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3A.M.  作者: 如月 望深
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good-bye blue 02

 社会人三年目にもなれば、仕事にも慣れてソツなくこなせるようになる。時々細かなミスはするけど、それも大事件にはならない程度だ。もちろん、その方がいいんだけど、入社したての頃の緊迫感は日に日に薄れて行く。

「佐藤、会議用の資料は?」

「もう出来てます」

 はい、と上司に手渡した。

 手馴れたルーティンワーク。特別なことなんて、何一つない。

 当たり前に繰り返される日常。ドラマチックとはかけ離れた人生。

 今の私は、たぶん、幸せなほうだと思う。ごく普通の両親の元に生まれ、それなりに恵まれた生活をしてきた。仕事にもきちんと就いて、お給料だって悪くはない。仕事も嫌いじゃないし、友達もいる。容姿だって酷く悪いわけでもなく、ごくごく普通。

 絵に描いたように、普通。

 この普通な幸せを享受しながら、私はこの先もこの生温い幸せが続いていくのだろうと思っている。何の変哲もない、普通の人生。悪くはないけど、特別でもない。


 定時で会社を出て、マフラーを巻き直した。冷たい風が吹きぬけていく。息を吐き出すと白く染まり、寒さに首をすくめて下を向いて歩いた。

ふと、足もとにオレンジが転がってきた。この道は少し坂になっているから、上から転がって来たのだろう。拾い上げて坂の上を見た。


 そこに佇む彼は、ポートレートのように絵になる。


 まるで、映画のワンシーンみたいだ。曇り空に色あせた景色の中で、彼だけが色づいたように見える。大きな紙袋を抱えた男の子が私を見ていた。その紙袋からオレンジが覗いていて、私の手の中のオレンジが彼の落としたものだろうと推測できた。

 ゲレンデで出会った男の子。友人と行ったお店で再会したハトリ。偶然も三回続けば、まるで運命みたいな気がする。

 私は彼の元に歩み寄り、オレンジを差し出した。ありがとう、と言いつつ彼は受け取らない。

「それ、あげるよ」

 オレンジを指差して彼は笑った。

「もう店には出せないし」

 歩き出した彼の後を追って話しかける。目の前で彼のブルゾンのファーが揺れる。

「ねえ、あの店はバイト?」

「いや、本業だよ」

「じゃあ、ハトリ、学校は?」

「行ってない。ていうか、俺、学生じゃないし」

 そうなんだ。てっきり高校生くらいかと思ってた。それを口にすると、よく間違われる、と彼は笑った。

「ええと、名前は?」

 ハトリは歩調を緩めて、私に視線を向けた。

「奈美。佐藤さとう 奈美なみ

 答えると、可愛い笑顔で訊かれた。

「奈美さん、今日も店に来る?」

「行く」

 そんな顔で言われたら、行きたくなるってもんでしょ。おねーさんは誘われているのかと勘違いしそうだわ。



 お店に行くと、カザキが「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。リヒトさんはカウンターから会釈をくれた。

「奈美さん、いらっしゃい」

 フロアーから出てきたハトリが声をかける。それに手を挙げて応えて、フロアー席の隅に座った。

 彼らはみんな忙しそうにお客さんに応対していた。たくさんのお客さんを三人だけで相手をするのだから大変だろう。だけど、彼らは大変さなど微塵も見せずに楽しそうにしていた。

 お客さんもみんな楽しそうだ。フロアーで踊ったり、友達とおしゃべりをしたり、行き交うカザキやハトリを呼び止めて話をしたり、カウンターでリヒトさんの笑顔にうっとりしたり。

 きっと、ここにいる人の多くは、彼らの放つ特別な光に惹かれてやってくる。

 彼らは、誰にとっても特別で、人込みに紛れることもなく、その存在は異彩を放つ。

 平凡で普通で、すぐに埋没してしまう私とは正反対に位置する人たちだ。

「お待たせしました」

 オーダーしたカクテルをハトリが持ってきてくれた。ありがとう、と受け取る私の顔をハトリがじっと見る。

「どうしたの?」

「え? 別に、何も…」

「何か言いたそうな顔してる」

 そんな顔していたかと思わず頬を触って確認する。にこりと笑ったハトリがまるで促すみたいに見えたので、思ったことを口にした。

「何だかね、ハトリたちが特別に見えて、少し羨ましいと思ったの」

 彼らは、とにかく目立つのだ。その美しい容姿のせいもあるけど、彼らの放つ強い光が、人目を惹き付ける。

「私は普通だから、少しくらい特別な何かが欲しいよ」

 少し思案するようにハトリは眉根を寄せた。

「人間て、生まれてきた時点でみんな特別なんじゃない?」

「そうかな? だって、私なんて目立たないし、いつもその他大勢になっちゃうし、やっぱり普通だと思うな」

「俺は、『命』があるってことは、それだけで充分特別だと思うけど」

 確かに、この世に生まれてくることは、すごく小さな可能性の積み重ねなのだと聞いたことがある。そして毎年、歳を重ねていくということも。

「だけど、大人になると、誕生日も特別じゃなくなっちゃうよ」

 大きな目で私を覗き込んでハトリは続きを促した。

「今度の土曜日、誕生日なのに仕事なんだ。この時期っていつも忙しくて。仕事してると、誕生日とか関係ないし、全然特別って感じじゃない」

 子どもの頃は、確かに誕生日は、普通の私にとっても特別な日だった。誰かが必ず私の誕生日を祝ってくれた。だけど、大人になると、それもない。

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