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3A.M.  作者: 如月 望深
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 ああ、反吐が出る。

 あいつは闇だ。俺の輪郭さえも奪う。



 遊び仲間が連れてきた女は結構イケてた。反応もまずまずだし、脈があるならもう一押ししてみようか。場所をクラブに移して、俺は本気モードで口説きにかかる。相手もまんざらではない様子だ。

「こいつの双子の弟がバレーボールやってて、実業団に内定したんだよな?」

 女の子がバレーボールが好きだと聞いた友達が急に俺に話を振った。

「ええ、そうなの? スゴイ!」

 女の子は興奮したように俺を見た。俺は友人を睨みつける。何であいつの話なんか持ち出すんだよ。こんな時にあいつの話なんかしたくない。

「どこのチームに入るの?」

 なのに、狙った女は興味津々で訊いてくる。仕方なくチーム名を答えると、今までにないくらいのリアクションを見せた。

「うそ。ほんと? スゴーイ!! あたし、そのチームのファンなんだ。絶対応援行く!」

 ああ、そうかい。勝手に行ってくれ。

「ねえ、顔は? 似てる?」

「…似てないよ」

「ウソつくなよ。そっくりじゃんか」

 またしても余計な口を友達が挟む。こいつは偶然弟に会ったことがあり、顔を知っている。

「似てないよ」

 本当に、似ていないんだ。確かに、顔の造りは似ているかもしれない。けど、光り輝く道を歩いているあいつと、その道から外れた俺では違う。

「いやいや、ウリ二つだよ」

 もう面倒になって反論をやめた。他人から見れば、似ているのかもしれない。今でこそ髪型や体格で違いが判るが、小さい頃は見分けが付かないとよく言われたものだ。

「宇野くんの顔でバレーボール上手かったら、超いいじゃん」

 興奮したように女の子が言う。ああ、そう。結局、俺よりあいつがいいんだな。

「ねえ、ポジションはどこなの?」

「知らない。俺、バレー興味ないから」

 キッパリと言うと、そうなの、と少し残念そうにした。そこへ、お待たせしましたと背の高い店員が現れてテーブルにグラスを置く。

「カザキ、ビール追加」

 仲間の一人が声を掛け、店員は何か言いたそうに俺たちを見た。未成年だということがバレて咎められているのだろうか。いや、この店に未成年で酒を飲んでる奴なんて他にもいるし、そんなことを言うような店じゃないだろう。店員は「かしこまりました」とだけ言って去った。

 その背中に女たちの視線が向けられる。女だけじゃない。周りの人間の視線を惹き付けて、奴は人込みを通ってカウンターへ向かった。

「ねえ、弟くん連れて来れない? 今度一緒に来てよ」

 さっきのことを気にした風でもなく女の子が話に戻る。

「無理だよ」

 これもはっきり断る。

「あいつ、寮に入ってるから夜外出できないし、酒飲まないから、こういうとこ来ないよ」

 将来を嘱望されるスポーツ選手にスキャンダルはご法度だ。まだ高校生のあいつがこんなところで飲酒疑惑をかけられては将来に響く。あいつはそれを判っている。誘っても来ないだろう。まあ、もともと誘うつもりもないんだけど。

