stimulation 01
別に毎日に不満があるわけじゃなくて。
きっと人から見たら充分に幸せで。
だけど何か足りない。
平凡すぎて退屈な私。
ほんの少し、刺激が欲しくて…。
夜遅く、両親にバレないように家を抜け出した。刺激を求めるなら人の多い所だと考えて繁華街へ向かう。色とりどりのネオンに彩られた街は夜だというのににぎやか。昼間とは違う賑わいを見せている。
一人で歩く私に男の人が声をかける。店のスカウトや呼び込みのおにーさん達が怖くて、私は人通りの少ない道へ出た。
やっぱり慣れないことはするもんじゃないと思って一息つくと、ふと、階段を降りた先にあるドアが目に入った。
興味に駆られて、そのドアに近づく。ドアの横にある灯りが黒いドアを照らすけれど、店名は見えない。でも「OPEN」の札は掛かっているので、思い切ってドアを押し開けた。
そこは、色を失って、色を得た世界。
暗い店内に時折色が走る。様々な色に変化する照明が色を操る。
カウンターにバーテンダーが一人、客と会話しながらお酒を出している。フロアーにひしめく人の間を二人の店員が酒の乗ったトレーを片手に歩いている。
フロアーの奥にはステージ。
鼓膜を振るわせる音がステージの上から押し寄せる。
ステージで演奏するバンドの歌声や、ギター音、ベースにドラムの音、店内に反響して空気を振るわせる音すべてが私の肌にざわめきを起こす。
下から突き上げる響く音。
体に伝わる振動と共に心臓を突き上げる。
鼓動が早くなる。
興奮が、湧き起こってくる。
夜遅くに親の目を盗んで出掛けてきたという罪悪感と、校則を破ったスリルと、非日常的な空間に、私の心は浮き足立って、フロアーの方へ進んでいった。
バンドの歌に引き寄せられるように、私はステージの方へ歩いていった。
慣れない場所で、暗くて人が多いので、フラフラと歩いていた私は人にぶつかってしまった。
相手に弾かれて私は床にしりもちをついた。それと同時に持っていたバッグの中身が散らばる。私は慌てて起き上がってバッグの中身を拾った。ケータイに化粧ポーチ、それから落ちた時に取れてしまったらしいクマのぬいぐるみの携帯ストラップ。荷物を拾う私に上から声がかけられた。
「ねえ、痛いんだけど。荷物拾うより謝る方が先じゃね?」
私は顔を上げた。私と同じ歳くらいの男二人組の一人が言った。
「あ…ご、ごめんなさい」
思わず私は謝った。
「ちゃんと前見て歩けよ」
この場合、私だけが悪い訳じゃなくて、前をちゃんと見てなかったお互いが悪いんだと思ったけど、怖くてそんなことは言えなかった。
「まあ、いいじゃん、アツキ」
もう一人の男が言った。一瞬、助け舟を出してくれたのかと思ったけど、甘かった。
「このコ、ワリと可愛いし、付き合ってもらえば」
「そうだな」
アツキと呼ばれた男が同意する。(するな、そんなもん!)
「じゃあ、俺らと付き合ってくれたら許してやるよ」
何をどう許してもらうのか全然理解不能です!と叫びたかったけれど、掴まれた腕が痛くて、怖くて、口に出来なかった。
こんな所に来るんじゃなかったと心から後悔した。
「やっ…!」
腕を引っ張られ、それだけ言うのがやっとだった。
不意に、腕を掴んでいた男の手が緩んだ。
見ると、男と私の間に誰かが立っている。その手は男の腕を掴んでいる。
「お客様、店内でこのようなことはおやめください」
男を見上げた姿勢で彼は言った。口調からして店員だろう。
「何だよ、ウルセーな!」
「それともアンタが付き合ってくれんの? オンナノコみたいなカワイイ顔してさ」
男達の言葉は完全にからかいを含んでいる。確かに、店員は小柄で、長身の男達とまともにやり合えるとは思えなかった。
「他のお客様のご迷惑になりますのでお帰りください」
変わらない口調で店員は続ける。
「…ッ!?」
腕を掴まれていた男の表情がこわばった。慌てて店員の腕を振りほどく。店員の手から解放された男の腕は、赤く絞められた痕が付いていた。
「さっさと失せろ」
店員にスゴまれて、男達は慌てて店を出て行った。
「大丈夫?」
店員が振り向いた。私と同じくらいの歳の男の子だ。女の子みたいに可愛い顔をしている。
「あ…は、はい! ありがとうございました」
天使みたいなその微笑に一瞬見とれていた私は、慌てて返事をした。
「あ、あの、大丈夫なんですか? お客さんに帰れなんて言っちゃって…」
年齢からしてバイトらしい彼が私は心配になった。
「平気平気。うちは客を選ぶから」
彼は微笑んで平然と言った。
ふと、彼は視線を下に落とし、足元に落ちていたカードを拾って私に渡した。
「はい、落し物」
「あ…!」
学生証だ。こんな所に来るのにそんなもの持ち歩くなんて、私って何てバカ! いつもバッグに入れっぱなしだったから、一緒に持ってきちゃったんだ。
「遅くなるとこの辺治安悪くなるから、早めに帰った方がいいよ」
彼は天使のように微笑んだ。
「ハトリくーん」
客の誰かが呼び、彼は私に「じゃあ」と手を振って、そっちへ歩いて行った。
2004年初出。