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畳の部屋

作者: 波月カジマ

築25年、アパートの1階。メーターボックスを開いてキーボックスから部屋の鍵を取り出す。

この部屋はなぜだかずっと決まらない。

週にひとりは案内してるのに、誰も申込みを入れようとしない。


家賃も下げた。礼金も敷金も近隣相場相当だ。

ほかは決まっていく。条件がもっと悪いところでさえ。

明日は大家への定期報告の日だ。

良い報告を持っていけないのは残念だが、やることはやっている。

そのことをしっかり報告して判断を委ねようか。


「誰かに見られている気がするって?」


大家の胡乱げな眼差しに辟易する。こっちだって何を言ってるんだ、だ。


「ああ、案内客にアンケートを取ったんだけど、そのうち何人かがそう書いてたんだ」


そう言って紙束を差し出した。

決まって道に面した和室の部屋だ。


「水野さん、アンタは何か感じたかい?」

「いいや、なんにも」


俺はなんにも感じなかった。

むしろアパートで唯一南向きの陽当りの良い和室で、そのままサボって昼寝したいくらいだった。

案内した時間で変化があるのかと思ったが、そんなこともない。

気になる人は昼でも夕方でも気になっていた。


「ずっと空きっぱなしだと困るんだよなあ。あの部屋は四万に下げたとはいえ、埋まってりゃあ1年で50万だ。それが1年半も空いちまってる」


返す言葉もない。1年半待たせて持ってきた決まらない理由がこんなオカルト話しじゃ、俺だったら頼む店を変えるね。

言ってて悲しくなってくる。

しかも家賃を下げてからは更に「見られている」のアンケートが増えた。まさにオカルトの類だ。


「実際ね、駅西のコーシンさんがあの部屋の専任したいって言ってきてる。オタクが決められないならあの部屋だけでも引き取って貰えんもんかね」


「そりゃあ無理な話だ。うちは一棟管理以外は受けてないってのは前にも言った通り。上と下で保険屋が違うだけでトラブルだらけなのは、自主管理してた小関さんが一番知ってるだろうに」


大家の小関の爺さんが身体が頑丈だったころは、ウチに頼まず自分でアパートを管理していた。

その分、ウチが知ってる以上に面倒ごとは知ってるのだ。

一部屋管理など、どんな札付きを放り込んでくるかしれたものではない。


「だよなあ。風呂の排水口洗わないバカのせいで水溢れさせた時なんて、バカが自分の責任認めないから保険屋金出さんくて大変だったわ。下の子のホテル代、オレが自腹したんだよアレ」


「最近はネットで見たって保険代しぶる若い子が多いからね。ウチにもよく来るよ。あんなの入れて問題起こされるより、家賃300円負けてくれって言ってくれたほうがよっぽど健全だわ」


