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3A.M.  作者: 如月 望深
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stray sheep 02

「納得いきません」

 強い口調で上司に抗議したけれど、効果はなさそうだった。

「そうは言ってもな、先方の希望だ、俺には逆らえないよ」

「でも! この企画は私が…」

「悪いが、三浦、大人になってくれ」

 そういう言い方は、ずるい。

 私は正しいことを主張しているだけのはずなのに、まるで私が駄々をこねる子どもみたいな言い方だ。


 先方が、担当者を変えてくれと言ってきた。


 そう上司から言われた時、頭が真っ白になった。

 私が一生懸命進めてきた企画が、駄目になってしまう。そう思うと心が震えた。何か悪いところでもあったのだろうか。先方の気に触ることでもしただろうか。

 慌てて訊くと、いや、そうじゃないんだよ、と上司は否定した。


 先方が、担当者は男にしてくれと指定してきたんだ。


 どうしてですか、と問えば、女を担当者にするなんて、おたくはこの企画をそんなに軽んじているのか、それとも、おたくの男性社員はそんなに頼りないのか、と先方が言ってきたのだと上司は言いにくそうに説明した。


 つまり、女の責任者では信用できないと、取引先のお偉いさんが言ってきたらしい。


 込み上げる怒りを押し殺して話を聞いていると、上司が仕方ないだろ、と溜め息をついた。

「先方にそう言われては、こちらとしては従うしかない」

 その取引先がなければ、この企画は成立しないのだ。

「俺は、お前を高く評価してるし、この企画もいいと思ったから採用した」

 上司は言い聞かせるように、諭すような口調で続けた。

「お前の企画でお前が担当になるのは当然のことだ。でも、社としてはこの企画を成功させたい。お前の担当者としての地位を確保するためだけに、この企画を反故にはできないんだよ」

 それはわかるけど、でも、どうして私が担当者ではいけないんだろう。私の企画で、私が大切にしてきた仕事で、私が…。

「担当者は、渡部になってもらう。お前はアシスタントにつけ」

「アシスタント、ですか?」

 どうして私の企画で他人が担当になり、私がアシスタントにならなければいけないんだろう。

「俺だって、苦渋の決断なんだよ。この企画はお前に成功させてやりたい」

 物分かりのいい風に上司は言った。

 だから、表向きは渡部を担当者ということにして、実質的にはお前が進めればいい。プレゼンと連絡係に利用するくらいのつもりでやればいい。

 言いくるめられるように「な?」と念を押されて、仕方なく頷いた。結局、上司に逆らう権利など私にはないのだ。

 上司は、悪い上司ではない。

 男女を隔てなく評価してくれていると思う。だから、今回のことは、上司のせいではない。でも、これは私の企画なのだから、私が担当者で行きたいと、いくら先方ありきの企画とはいえ、少しくらい強く主張してくれたっていいのに。



 上司に呼び出されていた会議室を辞して課に戻ると、先輩男性社員が私を見つけて声をかけた。

「三浦、俺、第2会議室に客が来るから、お茶出してくれ」

「はあ?」

 と思わず耳に手を当てて聞き返してやろうかと思った。

 知ってます? 私、あなたよりもバリバリ働いてるんですけど? 抱えてる仕事の量はたぶんあなたより多いんですけど。あなたよりも要領がいいので早く終わりますが。

 心の中でだけ反論して、「わかりました」と答えた。

 何故だか前近代的なこの職場では、お茶汲みは女の仕事と決められているようだ。男と同じように大卒で総合職で就職していて、同じように仕事が振り分けられているというのに、だ。

 むさい男にお茶を出されるよりは女に出された方が印象がいいだろうから、客にお茶を出すのが女の仕事だというのは仕方ない。と自分に言い聞かせて給湯室へ向かった。

 そこで、衝撃的な光景に絶句する。

 なぜ、こうも給湯室を汚くできるのか。

 仕事中に飲むお茶やコーヒーは、基本的に自分で入れることになっている。もちろんカップの片付けも自分でする。それは当然のことだと思うし、女の人に自分の飲むお茶を入れてくれなどと頼む世間知らずはいない。

 けれど、給湯室を驚くほど汚く使う意味がわからない。

 なぜ、そこここにコーヒーがこぼれているのか。インスタントコーヒーの粉がこぼれている意味もわからないし、何をどうやったら、そんなに台ふきを汚くできるのか不明だ。

 コーヒーやお茶がこぼれたまま乾いて茶色くなったテーブル。こぼれたのを拭いたらしい茶色く汚れた台ふき。お茶のかすが残ったままのカップ。使ったまま放置された急須。どうやったらそうなるのか不明だけど、なぜかコーヒーがこぼれている水切り籠。排水口に無造作に捨てられたドリップコーヒーのゴミ。お茶がらであふれた生ゴミ入れ。

 ああ、眩暈がする。

 なぜ、こぼしたら拭く。拭いたら台ふきを洗う。使ったら元通りにしてしまう。なるべく汚さないように使う。ゴミが一杯になったら捨てる。そういう当たり前のことができないのか。

 開けたら閉める。出したら元の場所に戻す。次に使う人のことを考える。汚したら自分で綺麗にする。

 そういう幼稚園の頃から習ってきたであろう、小学校低学年で先生から注意されたことが、なぜ、大人になった今、できていないのか。


 とりあえず、言われた通りにお茶を第2会議室のお客さんに出して、戻ってから給湯室を片付けた。


 なぜ、こういう面倒なことは女に押し付けられるのだろう? 



 世間では、男女は平等になったらしい。

 男も女も、性別だけで相手を差別してはいけない世の中になったらしい。

 男らしいとか女らしいとかいう言葉を使うことさえ憚られる世らしい。

 どこかの小学校では、男子を「くん」女子を「さん」で呼んではいけないらしい。ジェンダーフリーの時代、男女平等にみんな「さん」で呼ぶらしい。

 それくらい、世の中は男女が平等であることに気を使っているらしい。



 それは本当だろうか?

 だって、私の周りには、こんなにも理不尽な男女差別が転がっている。



 どこにもやりようがない不満を抱えたまま、企画の担当者になった渡部くんに資料を渡しに行った。上司にきちんと引継ぎするよう言われていたのだ。

「渡部くん、これ、企画の資料」

 資料を見せながら、企画について説明する。渡部くんの質問に答える口調がきつくなるのは、渡部くんが同期というのもあるけど、私の立場からすれば仕方ないと思う。

「なあ、三浦、俺に当たられても迷惑なんだけど? 俺だって余計な仕事増えたわけだしさぁ」

 無神経な渡部くんの言葉に、思わず頭に血が上った。

「私だって、好きで渡部くんにこの企画を頼むわけじゃないわよ!」

 かかとでスネを蹴飛ばしてやった。

「痛え!」

 悶絶する渡部くんを無視して、資料読んでおいてよね、と言い残してその場を去った。

 早足で進むのに合わせてヒールがカツカツと高い音を立てた。


 ハイヒールは女の戦闘靴だと、誰かが言っていた。


 確かに、武器にはなるみたいだ。意味はちょっと違うだろうけど。

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