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3A.M.  作者: 如月 望深
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justice 02

 訪れたことのない街で、なぜあんな路地裏に足を向けたのか。何かに引き寄せられるように、その店のドアを開けた。薄暗い店内には騒がしい音楽が流れていて、いつもなら絶対にこんなところで酒を飲んだりしないが、何となくカウンターへ向かった。

「いらっしゃいませ。ようこそ、当店へ」

 綺麗な顔のバーテンダーが微笑した。

 カウンターの席はまだいくつも空いていたが、カウンターに突っ伏して寝ている男の二つ隣の席、つまり椅子一つ空けて隣へと座った。

 フロアーは多くの人が踊ったり騒いだりしており、二人の店員の動きも忙しない。それとは異なり、このカウンターが落ち着いた雰囲気なのは、この物静かなバーテンダーのせいだろうか。

 お勧めのものをと注文すると、バーテンダーは頷いて黒いカクテルを出した。

「どうぞ、アイアン・ハンマーです」

 物騒な名前の割に香りは甘く、口に含むと薬のような独特の風味が鼻に抜けた。強いアルコールのパンチが効いている。なのに、なぜかクセになる味で、ごくりと飲み干した。

「人生って、まるでレールを走ってるみたいだ」

 そんな台詞が口からこぼれだした。バーテンダーは何も答えなかったが、構わず続けた。

「邪魔な石があったら跳ね飛ばしてさ」

 それを跳ね飛ばさなければ脱線してしまう。

 バーテンダーの視線が話を聞く態勢であることを告げていたので話を続けた。

「今年会社を興して、まあ軌道には乗ってきたけど、そのために邪魔な石を弾き飛ばしてきたんだ」

 利益のために跳ね飛ばされた石は、どんな末路を辿るのだろう。しかし、成功のために犠牲はつきものだ。何かを手に入れるためには、何かを捨てなければならない。

 ひとつ向こうの席で眠る男の背中に、かつて自分が弾き飛ばした男を思い出した。

「高校生の頃、大嫌いな奴がいたんだ」

 俺の通っていた高校は、そんなに頭のいい学校じゃなかった。不本意ながらも俺は、中学からの持ち上がり組みだった。教育熱心な両親は、出来のいい兄貴と同じ有名私立中学に俺を入れたがった。ところが、その兄貴に風邪をうつされたせいで中学受験に失敗した。仕方なくレベルを下げた中学に入った。高校は中学で失敗したところを受けた。けれど、クラスメイトにうつされた風邪でまたも失敗した。二度目の失敗は致命的だった。両親は口には出さなかったが明らかに落胆し、兄貴にばかり期待をかけるようになった。仕方なくエスカレーターで高校に上がった俺は、これ以上両親を落胆させないように努めた。成績優秀、品行方正な優等生を演じた。

 一方、あの男は高校からの外部入学だった。たいして成績がいいわけでもないのに、いつでも友達とつるんでくだらないことで馬鹿笑いして、この世に悩みの一つもないような姿が無性に腹立たしかった。あの笑顔を見る度に虫唾が走った。

 あいつに少しでも嫌な思いをさせてやろうと度々嫌がらせをしたが、あいつはいつもそれを笑い飛ばした。その状況を楽しんでいる節さえあった。

 楽しんでなどいられない状態にしてやろうと、盗みの罪を着せた。クラスメイトも教師も、あいつの主張ではなく俺の主張を信じた。やっぱり、こんな奴より俺の方が上なのだと優越感を抱いた。

 ところが、ただ一人、クラスの女子が奴を信じた。俺が一人でいる時にその女子はやってきて、どうしてあんな嘘をつくのかと俺を責めた。俺よりあいつを信じる奴がいるなんて許せなかった。

 あいつの存在を俺の人生から消してやろうと決めた。

 自分を陥れた俺に激昂して奴が殴りかかった。その時、避けた拍子に怪我をした。それを教師に殴られたのだと訴えたら、あっさり教師は信じた。

 そして暴力事件が原因で、奴は退学になった。

 この学校に──俺の人生に、あいつはいらない。


 俺の正義の勝利だった。


 人の人生を駒のようにこの手で操れる優越感を得た瞬間でもあった。両親と兄貴を見返したくて会社を作ったけど、会社経営の中で、俺に人生を支配される人間を欲しただけなのかもしれない。

「──きっと、羨ましかったんだな、あいつが」

 自分とは正反対のあいつが、羨ましくて──許せなかった。

「まるで、懺悔のようですね」

 マリアのように美しい微笑でバーテンダーは言った。

「俺は後悔なんかしてない。あいつのために懺悔なんかしない」

 強く反論すると、それ以上議論する気はないようで、バーテンダーは「そうですか」と答えただけだった。

「どうして皆、僕に話すのでしょうねぇ」

 微笑を崩さぬままバーテンダーは俺の前にあったカクテルグラスを下げた。

 余計なことを話しすぎたと思った。今日はどうかしている。これ以上ここにいたら、もっとくだらないことを話してしまいそうだったので席を立った。

「僕に言わせれば、所詮」

 バーテンダーの声にスツールを降りたまま止まった。

「正義なんてものは、自分にだけ都合のいい理屈でしかありませんけどね」

 バーテンダーの表情も声も口調も穏やかだったが、その分冷ややかな印象を与えた。返すべき言葉も見つけられずに、帰るタイミングを逸して立ちすくんでいると、傍らの席の男が身じろぎした。

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