fly 02
一人でクラブアンダーワールドを訪れた俺を、カザキはフロアー席へ案内した。ビールを注文しても「かしこまりました」と言うだけで、この間の視線に深い意味はなかったようだ。
カザキが持ってきたビールに口をつけていると、なぜだか俺に視線が集まっていた。何だと思って辺りを窺うと、視線の意味がわかった。
同じ顔がこちらへ向かってくる。
「隆仁」
名前を呼ばれて、思わず相手の名前を呟く。
「雄介…」
目の前に弟が立っていた。
周りの視線が雄介に集まっている。もともと俺たち兄弟は長身で目立つのだが、雄介に視線が集まるのは、それだけではない。俺にはない輝き。内面からにじみ出る光に人の目は吸い寄せられるのだ。だから俺には向けられない羨望と憧れの視線が注がれる。
「何しに来たんだよ?」
こんなところに出入りしてコーチや監督や教師がいい顔しないのはわかっているはずだ。しかも寮を抜け出してきたのか?
「もうすぐ大阪の会社の寮に入るから実家にちょっと戻ることになったんだけど、隆仁いなかったから、お母さんに友達の連絡先教えてもらって、いそうな場所聞いてきた」
そうじゃなくて、俺に何の用だと言いたかったのだが、雄介が勝手に俺の斜め向かいに座って、訊くタイミングを逃した。
「大阪に行く前に、隆仁とちゃんと話したいと思って」
「話すって、何を? 俺は何も話すことなんてないけど」
「俺にはあるよ」
真剣な顔で雄介は言った。
オーダーを取りに来たカザキが、雄介の顔と俺の顔を見比べた。何も言わずに雄介の烏龍茶というオーダーを取ってカウンターへ戻っていく。
フロアーは暗いが、時折光が走り、その光に照らされたカザキは異様に目立つ。後ろ姿でさえ目を惹き付けられる。激しい光がカザキに注がれ、人の視線がカザキに向けられる。その足もとには闇ほどの暗い影がついていく。
「隆仁に、バレーを続けて欲しいと思って」
思いがけないことを切り出されて、俺は雄介の顔を穴が開くほど見つめた。
何をいきなり言い出すんだ、コイツは? いや、イキナリでもないのか? そういえば、部活を引退した時も、俺にバレーを続けるようにしつこいくらいに言っていた。もちろん俺は無視したけど。
「何言ってるんだよ。もうバレーは辞めたんだよ」
「本当は、続けたいと思ってるんだろ?」
何を根拠にそんな寝ぼけたことを言うのか? 第一、俺からバレーを奪ったのはお前じゃないか。
「俺にはお前みたいに才能がない。もう見切りをつけたんだよ」
そう言い捨てた。最初から、高校までと決めていた。「宇野の兄」と呼ばれるのも、もうやめにしたい。なのに、雄介はまだ引く様子がない。
「俺は、隆仁は才能あると思うよ。俺、隆仁に憧れてバレーを始めたんだ。隆仁がバレーしてるのを見てカッコイイって思ったから」
そんなこと知るか。それと俺がバレーを続けることには何の繋がりもない。俺に才能があるなんて、そんな同情みたいなことを言うな。そんなの、才能ある奴の傲慢だ。
「一緒に全日本を目指そうよ」
はあ? 何言ってんの、コイツ? 意味わかんねェ。そりゃ、確かにお前は頑張れば入れるかもしれないよ。でも、何で俺に一緒になんて言うわけ? 俺には才能がないってわかってるだろ? しかも努力もしてない。半年以上もブランクがあって、どうやって全日本に入るんだよ?
「意味わかんねえ」
俺はうんざりして頭を横に振った。
「俺は隆仁と一緒にバレーがしたいんだよ。俺たち、息ピッタリだったろ? 双子の阿吽の呼吸があれば、世界に通用するコンビが出来ると思うんだ」
キラキラと目を輝かせて興奮気味に意気込む雄介に、俺は深い溜め息をついた。バカな弟を持つと兄は苦労する。
「あのね、俺はもうバレーは辞めたの。もうやるつもりもない。わかったら、さっさと帰れ」
そこへ、タイミング悪くカザキが烏龍茶を持ってきた。雄介は席を立たず、出された烏龍茶を飲んだ。
一度タイミングが狂うと、どんどん間が悪くなっていく。
「宇野くん」
この間紹介された女が現れた。こんな時に何だよ、とげんなりする。
「あれ、もしかして、例の弟くん!?」
俺の斜め向かいに座る雄介の顔を見るなり、女は興奮した声を上げた。バレーの実業団に内定したんだって?と馴れ馴れしく話しかけ、雄介は圧倒されるように頷いた。名前は?と訊かれて弟が答えると、訊いてもいないのに女は自己紹介した。俺の友達だと言って。
「雄介くん、すごいよね。あたし、バレー好きなんだ。絶対応援行くからね!」
俺のことなどお構いなしに、あからさまに女は雄介に食いついた。
バレーの実業団に入ることが、どれほど偉いんだと心の中で毒づいてみる。バレー選手なんて、ジャンプで足腰痛めて選手生命は短いし、野球やサッカーに比べればマイナー競技だし、W杯なんかの大きな国際試合の時だけにわかファンが増える程度で、給料だってそういい方じゃないだろう。
ああ、だけど、わかっている。そういうことじゃない。
そう、誰の目も、みんな雄介に向く。
いつだったか、俺に付き合って欲しいと言ってきた女も、本当は雄介のファンだった。バレー一筋で相手にされなさそうだから俺にしたのだと悪びれもせずに言った。俺は雄介の代わりにされたのだった。
親でさえ、「あんたも雄介くらい頑張ればねぇ」と言いながら、雄介の実業団内定を喜んだ。そりゃ、将来有望な息子の方が可愛いだろう。
ああ、こいつは俺にとって闇だ。
俺の存在意義を簡単に消してしまう。
そして、俺の輪郭さえも奪う。
強い光の下には暗い影が出来る。光が強ければ強いほど、影は濃くなり、闇を作り出す。
闇は、俺から光を奪って、輪郭を奪う。
念のため、ですが。作者はバレーボール好きです。実業団云々は宇野兄が一生懸命毒づいた結果ですので、バレー選手を貶める意図はございません。まあ、バレー選手の悲哀と言えば言えなくもないというか…。




