Step 01-4 酒と煙草と童貞と
「随分と現世に未練がおありだったようですね。」
彼女の目線の先はオレの足元にある、掘り起こした床にあるようだ。
くそゲー人生にどれほどの、未練があったのだろうか。
あんな人生二度と繰り返したくはないが、あるとしたら入院中に、酒とたばこを止められていたから、最後に浴びるほど酒とたばこを飲みたかった。
ーー死ぬほど飲みたかった。
どうせ死んじゃう運命だったんだもん。
好きなだけ飲みたかったな。
想いだしたら飲みたくなってきた。
酒飲みたい、たばこ吸いたい。
飲みたい、吸いたい、飲みたい、吸いたい。
飲みたい、吸いたい、飲みたい、吸いたい。
ーーあー飲み吸いたい!
『年齢=彼女イナイ歴』だったんだ。
酒とたばこにぐらい思いの丈を、ぶつけても文句はないだろう。な。
ブラック企業の下位社員として仕事に追われて、女の子と付き合う余裕なんてなかった。
誰も好き好んで望んでなどいない。
童貞であり続けることに何のメリットも見いだせない。
生まれてこの方童貞一筋三十年。
業界よってはベテランではなく、師匠クラスでも通用する期間だ。
都市伝説では『三十歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』と、まことしやかに囁かれている。
魔法使いになれるなら、頑なに童貞を守り続けてきたことに意味があるだろう。
「ここに居られます皆様は経緯はどうあれ、人生の終焉を迎えられた方です。」
彼女は物悲しそうな表情をして、静かに告げる。
オレたちの死を偲んでくれているのだろう。
憫れみのこもった眼差しで、オレを見つめている……。
……憫れんでる?
ちょっと待って!
ーー異性がオレを蔑む仕草については、オレは詳しんだ!
というかさっきから絶世の美麗女神様は、オレが疑問に思っていたことに答えていないか?
途中からは確実にオレの問いに対して受け答えしてる、ような気がする。
だがオレは彼女が現れてから、一言もしゃべっていない。
そもそも彼女が現れる前だって、三言しかしゃべってないぞ。
しかもおしゃべりの相手が、オジサンという悲しいこの事実。
体の制御権も未だ手中にあらず、その掴むべき手も指先一本すら動かないままである。
しかも驚くことに、髪の毛一本すら抜けていないのだ。
声をだせるばすがない。
そもそも生前ですら、異性とまともなトークをする機会なんて滅多になかったのだ。
ましてやこのような、気高く、麗しく、艶やかでいて荘厳な、ただの美人ではないお方と、まともにおじゃべりできるなんてアリエナイ。
しかーし、会話が成立していたってことは、彼女はオレの考えてることを全て理解していた?
導き出される結論として、可能性はゼロじゃあない。
もしそうだとすると。
ーー終了のお知らせ。
本日二回目の終了のお知らせだ。
三回目などあり得るはずがない。
亡国のメジャーなスパイは二度死ぬが、三度目は無い。
これでデットエンド。
たのむ嘘だと言ってくれ。
こんな絶世の美麗女神様に、オレの恥ずかしい過去を知られた。
黒歴史すべてを、オレはカミングアウトしてしまったのかーっ。
ーーもうやめて!オレのライフは0よ!
いや、とっくの昔にライフはゼロだった。
もう生きていけない。
ーー既に生きてはいないが。
もう死んでしまいたい。
ーー既に死んではいるんだが。
終わった。おわった。
ーー人生オワタ/(^o^)\。
穴があったら入りたい。
体が動かない現状、穴を掘ることはできない。
ましてや自ら己の墓穴を掘る死人など聞いたことない。
ーーいや墓穴なら掘ったか。この事態は自らの首を絞めている。
穴なら既にある、足元に。
先ほどまで足で床を掘っていたじゃないか。
穴の利用目的とはナニか?
穴とはナニかを入れるためにその存在意義がある。
どうせ無意味に掘った穴だ。
いつ有効活用するんだ。
ーーいまでしょう!
後は入るだけだ。
入ろう。
入れ。
入るんだ。
さっさと入ってしまえ!
ーー間に合わなくなっても知らんぞーーーーっ!!!
入ったら今すぐすべてを埋めてしまうんだ。
この忌まわしい事実とともに証拠も黒歴史もナニもかも。
未だに、彼女は憫みのこもった眼差しでオレを見つめてるのだ。
ああー彼女の視界から消えたい一刻もはやく。
目を逸らしたいが逸らせない。
逸らしたい。
いまのオレは雲の上の、
ーー空死体だ。
「皆様にはこれより輪廻転生を行うにあたり、面接を受けて頂きます。」
彼女の涼やかな声で我に返り、心の平静を取り戻した。
絶世の美麗女神様は『輪廻転生』とおっしゃった。
輪廻転生ということは、生まれ変わるってことだが、どういうことだ。
しかも『面接』を受けるって。
面接の結果で転生できるかどうか決まるのか?
それとも転生先が左右されるのかもしれないのか?
新たな人生を迎えるってことだが、オレの黒歴史全てを読破された絶世の美麗女神様は、どのようにご判断されるのでしょうか。
これ、かなり不味くないか?
いや待て。
オレの思考の全てが、彼女に知られてるとは限らない。
疑問に思った事項だけが伝わっている、という可能性がある。
そうであれば最悪の事態は回避できる。
死んでいるにもかかわらず、九死に一生を得ることができる。
その可能性に一縷の望みを託そう。
だがオレの思考の全てを知られているのなら、もうここは天国ではない、地獄だ。
ーーこれからが本当の地獄だ…。