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異世界転生をうらはらに  作者: 八仙望
Step 01 最終面接はうらはらに
3/6

Step 01-2 しじまの中で

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

 

 

 無常にも再び静寂が帰ってくる。

 待てど暮らせど答えは一向に帰ってこない。

 

 帰ってくる気配すら感じられない。

 

 おもむろに脳裏内(モニター)にメッセージウィンドウが浮かび上がる。

 

  ┌ーーーーーーーーーーーーーーーー┐

  │ へんじがない。        │

  │ ただの しかばね のようだ。 │

  └ーーーーーーーーーーーーーーーー┘

 

 いやいや、死んでないって。ちゃんと生きてますって。

 オッサン勝手に殺しちゃダメでしょう。

 

 しかし、聞こえなかったはずはない。

 もしかして既読スルーか?

 

 まともに話しかけられなかったので、シカトされてしまったのか、どうする。

 脳裏内(モニター)選択肢(コマンド)が追加される。

 

  【はなす】 【しらべる】 【あきらめる】

 

 ここは【はなす】の一択だ。

 ここで【あきらめる】はいけない。

 

 きっかけは作ったのだ。作ったはずだ。作れたはずなのだ。

 この努力を無駄にしていけない。

 

 一度作った実績は、次に繋げて意味がある功績にしなければいけないのだ。

 でなければ誰からも評価されないのだから。

 

 「なんで、私達、ここに、居るんで、しょうか?」

 

 今度はちゃんと伝わったはずだ。

 

 ゆっくりと、はっきりと、伝えるべき言葉を、音に変え、声にし、話しかける相手を意識して、イメージを現実にする。

 

 顧客向営業対応(ビジネススマイル)もした。多少引きつっていたかもしれないがこの際問題ない。

 ……ばずだよね。オジサン?

 

 「……さぁどうしてなんでしょうね。」

 

 よーしよし、ちゃんと伝わった。

 

 返事が返ってきた。

 オジサンやればできるじゃないか。

 

 こちらを向いて答えてくれたオジサンの目は、昔飼っていた犬を連想させる。

 

 ーートニカクカワイイ。

 

 回答された内容は期待したものではなかったが、とりあえず危機は回避されたのだ。

 

 固く握られてた拳や肩から、力が抜けていくのがわかる。

 別にオジサンの円らな瞳に癒された訳ではないんだから、勘違いしないでよね。

 

 よし、ならば次のステップを進めよう。

 

 会話は言葉のキャッチボール。

 

 オジサンは受け取れないような大暴投をしてきたわけではない。

 投げたボールがちゃんと帰ってきたのだから投げ返すのがルール。

 オジサンが受け取り易いボールを投げ返さなければならないが。

 

 ここが何処かはわからない。

 ここに存在している理由もわからない。

 

 オジサンも同じ状況を認識している。

 わからないことと、わかることを明確に認識することは大切だ。

 

 問題が発生し状況が混乱している場合、明確にできるものごとを確認することで、現状を正しく認識できる。

 であれば、ひとつひとつ確認していこう。

 

 オジサンに質問するのなら、さっきと同じ要領で伝えるべきだ。

 

 「なにか、気づいた、ことは、ありませんか?」

 

 

 

 オジサンは暫く反応せず、そこにあるただ円らな瞳をこちらに向けている。

 

 やがて、ゆっくりと顔を正面に戻すと俯いて、独り言のように呟いた。

 

 「……足元が。」

 

 ようやく返事が帰ってきた。

 

 待てば甘露の日和あり。

 まさしく甘露。

 天からの恵みの露が降ってきた。

 

 今まで周りと自分の状況ばかり気にしていて、足元までは気を配っていなかった。

 

 東大も遠くらしい、いや、灯台下暗し。

 

 オレの機知ではとても辿り着けない頂きだ。

 オジサンの足元にも及びません。

 

 ーーさすオジ。カワイイよ、いやホント。

 

 再び脳裏内(モニター)に同じ選択肢(コマンド)が浮かび上がる。

 

  【はなす】 【しらべる】 【あきらめる】

 

 無論ここは【しらべる】が、しかるべきベターチョイスでしょう。

 足元を調べると、新しいメッセージウィンドウが、脳裏内(モニター)に表示される。

 

  ┌ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┐

  │ ゆうしゃは あしもとを しらべた。 │

  │ しかし なにも みつからなかった。 │

  └ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┘

 

 ……何も見つからない。

 ゴミひとつ落ちてない、ただの真っ白な床です。

 

 ーーどう見ても白い床です。本当にありがとうございました。

 

 だが、床にしては不自然なほどに白く美しい。

 これはあまりにも清白すぎる。

 

 そう正しく清白なのだ。

 

 まるで降り積もったばかりの新雪か、眩しい夏空に浮かぶ入道雲のように。

 

