第六話 剣道教室「新撰組」
休憩時間。
今日、沖田たちは外で剣道の稽古をしている。
校庭の隅で、黒猫が子供たちとじゃれ合っていた。
「トシ~」
「トシ、トシ~」
「トシ~」
「ニャア~」
猫はあごをこすられたり、背中をなでられたりして、気持ちよさそうだ。
学生の思いつきで、その名前が定着しつつあった。
土方歳三ファンの川井先生は、何とも言えないようだ。
亀吉くんは、今日も来ていない。
あの子のことがあって、沖田は先生として一層気を配るようになる。
教え方というものをもっと学んでおけばよかったなと、今になって思う。
また沖田総司は、別の悩みを抱えていた。
「……沖田先生」
川井先生に心配そうに呼ばれ、沖田は振り向く。
「今夜、行かれるんですよね?」
「はい」
「虎丸殿からお店も教えてもらっているんでしたっけ?」
「ええ、遊び人の虎君のことだからいい料亭だと思いますよ」
「……不安ですか?」
「……そうですね。久しぶりの再会ですから」
川井が何と言えばいいのかわからず、心苦しがっている。
彼の気遣いを、沖田はありがたく思った。
「そう、心配しないでください。嬉しくもあるんですから」
その日の夜、沖田は会いに行った――。
――午後十一時。北海道小樽。
「それじゃあおやすみ」
男は、寝室に行った。
布団に入って、横になる。
「ふう……」
暗い部屋の中で、目を瞑った。
間もなく目を開け、閉められた襖の方を向いて、体を起こす。
殺気は、まるでなかった。
「誰だ?」
「さすがですね」
耳にしたその声に、男は驚かされた。
外から襖が開けられ、そこに正座していた青年の顔にますます仰天させられる。
昔、夜目を磨きに磨き上げたから、暗い部屋の中だろうと今でもよく見えた。
懐かしい顔が、こちらを覗き込んでいる。
相変わらずの無垢な表情から、自分を慕って来たのだとわかった。
「ニャー」
なぜか、黒猫も一緒だ。
「すいません、こんな夜分遅く失礼します」
「……沖田だよな?」
男が戸惑いと喜びを顔に出しながら尋ねると、沖田総司は嬉しそうに笑った。
「はい。どうもお久しぶりです」
「……黄泉の国から迎えに来たのか?」
「いえいえ、そうじゃありません。確かにあの世からかもしれませんけど」
「だったら今になって、なんで化けて出てきた? 黒猫まで連れてきやがって」
猫のことをからかわれると、沖田は苦笑い。
「この子のことは、ほんとうに申し訳ありません。勝手についてきちゃって……」
「ニャー」
「呑気に鳴いてんじゃねえよ、こいつ」
沖田が猫を抱き上げると、男は近寄り、黒猫のあごをこちょこちょなでる。
「それで、何の用だ?」
「はい。実はですね……私、生きてるんですよ――」
二人は、暗い部屋の中で座り直す。
沖田は、龍宮京からやって来たことについて話をした。
「……夢みてえな話だな」
「そうでしょうね……」
元塾頭、元一番隊隊長に向かって、男は笑う。
「……わかった。つき合ってやるよ」
「ありがとうございます」
「その代わり、異界の都とやらでたっぷりもてなしてくれるんだろうな?」
「そりゃあもう。江戸と京にだって負けませんよ」
男は、楽しみになってきた。
「で、早速行くのか?」
「いえ、あともう一人……」
――東京根津宮永町。
「……沖田さん」
「久しぶり」
「やっぱりお前さんか」
「お久ぶりですね」
「ここが異界……うん、何だか、俺たち少し若返ってねえか?」
「時が曖昧ならば、身も曖昧なんでしょうか」
沖田は、二人を連れて龍宮京に戻る。
三人で道着を着て、綜芸種智院の学校の稽古場に入った。
いつものようにたくさんの学生たちが集まっている。
亀吉くんは、やっぱり来ていない。
沖田は気を取り直し、座っているみんなの前に立った。
「みんな、こんにちわ」
「「沖田先生、こんにちわー!」」
子供たちから元気のいい挨拶が返ってきた。
沖田の右側にいた二人は、小声で話をする。
「慕われてますね」
「こればっかりは、勝てねえよな」
学生たちの視線が、二人に集まった。
「沖田先生……この人たちは?」
「はい、実はですね……今日はみんなに剣を教えるために、私の昔の知り合いが、現世から遠路はるばる来てくれました」
