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知らないオジサンに忍者を買ってもらってはいけません

作者: しいたけ

「ねーねーお母さん!」

「ちょっ、なぁにこの子は帰るなり! 手は洗ったの? うがいはした? そもそも『ただいま』を聞いてないわよ!?」


 お母さんはいつも通り、口を酸っぱくして私に言った。私はすぐに手を洗い、うがいもした。


「お母さん聞いて!」

「ただいま、は?」

「ただいま、それでね!? あのね!?」

「はいはい、何よ忙しいのに……」


 夜ご飯の支度をしているお母さんの後ろに立ち、その背中に話しかける。


「恵美ちゃんがね? 日曜日に買って貰ったんだって……忍者」

「へー。良かったわね」

「最新式の忍者でね? Wi-Fiもついてて便利なんだってさ」

「へー。良かったわね」

「だからね……私にも買って?」

「買いません!」


 キッパリとお母さんが言った。お味噌汁がグツグツと煮だって、吹きこぼれそうだ。


「買ってよ!」

「買いません!!」

「買って!」

「買いません!!」

「買って買って買って買って!!」

「買 い ま せ ん !!」

   (「……クソババァ」)

「なんだって!?!?」

「もうしらない!!!!」


 自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ。


 友達はいつも新しいのを買って貰えるのに、私ばかりが我慢我慢で……正直こんな家なんか大嫌いだ。


「……ちぇっ」


 うつ伏せのまま、昨日から置いたままの漫画に手を伸ばす。ふと、ある考えが過る。


「あ、そうだ……」


 私はすぐに漫画を投げた。

 部屋を出て、お父さんの部屋へとコッソリ忍び込む。

 仕事用の机の引き出しの真ん中の奥に、それは居た。


「忍者みっけ」


 お父さんが昔使っていた、古いタイプの忍者だ。

 充電ケーブルも一緒に置いてあったので、私はすぐに部屋に戻りベッドの下に忍者を隠して充電を始めた。


「やったね」


 見た目は少し古臭いけれど、使えれば大丈夫。上の方の色が少し取れちゃってるけれど、味があって良いかもしれない。


 三十分ほど充電したら、我慢が出来なくて電源を入れた。充電は12%しか無いけれど、寝ている間に充電すれば大丈夫じゃん?