 オジサンは足元が気になると、違和感を認識していた。

 

 これだけ真っ白な床ならば、落ちている異物は必ず目立つはずだろう。

 異物(チリ)ひとつ見当たらないのは確かに妙だ。

 

 わからないことは、ひとつひとつ明確にしていくべきだ。

 

 髪を軽く手で梳くと、指の間に幾本かの抜け毛が纏わりついていた。

 

 思わず凝視してしまう。

 

 申し訳なさそうに挟まっている毛を見つめていると、やがて得も言えぬ感傷と不穏な気持ちが心を染めはじめる。

 

  ーーこの量は多い訳じゃない。

 

 現状問題になるような重大な事態には落ち入ってはない。

 

 まだ大丈夫、気にする量じゃない、許容範囲内だ。

 一般的な量だろこのぐらい。

 

 多分おそらくきっとメイビー ……。

 

 

 ん。気を取り直して、今やるべきことをやろう。

 

 今確認できることで正しく認識できることは指の間に挟まっている、決して多くない抜けた毛を足元の床の上に落とすことだ。

 

 はらはらと、ほんの数本の髪の毛がゆっくりと我が手から堕ちて逝く。

 

 いやホント数本なんだから。

 さらば我が長き友よ永遠に眠れ……。

 

    長き    │  き     (縦書き版)

    友 と。  │  長友 と。

 

 ーーまた髪の話してる…。

 

 どこからともなく哀愁漂うフレーズが聞こえてくる。

 その幼い子供の声は反響音(エコー)がかかり、呪言の如くいつまでもリフレインするのだ。

 

 ーーこれは幻聴だ。

 

 壁に寄り掛かり簾を連想させる寂しい髪がそよ風に舞う、禿頭のヤツがオレを切なそうに見つめてくる。

 

 ーーこれは幻覚だ。

 

 気をしっかり持て。

 全身が強張り、限界まで噛み締めた奥歯から軋む音が迸る。

 冷ややかな汗が吹き出し、背筋を滝のように流れ落ちる感じがする。

 

 惑わされるな、お前など存在しない。

 お前はオレの未来の姿じゃない。

 

 ーー禿頭滅却脱毛退散!

 

 白い闇に搔き消されるかのように、ヤツの姿と髪は次第に薄くなる。

 ともに呪言も脳裏から消えた。

 と、同時に緊張から開放れた全身の硬直が解け、虚脱感が襲ってくる。

 

 『名状しがたき邪神のしもべ』それがヤツだ。

 ヤツはいつの頃からか姿を現すようになった。

 決して抜け毛の量が気になりだした頃ではない。

 

 名前は分からない。

 知りたいとも思わない。

 というか関わりたくもない。

 

 だが認識してしまった以上どうあれ識別は必然だろう。

 必要だと意識した時『名状しがたき邪神のしもべ』というメッセージが、脳裏内(モニター)に自然と浮かんだのだ。

 だからオレは仕方なくヤツを『名状しがたき邪神のしもべ』として認識することにした。

 なのでオレは厨ニ病ではない。

 厨ニ病を拗らせているわけでは、断じてないのだ。

 

 ヤツとの激闘が終わり安堵感を感じたその刹那、掌から放たれた抜け毛達が、白い床に到達しようとしていた。

 

 最初の長き友が床に倒れ込んだ瞬間、飲み込まれるかのようにシューっと、微かな音を立て消えてしまった。

 

 幻聴でも幻覚でもない、まして見間違いでもない。

 まぎれもない事象だ。

 

 白い床に到達したとたん、次々と飲み込まれて逝く長き友たち。

 思わず感嘆の声がため息とともに漏れる。

 

 嗚呼、喪われし者達は、二度と還ってくることはない。

 

 想いを改め、長き友が消えた場所を靴底の縁で擦ってみると、擦った部分がモコっと削れた。

 

 いや削れたというか、外れた感じで浮き上がる。

 

 浮かび上がった塊はゴルフボールほどの大きさで、モコモコしてまるで雲だ。

 

 湧き上がる好奇心の赴くままに踏んでみると、高反発素材を押さえたような、心地良い反応が帰ってくる。

 

 雲の塊でできているみたいな床を、革靴のつま先で掘る。

 

 柔らかい。

 

 同じ場所を踵の角も使い掘り進める。

 

 もしかすると何にか出てくるかもしれない。

 更にこのまま掘り進めれば、どこか違う場所に出れる可能性もある。

 

 掘り続けることで床から掘り起こした雲が、やがて小さな山を造り影をつくる。

 

 そして、気づいた。

 

 『 しかし なにも みつからなかった。 』

 

 確かにその通りだ。

 

 そこにあるべきものが、いくら探しても見当たらない。

 

 足元の白い床には、自分が落とすはずの、影が無いのだから。


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