そう聞いて、優香たちは「まさか!?」と目を輝かせる。
隣の村田は、誰だろうと思った。
沖田の左側にいる川井先生は、二人から目を離せず、すごく緊張している。
「それでは二人とも、まずは自己紹介をお願いします」
沖田がそう言うと、まずは右側の一人目が前に出る。
丸顔で少しタレ目。肩幅広く、体ががっしりした人だった。
「みなさん、はじめまして。杉村義衛です。聞きたいことがあったら、何でも聞いてください」
最後にそう言って、杉村先生が口元を緩ませる。
その名を聞いて、多くの学生がはしゃぎ出した。
杉村先生が、「おっ?」と驚く。
優香が目を輝かせるなあk、隣の村田は誰なのかわからない。
けど、見当はついた。
続けて、二人目が前に出る。
武士らしく背筋を真っ直ぐ伸ばすその人は、面長で表情の無い人だった。
目つきが鋭く、威厳があるけど、怖くはない。
どんな時も冷静で、真面目な人柄が伺えた。
「はじめまして。藤田五郎です」
その名に学生たちが大騒ぎして、杉村をびっくりさせる。
藤田先生も、目をちょっと見開く。
今度は、村田にもわかった。るろ○で読んだ。
となりで、優香が目をキラキラさせている。
二人の自己紹介が終わって、沖田がまた話す。
「ええと、杉村先生と藤田先生は……その様子だと、みんな知ってるかな?」
沖田は苦笑い。
「はーい、そのとおりです。沖田先生!」
「僕たち、二人のことも知ってまーす!」
学生たちは一斉に手を挙げた。
「杉村先生と藤田先生って、永倉新八と斎藤一ですよね!?」
「新撰組二番隊隊長と三番隊隊長の!?」
「おう、そうだぜ! よく知ってんな!」
学生たちに人気らしくて、杉村先生こと永倉新八は笑みがこぼれてしまう。
「どういうことだよ、沖田?」
「初めは私も驚きました。異界だと新選組、とても人気者なんですよ」
「本当かよ、それ?」
永倉は、まさかここの色街でも――とつい想像してしまう。
永倉さんと斎藤君まで人気者だとは、沖田は驚くばかりである。
「ん、だったら斎藤への歓声がすごかったのはどういうことだ?」
これは、沖田にもわからない。
二人に視線を向けられて、藤田先生こと斎藤一は呼びかけた。
「俺も聞きたいですけど、後にしましょう。今は授業中でしょ」
「おう、そうだった」
元新選組の三人は、学生たちに向き直る。
沖田は、二人と昔のように会話できたことを心の内で喜んでいた。
「みんなの言うとおり、杉村先生と藤田先生は、私と同じ新撰組にいました。私に負けないぐらい強くて、同じ撃剣師範で……はい、正直言って、隊士たちに教えるのが私より上手かったです」
沖田先生の正直な告白が、学生たちを笑わせる。
「みんなにも剣の使い方をしっかり教えてくれるから、ちゃんと二人の言うことを聞くように」
「「はーい。わかりました、沖田先生!」」
杉村と藤田は、子供に教えるのも上手かった。
学生たちが二人のもとに集まって、熱心に聞きたがる。
これは、負けていられない。
「あのう、沖田先生……」
そんな中、川井先生が学生たちに聞かれないように話しかけてきた。
「はい、どうかしました?」
「すいません……僕も子供たちに混じって、お二人に教えを受けに行ってもよろしいでしょうか!?」
「……はい?」
よく見ると、川井先生はすごく行きたがっていた。
「だって、沖田先生だけじゃなく、永倉新八と斎藤一までいらっしゃるんですよ! 新撰組最強の御三方から教えを受けられるなんて、こんなの大人の僕だって、教えを受けたくなるに決まってるじゃないですか!!」
なるほど。
川井先生は、土方歳三と新撰組の大ファンだ。
「ここぞまさしく、剣道教室『新撰組』!」
うまいこと言うな。
学生たちがうらやましくて仕方ないのである。
「わかりました。いいですよ」
「ありがとうございます!!」
川井は大喜びして、杉村と藤田の方へ駆け寄っていき、学生たちから笑い声が上がるのだった。
その日の授業は終わって、夜になる。
どんな話が交わされるのか、近藤さんと土方さんのことを聞くことになるのか――沖田は期待と不安を胸に、永倉と斎藤の二人を連れて、龍宮京にある料亭に向かった。