「恵美ちゃんに連絡しよーっと」


 恵美ちゃんの連絡先が書かれた紙(嫌みったらしくくれた)をポケットから取り出しシワを伸ばす。


「零……玖……零、の……」


 番号を伝えると、忍者が狼煙をあげ始めた。あの煙の中に電波が入っているのかと思うと、とてもワクワクした。

 六回ほど色違いの狼煙があがったところで、忍者が口を開いた。


「留守で御座る。伝言はあるで御座るか?」

「忍者を手に入れたと伝えて」

「承知仕った」


 忍者が手紙を(したた)めて(字は下手)矢文を飛ばした。あの中に電波が入っているのかと思うと、とてもワクワクした。


「返事まだかなー」


 しばらく待ったけれど、恵美ちゃんから連絡は無かった。仕方ないので忍者を充電して寝た。





「おはよー」

「おはよー」


 朝、学校へ行くと、すぐに皆が気付いてくれた。


「あれぇ? 香奈ちゃん忍者買ったのぉ?」

「へへ、これお父さんの」

「うわー! すごーい!」


 皆の視線が私の忍者へと集まった。私はとても誇らしく思え、ヘヘンと鼻を鳴らしてしまった。


「あら、朝から騒がしいわね……」


 そこへ恵美ちゃんがやって来た。

 恵美ちゃんは私の忍者を一目見ると、鼻で笑って自分の忍者を自慢気に指差した。


「私のと違って、随分と古臭い忍者だこと……」


 嫌みったらしい顔でコッチを見てきたが、こっちにも忍者は居る。これで勝負はイーブンだ。

 私は強く姿勢を保ち、恵美ちゃんに声をかけることにした。


「恵美ちゃん。昨日試しに矢文送ったの、届いたかな?」


 忍者を持っていないクラスメイトが、羨望の眼差しで私と忍者を見た。甘い優越感が私の中へと染み渡るのが分かった。


「のろしぃ? アホ臭さ。いつの忍者よ、それ……」

「……え?」

「その忍者、3(にん)でしょ。どうりで古いわけだ。私のは5忍よ! ファイブニン……!! 今時狼煙だの矢文なんて使ってる人は居ませんよーだ!」

「えっ、香奈ちゃんの古いの?」


 それまで憧れの眼差しを向けていたクラスメイトが、あっという間に私を蔑む視線を向け始めた。

 自慢の忍者があまりに古いと分かり、段々と自分の忍者がムカついてきた。


「ハハハ、おっかしー!」


 恵美ちゃんはすっかり勝ち誇った顔で、私を指差して笑い続けた。

 私はその日、ずっと下を向いて過ごすしかなかった……。





「……ただいま」

「お、香奈おかえり」


 夕方、家に帰ると忍者をいじっていた。

 テレビCMで放送中の最新式の日だ。


「お父さん!! それ貸して!!」

「な! ダメダメ! これはお父さんのだ!」

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだーー!!!!」


 思い切りリビングを転げ回り、騒いでやった。


「分かった! 分かったから! 静かにしてくれよ……!!」


 観念したお父さんが、箱から出したばかりの忍者を私にそっと見せてくれた。


「まだ設定も何もしてないからな! 少し触るだけだぞ!?」

「……うん」


 真新しい忍者はピカピカで、まだ絶縁シートも抜かれていなかった。


「どうだ。最新式のくのいちだぞ?」

「……ふぁいぶにん?」

「勿論!」

「狼煙使わない?」

「ハハハ! 大容量の念力だ!」

「……すごーい!」


 お父さんは谷間の絶縁シートを引き抜き、くのいちを起動させてくれた。


「……お銀です。何なりとご命令を」

「すごーい!」

「驚くのはまだはやいぞ? オッケーお銀! 部屋を明るくして」

「……承知しました」

「そんな事出来るの!?」

「ああ。最新式だからな」


 お父さんに命令されたくのいちは、立ち上がると蛍光灯の紐を三度引いた。部屋がパッと明るくなり、私はその凄さに拍手を送った。


「まだあるぞ」

「なになに!?」


 くのいちの凄さに圧倒された私は、身を乗り出してお父さんの言葉を待った。


「オッケーお銀! 明日の天気を教えてくれ!」

「……承知しました」


 命令されたくのいちは、窓を開けて空を見た。そして自分の人さし指の先を口に入れ、空気にさらして何かを測る仕草を見せた。


「……多分晴れです」

「すごーい!!」


 目一杯の拍手を送る。

 最新式の忍者はやっぱりすごい!


「忍者貸して!」

「……これはダメだけど、父さんのお下がりをやろう」

「えーっ!!」


 ぶぅ垂れるも、お父さんは忍者を一つ取りだした。ついこの間まで使っていた折りたたみの忍者だ。


「4忍だけど、(にん)スタも出来るし、便利だぞ?」

「念力は?」

「4忍には無い。回覧板で精一杯だ」

「ちぇっ」

「これで我慢しなさい。間違っても知らないオジサンから忍者を買ってもらっちゃダメだぞ?」

「はーい……」


 狼煙よりは良いかと思い、お父さんの忍者を貰うことにした。また恵美ちゃんに馬鹿にされると思ったけれど、それでも我慢できなかった。

 明日が怖くて、それでも楽しみで、私は気を紛らわせる為にテレビ忍者を付けた。


「四回の表で御座る。ズァイアンツの攻撃で御座る、バッターは四番牧本で御座るピッチャー投げたで御座るボール! 牧本よく見ていたで御座るカウントツーツーで御座る。ピッチャー振りかぶって……投げたで御座る! カキーンで御座る! これは大きいで御座る! ライトスタンド一直線で御座る!! 牧本37号はツーランホームランで御座る! スタンド総立ちで御座──」

「野球つまんない」


 折角の4忍だけど、テレビ忍者はつまらなかった。

 私はベッドに横になり、ご飯まで漫画を読んだ。






「一つ前のヤツね。ま、良いんじゃ無い?」


 次の日、恵美ちゃんはやっぱり勝ち誇った顔をした。

 クラスメイトの反応は半々で、何とか面目が保てた程度だった。やっぱりこういうのは一番新しくないとダメらしい。


「お父さんのやつは、くのいちなんだけどね」

「スッゲー!」

「見たーい!」


 お父さんのくのいちの話をすると、皆の反応が良かった。


「お父さんのだから……ダメって言われちゃった」

「ホントにあるのー?」

「あーやしー」


 今度はウソつき呼ばわりまで。

 私は皆に認められたくて、咄嗟に反論してしまうのだった。


「今度持ってくるね!」

「楽しみー!」


 やってしまった。

 完全にやってしまったのだ。

 お父さんになんて言おう……。




 帰り道、俯きながら歩いていると、知らない車が私の横で止まった。


「落ち込んでどうしたの?」


 人の良さそうなオジサンが、私のことを心配して声をかけてくれた。私は笑顔を作って「何でもないです」と、こたえた。


「オジサンで良かったら話を聞くよ?」


 オジサンは笑顔のまま、私のことを見つめた。

 私は話だけなら、と思い立ち止まってしまった。本当は、自分の気持ちを誰かに話したくて仕方なかったんだ……。


「新しい忍者が欲しくて……でもお母さんが」

「ああ。新しい忍者は高いからねぇ、仕方ないよ。持っている人の方が珍しいんじゃないかな?」


 オジサンは笑い顔のまま、私を気遣ってくれた。


「新しくても安い忍者って、知ってるかい?」

「──えっ!?」


 私が聞き返すと、オジサンは嬉しそうに助手席の忍者を見せてくれた。金髪でマフラーをした見慣れない忍者だった。


「外国製の抜け忍だよ。安くて新しくても、高性能さ」

「ニンニンデゴザル」

「抜け忍?」

「伊賀や甲賀の大手じゃないけど、いわゆる格安忍者ってやつでね。それでも性能は凄くて、1000万ピクセルの点描は本物そっくりで、消しゴム機能で要らない人を消してしまう事が出来るんだ」