「ちげぇねえな」


「まあウチが決めてないのは確かだ。コーシンさんが決められるんなら一棟管理で任すのも手だと思うぜ」


丸々持ってかれるのは業腹だが、結果が残せないなら切られても仕方がない。


「いんや、変えるつもりはないよ。アンタのところが連れてきた客は大人しいのが多くて助かってんだ。客層変わって今の子たちまで出ていかれちまったら堪ったもんじゃない」


げっげっと笑いながら小関の爺さんは続けて「あのバカを入れたのはコーシンさんだった。いま思い出したよ」と言った。


「やめてくれやめてくれ。ウチだって見抜けないときはままあるんだ。そんなに期待されても困るよ」


「それでいいよ。ようは気を付けてくれるだけでいいんだ。顔も見ないで押し込むのだけは止めてくれよ」


俺は曖昧に笑うしかない。


ネット全盛のこのご時世、顔も見せないで契約するやつがゴロゴロいるのだ。

だからこれからは仲介屋が客の選別をしづらくなる。

深夜に行動する奴が木造住宅を希望しても止めることが出来なくなる。

住民トラブルはますます増える。


悪い面だけじゃない。良い面だってあるのかもしれない。

いずれにせよ、やれることをやるだけだ。


出された茶菓子を頂いてから、俺は重い腰をあげ店に戻った。




‡‡‡‡‡‡



「理夏ちゃん、あの部屋見にいってくれない?」


猫の手ならぬ経理のパートさんの手も借りたい。


「いやですよ、あの部屋出るって有名じゃないですか」


「初耳なんだけど。誰がそんなこと言ってたの?」


「ネットに書いてありますよ。小関コーポ101は出るって」


聞き捨てならない。

調べてみたらたしかに出てきた。とんでもない眉唾だ。

投稿日は先月2日。同じアパートにこの前まで住んでましたって、あそこは101以外は3年前から空いたことがない。いい加減にもほどがある。


そのまま弁護士先生に電話で依頼。

とにかく早く、この嘘情報を消さないと。

あとは書き込んだ犯人探しだけどこっちは望み薄だろう。

自宅から書き込むなんてバカなら話が早いが、少しでも頭が回る奴なら見つけ出すのは困難だ。

でもやらざるを得ない。金だけが飛んでいく。


「理夏ちゃん、お手当だすから小関コーポ一緒に行ってくれない? 原因見つけないと本当にヤバいかもだから」


ぶーたれながらも付いてきてくれるから、本当にこの子は助かる。

まだ昼日中だが、例のアンケートを書いた客はこの時間だった。

一週前だ。まだそこまで条件も変わってないだろう。


「あー、あれじゃないですか?」


和室に入ったと同時に理夏が窓の外を指差す。

そこには背の低い生け垣を挟んで、私道とお向かいの古屋が見えた。

なにも変わらないいつもの風景だ。


「あれですよ、あれ。あの張り紙」


よくよく見ると古屋の壁に退色したポスターが数枚貼り付けてあった。

町中でよく見た防犯ポスターだ。

歌舞伎役者の目の部分を切り取ったような「見ているぞ」という例のアレだ。

あれが、ちょうど目に入る。


「あんなもん、そこら中にあるだろ。気になるもんか?」


「私は気になりますね。あの高さってわざとでしょ。ならそんな隣人のいる場所には住みたくないってなりますよ」


高さ? と訝しんで見てみてやっと解った。

ポスターの位置が異常だ。部屋に上がって立っている俺の目線にポスターがある。

明らかにこの部屋の主を「見ているぞ」という場所だった。


「お手柄だ理夏ちゃん。サイゼリヤでいいかい?」


「サイゼなら3回ですかね」


それで済むなら安いもんだ。財布からよれた万札を一枚、そのままで悪いが理夏に差し出す。


「店長は本当にダメ男ですね。だから1年半も気付かないんですよ」


ぴっ、と摘んで回収された俺の万札。

サイゼリヤ3回分にしては奮発したつもりだったが何が問題だったのか。


「考えといてください。解ったら、最後の一回でデートしてあげますよ」


若い娘の考えることなどどうやったって解らない。

が、ポスターは「言われてみれば」で気付くことだった。

とりあえず次回のためにポチ袋くらいは用意しておこうか。

俺は理夏を帰らせてから古屋の主を尋ねることにした。



「水野さんお手柄だね」


小関の爺さんが笑って肩を叩いてきた。


「本当にやめてくれ。俺はなんにも気付けなかった」


あの後すぐ、部屋は決まった。

何のことはない、調べてみたらただの近隣住民とのトラブルだった。

古家に住んでた爺さんが、庭で雑草を燃やしていた。

危ないからと注意した昔の101の住人が、逆恨みされて嫌がらせを受けていたのだ。

それで元101の住人は退去。退去理由は聞き取りしていたが、諍いについては教えてくれなかった。


退去時に近隣トラブルを申告しない借り主は多い。

他の誰もトラブルを起こしていないのに、自分だけが巻き込まれて引っ越すことを恥だと思い込んでしまうのだ。

これが何人も巻き込んでなら、みんなが古屋の主を非難していただろう。

これも一種の集団心理というやつかもしれない。


「古屋の主は施設に入ってた。なんで息子に話して剥がしに来てもらったよ」


「オレも見てきたが、気になんなかったわ。若い人は感性が違うんかねえ」


爺さんが気にならない理由は多分歳じゃない。


「それより、お客さんはあの家賃で納得してたのかい?」


「ああ、大丈夫だ。だから来月の入居までに和室を洋室に変えといてくれよ」


「そんなもんで高く入ってくれるならいいもんだ。次の更新で元が取れるよ」


思えば「見られている気がする」とアンケートに多く書かれたのは家賃を安くしてからだ。

言い方は悪いが、安い家賃に群がるのは食い詰めもんが多い。

つまり見られて困る客だったのかもしれない。

爺さんの物件は安いのが多いからな。俺がやる限りは出来るだけ良い客を入れてやりたい。


帰りに「理夏ちゃんへ」と、菓子の詰め合わせを持たされた。

いつも出される茶菓子より豪勢なそれに可笑しみを覚えていると、爺さんがニヤリと笑った。

もしかしたら爺さんならサイゼリヤ3回の謎を解けるかもしれない。

けど、爺さんに先に解かれてしまったら情けなさ過ぎるから聞くのは止めた。


帰り道、あくびを噛み締める。

昼寝をしようにも、空いている畳の部屋はもう無い。



畳の部屋end





■dasoku

サイレントマジョリティの話でした。

理夏はポスターの位置だけが気になってます。アンケートに残さなかった多くの人と同じで。

そこそこの家賃は自分の身を守ります。

安い理由は必ずあるので、男の一人暮らし以外は妥当な家賃の場所を選ぶのが無難です。

高い家に住んでる狂人もいますが、割合はぜんぜん違います。

近隣トラブルで出動した頻度も、圧倒的に安い物件が多かった印象です。

繰り返しますが、高い家でも例外はありました。


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