「それに、内定した会社が大阪だから、もうすぐ大阪の寮に入るって」

 母親から聞いた情報だった。高校の寮に残っているあいつと、実家に戻った俺は、ほとんど顔を合わせていない。

「なんだぁ、残念」

 女は心底残念そうに言った。もういい加減、この女と一緒にいるのが嫌になって、俺は用事があるとウソをついて店を出た。



 ああ、反吐が出る。



 どうしていないところでさえ、あいつに話題をさらわれなければならないんだ。どうしてあいつばかりに目が向くのか。

 吐き気を堪えて路地裏に入った。もともとこの店は路地にあるのだが、更にビルとビルの間の通路に入り、店の裏側に出る。店の入り口は地下にあるが、裏口は1階に見えた。

 込み上げる気持ち悪さを抑えて壁を拳で殴りつける。手の痛みと引き換えに、吐き気が鈍くなる。もう一度壁を殴る。手に痛みが広がる。けれど吐き気は治まらずにえづく。

「壁を壊しても吐いても器物損壊だぞ」

 頭上から声がして、地面に向けていた目を上げる。ビルの裏口からゴミ袋を持った店員が出てきたところだった。

 背の高いその店員は、確か、カザキといったか。

「…うるさい」

 不機嫌に答えても、相手は気分を害した風ではなかった。余裕たっぷりな笑みを口元に湛えている。

 何だか無性にムカついた。

 あいつと似ていると思った。自然と人目を惹き付ける光を持っている。簡単に他人にかすむ俺とは違う。輝く人間特有の余裕があるように思えて、それが異常にムカついた。

「お前みたいな人間には、わからない」

 俺の痛みが。俺のもどかしさが。どうにもならない憤りが。深く吸い込まれて逃れられない闇が。

 あいつは、弟の雄介ゆうすけは、俺のコピーのようだった。いつも一緒で、何をするにも一緒で。俺の真似ばかりしていた。でも、いつでも俺の方が上手く出来て、あいつはいつも悔しがっていた。

 俺が中学生になって始めたバレーボールも、あいつは中二になってから遅れて始めた。最初に入っていたサッカー部で先輩との折り合いが悪くて部を変わったのだ。あいつがバレーを選んだのは、サッカー部とは違う体育館部活だったことと、俺がいたのが理由だった。途中から入るなら、俺がいた方が安心だと。

 初心者だったはずなのに奴はメキメキと力を付けて、二年の冬にはエースだった俺の対角になった。「東中の宇野兄弟の弟」と、他の中学からも一目置かれるようになった。

 そして、三年生になると、俺からエースの座を奪った。俺がエース対角で、あいつはエース。周りからの呼び名も、あいつが「東中の宇野」で、俺が「宇野の兄」と言われるようになった。

 あいつは俺の弟なのに。あいつの方が後から始めて、最初は俺の方が上手かったはずなのに。あいつが上手くなっても俺の評価が酷く下がるわけではなかったが、あいつにエースポジションを取られた俺は、はっきり言ってショックだった。

 そして奴の活躍はバレー強豪高のスカウトの目に留まり、奴は推薦入学した。俺も一応「宇野の兄」ということで同じ高校に進学した。高校でも、「宇野雄介とその兄」という扱いは変わらなかった。

 高校三年生になって、雄介にはいくつかの大学からの推薦話と実業団からの誘いが来た。雄介は早くリーグに出たいと実業団に入ることを決めた。俺には、雄介と一緒ということを前提に誘ってきた大学もあったが、あいつが実業団に進む以上、その話はないことになった。俺としても、そんなおまけみたいな扱いで入りたくはない。進学はする予定だが、バレーとは関係ない大学を普通に受験するつもりだ。

 高校入学と同時に学校の寮に入っていた俺達は、部活引退後、実業団へ進む雄介は寮に残り、俺は実家へ戻った。俺は部活引退と同時にバレーと縁を切ることにした。

 もう、バレーボールと関わるつもりはない。バレーの世界では、俺はいつでもあいつの二番手に成り下がるだろう。どんなに活躍しても、「あの宇野の兄」と言われるのがオチだ。いや、そもそも、俺には活躍できるほどの才能がない。

 あいつの才能を思い知らされて、自分の才能のなさを悟った。双子で、同じ血が流れて、同じ遺伝子を持っているのに、俺とあいつはこうも違う。才能に恵まれたあいつと、恵まれない俺とでは、出来が違うのだ。

 俺は見切りをつけた。あいつに才能があるのはあいつのせいではなく、バレーを始めたのだって偶然で、あいつに罪はない。

「だけど、俺からバレーを奪ったのはあいつだ」

 堪えきれない嫌悪感を隠さずに俺は口にした。あいつに罪がなくても、俺から光を奪ったことに変わりはない。

「恨んでんの? 弟を」

 黙って俺の話を聞いていたカザキが口を開いた。

「…わからない。嫉妬なのかもしれない。羨ましいのかもしれない。光り輝いてるあいつが」

 こんな話を、誰にもしたことはなかった。なぜだろう、カザキには自然と話せた。

「光と影は表裏一体だ。光があれば影ができる。光が強ければ、その影は濃くなる」

 ポツリとカザキは言った。

 ああ、あいつが光で、俺が影。あいつがいる限り俺は影でしかないのだ。いつでもあいつの影でしか。

2008年初出。

ちなみに、壁に吐いたら器物破損というような台詞がありますが、現実には、他人の所有する建物の壁に“故意に”吐いて使用に影響を及ぼしたら器物損壊罪らしいです。

また、文中のバレーボールのポジションは、結構昔の言い方をしています。今でいうと、エースとエース対角(どちらもレフト)がアウトサイドヒッター、ライトがオポジット、センターがミドルブロッカーです。セッターとリベロは変わっていません。

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