 オジサンは私の知らない忍者の知識を持っていて、気が付けばオジサンの車のすぐ傍まで近付いていた。


「良ければ一つあげようか?」

「えっ、でも……」


 躊躇うと、オジサンは車から降りてきて後ろのドアを開けた。中には格安忍者が沢山あって、どれも新しくてピカピカだった。


「いっぱいあるから大丈夫」

「うわぁ……」


 思わず声が出てしまった。

 一歩、近くで見ようと踏み込んだ瞬間。私は体を押さえつけられ、車の中へと押し込まれてしまった。

 バタンと車が閉まる。ドアを開けようとしても中から開かない様になっていた。私はパニックになった。


「さあ、行こうか」


 オジサンは怖い笑顔で私を見ると、すぐに車を走らせた。

 警察に電話しようとしたけれど、お父さんに貰った忍者は車の外に転がっていた。押さえられた衝撃で堕ちたのだろう、なんてことだろうか……きっとこれは欲深い私への天罰なんだろう。


「オジサンね、刑務所を出たばかりでお金が無いんだ。君は可愛いからきっとお金になるよ。オジサンの為だと思って我慢してね?」


 車はドンドン知らない道を走り出した。人目を避ける様に、裏道を走り街から遠ざかってゆく。


「大丈夫。皆可愛い子には優しいから」


 オジサンの言っている意味が分からなくても、次第に恐怖が募りだし、私は震えて動けなくなってしまった。

 それでも何とか助からないとと思い鞄を開けた。念の為に持ってきていた3忍の忍者と目が合った。


「壱……壱……零……」


 私はオジサンから見えない角度で狼煙の番号を伝えた。3忍が狼煙をあげ始めると、あっという間に車内は煙で何も見えなくなった 自分の周りが電波で満たされていると思うと、ちょっと健康的にどうなんだろうと思いかけたけれど、今はそんな事はどうでも良いと感じた。


「うわっ! な、なんだぁ!? 前が見えない……!!」


 ドン、と大きな衝撃がした。何かに車がぶつかって止まった様だ。オジサンはすぐに車の外へ降りて、逃げてしまった。


「オジサンに伝言を頼める? 忍者は十分だって」

「……承知仕った」


 3忍はちょっと歪な文字で(ふみ)(したた)めると、矢に括り付けてオジサン目掛けて放った。矢はオジサンの背中に刺さり、オジサンはその場に倒れてしまった。


「送信に成功せり」

「うん。ありがとう……」


 すぐに警察が駆け付けてくれて、私は無事に保護された。お母さんとお父さんが迎えに来てくれて、私はこっぴどく怒られたけれど、二人は最後に泣いて私を抱き締めてくれた。

 私は素直に自分の招いた愚かさに反省して、新しい物を欲しがる癖を止めた。古くたって使えればいいじゃない。古くても良い物は沢山あるんだから。





「ねーねーお母さん!!」

「なによこの子は、帰って来るなりただいまも言わず」

「ただいま! あのね! 今日クラスの男子がマッチョを持ってきててね!」

「……また始まったわ」

「ねーねー! 私もマッチョ欲しいな! 良いでしょ? 十徳マッチョ!」

「マッチョならウチにもあるじゃない。古いやつ」

「えーっ! あのマッチョ叫ぶしか出来ないんだもん! 荒田君のマッチョなんか目が光るんだよ!? 指先もプラスドライバーになってるし!」

「買いません」

「買ってよ!」

「買いません」

「買って!!」

「…………お父さんのを貰いなさい」

「いや! 新しいけどピンクのパンツで趣味悪いんだもん!」

「ワガママ言わないの! いい加減にしないとお母さんがマッチョになるわよ!?」

「いやーっ!!」


 私は台所から逃げると、お父さんの部屋へと向かった。机の引き出しの真ん中の奥に、古いマッチョが居た。


「……古そうだけど、まあまあかな」


 私はお古で我慢した。

 あれから恵美ちゃんもあまり自分の持ち物を自慢しなくなったし、別に人それぞれで良いんじゃないかな。なんてね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 通信機器としてだけではなく、護身アイテムとしても使えるなんて、忍者は実に便利ですね。 そして最新式の忍者は、くノ一で念力も使えるんですか。 くノ一タイプでしたら、スマホカバーを脱着する要領…
[良い点] 狼煙が光化学スモッグの原因になるからと、環境保護団体に怒られて発売禁止になった3忍じゃないですか! 懐かしいー!!(張り切って捏造中) [気になる点] しいたけ様のマッチョブーム。 見え…
[一言] うちにもこんな忍者、欲しいな。 出来れば、イケメンタイプで。
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