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3A.M.  作者: 如月 望深
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moratorium 01

 時々考える。俺はどうしてここにいるんだろうって。

 どうして生まれてきたのかとか、人は何故生きるのかとか、そういう哲学的な悩みなんかじゃない。

 俺は何のために、この時を使っているのか、という問いだ。


 昼時の学食は盛況だった。多くの大学生がトレーを手に席に着く。ぐるりと見渡す学食の席はほとんど学生で埋まっているように見えた。

柾樹マサキ、こっちこっち」

 Aランチの乗ったトレーを手に席を探していた俺に、啓太郎が声を掛けた。啓太郎は隣の席に荷物を置いて俺の席を確保してくれていた。

「遅えよ、柾樹」

 啓太郎の向かいに座った洋介が手を振った。

 俺が近づくと啓太郎は荷物を退かして俺を座らせ、洋介と英語の授業を受け持っているジュディ先生の見事なプロポーションについて語り出した。

「でさ、今日のジュディ先生の服見た? 見事な胸の谷間がバッチリ見えて、男には目に毒だよなぁ」

「ブロンド美女って男の憧れだよな」

 …基本的に、この二人の会話はくだらない。

 俺はAランチのミートソーススパゲティをフォークに巻きつけながら会話には参加せずにいた。黙々とスパゲティを巻き取り口に運ぶ。少々茹ですぎて歯ごたえのないパサついた麺に甘いミートソースがからまる。俺はグルメでもないし、食えないほどまずいわけじゃないから、文句はない。まあ、安い学食のスパゲティなんてこんなもんだろう。

「…で、サークルのミクちゃんが…」

 気づけば、二人の話題はジュディ先生からサークルの女の子へと移ったらしい。

「合コンしようって?」

「そうそう、柾樹も行くだろ?」

「へ? あ、ああ…」

 はっきり言ってほとんど話は聞いていなかったが、まあ、合コンの誘いだということはわかったので、とりあえず頷いた。

 啓太郎と洋介とは大学に入学してからずっと仲がいいし、二人の会話はくだらないけど面白いし、いい奴らだと思う。だけど、実のない話に花を咲かせる彼らに合わせて愛想笑いを浮かべる自分に、時々疑問を感じる。

 こんな風に人に合わせて、何でもない一日を繰り返して、俺は何のためにここにいるんだろうって。


 大学というところは、モラトリアムだと聞いた。モラトリアム―――猶予ってことだ。

 大人になる前の子どもでいられる時間。一人前になるための足掛かり。社会に出る前の準備期間。定まらない未来を決めるための時間だと。

 じゃあ、俺のこの時間は?


 目的も夢も希望もない。クズみたいなこの時間を、俺はどう過ごしたらいい?



 啓太郎と洋介に誘われて行った合コンには、啓太郎の友達の女の子と、その友達が来ていた。同じ大学のミクちゃんが連れてきたのは、他大学の女の子だった。

 他愛のない話をしながらお酒を飲んで食事をして、ちゃんと楽しい時間は過ぎていく。

「柾樹くんは、将来何になるの?」

 会話の流れで、そんなことを訊かれた。答えに困って「じゃあ、そっちは?」と質問を返した。

「私はテレビ局に入ってドラマを作るのが夢なの」

 きっぱりと、はっきりとその子は答えた。キラキラと輝く目に偽りはなくて、うしろめたかった。

 こんな俺でごめんなさい、とか思ってしまう。

 だって、別に人生にこれといった目的があるわけじゃなくて。将来なりたい職業とか、したい仕事とかあるわけじゃないし。それなりの働き口で無理なく稼げればいいかくらいで。大学に入ったのだって、特に目標があったわけじゃない。自分の学力で行ける範囲の学校で、親が金を出してくれる程度の学費で、東京に出てみたかったから東京の大学を選んで。学部だって理系が得意だったから理系に進んだだけで、将来技術者になるとか研究者になるとか、そんなつもりはない。

「そうなんだ、すごいね、今から目標があるって」

「俺たち、将来設計未定だもんな。その夢、叶うといいな」

 すかさず彼女の夢を褒めそやす啓太郎と洋介に恐れ入ってしまう。俺は、そんな風に人の夢を褒めたり応援したりできない。夢などない自分が情けなく思えて、惨めに感じてしまう。

 どうせ俺は夢も希望もないよ。悪かったな、将来設計ゼロで。とか、心の中で卑屈に愚痴ってしまう。


 二次会で行った店でも、俺はみんなに合わせて愛想笑いを浮かべているだけだった。楽しそうに話す彼らには、キラキラと輝く未来が開けているように見えた。啓太郎と洋介と将来の話なんてしたことはないけど、人の夢を卑屈にならずに応援できる彼らには、もしかしたら俺の知らない夢があるのかもしれないと、何となく俺一人置いて行かれた気分になっていた。

 一人席を離れて、トイレに向かった。多くの人がごった返す騒がしいフロアを突っ切って、トイレに逃げ込めば、そこは静かで落ち着いた。壁に背を預けて溜息をつく。

 騒がしい場所は、嫌いじゃないし、仲間や女の子と飲むのだって楽しい。だけどそれは、漫然と過ぎていく毎日の一部で、心揺さぶるような出来事ではない。

 トイレを出て席に戻ろうとすると、店員とぶつかりそうになった。

「すみません」

「いえ、こちらこそ」

 謝ると、天使のような笑顔で店員は答えた。

 確かハトリと言ったか。この店に時々来ると言っていた女の子が、バーテンダーがリヒト、背の高い店員がカザキ、可愛い顔の男の子がハトリと、店員の名前をさっき教えてくれた。

 そのまま背を向けて席に戻ろうとした俺を、ハトリが「あ、ちょっと」と呼びとめた。振り向いて用件を聞こうとする前に相手が言った。

「どうかした?」

 それはこっちのセリフだ。人を呼びとめておいて、何でイキナリその質問なんだよ。

「どうって、…別に、何もないけど」

 正直に答えてハトリの顔を見やる。ハトリのくりくりと大きな目が俺を見上げた。子犬みたいなその顔から思わず視線をそらす。なんだかこの目にじっと見つめられるのは苦手だ。

「じゃあ、何でそんな顔してるんだよ?」

「そんな顔って言われたって…」

 一体俺がどんな顔をしてると言うんだ? そんなに不細工じゃないはずだ。初対面の人間に心配される顔ってどんなだ?

「俺の顔、なんかおかしい?」

「ううん。おかしいってわけじゃないんだけど、どうしたのかなって」

「だから何が?」

「不安でたまらないって顔、してるから」

 そんなこと、初めて言われて、ちょっと驚いた。

「…何にもないんだよ」

 本当に。

 夜が眠れなくなるような悩みや悲しみも、思わずスキップしてしまうような喜びも、心ふるわせる出来事なんて、俺にはないんだ。

2009年初出。

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