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3A.M.  作者: 如月 望深
55/106

fall 01

「重いんだよ、お前」


 それを言われた時の衝撃といったら、鈍器で頭を殴られたみたいな感じだった。

 どうして?

 口からこぼれるのはそんな言葉だけで、ただ理由を問うだけで、けれど相手は納得のいく理由をくれはしなかった。

 ただ、私が重いと。

 私の気持ちが、愛しているという言葉が。


 重  い 、 と。


「もう、うんざりなんだよ、お前の独りよがりな恋愛に付き合うのは」

 男は、心底嫌そうな顔をして告げた。

「そんなことしてくれって誰が頼んだんだよ。勝手なことするな。知ってるか? そういうのを、自己満足って言うんだよ!」

 何がいけなかったのか、心は困惑したままで、男の言い分が理解できない。

「…ごめん…なさい…」

 口では謝って、けれど何をそんなに責められているのか、どうしてこの人はこんなに怒っているのか理解できずにいた。

「二度と俺の家族に会うな」

「でも、お母さんとはちゃんと仲直りした方がいいと思って…」

「余計なお世話なんだよ! お前には関係ない!」

 私の言葉を遮って男は怒鳴った。

「お前のそういう知った風な親切がウザいんだよ!」

 男は、どうやら私が男に黙って男の母親と会ったことを怒っているようだった。

 彼は親の期待を裏切って親元を出て、親と絶縁状態になっていた。でも彼のお母さんは心配して彼を訪ねてきた。その時彼は留守で丁度彼の家に来ていた私が応対した。それから、彼のお母さんと何度か連絡を取って彼との仲を取り持とうとした。

 私は良かれと思ってしたことだった。

 いずれ結婚することにでもなれば、彼の両親は私の義理の親になるのだし、結婚はみんなに祝福されたい。彼と彼の両親が仲直りするなら今だと思った。私が間に入って上手くいくと思った。

 なのに、彼に内緒で彼のお母さんに会っていることがバレると、男は私を責めた。

「どういうつもりだ? 人の家の事情に土足で踏み込んで」

「だって、お母さん、心配してたから…」

「お前の母親じゃない。それとも何か? いずれ母親になるとでも?」

 皮肉な笑顔で男は言った。それは、男が私と結婚する気などないという意味だった。

「家族のことには触れるなと言ったはずだ。何で余計なことをした?」

「だって、あなたのことが好きだから…」

 男は鼻で笑った。

「好きだと言えば、俺が許すと思うか?」

 彼には、私のしたこと何もかもが気に食わないのだ。もう私には、彼の傍にいることが許されないのだと、彼の形相から悟った。

「お前のそういう押し付けがましい愛情が、重たいんだよ」




 そりゃ、嫌がることをした私も悪かったかもしれないけど。でも、親子なのにいつまでもこのまま絶縁状態でいるなんていいわけないし。お母さんは心配してたし。本当は自分だってお母さんに会いたかったんじゃないのかな。

 ちょっと気に入らないことをしたからって、余計なことをしたからって、あの言葉は酷すぎる。

 重いなんて、ウザいなんて、そんなの、


 一度でも好きだと言った女に対して言うセリフかーー!!


「まあまあ、メグ落ち着きなよ」

 一緒に飲みに来ていた友人が宥めるけれど、私の怒りは収まらない。

「だって、自分で言うのもなんだけど、結構尽くしてきたと思うよ? なのに、何であんなこと言われなきゃいけないわけ?」

「飲みすぎだって」

 もう一人の友人が私の手からグラスを取った。

「飲まなきゃやってられないっつーの!」

 友人からグラスを奪い返して中身をグイと飲む。まったく、と呆れた風に友人たちが溜め息をついた。

 ここは友人に連れてきてもらったクラブ。落ち込んでいる私を、こういう時はパーッと飲もうと誘ってくれた。

 この店は、初めて来たけど気に入った。落ち着いたカウンターバーと賑やかなフロアーが対照的なのにマッチしていて面白い。私達はフロアー席で飲んでいた。大勢の人が踊るフロアーは暗いのに熱気が立ち込めて、どこか開放的な気分を与えた。



「おーい、いい加減に起きろ」

「よくここまで熟睡できるよなぁ」

「飲みすぎたんでしょう」

 遠くの方で会話が聞こえる。この声は聞き覚えがあるような、ないような…。

「起きろって」

 ペチペチと頬を叩かれて薄っすら目を開けた。

「あ、やっと起きた」

 開いた目に、大きな茶色い目が飛び込んできた。

 驚いて慌てて顔を上げると、ふわふわの茶色い髪に大きな目の男の子が私を覗き込んでいた。ハトリだ。私をこの店に連れてきた友人がそう言っていた。

「酒癖悪くて寝起きも悪いか」

 ハトリの脇には背の高い黒髪の男。確か、名前はカザキ。どうやらこの男が私を起こしたらしい。

「大丈夫ですか? お水どうぞ」

 もう一人、優しく声を掛けてくれたのは、バーテンダーのリヒトさんだ。

「すみません」

 水の入ったグラスを受け取った。冷たい水を一気に飲み込むと、少しずつ頭にかかったもやが晴れていく。

 辺りには、人がいない。音楽も流れていない薄暗い店は静かだ。テーブルの上は既に片付けられている。

「友達、あんた置いて帰っちゃったよ。あとはお願いしますなんて薄情だよな」

 カザキが私の寝ぼけた頭に状況を説明する。

「あんたももう帰りなよ。閉店時間だから」

 ハトリが促す。

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 私はグラスを置き、立ち上がって一礼した。

「お気を付けて」

 ドアに向かう私にリヒトさんが微笑んだ。会釈して通り過ぎ、ドアを開ける。

 辺りは夜というには少し明るかった。空は既に夜から朝になりかけている。かすかに光る星が、夜を名残惜しそうに見送っている。少し冷たい風が火照った頬を撫で酔いを醒ます。

 ゴン、という鈍い音がして、頭に痛みが走った。

「あれ、まだそこにいたの?」

 頭を抑えて振り向くと、開いたドアの向こうにハトリが立っていた。

「忘れ物」

 ドアの隙間から差し出されたのは、私のバッグ。どうやら寝ぼけて置いてきたらしい。

「これ置いて、どうやって帰るつもりだった?」

 おかしそうにハトリは訊いた。私の頭にドアをぶつけたことなど、気にも留めていないようだ。

「…ありがとう…ございます」

 一応お礼を言ってバッグを受け取った。ハトリが持ってきてくれなければ、バッグを忘れたことすら気付かずに帰るところだった。

 じゃあ、と軽く会釈してハトリに背を向けた。

「またのご来店をお待ちしています」

 背中に掛けられたハトリの声に振り向くと、ハトリはドアの間からにこりと笑った。すぐにドアが閉まり、笑顔は見えなくなった。

2007年初出。

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