術の定着も上手くいった様じゃの」
「ほれ。氷菓子を入れてもちっとも融けんぞ」
「凄い! 私一人じゃ、全然うまくいかなかったのに! お爺ちゃんたち、凄い」
キラッキラッの尊敬の眼で見つめられ、パチパチと拍手されて、老人たちは目尻を下げる。その顔はまるで、孫にデロデロの祖父の様だった。
「なぁに。リャーナの作った収納袋が良く出来ていたからじゃ」
「そうじゃぞ。リャーナの発想で定着が上手くいったのじゃろうに」
「まったく。凄いのはリャーナじゃ。これ一つで、世界を変えるような大発明なんじゃぞ?」
リャーナの利益管理人フロスが呼ばれ、元々の収納袋はリャーナ単独で、改良版の収納袋は、リャーナの強っての希望で、リャーナと老人たちの共同開発という登録が為された。老師達はちょっと手伝っただけで共同開発なんて、と固辞していたのだが。
「お爺ちゃんたちとの共同開発がいいです」
なんて、リャーナから頬を赤らめもじもじしながら嬉しさで爆発しそうなキラキラした目を向けられたら、一瞬で撃沈した。蕩けそうな笑顔で「しょうがないの~」と、快諾してくれたのだ。
ちなみに、重鎮たちとの共同開発ともなれば箔が付くかも、なんて考えはリャーナにはない。ただただ、憧れの人たちと一緒に魔道具開発ができた嬉しさから、記念的な意味で共同開発の登録がしたかっただけだ。
リャーナは学生時代、結界の魔術陣を開発した時。発表論文の開発者の名前欄に自分の名が載った時の嬉しさを覚えている。それがジェント王太子とかカーナとか、王子の取り巻きたちとか、王子におべっかで取り立てられた協力者たちの名がずらずらと並べられた後の、一番最後であったとしても。辛うじて読めるぐらいの小さな文字だったとしても。初めて自分の名が載った事に、誇らしさと嬉しさで、爆発しそうだった。そんな嬉しさを憧れの人たちと一緒に味わえるなんて、こんなに名誉な事はない。
そんな、軽い気持ちだったのだが。後日、結界魔法の応用である収納魔法の論文が発表された時、リャーナの名が筆頭開発者として、憧れの人たちを差し置いて1番目にデカデカと載っているのを見た時、驚きすぎて固まる事になるのだが、それはまた、後の話である。




